ゴルフィーライフ(New) ~ We can live as we choose         

隠れ家CLUBゴルフィーにようこそ♪
~ただいま闘病生活記(いいことも起きるにきまってる旅行記)を掲載中。

君の名は。~ 聖地巡礼つき

2016年09月26日 | 日記

長男お薦めの世界観を確り堪能してみようと思った。

新海 誠監督は若者に向けたメッセージをこの作品に乗せたそうだ。
震災や異常気象、何かが起きるかもしれない、不確かな時代を察知する感覚は、
世代によって明らかに違うと思う。

我々人間というのは、常に可能性の一歩手前で生きている。
何か起きるかもしれない、その前日の今を生きている。
何か起きるかもしれないということを、ポジティブに捉えてほしいんだ。

映画の設定では、2016年の立花瀧と、三年前の2013年の宮水三葉が入れ替わる。
(私の世代なら、大林宣彦監督の「転校生」や「さびしんぼう」、「時をかける少女」を連想させる設定だ。)

身体や空間だけでなく、時間軸の方も三年ずれて入れ替わってしまったところが、物語を面白くする。

( ↓ ) 「世界線」 で整理すると分かりやすい。(引用元:「君の名は。」ネタバレ!時系列で解説!)

 

黒線(三葉の運命が変わる前の、死んだ時の時間軸)が世界線として便宜的に書かれているが、
これは事後的には現実ではなくなってしまった時間軸、すなわち虚数の時間軸として整理すればよいのだろうか。

「世界線」や「時空」については、かつてブログを始めた頃にも記事にした。
(映画とは逆に、複素解析を理解する助けになるのではと思って長男に本を渡したのだが、どうも読んでいないっぽい。)

時空とあの世について
時間の存在について

( ↓ ) そもそも、光の世界線を無視して、時空を、時間と空間の二つの要素で分かりやすく書き表そうとすることに無理があるのではないか。

    時間を実数とすると、今度は空間が虚数になってしまう。

右図は、時間と空間以外の要素を「私の世界線」に固定して書き表したものだと言っていいと思うのだが、

 この場合には、光の世界線を境界にして、現実世界にはあり得ない非因果的領域(光速を超えた領域)ができてしまう。

これは、この図自体に、実数と虚数が混じってしまっていることを表しているように思える。




ここで重要なことは、このような時間の食い違いは、決して見かけ上のものではないということ。

ある人にとっての過去が、別の人にとっては未来であるなどということはありえない、と思う人は、
未だ絶対時間という亡霊に取り憑かれているのである。

そして、三年前に彗星の墜ちた糸守町で命を落としたはずの三葉は、運命を書き換える。


 2013-2016と時を同じくしているそのような奇跡には、
ちゃんと対峙しておかなくてはいけないような気がして、
検査通院の後、湘南新宿ライン経由で、映画のモデルになった場所(いわゆる聖地)に向かうことにした。


キービジュアルとしてポスターにもなっている、四ッ谷にある須賀神社の階段。
(たぶん、考え過ぎだが、2013年の初夏、三葉と同じように、分岐点にいた。)

 

そして、2016年、運命を書き換えた三葉と瀧は、この神社の階段ですれ違う。

彗星の落ちる前のカタワレ時(黄昏時)に実現した、三葉と瀧の時空を超えた奇跡の出会いは儚くも夜の訪れとともに一瞬で終わり、
一番大切だったひとの大切な「名前」すら忘れたまま、まさにすれ違おうとしている。

たそがれ(黄昏)の語源になったとも言われる小野小町の万葉句も、物語上のモチーフになる。

~ 誰そ彼(たそかれ)と われをな問ひそ 九月(ながつき)の 露に濡れつつ 君待つわれそ

” お前は誰だ?”... 形を変えて繰り返されるモチーフが、

”君の名は?” の変形であったことにようやく気づく。

RADWIMPSの前前前世が強力で誰もそんなことを言わないが、ビートルズのI Willもピッタリだと思った。
For if I ever saw you, I didn't catch your name.  って、
忘れっぽい男の歌だというわけではない、人の記憶はどこに宿るのかという話。

  

須賀神社には三十六歌仙絵が奉納されていましたが、
三十六歌仙にあった小野小町の歌は、こちらでした。

~花の色は うつりにけりな いたづらにわが身よにふる ながめせしまに

 おみやげ。

電車一本でつながっているから、ささっと間隙をついて、行ってみようという気になった。

四ツ谷駅の赤坂方面改札側から 九月のたそがれ散歩、いわゆる聖地巡礼。

 

 ”君もいつかちゃんと、幸せになりなさい”

 

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

[2016年8月~9月]復活の80台の後 〜 チーピン封印を固める

2016年09月10日 | ゴルフィーライフ[ラウンド編]

 しつこかったチーピンの封印に成功 したことにする。

あれほどしつこかったチーピンですが、夏休みの最終ラウンドでトゥ側に鉛を貼って、
フェースを閉じてインパクトを迎えないよう、
意識してティーショットするようにしたら、
18ホール通してチーピンが皆無でした。
([2016年8月]チーピンの克服と復活の80台 ~ 夏の4連戦(後半) )

ややもすると振り回してしまいがちなヘッドスピードの呪縛を離れ、タイミングを重視して確りとインパクトする。

この日も、とにかくチーピンを撲滅するティーショットに専念。
近頃左へのチーピンが常態化していた18番でも、
ティーグランドから真っ直ぐにピン方向へと伸びる右サイドのOB杭上空を沿うように、真っ直ぐに飛んでいく球。
スライスすることもなく見事に真っ直ぐ飛んで、OB杭ぎりぎりのフェアウェイ側に着地。
おおよそ狙い通りではあるのですが、そこまで、ぎりぎりを狙わなくても…というライン取り。
でも、チーピンとは真逆の飛球線が嬉しかった。(*^_^*)

近年にない絶好調が続くいしこと、
イン12番スタートからアウト6番まで、またも激闘劇場の名ににふさわしいデッドヒートぶりでしたが、苦手の7番でまたも叩いてしまいました。

( ↓ ) スコアカードを貼り付けるより、キレイで分かりやすいので拝借。

イン12番スタートでアウト6番まで同スコアの好勝負。

しかし、またも苦手とする7番で大叩き。この大叩きがある限りは、なかなか勝たせてもらえない。

 

 

 なじみのメンバーのコンペ、準優勝

前回めずらしく不参加だった会長が復帰してのラウンド。

メンバーは軒並み不振というか、スコアメイクにならず、唯一の90台。

この日最終ホールのOut9番で、チーピン封印を悦んで、フェード打ち遊びに興じてOBを喫し、9の大叩き。
腹痛に不安を抱える中でしたが、アイアンがキレていて、2つのニアピン、内容的には90前半のイメージ。短いパットを随分外したのが勿体なかった。

前半Outの17番と後半INの1番でチーピンを打ってしまいましたが、
ほぼドライバーの球筋はコントロールできていました。


 

 

チーピンを封印し、強いゴルフへ変貌しようとしている。

それを支えるのは、この夏 惚れた男、ヘンリック ステンソンのイメージ。
全英オープンのミケルソンとの死闘に続き、リオ五輪でも銀メダルに輝く。

いい意味でのクール・ゴルフ。

「この世界はいい場所」、そう思わないとね。

単なるプラス思考ではない。いい場所だと思っていれば、いいことも起きる。

人生は自動販売機ではないが、はずれが続いても、そんなに悪い場所でもないと思うことにしよう。

何が外れで、何が芯を喰ってるのか、そんな単純には分からないしね。

陽はまた昇るにかけて、長い夜、25 or 6 to 4を。

意味としては、明け方4時迄あと25,6分、ということらしいのだが、

この数字の並びは、明らかに24時を表しているような気がする。

東京五輪に向けて、終電廃止が取り沙汰されたりしているが、
25時や26時と言うのは、24時のつながりの上に在る次の日の1時や2時のこと。

一日が満つる(24時)まで、25時でも26時でも、
時間は捉え方ひとつで伸び縮みするというか、数え方の問題を暗示しているのだろか。

それとも、やっぱり陽がまた昇ってくる前、おいおい陽なんてまだ昇るなよという、単なる不眠症の歌なのだろうか。

音楽は断定することをしないからいいのだと思う。

 Chicago - 25 or 6 to 4 - 7/21/1970 - Tanglewood (Official)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

[ピアノ弾きおじさん] 未来をイメージとして予見せよ ~Imagine(take1)

2016年08月27日 | ツールとしての音楽

ピアノを滑らかに弾くには、指先まで滑らかに弾けているイメージをしっかり持つと良いと言う。

ピアノに学ぶことは多い。
鍵盤を叩くというよりは、音をつかみにいく感じ。そのことがこのうえなく心地よく感じられる瞬間があるという。

今とは違う感覚で弾けるのではないか、といつも考えてみることが大切で、
今までの手癖や、今までの自分の中になかった違う感覚を発見して弾けるようになったとき、
簡単で弾きやすいことにびっくりすることも多いのだといいます。

 

何事においても、いろんな場面においても、
心地良いフィニッシュ感を、あらかじめイメージとして予見するのを習慣化したい。

大切なのは言葉だけではない。 

言葉の先にある、あるいは言葉にはしにくい、望むイメージや気持ちを、
予めちゃんと持っておいて、それをイメージの力で、無理なく引き寄せてみる。

たいそうな先の未来だけではない、すぐそこの未来だって、
そこで感じるであろう気持ちを、あらかじめ先読みして予見することで結果は変わってくると思うのだ。

"Imagine the Future"の言葉が街のここそこに。

 

たーくんの下宿選びに訪れた、夏も終わろうとしている筑波の街。

よく来るという『安心と信頼』の夢屋。
写真だと小さいが、ジャンボ!

学生街ならではの満足のボリューム、これでたったワンコイン(500円)の日替ランチ。
メンチカツと唐揚げとねぎ玉のセット、どれも美味しい。
ねぎ玉は、つまり、好物の天津飯の台抜きのことだった。あんの味つけが好みのタイプで二度びっくり。
これまでも、これからもお世話になるのでしょう、これからもよろしくお願いします。

蔦の絡まる外観もいいが、ほんのり薄暗くて落ち着いた感じの店内もどこか懐かしい感じがする。

こういうアカデミックな街には自転車が似合うと思う。

"人生は自転車のようなものだ、乗り続けていないと倒れてしまう” と言ったのはアインシュタイン。

 

アインシュタインはバイオリンを愛奏したが、なかなかの腕前だったという。
サルトルがピアノを弾いてるのがあったが、(ピアノを弾く哲学者)
アインシュタインのピアノはどうだったのだろう。どこかブラームスの弾き姿にも似ている。

 

( ↓ ) この夏取り組んでいるイマジン、まだ途上ではありますが、”Imagine the Future” にかけて弾いてみました。

imagine(take1 2016年晩夏
 

 

最初のパートはCコード(ドミソ)を、左がドのオクターブ、右はミソ(4拍目でセブンスのシを加える)

続けてFコード(ファラド)」を、左がファ・ドのパワーコード、右はファラ(4拍目のラシ♭シ、こういうのをトリルと呼ぶものと思ってたら違うみたい)、

そして、右はミソレ(レは9th、Cadd9)と弾いてから、
Cコードのミソに戻るのだが、私はレを省略して、いきなりCコードのミソを弾いてしまっている。

~ 4泊目のラシ♭シを2,3,4の指で弾くと、次のミソ(レ)に戻りやすい。
  ついつい2,3,3、と3の指を滑らせて弾いてしまうが、ちょっとした指使いで弾きやすさが随分違ってくる。

その後も左手はパワーコードが何度も出てくる。

パワーコード (Power Chord) とは、コードおけるヴォイシングの一種である。

メジャーコードもしくはマイナーコードの第3音を省略し、それにより音の濁りが少なくなるため純粋かつ力強い音を醸し出す事が出来る。
また、オクターブを加える場合もある。
通常はヴォイシングの一種であるため、譜面上では表記されることはほとんどないが極まれに使う事があり、
その場合は例えばルートがCであるとすると、C5と表記する。

そして、この曲でペダルの働きについても理解が深まりました。

“真ん中のペダル(弱音ペダル)を踏んで弾くとそれらしく聴こえますよ。”
とネットにあったので、真ん中のペダルを初めて使ってみることにしたのです。
(先日アップした She's got a wayも、ピアニスティックな曲で、
 ペダルを使うようになって、うまくコードとフィルインが繋がるよになったのですが、
 練習で最初にペダルを使い始めたのはこの曲でした。)

ピアノのペダルって、グランドピアノやアップライトピアノで、ペダルの役割が違うってことに気づきました。意外です。
そんな基本的な部分の使い勝手がピアノによって違う、っていうのは不思議です。
それだと、積極的にペダルを使ったり、ペダルを使った効果を計算しにくくなる。
だから、ペダルの踏み方について多くを語られることがないのだと思います。


意外と知らないピアノ・ペダルの意味と役割 (2014年5月29日 [楽器演奏])

ダンパーペダルは全ての音を伸ばす役割ですが、ソステヌートペダルはある特定の音を伸ばしたいときに使用します。
鍵盤を弾いてこのペダルを踏むと、鍵盤から指を離してもその音だけが持続します。
その音が鳴ったまま、別のフレーズを両手で弾くことが出来ます。

うちのピアノは、真ん中のペダルがグランドピアノ仕様(ソステヌートペダル)になっているようで、
一番右のダンパーペダルと違って、コード感やルート音だけを響かせたいような時に役に立つそうです。
たしかに、響き方がシンプルで、音の濁りみたいなものがない、すっきりした残響になります。

( ↓ ) イマジンを覚えるのにとてもいいチュートリアルでした。
How to really play "Imagine" by John Lennon on the piano - tutorial

 

( ↓ ) ジョン レノンの音や想いを、こういう形で受け継いで、そのメッセージを賦活させる。
     音楽的な遺産は、オリジナルな形で聴かれると共に、
     新しい発想で、もっと血肉化して感じるものとして、活かしていくべきだ。
     楽譜を基にいにしえの音楽家の芸術を今に表現するクラシックとはまた違った、参加型のマッシュアップ的アプローチ。

Imagine (UNICEF: World Version)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

[ピアノ弾きおじさんへの道] 断片的弾き歌い ~ フォー ノー ワン

2016年08月14日 | ツールとしての音楽

夏休み、ピアノの方は、イマジンとロング・アンド・ワインディング・ロードに取り組み始めました。

(イマジンはかなり弾き歌いらしくなってきましたが、ロング~は、今の私にはかなり難度が高そうです。)

そんな合い間に、気分転換に弾き歌ってみたくなった「フォーノーワン」。

ハープシコードの音色が原曲のイメージに合います。

(Bメロは確り練習しないと、すぐには弾けそうにないですが、Aメロはすぐに弾けました 。
 淡々とした風情があって、歌を乗せにくいかと思いきや、意外に歌いやすい。
 ここでは練習初日と二日目の演奏をつなげてみました。
 先日、イマジンのレッスンで、” もっと音を先取りするイメージで弾くといい” とアドバイスを頂いて、
 この曲でも意識するようにしたら、いちいち、つっかえていたのが二日目には幾分マシになってきました。)

完成に至らない断片弾きの曲が、また増えていきそうですが、そんな風でいいと思う。
完成させることが、必ずしも目的ではないし、
音楽を聴くのだって、完成前のデモを聴いているのが好きだったりする。
断片を弾いて、いろんな調性や世界観みたいなものを愉しめればいいんです。

ヘイ ジュードだって、通しで弾けるようになるまでは断片だけだったし、
難しい部分は追々足して、作り上げていけばいい。

コードや奏法の勉強にしても、勉強になってしまっては、続かないです。
愉しんでるうちに、そういうことだったか、って具合になればいい。
きっちり積み上げていくというよりは、らせん状に、ふらふらと上達していく手もあると思う。

いつだって、下手くそだって、愉しみの原点に戻ろう。

for no one take1&2

この曲は、間奏のフレンチ・ホルンばかりが有名だが、
ビートルズはこの曲に、クラヴィコードという珍しい楽器を使った。

ペニーレインのピッコロ・トランペットも、バッハのブランデンベルク協奏曲の影響だったように、
( ブランデンベルク協奏曲 ~  桃源郷 )
イギリスではないドイツやフランスの異国情緒や、時代を跨いだクラシックの音を、さらっと採り入れてみせる。

ポールとジョージは、ギターを始めた頃に、バッハの「ホ短調 ブーレ」で腕を磨いた。

そしてブラックバードは、ホ短調 ブーレの進行をたどりながら生まれた曲だという。

とても興味深い本だった。ポールの肉声がこれほど聞ける本はこれまで無かった。

以前にブログでも採り上げた トゥー マッチ レインについて、ポールがこんなことを言っている。
(It's not right in one life too much rain  )

これは人生に問題を抱えたあらゆる人に当てはまる曲だ。
ぼくはそういう人を大勢知っている。自分自身を含めてね。
人生は、人に、いろいろな問題を投げかける。
ありとあらゆる、クソを投げつけられたすべての人たちに同情し、
その気持ちは分かると言ってるような曲だよ、すごく共感できるんだ。
もし大雨が降ってきたら、きみはどうする?
笑うかもしれないし、ため息をつくかもしれない。
でも、なんとか折り合いをつけて、もう二度とこんな風にはならないから、と自分に言い聞かせるしかないんだ。
ぼくだってそうするから。

一見明るさと輝くばかりの才能に溢れたポールの曲が共感を寄せるのは、
"静かな絶望に彩られた人生を送る人々”や、
”社会からは無視されている、忘れ去られた人々”。

音楽や芸術が掬い取ってみせるのは、一面的な世界観ではないから、深みがあるのだと思う。

むしろ、人生に問題を抱えているくらいの方が良いのだと思えてくる。それに負けない限りは。

”みんな、ほほ笑みの向こう側を見ようとしないんだ。”
当たりがよくて、おセンチで、人をそらさない男、
”ぼくには当たり障りのない男というイメージがしみついてしまった。それだけじゃすまないものがあるんだけど。
ぼくには当然、それがなんだか分かっている。
そのしょうもないクソを実際に生きてきたからだ。

( ↓ ) そのうち、Bメロも。揺らぎまくっている高揚感がいい。

 Como tocar "For no one"(The Beatles) - Tutorial y partitura

( ↓ ) センチなんだけども、センチにはしないようなところを上手く掬い上げたようなカバーが素晴らしい。

こういう丁寧な演奏は、ピアノ教室に通われている私以外の方々の、丁寧な音楽を聴いているような感じがする。

For No One- Moran Meisels (Beatles Cover)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

[2016年8月]チーピンの克服と復活の80台 ~ 夏の4連戦(後半)

2016年08月12日 | ゴルフィーライフ[ラウンド編]

鉄人ステンソンを目指す夏の4連戦、後半です。

数年ぶりにクラブを振るにもかかわらず、見事な球筋に驚いたと噂の、
天才的な運動神経を持つ男、天才A氏と初めて一緒にラウンドしました。

後掲しますが、3日目のラウンドは酷いものでした。
アイアンマン選手権へと昇華できなかった気合が、風邪のようにこじれて、やる気がどうにも起きなかっただけに、
夏休み4連戦の最終4戦目での天才A氏の参加は、よいカンフル材になりました。

およそ1年半ぶりの80台が出ました。
先日、アイアンマン選手権の前に90が出て、80台は時間の問題だと思ってましたが、後半INコースで41をマークして87でホールアウト。

でも、手放しで喜べる内容でもありません。(ただの下手くそアマチュアなのにどうしてこんなに欲深いのでしょか。)

最終18番ロングでほぼ2オン。
カラー付近から打った2mのイーグルパットを決めれば、初めてのハーフ30台だったのに大きくショート、
続くバーディーパットも逃してのハーフ41でした。

30台を意識し始めた16番では30ヤード程のアプローチ
(これは近頃、球の回転を意識するようになって格段に成長しました)を、なんと空振り。
その後1mに寄せてボギーで堪えましたが、
空振りしなければパーのゴルフが出来ているだけにハーフ30台を前にした凡ミスに落胆。
つづく17番ロングでは、この日だいぶマシになっていたチーピン癖が出て、
左の植え込みに打ち込み、出すだけどころか、後ろ向きに打つしかありませんでした。またも落胆。

それでも3打目、頼みのユーティリティで一気に挽回して、4打目90ヤードから1.5mに寄せる。
パットを決めれずボギーとしましたが、落胆しても、そこから起き上がってます。
18番では、前日までのフック病を克服しつつあるドライバーと、
得意のユーティリティでイーグル・チャンスを作りながらも、落胆のパー・フィニッシュ、あぁ。

とりあえず、永らく御無沙汰していた80台をマークできたことをまずは喜びましょう。

 

3日目のドライバーのチーピン、フックは、とうとう酷さが極まった感があったので、
特効薬を求めて、練習場のショップに駆け込みました。

( ↓ )  効いたのがこれ。 カチャカチャとかシャフトのせいにするのではなく、忘れかけていた鉛を貼っての調整。

グリップの手元にも貼るとよいと聞いて、貼ってます。
(ヘッドを重く感じてスピードが落ちないように、カウンターバランスをとっているのだと思います。)

トゥ側に鉛を貼って、フェースが閉じてしまうのを防止する。

対策としてはあまりに基本的で、なーんだ、って感じですが、
チーピンが出るのは、しらずしらずのうちにフェースが閉じてしまっているからに違いありません。
(これは意外に自分では気づかないのかもしれない落とし穴。)
4日目は、あんなにしつこかったチーピンが、かなり改善されていました。
フェースを閉じてしまう動きには、これからも意識的でいようと思います。

こんなことをしているうちに、フェースが閉じた状態でインパクトする状態になっていたのだと思います。
工夫は大切ですが、スイングは生き物ですから、行き過ぎてバランスを失っていないか、チェックする鑑識眼を持たなくては。

⇒ [2014年11月] イーグル奪取でタコ男決戦を制す

端点をキメてペンタゴン打法を強化する ~ リベラル・アーツとしてのゴルフ

骨ストレッチのゴルフ ~ ゴルフの真髄へ

 

( ↓ ) フェースを閉じたインパクトがチーピンの元凶。
   (私の場合は、ハンドレイト気味の意識や、右サイド側で捉える意識が過剰になっているのだと思います。)

( ↓ ) これは記憶から葬り去ってしまうべき、3日目のラウンド@鴻巣カントリークラブ。

アイアンマン選手権ロスで、まるでやる気が湧かず、
フェアウェイを横切るフックとチーピンを収拾するすべもなく、自暴自棄なラウンドをしてしまいました。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加