月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

母くる15日間のこと

2019-11-22 13:36:24 | ご機嫌な人たち




不思議な体験をしている。ここ数日。一生分の平静な時間をすごしている。

心が雲ひとつない空を映す泉のように平らかだ。



今月にはいってから「締め切りが毎週4回くる」という結構ハードな状況を抱えながら
実家の母の調子が悪かったので、11月最初の連休を1日こじあけて(1泊2日)、兵庫県の実家に帰る。


3度の食事をつくり、2階の私たちが寝ている10畳の和室を掃除し、1階も掃除。こうして母の家の家事をしながら、夕ご飯を食べたら、真夜中すぎまでテープおこしをして過ごすが、いつもなら「どない?」と居間に姿をみせる母がいっこうに現れない。


普段、細かいところにばかり目がいく神経質の人なのに、私たちの存在など素知らぬ様子でひたすら眠ることばかりに費やす姿にさすがに驚いた。

なんでも通院していた歯医者と折り合いがわるく、痲酔もしてくれず40分間も、治療を続けていたのだとか。痛み、苦痛が続き、虫歯のあたりや頬が腫れ上がり、首から上がずっと熱をもっているように痛いのだという。87歳の母には、たいそう堪えた歯科の治療だったのだ。

連休もおわり、このまま家にひとり置いておくのも心配だったので、自分の家につれてきた。私と主人、Nが通って(よい歯医者と太鼓判をおす)近所の歯医者に連れていくことにした。


そして。母とわたしと主人と、という生活が2週間過ぎた。
最初は、やはり気を遣った。主人に、である。表面的には仲良しでも内実はどうなのだろう。ギクシャクする会話。大人ふたりの間で板挟み。
まぁこれも私の役目である。板挟みでも、みなが元気であればそれが一番。必然なのだ。

その間も締め切りは容赦ないので夜中にこっそり遅くまで仕事をする状況が続いた。


ある日、思い切って母にいった。
「些細なことも気になるだろうけれど出来るだけ大らかでいて。のんびりと休養のような気持ちで過ごして……」云々。母が私にちょっとした小言をいうのが主人は嫌いらしいのでそれも伝えた。


まぁ。母もよく順応してくれたと思う。日を追うごとに表情が明るくなり、「今日は10分を2回歩けた」「今日は少し距離を延ばした」「坂道や階段をいれて15分歩けた」「偏頭痛が一切なくなった」と良いことばを口にするようになる。

本当のことをいえば、一人っ子として育った母の私への期待と関心の高さは人一倍。常に周囲と比べ、口を開けば叱られてばかりだったから(おかげで今だに自己肯定は低め)。
だからこそ、2週間の同居は意味があった。語るより確かに日々の中の私を知ってもらえた、と思う。それも自然に。じんわりと。水素吸入機(ハッピープロテクトHG)を毎日70分を2回してもらって、食事を気をつけ、規則正しい生活をしてもらううちに、みるみる回復していく姿をみて、私自身も、ものすごく力をもらった。


うちに泊まってもらうと、もれなく私の家庭料理が食べられる!! これは大きいんじゃないかな。加工食品などほぼ使わないし、食材と調味料、鍋(調理器具)にこだわったごく一般的な家庭料理が食べられるのは。


まぁ、そんなたいしたこともできないが、95%家でご飯をこしらえてあげて、健康管理もし、イカリスーパーなどで吟味したよい食材を買い、たまには有馬の湯がいいので有馬グランドホテルまで連れていったり、ランチやパンケーキなどにも一緒に行っいったり。自分がそうしたいからするのだけど。2週間は母の幸せな顔をみることができて本当によかった。
もちろん、近所の歯医者は問題なく「こんな腰の低い、良い先生は始めて。ちっとも痛くなかった。素晴らしい先生」と。人の喜ぶ姿をみるのは楽しい。なにより自分が安定する。
























母を気遣いながら、自分が癒やされたかったのだと、知る。笑顔をもらえて、安心な、楽しい様子をみて、自分が満足し、幸せになり、うれしかった。
もっとやってあげたかった!と思った頃にはもういない……。とはよくいう。だから、後悔しないために。母の滞在を、親子の時間をとことん楽しんだというわけだ。暮らしがキチンと成り立っていれば、仕事もはかどる。


昨日、実家の家に送ってきた。次の歯医者は11月27日だそうである。それまで1週間はうちにかえってくるという。(これを書いている日は18日)


実家まで車で送っていったので帰りに、景気よく実家近所のスーパーで松葉がにを1枚購入。おおぶりなカニも地元なら安い!





家につくや、松葉がにと香住鶴の木酛 辛口純米で一献。

あぁ、やはり同じ地同士の食材はあう。生のカニ味噌の深く、端麗で、自然の甘さ。

海の味だ。やはり松葉がに、うまいなぁ。紅がにとは違う。

もともと私は旅館の娘なのでカニの身をとるのに関しては神業にちかい。みるみる口に運び、味わい、感動しているまに。ふと隣をみたら3分の1も食べていないので、だいぶ待ってあげたけれど。隣の主も「カニ食べ放題なら、絶対に食べ勝てるタイプやな」とこちらをみて関心していた。

ま、こんなもんやね。カニやお造りなら、白米と同じくらいの日常茶飯事的にそばにあった食材だったのだ。

父がなくなってもう31年になる。
父が香住で旅館を営んでいた頃、漁師との会話から発案したという焼きガニの味を、ふと思い出しながら、カニをたべる。
あ、そう甲羅酒もうまかった!!また香住鶴の木酛 辛口純米買ってこなくては。





と今月もあと1週か。さぁ、そろそろ仕事の執筆に戻ります。



晩夏から秋にかけて。 友のことを書きます。

2019-11-01 11:52:52 | ご機嫌な人たち




晩夏から秋にかけて。
友のことを書きます。


窓のむこうの山脈は、いまにも燃えそうな気配だ。秋は変化し、動いているから美しいのだと思う。自然の動きがみえる。きょうも。マンションのゴミステーションに「もえるゴミ」を捨てにいった時、街路樹のポプラは、黄やオレンジに変わっていた。変わる秋をたのしもう、と思いながら家から出ず、原稿を書く日々である。

そして。11月だ。信じられない。

9月のはじめから、平静でいられない日々。心ここにあらずの状態で淡々とすごしていた。取材も多かった。一週間のうち多くは広島、東京、長野、岐阜を取材し、飛行機や新幹線でのなかで、気がかりの種について、思い巡らせていたことも多かった。

帰宅するや、原稿作成をする必要があって。
月刊誌のライティングをその合間にいれると、まるで3日のような顔をして週末になり、7日が過ぎた。

文章を書くことを生業にしている友人が、
抗ガン剤治療を再びはじめている。



近親者の病状というのは、気になる。
単に、気になる。気になるから、周囲の小さな知識を拾い集めて、調べる。想像をめぐらす。一緒にあそんでいた時のその人のなにげない言動を回想し、やはり気になる。
家族で同居でもしていたら、そう気にならないのではないか、見ぬから、知らぬから気になるのだ、ということに思い至る。

それでなくとも一緒にごはんをたべて、しみじみおいしい、寺院をみて、わー清々しい、と。
花をみて、器をみて愛おしい!と一緒に好奇心をはたらかせて愉しめる友は貴重だから。

かといって。一種ストーカー的にはなりたくない。
どう思おうとわたしの勝手だが、人に迷惑をかけないようにしなくれは。
人というのは、ここでは本人はもとより、同居する主人や仕事のクライアントや、母や。いろいろな人のこと。
(なんだか、いつもとちゃうやん。どうしたんよ
)と思われてはいけない。


けれど。9月末くらいから、長期の仕事にせっするうちに、状況がかわってきた。第六感が働くようになって、まぁ大丈夫だ。心配不要と理由なき自信がうまれてきて、安堵し、胸をなでおろし、いまはとても平静だ。


身内の「死」があまりにも、
容赦なく、理不尽で。ひとはおもいのほか想像以上に「弱く」、死は。生を簡単にのみこむという恐怖を知った日から、生死のことには敏感になったが。その人の周囲には、どうみてもそういった匂いがない。と思われる。私の母の場合も。
だから、大丈夫だ。


「自分のことを心配しなさい」
「健康診断や人間ドッグはいってる}
「もっと運動しなさい」
と、母はいう。

主人は、
「あなたはいまも、うきよ離れしている」という。どういう意味でいっているのかはわからないが確信をもってそういう。


自分のできること、なんて結局はなにもないのだ。
相手をただ「信じること」。
信じて、ふつうに接する。それだけだ。


一昨年の5月から、水素ガス吸入器のパンフやポスター、またそれに付随する記事を書いているので。おもいきって、自分がつかっている水素ガス吸入器を勧めた。
(追加購入、というかたちでクライアントも受領してくれたので)

自分にとって水素はどう反応し、抗酸化状態に体が保てているかは、統計データーでは示せないけれど。

ともかく、味覚が鋭敏になり、毎日なにをたべてもおいしい。
よく感動する! 仕事のスピードがついたという状況から。脳や細胞が活性化(プラス方向)に動いていると信じているし、彼女には、そういったぼやっとした感覚ではなしに、もっと医学的にプラスに転じてくれていればいいと思っている。
それまで離れていよう。
大丈夫だから、元気だから。



またそのうち。ささやかなおいしいものと、一杯の赤ワインでも
ご一緒できれば。まぁ、それが一番のめでたきこと。幸せなのである。

(わたしは文をかくときもそうだが、大げさに構えすぎるのがよくない癖のひとつだ)