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リタイアーのよもやま話

花嫁と婚約指輪の美しくない関係

2011-07-25 23:06:54 | 経済

ニューズウィーク日本版  2011.7.13
にあった記事である。

花嫁と婚約指輪の美しくない関係

トレンド 
宝石業界や男社会がつくり上げたダイヤの婚約指輪
という「伝統」は平等を求める現代の結婚にはそぐわ
ない


妻を養うという重荷を背負いゴージャスな指輪をくれる
男性を多くの女性は探しつつもほかの部分では平等を
要求している

 

 ウエディング業界が演出する、いわゆるアメリカの
「伝統的」結婚式は、うさんくさい小物だらけ。

カップルの写真入り切手に、愛犬の体に巻き付ける結婚
指輪用のリングピロー、「ラブミント」なるキャンディー
の引き出物……。


その極め付きが婚約指輪だ。

現在アメリカ人新婦の80%以上が、ダイヤモンドの婚約
指輪を受け取っているとされる(平均価格は3200ドル)。


だが永遠の愛という夢のような約束を別にすれば、その
意味を真剣に考える人はほとんどいない。

まばゆいダイヤモンドの指輪を差し出されたら、意味
なんて聞くほうがやぼというものだ。

でも今は男女平等の時代。

女性しかもらえないことを考えても、婚約指輪が時代遅れだ
という主張には説得力がある。

だが、婚約指輪が悪趣味な慣習どころか有害にさえ思える
理由は、その破格の値段であり産地の怪しさであり、消費者
を惑わすあくどいテレビCMや雑誌広告だ。

 何しろ最近、ダイヤモンドは本当の意味で「永遠」に
人生に付いて回るものになりつつある。

男性は妻に結婚25周年の指輪を贈らなくてはいけないと
知らされる。独身女性は、男性がくれるのを待たずに自分に
「ご褒美」をあげるのがカッコイイとあおられる。

一定の所得層以上の女性は、100歳まで生きたら全部の指に
ダイヤモンドが光っていても不思議はない。

 宝石業界に言わせれば、ダイヤモンドを売り込むのは「そこ
に欲望があるから」だ。しかし欲望は常にあったわけではない。

 ダイヤモンドの婚約指輪という「伝統」は意外に新しい。起
源は古代ローマだが、ヨーロッパのキリスト教徒に広がり始め
たのは13世紀のこと。

それがアメリカで見られるようになったのは、南アフリカで
ダイヤモンド鉱山が発見され、価格が下がった19世紀後半
以降のことだ。

 アメリカ人のダイヤモンド熟に本格的に火を付けたのは、デ
ビアス社がアメリカの大衆向けに展開した広告戦略だ。1930
年代、デビアスは20年来の売り上げ低迷にあえいでいた。

そこでアメリカ最古の広告代理店N・W・エイヤー&サンが、全
国的なキャンペーンを企画した。

 ハリウッド女優たちにダイヤモンドを身に着けさせ、ファッ
ションデザイナーにダイヤモンドを取り込んだ新しいトレンドを
考えさせた。

 


婚約破棄を防ぐ「保証」


そのかいあって、1938年からの3年間でダイヤモンドの売り
上げは55%増加。45年までに平均的な花嫁は、「ダイヤモンドの
婚約指輪とそれに合うデザインの結婚指輪」を着けるのが一般的
になったとされる。

 47年、このトレンドを決定付ける宣伝文句が登場する。女性コピー
ライターのフランシス・ゲレティーが書いた「ダイヤモンドは永遠に」
だ。

こうしてアメリカの結婚を特徴付ける「ロマンスとコマーシャリズム
の結婚」が定着した。

 65年までに、既婚のアメリカ人女性の80%がダイヤモンドの婚約
指輪を持っていた。婚約の必須アイテムというだけでなく、男性側の
ステータスを示す明確な目印でもあった。

この間に、婚約指輪の価格の「目安」は新郎の給料1カ月分から2カ
月分に跳ね上がった。

 しかし広告代理店の戦略が成功した背景には、より複雑な社会的
現実があった。アメリカでは30年代まで、婚約を破棄された女性は
名誉毀損訴訟起こして損害賠償を求めることができた。

だがこうした制度が廃止されるようになると、男性側に「本気度」を
示す高価な証拠を要求する風潮が生まれた。


そこでダイヤモンドの指輪が贈られるようになったのだと、ノート
ルダム大学法科大学院のマーガレット・ブリニグ教授は言う。

ブリニグによれば、指輪の売り上げ増加はデビアスの広告キャン
ペーンが始まる数年前から始まっていた。


 当時、結婚の条件の1つとして女性は処女でなければいけな
かった。
しかしかなりの女性が婚約中に処女を失っていたと、ブリニグは
言う。

だから女性にしてみれば、男性が自分と寝たいために結婚の約束
をし、「用済み」になったら捨てられるような事態を避けるため、
それなりの保証が必要だったわけだ。

 こうした歴史を考えると、現代の花嫁がダイヤモンドの婚約
指輪を受け取ることに慎重になってもおかしくない。処女性は
もはや結婚の必須条件ではないし、そもそも大部分の女性は「結婚
の資格」を満たしていることを自分のアピールポイントとは考えて
いない。

 多くの女性は結婚後、家事と子育てと家計を夫と平等に分担したい
と思っている。婚約指輪の歴史はこうした現代の結婚の枠組みにそぐ
わない。

 

見せびらかせるから人気

 

むしろ婚約指輪をはめている女性は、男性を金銭的保証という
檻に閉じ込めておかなければ万一別れたときに痛手を受ける
「か弱い存在」だと、周囲に示唆しているようなものだ。

 女性がまだ結婚に同意していないのに、男性に年収の6分の
1をはたかせて、女性と未来の家族を養えると証明させるのも
平等とは言えない。

 男女の平等に関する微妙な問題なんて気にならない、という
人に言わせれば、婚約指輪は女性の性的価値を物語るものだ。

同時にそれを身に着けている女性は「お買い上げ済み」であり、
「立ち入り禁止」だと示すサインでもある(男性は結婚するま
でそうしたサインなしで野放しにしておいてもらえるのだが)。

 それでも婚約指輪に根強い人気がある理由の一つは、「誰かに
見せびらかしたい」という顕示欲を満たすからだ。

比較的平等な環境で育てられた現代の若い女性が、親から受け
継いだ伝統の意味に無頓着なのも理由の一つかもしれない。

彼女たちは婚約指輪を単に美しい宝石コレクションの一つと
受け止める。
 しかしその輝きの中に、もっとよどんだ真実があるのも事実
だ。

女性は男性とは違って、いまだに結婚との関係で自分の価値を
推し量っている。

多くの女性は自分を養うという重荷を背負ってくれて、さらに
それを証明するゴージャスな指輪をくれる男性を探しつつ、
ほかの部分では平等を要求している。

女性は婚約指輪が与えてくれるステータスに執着しているのだ。

そうでないなら、もっと多くの女性がもう少し「平等な」愛
証しを男性に求めるだろう。
例えばタトウーとか。


以上。


結婚指輪の値段、月給3カ月分という話があったが、その
理由が、わたしは、分からなかった。

つい最近、なんかの本で、デビアス社が決めたなんて記事が
ちょこっと載っていた。

今回の記事を読んで、その記事を思い出して、確かめようと
したが、何の本だったか、全く思いだせない。


今回、「花嫁と婚約指輪の美しくない関係」という記事を
読んで、いい記事を掲載してくれたものだと思った。

この記事の中に、こういうのがあった。

そこでアメリカ最古の広告代理店N・W・エイヤー&サンが、
全国的なキャンペーンを企画した。

 ハリウッド女優たちにダイヤモンドを身に着けさせ、ファッ
ションデザイナーにダイヤモンドを取り込んだ新しいトレンド
を考えさせた。

これである。

この文章を読んで、思いだしたことがあった。


それは、これである。

 

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〈共有〉からビジネスを生み出す新戦略

レイチェル・ボッツマン
ルー・ロジャース

小林引人=監修・解説
関美和=訳

NHK出版

 

説得の力


1920年代の半ば、喫煙の習慣は普及していたが、女性が
公の場でタバコを吸うことはタブーと考えられていた。

アメリカン・タバコ社は、バーネイズを雇い、この社会規範を
変えようとした。

彼は、女性たちの真の望みはタバコそのものではなく、男性と
同じことを求める自由だと気づく。

自分の秘書、バーサ・ハントも駆り出して、彼は、魅力的な若い
女性たちをニューヨークのイースターパレードに参加させる。

バーネイズの合図で、女性たちはいっせいにラッキーストライク
に火をつける。

ハントが出したプレス・リリースは、この行進を男女平等のため
の「自由の灯火」と表現した。

PRのプロであるバーネイズは、世界中のマスコミがこのイベント
に注目すると考えた。

女性の喫煙に反対する者はみな、自由と平等への反逆者とみなされ
るだろう。

これで女性の喫煙というタブーが完全に払しょくされたわけで
はなかったが、喫煙女性の数は爆発的に増加した(アメリカン・
タバコ社の売り上げも1928年だけで3200万ドル増加
した。

バーネイズは回顧録にこう記している。「派手なアピールをマス
コミが報道すれば、長年の慣習も崩れうることを学んだのは、
この日だった」

以上。


この文章を思いだしたのだが、今回のダイヤモンドの記事に
いくばくかの腹立たしさを感じた。

わたしたちが、当然と思い込んでいる価値観や美意識が
誰かの金儲けの結果、植え付けられたかと思うと、なんとも
不条理な思いがしてしまう。

実は、わたしもダイヤに凝ったことがある。
0.3カラット、60万以上したはずだ。直売店で買ったので、
デパートにいけば、何割ましかになるはずだ。

その頃、宝石の評価にも関心がわき、4Cなんて、言葉を
覚えた。

件のダイヤも、4Cの代物だったので、さすがに、綺麗に?
見えた。

寒色系の涼しげな色をした品のある風合いは、好感がもてた
のを今でも覚えている。

その品の良さは、自分でもっていたいくらいだ。

であるが、これらの自分の感情そのものも企業の経営戦略に
はまったことによって、培われたかと思うと、何とも
解せないものがある。

わたしたちの人生の彩りが、誰かの搾取の結果でしか、生まれ
ないということだ。

いや、誰かに、搾取されないことには、現代社会においては、、
豊かに生きたような気分を醸成することができないということ
に帰結するのだが、それが、腹立たしいのだ。

そのようにして、出来上がった。豊かに生きたかかのような
日々が、一体全体、どこまで、ほんとうのことでありうるの
だろう。

そう思うと、さして、金銭にゆとりがあるけではないクラスに
はいるわたしは、尚更に苛立ちがわき起こる。

それにつけても、

妻を養うという重荷を背負いゴージャスな指輪をくれる
男性を多くの女性は探しつつもほかの部分では平等を
要求している

という文章があったが、いい男をやるというのは、何とも
しんどいことだ。

チャックというビデオを観ているが、チャックの姉の彼氏
が、バッチリその路線でいい男をやっている。
体育系、マッチョ、完全な善人、惚れた弱みとはいうが、
その気の使いよう、見ていて、わたしでは、全くついて
いけない。


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