人は隠しているものがあると、不安が生まれ、それをまた隠そうとするから
プライドという壁が高くなるような気がする。
するとどこか不安定で、脆く傷つき易くもなる。
この季節に、蒸かしても揚げても美味しいさつまいも。
(え?はい・・この絵、さつまいもです)
その不恰好で無骨な姿を見ていて、ふと思った。
この力強さは何なんだ・・?
しばし、どうぞ召し上がれとばかりに、さらけ出すその姿に惚れ惚れ。
この力強さはどこからくるのか。
・・・見えない所からだ。
「隠している所」と「見えない所」は違う・・かな。
隠してあたかも自分の姿のように見せているのは、実は本当の自分ではない面であり、
見えないところは、本来の自分であるように思う。
人は結局の所、理屈では動いていないんだと思う。
表面的には見えない、それぞれの本能的な好き、嫌い、美味しい、面白い・・といった
感情が、人を動かしているんだと思う。
だから、見えない所を鍛えたいっ
誰かと比較する自分や、誰かに嫌われたくないと思う自分や、
誰かに勝ちたいと思う自分・・・。
そんな脆い他人本位の自分ではなくて、自分で自分を喜べる、
自分を好きと隠さず言える、そんな自分を探していたい。
それを自己中心的じゃない?と言う人は笑顔でかわして、
大地が育てたさつまいものように、力強くおおらかに堂々と。
さあ、どこからでもどうぞって、笑顔で言えるようになりたいなぁ。