月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

暮れのおいしいもの、オンパレード

2012-12-31 23:54:09 | 兵庫・神戸ごはん



今年も締めくくりは、やはりおいしいもの総まとめで〆ましょう!
まずは、北野の「シェローズ」から。

昨日の続きだが、「神戸北野異人館キャサリンハウス」を出て、トアロードをまっすぐ海側へ降りていくと、北野ホテルが見えてくる。
ちょうど斜め向かいあたりに位置する小さなフレンチレストランが、「chez rose(シェ・ローズ)」だ。

扉をあけると、マダムが笑顔で出迎えてくれた。

クリスマス時期ということもあって、はじまりはシャンパンで乾杯!
昼のコースは、3,200円と4,500円の2種。今回は気軽な前者をオーダーした。

ここは、神戸の名店「ジャンムーラン」出身のシェフが厨房に控えているだけあって、一時は予約のとれないフレンチの代表格ともいわれた店だ。

それから賛否両論が噴出し、話題の的にはなったが今は思いのほか、落ち着いているという話である。

周囲を見渡せば、週末なのに観光客は少なく、普段着スタイルの夫婦連れやファミリー層が多い。ホッとした。

一皿めの前菜は、「ホタテのソテーのサラダ仕立て魚介添え」。


絶妙な火入れで調理する、北海道産ホタテ特有のぷりぷり感と香ばしさ。
葉野菜も新鮮そのもの。地場野菜と、同じく近郊の海からとれた魚介類とのコラボレーションは
さすがにバランスがとれており、久々においしいサラダを頂けて、うれしい。

続いて、「ポルチーニ茸のスープ」。



口元にスプーンを運ぶだけで、キノコ独特の香りが鼻孔に届く。
ふんわりとしてクリーミー、
なによりも舌が火傷しそうなほど熱いのが素晴らしかった。

これはテンションも上がっていくゾ!
メインは、私は「青森産子羊のローストと焼き野菜」。



臭みが微塵もない子羊は、噛むほどに甘く、肉質がよいのだなと思わず頷く。

ジューシーだ。スープと同様、熱い皿に、アツアツのロースト!
粒マスタードをちょんと付けて、モリモリとほおばり、アッという間の完食であった。
ズッキーニやパプリカの火入れ加減も、ちょうどよかった。

友人は、うずらのローストをオーダーしていた。
野生味あふれる冬のジビエ料理だ。



デザートのチョコレートケーキは、これまたとろりと熱く、
クーベルチュールのほろ苦さが効いている。
これは久々に★★★★のランチだね。

熱いものは熱く、そして上質の素材を提供してくれているところが、一番好感がもてる。
時季を替えて、また訪ねたい一軒である。

●「シェローズ」
兵庫県神戸市中央区本通3-7-25メゾントーア1F
078-242-1014
11.30~14/17.30~21
月休


もうひとつおまけに、芦屋の「あめ婦」もメモしておこう。
JR芦屋駅から徒歩5分くらいのところにあるカフェ空間のような外観であった。

この日はご近所の友達と3人で来店。

坪庭に面した場所に席をとれば、季節の緑を目にしながらゆっくり会食できる。
しかし、席の配置が悪いのか、店自体の構造の問題なのか
日本料理店であるのに、おしゃべりの声や笑い声が部屋の中に反響して、少し騒々しいのが難である。

オススメは坪庭に面した位置の、カウンター席を予約するといいだろう。
ここなら背後にパーティションがあって、多少の雑音は緩和される。

さて、この日いただいたのは「あめ婦御膳」(3,675円)だ。


素材の味を生かした王道の調理。
特筆すべき点は少ないが、まあまあ普通。味付けは悪くなかった。

縦に積み上げた箱膳から器を出していく演出で、女性受けをねらったアイデアである。

先付け、椀物、造り、揚げ物、酢の物、焼き物、炊き合わせ、ごはん、香物の構成。

一番、おいしかったのは「海老芋のかわり揚げ」で

サクッと揚がった衣からこぼれる、京都産の海老芋のねばりが、すごい。
ピリッと唐辛子の効いた和風のだしと相性抜群。



大根なますも、酢の味に負けない
冬野菜のイキイキした旬が味わえた。

お刺身は、少し水っぽかったので冷凍ものの魚なのかな、と…。
欲をいえば、淡路か明石から水揚げされたばかりの
新鮮な魚介ものを頂きたかったね。

私は基本的に、しずる感たっぷりの
素材本位のお料理を新鮮なうちに頂くのが好き。
あめ婦は、クリスマス前で忙しかったのだろうか、大型ホテルの懐石料理を連想させる感がある。
小さなテーブルの上に、店の都合で仕上がった料理を置けないほどに、どんどん広げていかれるのがどうも苦手であった。



最後の香物は「抹茶もなか」。
ミシュランの2つ星という同店、だからというわけでもないが、もう一度だけ、来店してみようかな。うん。
次に期待しましょう!

「あめ婦」
芦屋市大原町7-9
0797-23-3600
11:30~14、
17:00~21:30
水曜休

さてさて、
今年の、わが家のクリスマスディナーは、
子雛のロースト、ホット野菜サラダ、パンプキンスープ、じゃがいもとほうれん草のチーズ焼き、十勝ワイン…。



今年は、年末年始、ゆっくり出来なかったのでまあこれくらいで上等なのかな。

昨年は4時間煮込んだビーフシチューと鶏のローストがメインで奮闘したが、
どうやら今年は、新作に挑戦する、という心意気がたりなかったね。
反省である。

しかしながら、今年もおいしいものいっぱい食べて、
それらが皆の笑顔と囲めて、
いい一年でした。
来年も、食欲旺盛なわたしに、ぜひお付き合いください。
どうぞよろしくお願いいたします。
ゴーンゴーンと除夜の鐘、そろそろ行く年、来る年をみる時間です…。






2012年も明日でおしまい

2012-12-30 19:06:34 | どこかへ行きたい(日本)


今年もいろいろと美味しいものを食べたり、愉しいところへ、沢山、出掛けた。

それらひとつひとつを、真珠の数珠つなぎのように、振り返る。


11月後半には、「行ってみない?」と突然に誘われた、非公開異人館「神戸北野異人館キャサリンハウス」も。



この頃、わたしは仕事がてんやわんやで余裕が全くなかった。
それにわが家の受験生の「保護者講習会」(塾主催)が午後2時からと重なっていて、
それでも、なんとか都合をつけてせめて午前中だけでもと思い、出掛けたイベントだった。


「神戸北野異人館キャサリンハウス」は、1899年に、イギリス人建築家ハンセル(A.N.Hansell)によって
設計された美しい異人館だ。




この館の主は、キャセリン・アンダーセンというスウェーデンの女性で、
彼女はドイツ人の陸軍少佐C.A.アンダーセンと結ばれ、2人の新居として建てられたのが、ここ。


だから例えば、白亜の外観の東側にある二つの違った形のベイ・ウィンドゥ(張り出し窓)や、
太陽の光が館の全体を温めるように注ぐサンルーム、民族楽器や調度品などに、



キャセリンのこだわりが大いに反映されていて、それらを見て歩くのが愉しかった。







窓から眺める六甲山や神戸港や海はさぞかし、異邦人の心をいやしてくれたのだろうなあ、と想いながら目前の風景を重ねた。






ひととおり見終わった後で友人と水出し緑茶アールグレイと焼き菓子を、緑のガーデンを見ながら食べる。

隣の男性が咳払いするほど、おしゃべりを弾ませながら…。(赤面)



わたしは、過去の作家や文化人たちの暮らした家や愛好していたものなどを、訪ねる旅が昔から大好きだ。
特に住まいや暮らし方に、関心がある。

時空を超えて、そこに存在したはずの人の息づかいや残像が自分のなかに淡々と伝わってきて、それらと対峙するひととときが、とてつもなく好きなのである。



異人館を出た後に、北野のフレンチレストラン「シェローズ」へと場所を移動。そのお話はまたこの次に…。



2012年を、抱きしめる

2012-12-28 01:40:35 | 今日もいい一日




今年もあと2日、暮れなずむ師走の中を歩きながら思う。

いい一年だった、と。

1月早々に握り寿司で食中毒にあい、貧血が悪化し、
それから内科・婦人科を往復する日々が3カ月も続き、
6月には子宮全摘出の手術を受け、退院したと思ったら
わが家の受験生に右往左往させされ、
心が平安な日は数えるほどしかなかったのかもしれないが、
それでも出会った「人」の笑顔や、
愉しかった思い出が濃厚すぎて、
そんな2012年を愛おしく、抱きしめたくなる。

心からありがとう、と思う。毎年そう思うように。

12月の緊張感が、この透きとおった冷気の風が好きだ。

年賀状の写真選びも、ワクワクする。

最高の一瞬、至福の断片を、数珠つなぎで広げてみるのが、
夢を見せられているようで、とても心地いい。

手術してから後半(夏以降)は、自分の殻を脱ぎ捨てたようで、
生きている重力が、少し軽くなった。

そうしたら、「人」が、それも好きなタイプの「人」「人」が、磁石みたいに吸い寄せられ、
「コンコン!」と扉をノック。
2012年は「人」に恵まれた。とてもありがたい、嬉しいことである。






自分のルール(意志)を守らないと、人を幸せにはできない

2012-12-27 23:54:25 | 今日もいい一日



12月にはいってから、仕事も落ち着いて様々なことが整理できるのかと思っていたら、
突然の惨事やらプライベート業務が押し寄せてきて、結構、あっぷあっぷの状態である。
そのほとんどが人の心配や、周囲の環境改善のこと、自分の役割の責務である。

わかったことがある。私は燃えやすいタイプだ。
自分では冷静に朴訥と行動したい、と思いながら
実は、その逆で一気に燃え上がりやすいタイプである。

そして、あれもこれもと、うまく共存共栄できない。

ひとつのことに、没頭し、夢中になりやすいところがある。
そのうえ、無鉄砲だ。


これは困った。

自分の大切な事柄、自分の指針よりも
人や環境を第一優先し、自分のことは後回しにしてしまうところがある。
こう書けば「それ、いい人じゃない」と思われがちであるが、
要するに人が良すぎるのである。
これじゃあ、いつまでたっても、自分の大切なやるべきことはリストの1番にならないし、
実践できない。

わたしの「今」を言葉に変換しないと、死ぬぐらいに思っていたのに、
習慣というのは恐ろしい。書かないと、いつのまにか書かない日常を平気で
積み重ねるようになり、やがて書けなくなるのである。

今、私の中心にあるのは家族のこと、そしてご近所の女性たちで手をつなぐ
環境改善のボランティアに没頭している。
のめり込む私は、ぬかりなく、人に配慮して責務を全うしようとする余り、
膨大な時間を費やし、自分を犠牲にする。

それでも、学ぶことは大いにある。
一銭のトクにもならない、人のために汗することは、
私が想像した以上にエキサイティングな実体験として、
想像力と精神を鍛えられる。
爽快感だってある。

しかし、ここのところ、ほんとうに喉が渇く。
そろそろ、「水」が必要だ。
干からびてしまう前に、そう、急がなければ。
自分らしさを取り戻さなければ。
自分を大切にしないやつは、
人を絶対に幸せにはできない。

家の人から送られてきたメールにこうあった。
「適当にするのではなく距離感が大切ですよ」。






冬の京都で、あわぜんざいを食べる

2012-12-14 19:23:55 | あぁ美味礼讃



冬は空が白い。空気も白い。

冷たくキリッとして透明だけど、
そこに息をするものがたつだけで
白い残像となって、
冬の匂いが包む。

だから、太陽の陽差しをなおのこと、ありがたく感じる。

冬の太陽はほんとうに、すばらしい。

東南をむいているわが家のリビングは、
夏は短い陽差ししかないのに
12月になると、光の束が斜めに角度をつけながら部屋の奥までいっぱいに、届くのである。

12月の太陽は夏よりもまぶしい
希望の色をしている、と思う!

この太陽のなかにいると、どんなことも「そんなの、たいしたことないよ」
「自然の力に比べたら、人間の営みなんて小さいね」

照りつける明るさのなかで、そう教えてくれるような気がするのだ。

さて、

先日、京都へ行った帰りに
甘味恋しくなって、
河原町の「梅園」(本店)へ立ち寄った。



最初は、みたらしか、ぜんざいか、と考えていたのだが、
メニューをみると、一目で惹かれたのが、「あわぜんざい」(単品850円・ドリンクセット1,250円)である。

ひえと粟を蒸してついたものに、アツアツの漉し餡をかけるという。

東北に行く列車の車両のような店内は、静かで、昭和っぽい空気。
せわしなさを感じないのがいい。


真っ白な粟とひえの粒は、もちもち、ほっこほこ。



餡もなめらかで、上品だ。

普通なら、これほどアツアツならば、白砂糖の甘さがたってくるのだが、
ここのは、素朴で、ほどよく甘い。
粟の控えめな味を引き立てる「脇役」に徹していて、
最後まで飽きの来ない、いい甘さである。

全く汁気のない、「あわぜんざい」は、冬の京の風物詩として覚えておこう。

北野天満宮の前の「澤屋」の粟餅もいいけど

より粟好きなら、「あわぜんざい」もオススメである。







自分のエネルギーをあげるワークショップ

2012-12-09 20:39:27 | 執筆のおしごと(主な執筆原稿、最近の公開できるもの記録)

ここのところ仕事に関することばかり書いているが、どうやらトンネルのむこうは見えてきた。

コピー的にはほぼ最終形にちかいところまでいき、
あとはデザインとの調整やら、クライアントの意向にそったかたちで修正する段階までようやくたどり着いた。


仕事のスキルが高い人と仕事をしていると、自分もそのレベルまでいかないと、釣り合いがとれないので
一生懸命に努力をするし、単純にチームで仕事をすることが楽しい。

そういう意味で、私は本当にこれまで人に恵まれてきたと思う。

いつも自分より大きな器の人が支え、刺激をくれ、
ヒントを投げかけてくれ、カバーしてくれた。

時には
湾曲した物言いで檄を飛ばして、
自分の能力以上の力を発揮できるように引き上げてくれる人がいた。

本当に感謝だ。私ももっと誰かの為になる働き方しないといけないな。

さて、これまでに書きたかったことをぼちぼちと紐解いていこうと思う。

まず11月後半、「コーチングワークショップ」に参加した時の話を
すこし…。

コーチングオフィス「CHUKA」主宰のコーチと、あるご縁から
仕事でコーチ自身のライフスタイルを取りあげさせてもらい
今度は彼女が主宰するワークショップにも参加させてもらう機会があった。

ワークショップは年3回開催され、パーソナル・ファウンデーション(自己基盤の強化)と
コミュニケーション力を磨く、の2部構成である。


1、自己基盤を強くし、「ポジショニング」を明確にすること。
2、10年後のVISION

自己基盤というのは、自分がなりたい方向や目的達成のために、
自分自身の価値観とか、本質をしっかりと見極めて精神力(意志)を鍛えることである。

そのためにまず、自分と自分をとりまく「モノゴト」の位置をつかみ、
自分の現状・現在をはっきりとさせ、
なぜその「モノゴト」がその位置にあるかと考える訓練をする。


年齢・職業を問わず、集まった参加者たちと腹をわって意見を交わせたことは、
私の世界観を大きくしたし、話の内容も興味深かった。

次にコーチが5つの質問を定義し、それらの答えを真っ白な紙に書いていく作業だ。

1、 あなたは全身に酸素がいきわたっていますか?いきわたってないとしたらどんな場所ですか?

2、 あなた自身、既成概念によって縛られることがありますか?

3、 囚われ人になったあなたを、オープンにする「鍵」は?

4、 あなたの人生で絶対に失いたくないもの(自分の価値)は何ですか?

5、あなたが最終的にやりたいことは何ですか?

これを自問自答したあとで一人一人発表していくのだが、やはり難しいのは2・3番である。

ある人は、「時間」に縛られる既成概念があり、
たとえアクシデントがあっても待ち合わせ「時間」を守るためタクシーを飛ばして
現場に駆けつけたりするそうである。

私は、この時にぼんやりとしたものしか浮かばなかったのだが、
家でもう一度考え直してみたら、ある答えにいたった。
よく見られたい、という既成概念が自分の中にあるのかもしれない。
だから、がむしゃらに勉強したり、来訪者があるとサービスしすぎたり…、
時々しんどくなるのはこういうことであったか…。

本来の自分自身に、もっと自信をもてばよいのだ。
そのために経験を積み、自分を磨くように切り替えよう。

コーチは、次に青いシートを2枚手渡した。

ポジショニングシートAには、
「現在の自分自身のポジショニング」。

今、心のなかに占めている大切な「モノゴト」をその大きさや位置を考えながら、
大きな円や、真ん中にある円や、端のほうの円のなかに、
それらを言葉にしておさめていく。


ポジショニングBには、
「在りたい自分自身のポジショニング」を書くのである。




このあとは、「5カ月後のVISON」をテーマに
コーチングスキルを学ぶ。

自分が「5年後にどうありたいのか」、
そのために何が必要か、について。

2人1組みになり相手の鏡になって質問し、共感し、承認し、
フィールドバックにしながら相手の話を丁寧に聴いていく。

「それからどうなったの?」
「あなたがそう思い至ったきっかけは何?」
「もっと詳しく聞かせて!」と質問を繰り返してしながら
相手の真実の回答を導いていくのだ。

この後、今度は選手交代して、相手の質問にそって自分が答えていくのである。

終わったあとは、
高揚していた。

なにより、コピーライターの大先輩である、コーチ自身が素晴らしく、
その挑戦力みたいなもの、
その生きる姿勢に
大いに影響をうけるのだ。


今に夢中になりながらVISONに前進できたらいいな、

年末までのカウントダウンと、同時に、
今年やりたかったことの帳尻をあわせる時にきている。







フリーという仕事の掟

2012-12-03 23:59:20 | 執筆のおしごと(主な執筆原稿、最近の公開できるもの記録)

今日は電車のなか、iPhoneからのブログ更新。

いよいよ12月に突入だ。

あれからずっと目前の仕事に
一日の大半の時間を割いて、日々を過ごしている。

先週は週末プライベートで三宮にも出掛けたし、残しておきたいネタが沢山積もっていく一方だが、
それらを愉しんで更新していくその余裕すら今の私には見つからない。

おそらく超売れっ子のコピーライターなら、こんなのオチャノコサイサイ、イツモノコトヨ、
とこうなるのだろうが、私の場合はたいていの場合がオチャノコサイサイとはならないから、
不器用な仕事の仕方をしているのだろう。

現在抱えている案件の内容はいずれも数ページのパンフレットや
会員の人だけが読む情報冊子。

案件によってそれぞれのデザイナーさんが配置されていて、
早く原稿を出してあげないと作業にかかれないし、
12月初旬までに手際よく仕事を終わらせておきたいだろうし…ということで、
申し訳ない気持ちでいっぱいのまま、わが身の羽根を抜いて
反物を織っているような状態で今の仕事を進めていっている。


それでも、NHKの連続テレビ小説「純と愛」は欠かさず観る。
最初に登場する荒井良二のイラストを観ながら、
なっちゃんが幼稚園の頃に毎日のように書いていた
お絵かきを懐かしく思い出しながら…も。

私はどちらかといえば、ムダにエネルギーを費やす純タイプの人間だな。
いつもめいっぱい空回りをしながら、関わる必要のない人にさえも最終的には無視できないで、
「おじいー、どうしょう」(どないしたらいいんだろう、なんでだろうか)
と叫びながら人生のコマを進めていくタイプである。


年齢とともに時間のスピードが速まるというが、
1カ月、1週間、一日が全速力で過ぎていくようでもある。

今日の電車のなかでの愛読書は、松浦弥太郎の「松浦弥太郎の仕事術」だ。

小説じゃあない本を手にしたのは久々である。

彼は言っている

「仕事においては80%の出来でも何とか許される合格点、
時にはそんなこともあるかもしれません。
しかしギリギリの合格点などというものはプロである以上、忘れたほうがよいラインです。
百パーセントのことをするのが仕事の場合ではスタンダードなルールだということです。
できればそれすら超えて、二百パーセントを目指しましょう。
言うまでもなく二百パーセントとは物理的なことではなく
受け取ってくれる人の喜ぶ度合いを示しています。
自分なりの付加価値をつけて相手を喜ばせることが僕のいう200%なのです。
約束を守る。
時間を守る。
相手を喜ばせる、
この3つが仕事の三原則でありセットのようなものです(一部から抜粋)」

フリーという名がつく以上は忘れてはいけない仕事の掟なのである。