心の免疫力~書とことばから

もっと暮らしに書やARTを~
雲のように水のように あっけらかんと自在に生きるヒントを
求めて~ by 沙於里

情がある作品

2011-06-20 | 書の話

    金文「厚多」(半紙)

 

 

羊毛の長鋒は、思いがけない線を生んでくれるのでして。

 

筆の弾力を確かめながら、味わいながら、沈めたり浮かしたり。

紙をえぐったり、くすぐったりしながらじっくりと書く。

 

じっくり書くというのは、心に描くものがあるということで。

そしてじっくり書くと、それだけ情も湧くというもので。

 

情がない作品は、ただのお習字。

情がある作品が書きたいなぁ 

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文人書家のアート展へ

2011-06-19 | 書展・展覧会情報

                  宮山一琴氏(右は作品のアップ)

 

今日は母と、銀座で開催中だった文人書家のアート展へ。

 

飯高和子氏、原田凍谷氏、船本芳雲氏はじめ、28名の書家と、

主催の書道ジャーナル研究所の小野寺啓治氏の作品も。

 

 

 

↑左から:石川芳雲氏 小原道城氏 齋藤香坡氏

 

小原氏は、絵もご本人によるもので、以前個展で拝見した作品群とは、全然違う印象。

齋藤氏の作品は、以前私も屏風に書いた五言絶句

  

 

 

↑山本信山氏 油絵の具の上から引っかいた作品。

ウインドサーフィンをしていて、振り返るとキラキラ光っていて、

その印象を作品にされたとか。 コメントを読んでなるほど~と

 

「アート」ということだからか、紙と筆ではなく、3Dを使った方、焼き物、刻字と

素材を変えた作品もあり、楽しめました

 

そんな中でも、母の兄弟子、石川先生はご自分のスタイルを坦々と。

探す道も、書の道も人それぞれ。

それぞれの役割を、坦々と歩けばいいんだな・・と 

 

そして今日は父の日。 気持ちばかりの贈り物を届けて 

ちち~、適度に運動、元気が一番! よろひくね 

 

 

 

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文字への思いやり

2011-06-18 | 木簡

                       (半紙)

 

 

今日も木簡臨書。前回の教室で書いたもの。

 

原本はこれ↓ 集字漢簡千字文の一節「浮渭據」

 

 

最初に形臨を意識しながら、右のを書いて、

じゃあ、この四文字をもっとでで~ん!って感じにしたら・・と、左をば。

こうなってくると臨書か?と言われそうだけど。

 

臨書は、形だけじゃないって、特に木簡はそう思う。

一字一字が発しているエネルギーを受け取って、自分なりにどう表現するか、

それも臨書だと思う。

 

もう1枚、羊毛の細い長鋒で。

 

 

たった四文字の臨書から、学ぶものはたくさんある。

たった1枚の半紙は、その四文字にとっては舞台。

だから練習とはいえ、その11枚に集中して、文字の響き合いを大事にしたい。

 

文字への思いやりを持てば、文字はきっといつか応えてくれると信じて

 

 

 

左のカテゴリーに「木簡」を追加しました。

これまでの木簡に関する記事をまとめましたので、のぞいてやって下さい

 

 

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自宅で勉強会スタート

2011-06-17 | つれづれ

                                      以前半切に書いた木簡  (部分)

                

 

 

 

昨日は夜から、遠路Hさんが自宅にいらっしゃり 

 

以前、某書道学院で学ばれていたそうで、主にきちんとした楷書・行書をば。

それなのに、なぜ私なぞの木簡に興味を持たれたのか摩訶不思議 

 

到着されるや否や、早速机に向かいお稽古スタート。

どんな書を書かれるのかしらんと、前もってお手本をお送りして、

Hさんが書かれてきたのを拝見、と思ったら、ぐふ・・なんと忘れてきた~と 

 

でも筆をくるんでこられた数枚の半紙が、その書き損じだったので

ふむふむとヒントを頂き、改めて目の前で書いてみる。

 

筆の選び方、持ち方、姿勢と、なるほど・・違うなぁと、お互いに。

かく言う私は、師から筆の持ち方、姿勢、書法等々技術的なことも

ことばにしてお教え頂いたことはほとんどなく、とにかく目習い。

 

師のお宅に伺うと4時間位、諸先輩の方々が臨書されてこられた半紙の

添削を拝見、その後、師がお手本を書かれる様子を拝見、そして11

床に並べる作業をしつつ運筆、間合い、筆勢の妙に惚れ惚れしながら眺め。

 

そんなわけで、具体的に運筆方法は?と聞かれると、

ちょっと戸惑う所もあるけど、とにかく書いている姿を見て頂き 

 

初回は夜730スタートで、終わったのは11時 

その間、人見知りの激しいぷくぷくは、Hさんの横におとなしく座ってて。

熱意あるHさんに圧倒されっぱなしでしたが、私も勉強になりました。

Hさん、昨日は深夜のご帰宅・・お疲れさまでした 

 

 

Hさんが書いてる間に、私もあれこれ書いてたなり。

↓これは極細面相筆で。

 

 

 

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木簡に帰る

2011-06-16 | 木簡

                      (半紙)

 

今日午前中は、書道教室があり。

 

ということで、今日も木簡臨書をば。

原本はこれ↓

 

 

 

大胆なところは大胆に、キュートなところはキュートに。

伸びやかなところは更に伸びやかに。

半紙の中での、それぞれの立ち位置を意識しつつ。

 

久々に、ほんの少し気持ちよく書けた気がする 

 

 

 

正直言って、震災以降、私は被災してもいないのに、日々、心落ち着かず。

元気でいよう、元気を届けよう、そんな風に、自身をどこか騙し騙し。

 

そんな中で、毎日ブログを続けるのは、模索やら矛盾との葛藤もあり。

日々の臨書もサボっていることもあり、振り返ると、お恥かしい限りの作品の数々 

言い訳を言えば、それも自分の記録となるのか・・なんて。

 

迷った時は、木簡に帰るべし。

ふと、今思ったこと 

 

今日は夜からまた、木簡と向き合う時間を頂ける。

Hさん、お越しをお待ちしておりまする 

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大好きな木簡から

2011-06-15 | 木簡

                      (半紙)

 

久々に木簡臨書。

といっても、今日書いたのじゃなくて、ちょっと前に書いたものだけど。

軽やかで若々しく、楽しそうに歌いながら歩いているイメージで書いてみたなり。

 

原本はこれ↓ 楽

 

 

 

それにしても、臨書も日々ちょっとづつでもしていないと当然、鈍るわけでして。

 

たとえば料理なぞも、しばらく手抜きをすると、

メニューも浮かばなかったり、感覚も鈍るでございましょ?

たぶん、そんな感覚。

 

明日から、新しい教室スタートします。

拙ブログから、書TEN、蘭秀会展にもお越し下さり、

木簡をやってみたいと熱望される方が、遠路お越し下さることになり 

 

一緒に学んでいく中で、書を通して自分なりに「何かできること」を

探していけたらと思っています。

 

大好きな木簡から、新しい出会いを頂きました 

楽しみです 

 

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ひとすじの気持ち

2011-06-14 | 八木重吉

                      (倍版はがき)

 

 

久々に八木重吉の詩。

 

 

花はなぜうつくしいか  

ひとすじの気持ちで咲いているからだ

 

 

 

美しいなぁ。

 

その花の姿も。

この詩も。

 

そして、この人が歌うこの歌も。

 

K.D.Lang   Leonard Cohen’s Hallelujah

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だいじょうぶ

2011-06-13 | つれづれ

    

大丈夫。                                

 

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花盛りのベランダガーデン

2011-06-12 | 植物・畑・公園

                    ゼラニウム 紫陽花 チェリーセージ

                    時計草の蕾 みーにゃとゼラニウム

 

 

梅雨に入り、水を得た魚じゃないけど、

我が家のベランダの植物たちも生き生きと青々と。

 

特にこの赤いゼラニウムのお日様に向かう姿には、いとおしや~って気分  

 

ここに引越してきたのは、ペット可ってことと、猫がくつろぐためのベランダだけは

広いってことだったんだけど、それでもこの時季の生命力には圧倒されっぱなし。

もうね、毎年洗濯物とか、布団干しとか、大変なこってす。。

 

 

これからまだまだ咲くのはチェリーセージ、ポピー(今問題の?じゃないですよ

 紫陽花、時計草、ヤマカカシ、ホトトギス、アイビーゼラニウム、月見草、

キャットテール、ジャスミン、・・・

 

みんな元気いっぱい! 今年も コーナーはこんな感じに(↓) 

写真の腕が悪いので・・すごさが伝わるかしらん。

柵の向こうは、1階の庭にある桜の借景。

 

 

随分広い部屋に住んでるのね~って、このベランダを見て言われるんだけど、

 ・・ベランダだけです  部屋は、昭和49年築の古くて、壁なぞコンクリートに

じか塗りのペンキが剥げ落ちてきてるし、冬寒く夏暑いし 

 

でも、ベランダの植物たちには、私も猫さまたちも癒されとります。

夏の夜はこの椅子で、クイーっと一杯も最高~!

これからの季節、水やりが大変だけどね 

 

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孤独はマイナスじゃなくて

2011-06-11 | 岡本太郎

                       (はがき)

 

 

孤独であって、充実している、

そういうのが人間だ。 

      

              岡本太郎 『壁を破る言葉』 イースト・プレスより

 

 

さっき、南相馬に住む友人との電話を切ったあと、このことばを思い出して 

 

 

いつだったか、瀬戸内寂聴さんがこんなお話を。

 

『独りで生まれ、独りで死んでいく「人間」は

自分を頼れるものに鍛え上げるしかないのです。』

 

人は、孤独を避けたがるものだけど、

元々、生きるってことは、孤独とセットなんだって思ったら

ちょっとだけ、そっか・・って思えてくる。

孤独はマイナスからのスタートじゃなくて、ゼロからってこと。

 

『孤独を飼い馴らし、孤独の本質を見極め、

自己から他者の孤独へ想いをひろげるゆとりを手に入れない限り

孤独の淵から這い出ることはできないのです。』 

 

誰だって、孤独なんだって気づけたら、また頑張ろうって思えてくる 

そんな強さを分けてくれる、八木重吉の詩がある。

 

『秋の空のひろさのなかへ一匹の蜂をかんがえよ』  

 

 

追記:励ますつもりが、いつも友人から逆に勇気をもらうのでして 

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