月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

掲載見本誌など、先月分の成果を記録する

2018-07-31 21:49:34 | 執筆のおしごと(主な執筆原稿、最近の公開できるもの記録)


明日からは8月。はやいですね。
今月届いた刷り上がり見本を記録のために、まとめておきたいと思い貼りました。

これまで広告代理店さんからのご依頼・雑誌社の編集部からのご依頼は、請け負いの立場からして黒子さん(場合によっては孫請けさんも)での執筆が多く、公表すべき立場ではないとずっと思ってきたのですが、またその考えはいまも変わりませんが、仲の良いクライアントさんや先輩・後輩writerさんからのアドバイスもあり、一部については、掲載しています。
いつもお世話になり、ありがとうございます。




・スポンサーさんの企業PR誌(一冊)
リニューアルは11号目ですが、12年間にわたって本誌の編集・ライティングを担当。チームで仕事をする楽しさを毎号、感じております。
今号の特集は、「やわらかせなか」著書の山本たか子さんのサロンを訪問し、肩こりや頭痛、背中のゆがみなど姿勢矯正するメソッドを5ページにわたって総特集。会員のメンバーさん、スポンサーさんからは、たいへん反響が大きかった!と聞いており良かったです。私も、毎朝のヨガとあわせて「やわらか背中メソッド」を実践中!













・宣伝会議2018年8月号
執筆をお手伝いしております。
今月の連載3ページでは、建築にもデジタルデザインの視点が必要といち早く取り組まれた建築家の豊田啓介さんをご紹介しました。












・事業構想2018年8月号、
人口減少ワースト県の活路を見出す、秋田県の地域特集をご紹介しています。






・大阪の広報誌「センシア」。
大阪の企業さんのインタビューや、コラム記事としてフィットネスビキニ大会の初代チャンピョン、加圧&パーソナルトレーニングスタジオの代表・新井敬子氏にオフィスや自宅できる筋肉トレーニングを教わってきました。今年1月からの継続案件となります。








昨今はコピーライティングと、テキスト案件を交互に。使う脳みそが全然違うので、リセットを何度も繰り返しながら筋トレ気分で執筆中…です。







世界遺産「下鴨神社」みたらし祭、「さるや」氷室氷で夏の涼を

2018-07-30 18:40:24 | どこかへ行きたい(日本)




今年、3回目の京都 糺の森を歩いた。隣には珍しく、Nの姿があった。 

この日、気温は38度だが、原生林の森の中はさすがに涼しい。
糺の森は鴨川、高野川など大小6つの川が流れているそうだが、その中間地点あたりで数組の家族連れが川遊びにきていた。いわゆるアウトドアキャンプみたいに。神様の懐とはいえ、違和感たっぷり。
鴨川の河原でぜひ堂々と夏ピクニックをしてほしい、などと願う気持ちになったが今年は酷暑なので、そうもいかないのだろうか。










下鴨神社の本殿を参拝し、「みたらし祭」へ。










〝足つけ神事〟とよばれ、穢れを払い1年の無病息災を願う人々…。
皆、慣れていてスムーズに神事を執り行い、気持ちいい。聞こえてくるのは、京言葉。京の人は京都をどこより敬い、愛しているのだ。




境内の受付で、お供え料(300円)をお納めし、ろうそくと靴を手にもち御手洗池へ、浸水。ちょうど膝くらいまで水がくる。














太陽が照りつける正午にもかかわらず「ひやっ!」「冷たい!」と声がでるほど。地下からわきでる冷水は、芯から凍る冷たさ。
周囲の森と社の雰囲気にあいまって、このうえなく、わが身が清められるようだ。

御手洗社(井上社)前の祭壇にろうそくを献灯。

水からあがると、社のお方にご神水をいただき、ごくごくと喉をならし体の中を水が通っていき内側からも綺麗にする。そうして瀬織津比売命(せおりつひめおみこと)様の元へいき、神事のご挨拶してから、退出するのが習わしなのだった。















そして。今年お初の「さるや」(下鴨神社の休み処)だ。「宝泉堂」(和菓子店)が自信をもって供する鴨の氷室の氷である。

黒蜜白玉、練乳かけ。







空気を含んで細かくかいた氷室氷は、雪の結晶を口にいれるみたいに、細かく、淡く、優しい。

みたらし祭で頂戴したご神水と同じ、清く澄んだ水味だ。

このままでも、スプーンで雪をかいて口に入れるみたいで、十分においしいのだけど、
上質な黒蜜(沖縄産)を上からまわしかけると、雪の山が茶色にだらりと崩れ、そこをスプーンにすくって味わう。綺麗な甘さ。すっきりと暑気がひいていく。生き返るとはこのこと。






あぁと、満足な心地で糺の森を、砂利道も気にせずにサクサクと軽やかに歩く。

途中の露店で、鴨茄子と万願寺唐辛子を買う。








文月。祇園囃子に誘われて

2018-07-29 18:46:00 | どこかへ行きたい(日本)












7月某日

京都は千年の古都。自分が年を経るにしたがって、本当にそのとおりなのだと納得する。
京都を歩いていると、「今」という時のなかに、明治や大正期、そのずっと前など。過去の「色香」が、生ぬるい風に紛れて入りこんできたり、匂ってくる瞬間に出くわすことがある。
 
今週は、2度も京都へ出かけることができて、本当にうれしかった。

23日(土曜日)には後祭の宵山へ。
八坂神社を参拝して昨年の粽を3つ(実家と娘のも)お返しにあがる。夕方なのでセミが鳴いているだけの人影まばらな静かな境内の中を参拝した。


祇園祭へ行くと、川端康成の古都のシーンを思い出す。

もう30年近く、こうして祇園祭・宵山にはいそいそとでかけていくのだが、今年は妙にノスタルジックで寂しかった。


たくさん並ぶ鉾の明かりは、真っ赤に近い朱色だ。ふわりふわりと熱く湿った風に揺れる。薄墨の海にうかぶ花の舟のよう。
演奏のない時間は、過去の思い出みたいに、浴衣の人並みや町内会のおっちゃん、おばちゃん、祇園祭をみにくる大衆がそぞろ歩くなかに、美学芸術の粋をまとった鉾が、鉾頭を高く天につきあげて、停まっている。


大船鉾、鯉鉾、南観音山、北観音山、八幡山、浄妙山、役行者山、黒主山などを見て歩く。




















屏風祭。京都の町家の中の家と暮らしを見せていただだけるので、こちらもすばらしい。













甲高く歌う能菅(横笛)、 太鼓、鉦の祇園囃子がはじまれば、たちまちそこは京の都の宵になる。
それでも、例年の聞き慣れた楽曲ではなく、もっと調子が単調、なんだかさめざめと泣きたくなるような切ない楽曲だった。
そこへ、線香の消えいく細い煙みたいな古いにほひを、肌温度で感じた気がした。



京の土地と人が織りなす、営みと祭りの神事。

これから夏が始まるというのに。もう晩夏になるのではないかと思えたくらいだった。













近江八幡、葦の水郷をいく

2018-07-23 15:50:03 | どこかへ行きたい(日本)


この日は朝から何かが違った。
太陽の明るさが、いつもより明るい。

私たちは35年来の友人と、20年来の友人という妙な取り合わせで再会し、水郷めぐりの舟に乗船したのだった。

陽光に光る湖をすべる船は、小さく頼りない木製の手こぎ舟。日本一遅い、日本一優雅な乗り物である。船頭さんは、さっきまで田畑で作業していたばかりといわんばかりの、日に焼けた額にすげ傘、ヘインズ風の白のTシャツに作業ズボンというスタイルで。それでもどこか親しみがあるのは、母方の郷里で「こんにちは、お元気ですかぇーー」とやってくる田舎のおじさんにどこか似た愛嬌のある感じだったからである。(おじさんは、ずっと観光解説をしてくれていた、真面目でえらい人なのだ)












あぁ、アジア。水のリゾートへ、漕ぎ出そう。
滑り出しは、左右に激しく揺すれるので、風でもきたら、このまま湖に転覆してもおかしくないという不安定さ。それでも3分・5分とゆっくりと湖を滑り、ぐんぐんと速度がついてくると、悠々と湖面をすべる、そよぐ。
























この湖はわが道とばかりにすいーっと。涼やかに流れていく。
なんだろう。このわくわく感は。

私たちがこうして座っているのは近江の湖の上。目線がこのうえなく水面に近い。
だから、植物や生物たちの目線で、「水の上をいく」のが、きっとこんなに気持ちいいのだろう。

 
前方に見えるのは、先端が三角にとがった前をいく木舟。
ちゃぽん。ちゃぷん。すーっ。快い水の音。

視線をあげれば、八幡山が緑のゆるやかな低い稜線を描き、
水彩絵の具で描いたような水色の空に、入道雲がぼっかりと浮いていた。



風は前から横から、自分たちなどいないように、すいすいとすり抜ける。
セミが鳴き、ウグイスがきれいに唄うなか、冒険に行くみたいなのだった。



葦の群生。葉擦れの乾いた音。虫の羽音、鳥たちのおしゃべり。


同じ風景はなにひとつなく、水と葦と風と、太陽。そして生き物たちの気配だけ。

葉と葉がこすれる音は、なにかをささやくようでも、おしやべりをしているようでも。

「日本三大水郷めぐりってご存じですか?群馬の利根川、福岡の柳川とありますが、 一番手つかずの風景が味わえるのは、ここ近江水郷めぐりですよ」と、のどかな船頭さんの声でいう。

笑いかけて、冗談をいいあうのは気心のしれた古い友人ばかりだ。

アジアの水の国にタイムスリップしたみたいだった。


タイの水上ボートや、バリ島でも鶏と猫の住む小さな島へ辿りつくために船に乗船したけれど。
当時の、ずーっと昔の記憶といつのまにか重なって、一瞬ここがどこかわからなくなったほどだ。


近江の水郷めぐりは、手つかずの自然、質素で色がない。その何もないのがいい。
水の空気の流れがきれいであった。

途中で小さな祠があるのも、近江らしくて、古い時間が馥郁と。
60分で一周したらすっかり我ら浄化され、水の神様にお会いしてきたと思えたほどで。
自然の懐で、水のゆらぎと葦、生物たちの世界で、一緒に遊ばせてもらったという厳かな気持ちになった。
















湖上からあがったら向かったのは、日牟禮八幡宮だ。
瓦ミュージアムなどを散策して、予約していた駅前のイタリアンでランチをした。








ごく普通のかわりばえのない一日の日記

2018-07-20 23:04:26 | writer希望を胸に執筆日記


7月13日(金曜日)

昨晩は3時まで府の広報誌に掲載されるコラムを書いていたが、自分のへたっぴさにあきれ果て、リビングのソファにうつ伏せのまま、ため息。そのまま目をつむったら寝てしまい、90分して目が覚めたが、気合いを入れる気にならず、寝室で寝た。



翌朝の13日の金曜日は、だから半ば諦めとやけっぱちな気持ちで目覚めたのだった。
それでも、本日は締め切りである。
昨晩までの自分を、キレイさっぱりと捨てさって、新しい気持ちで書き始める。

編集と書き直しを2週したら、いつもの調子が戻ってきて、ほっと胸をなでおろす。どこがどう下手だったのか、内容が薄かったのか、粗末な味が、わかってきたらあとはどうにかなるのである。

こんな時、きまって思い出すのはこんな父の一言だ。
「料理は舌だ。味のわからないやつには、旨いものは出せない」
文の良し悪しが、それでもわかったのなら、もう少しやれるか。そう胸に手を当てて思い、もう一度はじめから見直して昼一には提出した。



その足で淀屋橋の美容室へと出かける。
「アトリエ・スタンズ」は、私が大丸でコピーを書いていた頃から通い続けているのだから、ざっと20年は同じ美容師さんの元へ、こうして出かけることになっている。我ながら、飽きもせず誠実だ。

カリスマ美容師といわれ、パリコレのヘア・メイクも担当したこともあるT氏。彼のファッションセンスと少年みたいな好きなものへのこだわりと好奇心と、ヘアメイクへの限りない自信(誇り)みたいな所がまぁ好きなんだろう。

60〜70年代のクラシックなスピーカーから、この日もご機嫌のサウンドをたくさん聴かしてくれた。元々はデザイナーが4人体制でスタンバイする賑やかな美容室だったが、今は場所を替えてヘアデザインを担当するのはT氏だけで、あと鳥取出身の身長149センチのシャンプーがすこぶるうまいアシスタント嬢のみ。
ストレスになるような要素が何一つみつからない、居心地良い店だと思う。ヘアダイの後のシャンプーはルベル化粧品の一番ランク上の、南国の花の香り。
施術も丁寧だ。カット&シャンプーに、黒にほんの少しの緑とオレンジを混ぜたヘナで毛染めして約4時間を過ごす。



外へ出たらすっかり夏の夜が舞い降りていた。








夏の夜の散歩。

風があまりにも心地いいので、淀屋橋のオフィスビルや中之島フェスティバルホール、その周囲のビルのライトアップ、川面に映るキラキラした夜のとばりをみて歩き、西梅田方面へ。
北新地の雑居ビルからは、きれいなお姉さんや酒によったサラリーマンたち。なじみの花屋やケーキ屋も数年前と変わらずまだあるのに安堵し、ハービス大阪まで歩く。

イタリアンカフェ「アンティコカフェ アルアビス」へ立ち寄り、せっかくなのでカプチーノとエクレアを食べて、持ってきた本を少しだけ読み、リセット。
明日も暑いぞ。帰ろう。











このところ、大阪へ出たついでに、よく映画を観る。
先日は「セラヴィ!」を。


そして一番新しいところでは「ケッペルスと私」。





ちょっと前には、河瀬直美監督の「Vision」も。
あの独特の映画視点をもう1本観たくて「殯の森」と続けて観たら、頭がくらくらして、とても依頼原稿など集中してやる気になれず、現実へ向かうのに時間がかかった。

ともかく夏の夜は、ふわりふわりと頬をなでる、ほんのり潮っぽい風が昔から好きで、よく散歩をする。
大阪も、ずいぶんと無機質で都会的な町になったものだ。時々、立ち止まって見惚れる景観にいくつも出会う。
水のある街は、とても豊かに思う。


恵比寿「写真集食堂・めぐたま」。一汁五菜のお料理とクレオパトラメロンを頂く

2018-07-03 23:42:52 | 東京遊覧日記

(北の大地へ) 「雲海を下ににみて空をいく、前へ」のつづき

JR恵比寿駅の西口から、駒沢通りを青山方面へひたすら上る。5分ほど歩くと駅界隈とは雰囲気が一変し、閑静な住宅街が広がる大人の街が続いた。(大阪の帝塚山みたいな)

「写真集食堂・めぐたま」。ここが今晩のお目当ての店だ。








真っ暗な夜の道に、外まで黄色の灯りがふんわりと迫り出している。
白木のカウンターの上には、おいしそうなものが入った大鉢がいくつか。

そして店の両壁は、床から天井まで隙間なく並ぶハードカバーの写真集の群。その数、5000冊以上もあるのだとか。






カウンターの中で忙しそうに食事を作り、いそいそと料理を運んだり、笑って常連さんのお相手をしているのは、いかにも料理好きそうな笑顔のきれいなマダム(店主)。ワンピースタイプのエプロンを翻してお給仕をする面々も。

この楽しくて仕方ないといった感じの接客に、まず、とても和んでしまった。

黒板メニューは魅力的なものばかり(手作り餃子とか)だったが、
我々は「季節の一汁五菜セット」をオーダーし、東京へ着いた初夜を祝ってビールと焼酎で乾杯した!
席からは、緑したたるガーデンが見え、白い小さな花がこぼれている。草や花の香りまで漂ってくるよう(昼はどんな表情なのだろう)。


お料理を待つ間、明日からの旅行の計画などを話しながらも、さっきから気になって仕方なかった写真集を2冊確保して(綺麗な南国の島のフルーツばかりを撮った本)。
黄色い灯りの店でのひとときを愉しんだ。

料理の品々のことを少しだけ、書いておこう。




黒米のごはんとお味噌汁。大山鶏のハーブ焼きとじゃがいの煮物、キュウリとお麩の辛子味噌あえ、メーンは豚しゃぶと青菜のサラダ、お漬物など。

皆。ビールはそこそこに、無言で東京の母がこしらえたあったかい味を堪能した。
東京でこんなにカラダによさそうな丁寧な家庭料理を食べられるとは、ちょっと拍子抜けしたが、わくわくした。

しかも、周りには写真集など読み物の宝庫。贅沢このうえない。

ふと視線をテラスに向けると、白×黒、小豆色のチェック柄の上品なワンピースを召した奥様と男性の中年カップルが目に入る。 ご夫婦なのだろうか、とても楽しそうに談笑が弾んでいる。そういえば、あちらも中年の二人組。良い店は、客筋をみるとたいていわかる、
そんなことをNと話していると、ふと。

「あちらのご夫婦から差し入れですの、よろしかったら」と
笑顔の店主が食後のデザートを各テーブルに運んでいらした。


そして私たちのテーブルにも。陽気な笑顔とともに、突然のデザートが届く。

鳥取県産の「クレオパトラメロン」だという。

ツルンと舌ざわりなめらかな白いメロンで、果汁の豊潤なまでのみずみずしさに、いっぺんに幸せが溢れた。

思わず、白×黒、小豆色のチェック柄の上品なワンピースを召した奥様に目でご挨拶して「おいしい!」と御礼をいうと、彼女はこんな風にいわれたと思う。

「仕事で鳥取の梨浜町へ行っておりましてそこで今朝、買ってきたのです。おいしいですね、あぁ、よく熟れていてよかった」。冷えていたら良かったのですけどね、と店のマダムも加わって、笑い合った。なんていい空間なのだ。「鳥取・梨浜町」という響きが、とても耳障りよく、まるで避暑地の小さな町みたいに聞こえた。


この店の先をもう少し歩くと、「山種美術館」があるという。
また足を運ぶことになりそうな良い店、良い時間だった。

こんな旅の途中のおいしい一幕——。(もしかしたら、この夏、梨浜町のクレオパトラメロンに会いに行くかも)。