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リタイアーのよもやま話

人様から何かしてもらったら四回お礼を言う

2012-11-26 22:16:00 | 人生

岡野雅行氏の本にあった話しである。

 
人様から何かしてもらったら四回お礼を言う


 若い頃に出入りしていたところでこういうことを
教わった。

教えてくれたのはそこで、男相手に商売をしていた
お姐さんだ。

 人様から何かしてもらったときに、その場でお礼を
言うのは当たり前のことだ。

それだけでなく、必ず四回はお礼を言いなさい、って
ことだった。

 まずその場でお礼を言うのは当然だ。

そして翌日すぐに「昨日はありがとうございました」と
お礼を言う。

その次は翌週に改めてお礼を言う、「先週はありがとう
ございました」と。

それだけでなく月が替わったときにも言うんだ、「先月
はありがとうございました」とね。

 これには驚いたね。でもお姐さんの言う通りだよ。

 四回もお礼を言われれば、どんな相手でも決して悪い気
はしないよ。

むしろ相手の覚えがめでたくなって、また今度こいつに
飯の一つでもご馳走してやろうか、てな具合になるもん
だ。

 世の中で成功しようと思うなら、まず何よりも人間関係
だよ。人様に可愛がってもらえるような人問にならないと
いけない。「あの野郎」なんて思われて成功するはずがない。
いろんな場面で人様から助けてもらうことになるんだ。

 当たり前のことだけれど、人間は、みんな一人で生きて
いけるはずがない。

苦境に陥ったときに、陰になり目なたになり、自分を助けて
くれる人がいなければ、成功はおぼつかないよ。

逆にそんな人がちゃんといれば、間違いなく成功するよ。
どれだけ自分の味方をつくることができるかで、その人の
成功の度合いが大きく変わってくる。

 みんなから嫌われているやつには、何よりもカリスマが
生まれてこないんだよ。カリスマのない成功者に会ったこと
があるかい。

大成功をおさめて、億万長者になった経営者なんかが、テレ
ビや雑誌でよく取り上げられているだろ。

彼らにはみんなすごいカリスマがあるよ。

 彼らは成功した分だけ敵もきっと多いよ。でも散の多いの
と、嫌われているのは違うんだ。

敵が多いやつには、それ以上に味方も多いんだよ。

 俺にも敵は多いけど、その数よりも、もっと俺を慕って
くれてる人が多いよ。そうでなきゃ、ここまでは来られな
い。

近所の青年会には、人れてもらえないんだけど、でもそれ
は全部が嫉妬ややっかみなんだよ。

俺がイヤなやつだから、というわけではないんだ。

 嫉妬ややっかみは気にすることないよ。成功すれば誰でも、
必ず誰かからやっかまれる。

それは仕方ないことだ。有名税とでも思っておけば、少しも
気にすることじゃないよ。

 サラリーマンでもおんなじだよ。会社の中で、上司から
嫌われているのに出世できるわけないじゃないか。

お得意さんから、少しも好かれていなくて、営業成績が
上がっていくはずがない。

 こう書くと「じゃあ、上の人にゴマすって、機嫌を
とればいいんだな」と思うやつがいるかもしれない。

そういう単純な発想の人間は一生うだつが上がらないよ。

 上の人、下の人、分け隔てなく誠意を持って接しなきゃ
ダメなんだよ。

 取引先でも、上の人にペコペコするだけでなく、受付の
女の子やお得意さんの部下の女性社員にも好かれなきゃいけ
ない。

表裏のあるやつは一番嫌われる。女性社員の、男を見る目は
威しいよ。

自分の婿さんを選ぶような目で、男を見てるんだ。評価の
基準が高いんだ。

その評価が低けりゃ、お得意さんの耳にもすぐ入るよ、あの
人はダメだってね。

 自分の会社でもそうだよ。コピー取りやお茶汲みのアル
バイトや、後輩の女性社員を、見下していると、必ずしっぺ
返しを食うよ。

そんなイヤなやつの人事評価が上がるわけがない。彼女たち
が上司やみんなとご飯でも行ったときなんかに、あいつは表裏
の差の激しいイヤなやつだなんて言われりゃ、どれだけ上司に
ゴマをすっても一巻の終わりさ。

 成功するには、みんなから好かれるようになればいいんだ。

年上からは可愛がられ、年下からは慕われるような存在にな
れば、自然と運も向いてくるし、気がつけば思わぬ成功まで、
何かが勝手に導いてくれる。

 俺は人間関係を何よりも大切にしてきた。そのことが、今日
ある俺にしてくれたと信じている。

 何も特別なことをする必要はないんだ。口幅ったいけど、
やっぱり心だよ。

 相手に対する誠意の問題だ。俺のほうが偉いだとか、上だ
なんて思って、天狗になっている人間はいけないね。

俺はみんなの中で一番ダメなんだ、みんなのほうが俺より上
なんだ、という謙虚な気持ちで接していけば、絶対大丈夫だよ。


以上。


人生術とでも言うべきか、生きていく知恵というべきか、
二十歳前後の時にでも、しっかりと教わるべき話だなと、
赤面している。

中高なんて、ベビーブーム世代の過当競争に明け暮れる
日々で、隣の座っているクラスメートと、一点差の勝負
を煽られ、大学生になったらなったで、あの政治の時代に、
何にも分かっていないのに、翻弄されてしまった。

エスカレートしてしまった奴は、あさま山荘事件を起し
自滅していった。
北朝鮮に渡った連合赤軍や重信房子のように人生を棒に
振ってしまった。

(勿論、これは、わたしの感想だ。彼らが、どう思っている
かは、よく分からない。)

おみなえし揺れ咲く細き野道行くなりたい自分になれただろ
うか。

と、歌ったのは、重信房子だが、私たちの世代で、「なり
たい自分になれただろうか。」かと、今になって、日がな
一日、自問自答に明け暮れる者も多いと思うのだが、なんせ
若いときに、まともなことを教わっていなかったのだから、
始末が悪い。

それにしても、これだけの説教ができる確かな裏付けのある
人生に対して、大きな羨望を抱くものだが。

これまでの人生をのどこをふり返っても、岡野雅行氏に
出会える機会が、なかったのは、なんとも残念なこと
である。


疲労感 体を守る信号

2012-11-26 21:34:09 | 健康

新聞に興味深い記事が掲載された。


疲労感  体を守る信号

疲れの最前線

休息で細胞の傷修復

  「だるい」「しんどい」という感覚は、病気に
なった時だけでなく、日常生活の中でも誰もが
しばしば自覚します。

  通常、疲労感は休息や睡眠を取ることで改善しま
すが、最近は疲れの質が変化し、いくら休んでも取
れないような疲れが増えてきているのです。

 ヒトはなぜ疲れを感じるのでしょうか。

答えは、疲労感は体を守る大切なアラーム信号だから
です。

激しい運動や長時間の作業をすると、体の細胞レベル
では、タンパク質や遺伝子に傷が増えてきます。

  限界以上に増えると、細胞は壊れてしまうので、
傷を修復する必要があります。

 しかし、活動を続けたままでは細胎内のエネルギー
をタンパク質や遺伝子の修復に利用することができま
せん。

  そこで、ヒトは疲労を感じることで休息を取り、体
を元の健康な状態に戻しているのです。

 もし休みたくないからといって、自分の判断で薬など
を用いて疲労感を取り去ってしまうと、傷の修復ができ
なくなり、心筋梗塞や脳血管障害など、過労死の病態に
陥ることが予想されてとても危険です。
 
 「痛み」や「発熱」も、同様に体を守る大切なアラ
ーム信号なので、これらの症状で日常生活に支障をきた
している場合は、医師と相談して対処することが大切で
す。

 最近の調査によると、国民の約3分の1が慢性疲労を
自覚し、その半数近くの人が日常生活において問題を抱え
ていることがわかってきました。

 そこで、この連載では〝疲れ〟をテーマとして取り上げ、
疲労の実態や疲労に陥るメカニズム、疲労からの回復方法
などについて解説していきます。

以上。

次の記述が、大変気になった。


激しい運動や長時間の作業をすると、体の細胞レベル
では、タンパク質や遺伝子に傷が増えてきます。

  限界以上に増えると、細胞は壊れてしまうので、
傷を修復する必要があります。

 しかし、活動を続けたままでは細胎内のエネルギー
をタンパク質や遺伝子の修復に利用することができま
せん。

  そこで、ヒトは疲労を感じることで休息を取り、体
を元の健康な状態に戻しているのです。

以上。

これからすると、過労気味にあって、薬で強引に自分を
騙して、仕事するのは危険なようだ。

よくスポーツ選手が、怪我をしていながら、痛み止めとか
をうって、優勝したりするが、このような状況が日常的
では、極めて危険なようだ。


  活動を続けたままでは細胎内のエネルギーをタンパク質
や遺伝子の修復に利用することができません。

ということだが、なんとも恐い話でもある。

昔、左遷人事の日々にあって、仕事が混乱し、疲労困憊して
いる時に、ドリンク剤で、自分を誤魔化して、強引に仕事を
していた。

すると、目の瞳孔の調整機能が狂ってしまった。そして、
サングラスが手放せなくなった。

良くなったかと、思ったりしたら、仕事が増える一方の
うち、とうとう、目の神経がギブアップしてしまった。
仕事が落ち着いても、回復しないのである。

そして、慢性になってしまった。

ローソクの炎でさえ眩しかった。

過労で、目がおかしくなって慢性化しだした時は、実は、
後で気付いたのだが、血尿が出ていた。

あの時、職場で残業をして、トイレで用足しをした時、
何かしら、尿が赤いと思ったのだが、その時、それが、
血尿だということに、気付くゆとりがなかった。

暗闇のシーツが眩しいという、とんでもないことに
なったり、サングラスを二つかけて、夜間、車の運転を
していた時もあった。

今、ふり返ってみると、なんとも恐ろしい無茶苦茶な
生活をしていたものだと、身震いする。

左遷の恐怖の生活から、遠ざかるにつれて、少しずつ
目の調子が回復してきた。

今では、そのような日々があったこと事態、嘘のような
気がしている。


疲労、侮れません。心したいものである。