月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

ああ、愛しのオーボンビュータン

2022-10-06 15:49:10 | 随筆(エッセイ)
 




 

 その日は久しぶりの東京だった。前日は、実家にいて、一日家に泊まったら、再び旅の中にあった。 


 Nが数日前から「薬疹になったの。酷くて、仕事も休暇をとったの」とメールを送ってきていた。LINEに添付された写真をあけると、首元から手にかけては紫色や赤茶けた斑点がひろがっている。足はさらにひどかった。20代のN、すっと長い美しい足は、発疹でうめつくされて、思わず顔をそむけるほどだった。

 高度をさげると、曇り空だ。羽田空港に到着し、マンションまでは40分。おそらく暗く沈んでいるだろうと思っていた。コンコンとドアを叩いて、出迎えてくれた彼女は、予想に反して、ひどく快活で、嬉しそうに弾んでいた。「とても暇だったの。仕事は1週間近く休まなきゃあいけないし、どうしようかと思っていたところだった」といった。お見舞いに買ったアメリカンバーガーの包みとゼリーの入ったペーパーバックをみて、笑顔がさらに輝いた。

 部屋に入り、座卓を前にして座る。「発疹をみせて」とわたしが訊くと、Nは、長袖Tシャツを人差し指と親指の先でそっと、そっーとつまみ、そのまま肩まで上げた。赤い実のような小さな粒が、まだらに広がっていた。先端に、針ほどの毛がたっているものもあった。「脚も」というより前に、わたしのスカートの膝に、脚をなげてきた。

「こりゃ、ひどいね。こんな薬疹初めてみた」

 お腹から太股、足首にむかって、本当にひどかった。こんな発疹が綺麗に直るのだろうか、と思った。「血液って下に落ちるでしょ。だから下になるほど、発疹は多くなるみたい」とNはわたしの眼をみて、笑った。

「でも、からだは平気よ。元気いっぱいで困っちゃうくらい」Nは5日間閉じこもっていたようで、どこかに、でかけたくてたまらないらしいのだ。


 着替えをして、向かったのは、横浜までの東急沿線で、「尾山台」という駅で下りる。「あ、もしかしてあそこ?」「うん、そう」とNとわたしは、顔をみあわせて、うなずきあった。


「等々力」という名の駅には降りたことがあったが、尾山台は、全く初めてである。東急沿線によくある改札口ひとつの、小さな駅。下町と文教地がまざったような、とても親しみのある良い街に思えた。車通りの激しい道沿いに、その店はあった。オレンジ色の店先テントには、ローマ字で「KAWATA」とある。見上げれば、ゼラニウムの鉢植えが並んでいた。パリの街角にある、洋菓子店の佇まい。フランス菓子作りのレジェントといわれる、あの河田勝彦さんの店だ。

 河田さんが修行のために渡仏したのは1960年代。日本にない食材、調理法、表現を求めて、パリのみならず地方都市を巡り、滞在中にパン屋を含めて12店で勤め、同じ菓子でも店によって異なる材料やルセットを学んだと、確か料理王国の雑誌で読んだ記憶がある。現地の書店で文献を読み漁り、資料と舌を比べながら持ち帰ったのが、ここでみるフランス伝統菓子として結集されている。

 

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48. Nとの再会とオーボンヴュータンのアイスケーキと (東京日記)|みつながかずみ|writer @k_anderu #note #イチオシのおいしい一品
 
 
 


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