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月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

雑記 仕事のちセミの観察

2020-10-06 00:32:00 | コロナ禍日記 2020

 



 

 

7月14日(火曜日)曇りのち晴れのち曇り

 

朝6時半に起きる。

ヨガと瞑想のあと、日記。しばらく本をよみ、Uf-fu(ウーフ)ダージリンでゆっくり。きょうはパパさんが4日ぶりに出勤し、芯からリラックス。

11時から3時まで1つめの原稿。3時半から資料読み。夕方5時から深夜1時まで2つめの原稿に。

 

お昼は昨晩の残りのジンギスカンに目玉焼き、京都のおつけものでサッと食べる。

 

夕ごはんは、夜9時から1人でとる。ピーマンと万願寺唐辛、たまねぎ、牛肉などを中華味に炒め煮にした。大葉入りゴマ油と醤油のトマトサラダも猛スピードでつくる。

なんども、ソファのところでちょこちょこ読書をし、息ぬきをした。そのせいでもないと思うが、提出の原稿が2本目3分の1までしか仕上がらない。雑でもよいのでラストまで一気に書く習慣をつけたいと節に思う。

このところ気になるセミについて。

 

(一昨日)

 大雨の日のことだ。玄関を出てすぐコープの宅配の発砲スチロール(白)に細い糸のような脚を震わせてかろうじて捕まっていたセミをみた。ようやく地上にでられたのに雨ばかりで羽が乾かないのだろうか。からだがよわいのか。全くうごかない。最初、ごきぶりかと思ったほどだから。

 ウォーキングのあともう一度同じセミを探す。発砲スチロールを下向きの直線につかまっていた。おーー動けたではないか。死んでいなくて良かった。

 

(昨日)

 翌朝、玄関のドアを開くもセミはみあたらない。あれ?と思うまもなく、すぐ足下に雨にびしょびしょになり白い腹をむけてころがっている。あーーやはり死んでしまったのだと思う。夜。寝る前にセミを見に行く。あまりのどしゃぶり、同じ姿勢で大雨の洗礼をうけている・・・。

 

(きょう)

 今朝、ようやく晴れ上がったので弔ってやるつもりでシャベルで救いあげると、なんと触覚も脚もぴくぴくと動く。反射神経かな。動いているまま土にうめるのもなんだかと思い、そのまま(敷地のなかの)土の上にそっと置く。

  夕方。ウォーキングから帰ってくると、あれ、土のうえにくたばっているセミがいない。目を近づけてみたら、そこから数センチの水栓のところでとまっていた。わずかものさしにして5センチほどだが、自分の脚で歩くことができたのだと、すごい!と歓声をあげたいほどの気持ちになり、その場をさった。夕方7時半のことである。

 



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2 コメント

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Unknown (pickupmoriai)
2020-10-06 17:33:17
私なりに感動
人も昆虫も植物も命のドラマは感動しますね
私も生き物の仲間だからですかね

このコロナの御時世、一番オタオタしてるのは我々人間
鈴虫だって、彼岸花だって一生懸命生きてる
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Unknown (アンデル)
2020-10-06 21:37:14
コメントありがとうございます。福島県の方なんですね、わたしにも大切な友人が福島出身です。夏のセミ、秋のコオロギや鈴虫の音色には、癒やされます。お世話になっている分、悲惨な姿を目の当たりにすると胸を締め付けられます。
コロナ禍のなかだからこそ、みつけられた幸せもありますよね。
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