一主婦の「正法眼蔵」的日々

道元禅師の著書「正法眼蔵」を我が家の猫と重ねつつ

般若心経(是故空中。無色。)

2008年10月22日 | Weblog
 我が家の猫はいま窓のところでジーッと哲学しています。くだらないことにとりあわず、一目で宇宙全体を感じているようです。

 それに比べて私は、夫の言葉にいらいらしています。私の夫が、私に「あの名刺を捨てなかったか」と言ったのです。私は何でも無くなると私のせいにしてと腹が立ちました。でも待てよ、と思ったのです。

 猫をみていたら、そんな名刺をすてた汚名に一喜一憂するような狭い視野でものを見てエネルギーを消費するのは、損ではないかと思ってしまいました。

 「空」の世界はあらゆるものが関係しあっているととらえられています。自分も物事も他との関係で決まってきます。そうすると、夫の言葉だけを区切ってみていることは、他の部分が見えなくなってしまうので猫にとってはくだらないことなのではないでしょうか。猫にとって何よりも大事なのは一目で全体をとらえることのようです。実在する時間はいまこの瞬間しかないからです。猫の哲学しているようなジーッとしているのをみていれば、一目で全体をとらえることがなによりも大事ということがわかります。

 猫が窓のところでジーッと哲学しているのをみたら、物質もこころも超越した、‘なにか’を感じていると思えてなりません。「是故空中。無色。」というのは一目で宇宙全体をとらえたときは、物質(色)とかこころ(受想行識)とか超越した‘なにか’なので、「無色」(物質ではない)なのではないかと言っているようにも解せるのです。

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