Me & Mr. Eric Benet

私とエリック・ベネイ

「愛、アムール」

2013-03-18 21:10:15 | 私の日々
パリの古く重厚なアパルトマン、そこに救急隊が入っていく。
部屋の窓が開け放たれる中、ガムテープで封印されたドアが見えてくる。
そこを破り、中に入るとベッドには花に飾られた老婦人の遺体が横たわっていた。

場面は変わり、ピアノのコンサート会場となる。
ピアニストの姿は見えない。
リサイタルの興奮も冷めやらずバスの座席に仲良く座り、
高揚した様子で語り合いながら帰っていく老夫婦。
妻の顔は美しく輝いている。
ピアニストはかつての妻の弟子でコンサートが成功したのだった。

夫は妻に「今夜の君は綺麗だ。」と言う。
それを言ったのは翌朝だったかもしれない。

2人が家に帰るとドアの鍵穴が壊されている。
空き巣が入ろうとして途中で諦めた痕跡が残っている。
警察か修理の人を呼ぼうかと言う妻に「せっかくの今夜の雰囲気が、
台無しになってしまうから明日にしよう。」

この何気なく見えたドアのエピソード、今思えば、
この家、二人の間には誰も入り込めないほどの絆がある、
と暗示されているようだ。

翌朝、キッチンの脇のテーブルで朝食を取る2人。
その時、妻に異変が起きた。

入院、手術を終えて帰宅したところに場面は変わる。
手術は失敗に終わり、右半身不随という後遺症が残った。
手術の成功しない確率の5%、その中の一人という結果となってしまった。

もう入院はしたくないという妻に夫は家で看取るという約束をする。
大きなダイニングルームがあるのにまた二人はキッチンで食事している。
昔の話をする夫に「それは初めて聞いたわ。」と言う妻。
「これからもまだ君に話していないことを聞かせるよ。」という夫に、
「あなたの今までのイメージを壊さない程度にね。」とほほ笑む妻。
「僕のイメージって?」と夫が尋ねると
「怖いところもあるけれどとっても優しい(gentil)。」

二人の会話が美しい。
「どうぞ。」「ありがとう。」「どういたしまして。」「ごめんなさい。」
一つ一つの動作に丁寧な言葉が添えられている。

イギリスに住む娘が夫と尋ねてくる。
父の家でする介護の在り方に不満と不安を隠せない。

弟子であったピアニストがツアーを終えてお見舞いにやってくるが、
恩師の今の姿を見て動揺し、その気持ちをあらわにする。
「どうして?」「でもなぜ?」
「せっかくあなたが来てくれたからその話はしたくないの。」
ピアノを弾くことを促す妻。

「コンサートの翌日にあなたのCDを買おうと思っていたのよ。」
今日、持ってくれば良かったと後悔するピアニストに、
「あなたの成功に貢献したいから自分で買わせてちょうだい。」

後日CDが郵送されてくる。
「先生と会えたことは嬉しかった(heureux)けれど、悲しかった(triste)」
と書かれたカードが添えられていて、これは妻を傷つける。

友人の葬儀に夫は一人向かい、家に帰るとその無残で滑稽だった様子を語る。
先日読んだミシェル・ロスタン「ぼくが逝った日」の中にも同じようなくだりがある。
日本と違い葬儀の形式が自由で選択肢がたくさんある半面、
不本意な形に進んでしまうことも多いのだと思わせる一節。
そしてその言葉は葬儀や最後の迎え方に対しての常識に懐疑的な夫の気持ちを表す。

妻の病状は徐々に悪化していく。
おもらしをしてしまいショックを受ける妻に、
「君はしくじったね。」と努めて冷静に振舞う夫。
看護師の助けを借りながら夫は看病、介護を続けていく。

夜、部屋のチャイムが鳴り、ドアを開けるとそこには人の姿はない。
「誰かいるのか?」と声を上げながら外を探すと、
建物は封鎖され、床は浸水している。
そんな夢を見てうなされ叫び声と共に起きる。
介護の負担が心身にじわじわと掛かってきている。

娘に介護の仕方をまた責められ「それなら自分がお母さんを引き取るのか?」
と言い放ち、納得できない世話の仕方をする看護師も解雇する。

観ていて自分の経験を重ねる人も多いことだろう。

二度目の発作を起こした妻は"Mal..."「痛い。」と呟き続ける。
そして"maman..."「お母さん。」と何度も呼びかけ、
意味不明の言葉を話す。
とうとう食べること、飲むことを拒む妻を叩いてしまう夫。

二度、鳩が部屋へと迷いこんで来る。
一度目は窓から外に出ていくようにと追った。
二度目は捕えてしばらく抱きしめている。
このことも何かを暗示している。

「痛い。」とうめき続ける妻に夫は優しく物語を聴かせる。
静かになる妻、そして。

花を買いベッドルームを封印する夫。
リビングで寝ているとキッチンから音が聴こえてくる。
そこには元気だった頃の妻がいて食器を洗っている。
「もうちょっとで終わるから、先に靴を履いていて。」
「コートは着なくていいの?」と妻に促されコートを手にする夫。
2人は出掛けていく。

娘が一人で部屋に入ってきてもう封印が解かれた部屋を見ながら、
リビングに腰を下ろす様子で映画は終わっていく。

重いテーマなのに観終わった後は清々しい感動に包まれる。
妻との約束を守り、困難な道を選び全うする潔さ、
迎えに来た妻に誘われて仲睦まじく出掛けて行く夫の姿に、
妻も結果に満足し2人とも彼岸へと旅立ったということ、
部屋を訪れる娘の表情から両親の生き方を最後は理解したと思わせる。

全く無駄のない画面、編集のキレの良さ、老夫婦を演じる二人が素晴らしい。
夫の役がジャン・ルイ・トランティニャンであったことをクレジットで知る。
老いてなお演じ続ける姿がこの夫の覚悟した生き様と重なる。
80歳を過ぎたエマニュエル・リヴァが可愛く儚げだ。