月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

箱根 「天山湯治郷」に行ってきました

2018-10-15 23:23:44 | どこかへ行きたい(日本)



前日の晩に、激しい口論をした。
先月、東京へ来て2日目の晩だ。

いくら、自分の血をひいた娘といえども、24歳の社会に出ている女性のプライベートを詮索しすぎてはいけないと、頭では理解していながらも。理に反していることをいえば、カッと血が上るのはどうしようもない。普段は、おだやかさが信条で、他人と揉めたことなど数えるほどであるのに、(人事として)客観的に物事をとらえられていない証拠だった。


朝。言葉を交わさず、スマホの画面ばかりみているN。家の習慣にならって、わたしはアールグレイティーをいれて飲む。それでも、テーブルの上には2つのカップを並べ、軽い朝食を一緒にとった。一言でも、どちらが発したなら、その後は勝手にするするとつながっていくのがやはり長年ともに暮らしたNとの関係性なんだろうと思う。



1時間後には、新宿から小田急ロマンスカーにのって「箱根」へ向かっていたのだった。





お昼には、富士家ホテルのダイニングでカレーを食べる、というのが1つの目的だったが、行く道中に調べたら現在は改修工事中で、あの立派なダイニングを擁するクラシックホテルにはお目にかかれないとのこと。ものすごく落胆する。
それで、小田急百貨店の地階で求めた、牛たん弁当を買って特急電車に乗った。

箱根湯本から、箱根登山鉄道、箱根登山ケーブルカーを乗り継ぎ、「早雲山」から、さらにロープウエイで「大湧谷」まで。












約3千年前の箱根火山最後の爆発でうまれた神山火口からは、熱いエネルギーで押し出された爆裂の隙間から白煙がしゅるしゅると、あふれ出ていた。もうロープウエイにのっている最中から、火山ガスと硫黄の匂いがたちこめていて、遠く自分が幼かった頃の記憶へとつむがれていこうとするのを、急いで押し払って山の絶壁の展望台に立つ。




火口と反対側に、富士山がみえた。

名物の黒たまごは食べなかったが、私は炭ソフトクリーム、彼女はたまごソフトクリームをなめながら、火口からの煙をみる。ゆで卵みたいな色をした火口付近には雑草の1本も生えていない。 地球内部の圧力が蓄えられたエネルギーが漲っている、外国人たちは、この光景をどんな風にとらえるんだろう。誰もが、大自然の火口を背景に、笑って写真を撮っていた。










強羅あたりで一泊したい、という気持ちを抑えて、ロープウエイ、ケーブルカー、登山鉄道へと乗り継いで、箱根湯本での日帰り温泉「天山湯治郷」へ。




ここは、とても素敵だった。タクシーで5分ほど走りぬけて小さな谷間へどんどん下っていくと、8千坪の敷地に、古い温泉旅館風の湯治場が。






すっかりと日は落ちて、あたりは旅館の灯ばかり。真っ暗。近くに聞こえるのに見えない川のせせらぎや社寺の鐘の音。それがかえって情緒があるように思える。
箱根の湯の歴史は奈良時代までさかのぼるという。
天山湯治郷の創設は昭和41年とある。
源泉は7つあり、日量は五十万トン。それも泉質が異なっていて、他所へ配湯せず、加水なし(源泉を薄めない)、加温はなし。源泉から直に全浴槽へと注いでいるすばらしさよ。


野天風呂「一休」。
黒々とした夜の波間に音はなく、風だけが箱根の山から流れてくる。自然の中に開け放たれた檜舞台のような桧風呂で湯浴み。
透明な湯はやわらかく、木と葉の香りにあふれた静かな湯だった。


湯から出た後は、ひがな湯治天山の食事所「山法師」で。羽衣御膳と渚ビールで。





それから、また天山の湯へとつかる。



闇の中に、大小の野天風呂があり、とても気に入った。洗場も野天だ。おさるになった気分である。それもただの野天ではなく、目をこらしていくとあちらこちらに、観音さま・仏様が鎮座されていて、裸のわれらをみておられる不思議なロケーションだ。
泉質もよい。白濁の湯。とろんとぬるく、やさしく体がだるくなるような湯。ちょうどいい清い湯。洞窟の中の湯。湯上がりに浸かる熱湯は44度とある。


帰りは、9時半すぎ。これ以上いたら終電を逃しそうだ。
JRの各駅停車で、小田原、藤沢、横浜、川崎とゆっくりと駅名をみながら2時間かけて東京へ帰った。肩にはタオルをのっけて。
本に目を落としながらも、その実、ずっと人ばかりみていた。夜中12時になるというのに、関東の人は元気だ。どの駅についても、よくしゃべる人たちが乗ってきて、活気いっぱいの車内。関西の電車のように下をむいて眠っていたり携帯電話をさわっている人よりは、おしゃべりをしながら笑っている人が多い。

蛍光灯の白さが、昼より明るくみえた箱根の帰りなのだった。







プーシキン美術館展ー旅するフランス風景画ー 会期わずか

2018-10-12 00:08:49 |  本とシネマと音楽と


先週の半ば。3日間の弾丸東京から帰宅した後にすぐ出掛けたのが、大阪の国立国際美術館の「プーシキン美術館展」——旅するフランスの風景画——10月14日(日曜日)まで。いよいよ終わりに近づいています。




シスレー、セザンヌ、ルノワール、ゴーガン、ルソー、そしてモネなど。17世紀から20世紀、それぞれの画家たちの目がとらえた風景を観覧できる贅沢がありました。全65点と多くはないのですが、1点1点の見応えが素晴らしく、想像以上に良かった。


「夜のパリ」(エドゥアール=レオン・コンテス)、





「ポントワーズの道」(ポール・セザンヌ)
「霧の降る朝」アフルレッド・シスレーなど。
「草上の昼食」(クロード・モネ)

近代風景画の源流にはじまり、自然への賛美、
パリ郊外や近郊、市内、農園、南への光と風景。
場所で魅せて。時代の移り変わりで魅せて。

特筆するなら、セザンヌの「緑」はやはり一流で、その豊かな表現はため息をついてみました。

1875年に描いた「ポントワーズの道」。
10年後の1882年「サント・ヴィクトワール山の平野、ヴァンクロからの眺め」
そして1905年「サント・ヴィクトワール山、レローブからの眺め」

年月を経るにつれて、(モネ「睡蓮」シリーズもそうですが)、鮮明な光をとらえた描写から、曖昧な色とふくよかな(優美)画風、あるいは寂寥な画風へ移りかわり、晩年はさらに画家の絵筆のタッチは激しく、色彩も深くなる。同じ風景をみても、抽象画から晩年はさらに心象で描いているのがよく理解できます。



また今回の展覧会は、展示の構成順序、時代に応じてバックの配色を変えるなど見せ方も素晴らしかった! 良い展覧会だと思います。


ひとしきり、絵を愉しんだ後には、中之島のリーガロイヤルホテル大阪のメインラウンジで一服。葡萄のフレッシュジュースを愉しみました。





緑を借景に舞台から滝の流れる、おなじみの空間。この夏はたくさんのぶどうを食べましたが、本物に勝るしずる感。
みずみずしいのに、水っぽさはなし。酸味、甘みのバランスがとれたフレッシュな果実味のジュース。同席してくれた友人が食べていた和栗のパフェも美味しそうでした。





「自由が丘」の焼小籠包にはじまり、「日比谷」、「銀座」の蕎麦屋でシメる

2018-10-10 00:37:24 | 東京遊覧日記




翌日は曇り空で、肌寒かった。

Nが東急線の「自由が丘」を案内してくれるというので、付いていく。雑貨やアクセサリーの店をひやかしたあとで、「あ!ここきっと好きだよ」と教えてくれたのが、「大山生煎店」。

小さな店舗は、調理場と商品の受け渡しする所の反対側がカウンターになっていて、
ハイチェアによいしょっ!とよじのぼって座り、あつあつの点心(生煎)や担々麺を食べられるようになっている。古くてあまり綺麗じゃないところなど、どこか台湾っぽい造りだ。そこが気に入った。

この日も、近くの女子学生や近所のおばさん数人が担々麺や、ビールと生煎のセットメニューを食べていた。











生煎は上海のローカルフードだ。鉄鍋で焼く下側がカリッと香ばしい、もちもちっとした皮に少し穴をあけて汁を啜って、この旨い皮とともに濃い肉汁、肉餡をはふはふと、いいながら口にいれる。ごま風味でネギものっている。最初はそのまま。次に黒酢に浸して味わう。

1930年創業の北京の「阿三煎餡」のレシピを受け継ぐ店で休日には行列ができるそうだ。安いのもいい。


このあと、N御用達のパン&ケーキがおいしい「パティスリーパリセェイユ」に。







クロワッサンの焼き具合がよいとのこと。

そして、イデー(IDD)自由が丘のショップやエヴァムエヴァ、蚤の市をのぞき、
熊野神社のそば「カフェリゼッタ」で、いちじくのプリンアラモードとカフェオレで一服。





ブティックの「リゼッタ」は質のよいリネンやカシミアを扱う店で、大阪淀屋橋の芝川ビルの入る美容室(アトリエスタンズ)でカットしてもらった後で時々のぞく店。この日も、裾にかけてのシルエットが美しい綺麗な緑地のスカートがあって、欲しいと思うがこの日ばかりは見送った。


自由が丘を出たら、日比谷のペニンシュラホテル東京へ。
香港で購入して最高に気に入ったダージリンティーをぜひ買い求めたいと思って向かったのだが、1階のショップで「今期はお取り扱いありません」と丁重に断られ、がっかり。自由が丘でお茶したばかりだったのでアフタヌーンティーも飲めなかった。

そのまま、日比谷公園や皇居外苑に続くブティック街を歩く。
京都「一保堂」の真向かいに、京都「和久傳」がショップを構えているのが印象深い。
関西の老舗は、東京では堂々とした風格を讃えながら、よそ行き顔の風情で店を出されていて、それが大変ユニークだし個性的に目に映り、微笑ましい。

この通りには帝国劇場がある国際ビルにバカラショップがあるのだが、ショップの下にバカラのグラスでお酒を飲むことができるバー「B bar Marunouchi」もあるとか。





このあとは、東京ミッドナイトタウンなどをブラブラとみて歩いて、




有楽町や銀座を歩く。本日の〆は、銀座のそば屋「明月庵ぎんざ田中屋本店」。昔の銀座がここに。東京へ行くと一度は銀座に足が向かうのは、銀座という街があまりにも昭和な味わい深いエピソードをたくさん有しているからだ。


待つこと20分。いよいよ2階へ。
いかにも、江戸の粋を知るお年を召した男女が、冷酒やビールとともに、酒の肴をテーブルいっぱいにオーダーして〆にそばを啜っていかれる。

ごま豆腐、手羽先の塩焼き、銀たらの西京焼や丸ごとトマトサラダなんてのもおいしそう!などと、目を光らせていたら、万札がポンポンと飛んでいきそうな勢いだ。なにしろ、卵焼きが千円近くするのだから。

それでも、文人墨客っぽい人達が旨そうに、ものを食べている人をみるだけでも、楽しかった。ここを選んでよかった。










私たちは、季節の野菜が入る白和えを注文。ビールで乾杯して、Nは「きすの天ぷらそば」。私は「海老と季節野菜のかきあげそば」をいただいた。濃く甘めのだしで、しめにはぴったりだろう。そばはややこしあって、最後までしっかりと旨い江戸風のそばを味わえて満足。




恵比寿のビストロ「abbesses(アベス)」 は古いビルの2階にあった

2018-10-06 22:58:53 | 東京遊覧日記



2018年9月26日(水曜日)雨





再びの東京はやっぱり雨だった。

空の翼は、秋雨前線による気流の影響をまともに受けて、ベルト着用サインは40分以上も点灯したまま。ようやく消えたかと思うまもなく、「当機は、気流と霧のためにこの先も大きく揺れることが予想されますが、飛行には全く影響がございませんので皆様どうぞご安心ください」のアナウンスが入る。

飲み物サービスは、冷たいドリンクのみ。ホットコーヒー!と言いたいところを我慢してりんごジュースをお願いするが、新米のcaさんが、必死に足を踏ん張ってサービスしている感がみてとれる。
ほんの小さな揺れ、真下に短く落ちる揺れと、繰り返される機内で、クラシックを聴きながら、「翼の王国」(かてもの、 ほしもの、いいものという記事)を読んでいた。

羽田空港が近づくにつれて、気流はだいぶ安定したようだ。雨と霧で曇った窓からは、黒い液体のような海が下に波打っていて、ぽつんぽつんと黄やオレンジ色の船の明かりがみえた。



羽田の空はすっかり日が落ちて、冷たい雨が降っていた。京急線で品川駅へ。
久しぶりの江戸の人たち。社内は異常に明るく真昼のような顔をして目的地へ運ばれる通勤途中の人をチラチラと上目遣いにみながら、スマートフォンで今夜これから向かう店をずっと検索していたら、あっという間に品川に到着。雑踏の波間に組み入れられた。
娘のNと合流して、山の手線で彼女が気になったとい店をめざして恵比寿まで。


東京の夜は、3カ月ぶりだ。
あの時も、部屋に荷物を置くや、すぐに恵比須で食事した。

雨にぬれた寒い恵比須。薄い羽織だけでは、肩のあたりやお腹まわりがスースーするし、足はじんわりと濡れているので、気持ちが下がってくる。それでNに厚手のカーディガンを借りて、目指すビストロに向かった。




ビストロ「abbesses(アベス)」は古いビルの2階にあった。




(お店から拝借写真)


「お客様、お電話を頂戴はしておりましたが、当店はあいにくまだ満席の状態でして。2組のお方がデザートを食べていらっしゃいます。席をお立ちになりましたら、再度こちらからお電話をさせていただきますので、それまで、どちらかでお待ちいただけませんでしょうか」と店の人。

時計は8時半を過ぎていた。
この時間にどちらへ行けというのだ。

「はい、わかりました」と引き下がるNを抑えて
「この大雨では、どこにも行くことができません。先ほど、近くのコンビニで時間をつぶしてきたばかりでして、ここの1段下の踊り場で話しをしていてよろしいでしょうか」と私。
外は大雨で、寒いのだ。15分もぶらぶらとしてから店に着いたのだから、できれば軒下で休ませてほしい、そう思って口にするのは、やはり関西人である。
Nといえば、「ああ、怖いよ。怖い客だと思われたよ。もう…」と何度もつぶやく。

5分ほどして、ほどなく中へ呼ばれた。

赤の革張りのソファーが基調色となった、レトロな雰囲気。女の子が好きそうなかわいらしい店。壁に配したスタンドや、天井から吊り下がった丸いランプ使いが印象的で、パリ区内にある小さなビストロを彷彿した。











私の席の位置からは、向かいの窓ガラスに雨だれがぽたりぽたりと落ちてゆく光景が見えて、気持ちが高揚した。吸い込まれそうな夜の雨だれ。
これから飲むであろう赤ワインや白ワインの酸味とタンニンのキリッと効いた鮮やかな味を連想させ、この雨だれの景色とともに、それらをクイックイッ!と飲めるのだ思うと、ささやかな喜びを感じたのだ。



最初は、「真サバのマリネ」。






軽いブルゴーニュ産の赤ワインで乾杯する。
脂がたっぷり乗ったサバが、爽やかな酢でいい感じにシメられていて、とてもおいしい。香りのいいオリーブオイルをたっぷりとつけて、一口でほおばる。
アクセントの海草も、海っぽさを演出し、いい仕事をしている。


次は、「大粒の岩牡蠣とチーズのブルスケッタ」。





こちらは白ワインで。
フランスパンをさくっとかじると、クリーミーな岩ガキが舌の上に感じられ、ほろ苦い海のエキスが口の中にぬっーと広がって出る。
それを白ワインで、流し込む。得もいえぬおいしさ。うん、パリっぽい。この2品で、すっかり上機嫌になってしまったのだった。


若いカップルや女性グループが多い店で、店内は満席だ。
隣には、地味な編集者っぽい地味な女性と、小洒落た芸術っぽい中年男性。
時計をみるとすでに10時をまわっている。

次は、「ツブ貝とポルチーニ茸のエスカルゴバター炒め」。






ツブ貝、ポルチーニ茸より、エスカルゴ味のバターがよく利いていて、口の中がまったりしっぱなし。岩ガキの前菜と似たような味をオーダーしてしまい、思ったほど個性が感じられなかった。十分においしい一皿なのに、選択を誤った。少し残念。

また先程の隣席をちらりとみると、男女ふたりが目と目をあわせて、何かささやき合っている。大事な話なのだろうか。クイズを解きあっているようでも。白ワイン、フライドポテトだけで30分も粘っていて、それがとても旨そう!塩味のきいたポテトも、おそらく白ワインと合うだろう。


雨だれはあいかわらず、規則正しくぽたぽたと垂れ下がっていて、まるで真夜中のような空気を匂わせている。オレンジの灯とおいしそうな匂い。大勢の若い男女のおしゃべりで充満している店内に、こうして閉じ込められているのが不思議な感じだ。






最後の皿は「手長海老のラヴオリ」。




海老のだし汁からとった濃厚で香り高い泡のソースがたっぷりかかっているが、スプーンですくうと中からビッグサイズのラビオリが。
その1つ1つに手長海老の身が包み込まれていて、濃厚なだし汁の白いクリーミィーなジュースとともに、口に運ぶ。
シャンパンと合いそうな一品だった。


今回は前菜やパスタをメーンにワインを飲んだが、こちらの店は子羊のローストや黒毛和牛のローストが旨い店らしく、店主が何度もすすめてくれていた。

デザートには、フルーツのアイスとエスプレッソを。

また雨の日に訪れたいビストロだ。