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おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

君が代日の丸・NHK「クローズアップ現代」

2005-04-15 20:51:51 | 教育
 先日NHKで放映された「クローズアップ現代」。都立深川高校の卒業式を中心に、君が代問題をめぐっての現場の校長、教職員の思いや行動を追った番組。
 昨年3月、東京都教育委員会は日の丸の壇上正面掲揚、君が代の斉唱指導を強化し、職務命令に従わなかった教師に処分を行った。今年は、生徒への指導を適切に行う内容も職務命令として行った。それに対して教育に携わる立場と公務員(上司の命令に従わざるをえない)という立場の中で、さまざまな思いを語る教師。校長として教育委員会の通達に従わざるを得ない立場。
 都立高校では、これまで、校長と教職員とが対立し、生徒を巻き込んでしまい、学校が機能しなくなったという例は、ほとんどない。かつて、60年代後半から70年代始めにかけて盛んにあった「学校紛争」の時期を除けば。
 色々対立しそうな事柄が起こっても、自分たちの授業や指導では、皆で(校長も教職員も)出来る限りまとまっていこうとする傾向が強い職場であった。そこには、「自分たちは都立高校の教師だ」との自負心も多くあったのだろう。全国的にも、東京都の先生は私立や他県の先生から見ると、ある種の羨望の対象とされた時期もあったほどだ。
 それが近年、大きく様変わり。さまざまな権利が剥奪され、(例えば、研修日、夏休みなどの長期研修・・・)悪く言えば、事務職と同じように、公務員として「サラリーマン」化させられてきた。1時間の授業を行うのに、何時間も授業研究・準備をする、そのための研修などが、あたかも高校教員の悪しき特権かのように世間からも言われるようになった。
 教師不信が増長され、次々と教師の暴力行為やセクハラ行為が報道され、世間からの教師不信がいよいよ募っていく。勿論、教員自身が、ある種の特権に居座っていたようなこともあったかも知れない。いずれにせよ、こうした中で管理体制が強化されていった。一部の人間の不正・背信行為が職場体制にかかわるものとしてやり玉にあげられ、教育委員会からの校長への指示・圧力は強まっていった。それでも、何とか学校現場では校長も、平教員も、中間管理職も、何とか折り合いを付けて一緒になってやっていこうとする、こうした考えや行動はまだまだ根強く残った。
 そうした一連の流れの中で登場したのが、今回の日の丸・君が代の強制とみていいだろう。結果的に、これによって校長と教職員の分断は、修復しがたいほど激しくなり、学校組織の中で互いの不信感が増えていった。それでもなおどうにか出来ないものか。生徒の前での対立。卒業式・入学式という、教師にとっても生徒にとってもそれぞれ晴れがましい学校行事の場での混乱は何とかして避けたい。
 NHKの特集は、このあたりの現場の実態がよく出ていた番組であった。
 しかし、そうした現場での苦悩をよそに、横山教育長はただ「学習指導要領に従って欲しい。職務命令に従って欲しい。」としか発言しなかった、むしろ発言できなかった。大綱的基準にしか過ぎない「学習指導要領」に依拠してしか言えない、東京都の教育の総責任者。
 小生の本音を言えば、全体としては、バランスよくというより、都教委の寄り放送内容ではなかったかと思ったくらいだ。
 しかし、この程度の放送に、さっそく自民党がかみつき、抗議声明を出した。偏っている、と。あきれてモノが言えないとはこのこと。小生は、横山発言がねじ曲げられて放送されたのか?と一瞬思ったほどだ。そうでもなさそうだ。それくらいのお粗末な発言だったのだ。むしろ怒るなら、横山さんの無内容で強権的な発言を、議会できちんと問いただすべきではないか。
お門違いもいいところではないか。
 そして、都教委も不満のコメントを出した。TV撮影に協力したのにこれは何だ、ことさらに対立を煽っている、と。俺たちの思うとおり、言うとおりに番組を作れということ? これもまた、まったくいかにいわんや、だ。
 蛇足ながら付け加えると、「日の丸強制・君が代強制」は「学習指導要領」にしかその根拠はない。「国旗・国歌法」などの法律には強制の根拠がない。大綱的基準である「指導要領(文科省告示)」の中で、学校行事に関わって児童生徒を指導せよとして書いてあるから教員に強制させているだけなのだ。処分の理由は、そういう職務命令に従わなかったということのみ。
 教員だけが集まる「辞令伝達式」とかでは、日の丸こそ壇上にあれ、「国歌斉唱」などという強制はしていない(できない)のである。公務員だから国歌斉唱は当たり前だというのはないのである。強制したら、それこそ憲法違反(思想信条の自由)なのだ。
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拝啓goo様

2005-04-14 23:05:09 | つぶやき
いつもいつもお世話になってばかりですいません
いつもいつも勝手なことばかり言っておりまして
いつもいつもこうして書かせていただけるのも
goo様の寛大なお心のおかげです

でも最近少しgoo様のご機嫌が
お悪いような感じがして
少し私らの度が過ぎた行動に
ご立腹なのではと

そうなんです、なかなかgoo様につながらない事が
多いのです
何かあったのでしょうか
投稿してもそれがなかなか掲載されなかったり
前後の投稿が乱れていたり

いえいえ、こういう生意気な事を言える立場ではないことは
充分、充分、分かっております
でも、せっかくかなりの字数を打っても
もうダメ!やり直し
無情にも画面が初期の画面に戻ってしまう

何度泣かされたか
何度悔しい思いをしたか

夕方も夜も12時ごろまでは
なかなかつながらず
楽しみが苦しみに変わるようで

好きな人にせっかく熱い思いを告げたのに
はなっから無視されてしまったようで

勿論、事情はおありででしょうが
できたら何とか軽快につながり
そして、快適なブログ生活が出来たらと思います

私ら庶民のささやかな楽しみを
ますます楽しみにさせて下さるよう
心からお願い申し上げます
末尾ながら、ますますのご健勝をお祈り申し上げます
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脱亜入米のつけが

2005-04-13 23:52:25 | 平和
 反日感情がますますエスカレート。今度は、日本の常任理事国入り(日本だけではないが)反対の国々の集会が行われた。そこには、米中も参加。それぞれの思惑はあるのだろうが、アメリカがその集会に参加するとは、日本の外交も何をやっているんだかという感じ。
 外交音痴というより、対米追従の度が過ぎたあげく、そのアメリカからも袖にされた。所詮、日本は俺たちについてくるだけ。国連改革で常任理事国が増えたって、かえって邪魔なだけ。国連骨抜き、軽視路線のアメリカにとって、日本の常任理事国入りなどうでもいい話し。かえって、分担金や人事構成からみても、国連は何もできない無用の長物。俺たちこそが世界の保安官であって、国連なんか無視、無視。
 その日本は、経済大国になったものの、政治大国にはなれそうにもない。そうしたワッペンほしさで、分担金も出すんだからそれなりの地位をよこせ、とばかりに常任知事国入りを表明しても、アメリカが2票分持つだけの話し。何でもアメリカの言うことしか聞かない、日本は、アジアからもアフリカからも勿論、ヨーロッパからもバカにされ、軽蔑される存在。
 一方、国内では、常任理事国になれば、軍事的にも相応の体制を(軍隊を)創設しなければ、国連軍をはじめ、集団自衛権・国連決議による軍隊派遣も出来ない、てなことで、これを口実に憲法第9条を変更しようと企んでいる政治家たち。
 その動きを察知して、ますます近隣のアジア諸国は警戒する。結局、アメリカからはバカにされ、アジアからもこけにされ、後は、かたくなな国粋主義者たちの横行へと歩みを進める羽目になりそうか。まさに、戦後60年来のアメリカべったりの無策外交。そのつけを愛国主義の誤った価値観による国民への押しつけだったら、いったいこれからどうなるの?
 中国や韓国の反日運動は10年以上に亘る徹底した愛国教育・反日教育の表れだという見方もある。さすれば、日本の学校教育も悪しき教訓としなければならない。
 今こそ、日本お得意の全方位外交。無節操と言われようと、何としてもアジアの信頼を勝ち得なければならない。それが60年間まがりなりにも平和を維持してこられた日本の立場だ。国際政治の場で大いに主張してよいのだ。
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中国や韓国になめられてたまるか

2005-04-12 23:11:22 | 平和
 中国の反日デモがますますエスカレートしている。韓国でも激しく反日行動が続いている。保守政治家を中心とした度重なる「侵略戦争否定論」やコイズミの「靖国参拝」など、これまでじわじわと不満・不信がくすぶっていた、中国や韓国の国民の日本への非難行動は、教科書検定における「竹島記述問題」や「つくる会教科書」問題を大きな発端として、いっこうにとどまるところを知らない。
 日本製品の不買行動、日本大使館への直接的な抗議行動・・・。ついに、両国(特に韓国)は、日本の国連安保理常任国入りに明確な反対の意志を明らかにし始めている。だんだん国際的な問題になっていくようだ。
 これらに対して、日本人のなかには「なめられてたまるか」と、中国・韓国・北朝鮮に対する敵視発言や行動をヒステリックに行う者も目立ってきた。また、コイズミ首相は、特に積極的な発言や行動もないままに、漫然と時を送っているかのようだ。
 今回の教科書検定における竹島(独島)問題。当初、両国が領有権を主張し争っているというような表現が、検定では、我が国固有の領土を韓国が不正占拠しているというような表現に変えさせられた。その背景には政府与党の政治的思惑があるのだろう。にもかかわらず、韓国が問題視した時には、政府・与党の責任についてはふれずに、文科省の検定官・検定作業そのものに責任転嫁を平然と行って、政府の責任をあいまいにした。
 また、コイズミは中国や韓国の抗議を無視し、依然として靖国参拝の意志を貫こうとしている。そのために、中国首脳との会談も中断したままだ。北朝鮮による拉致被害者問題も、今や全くの膠着状態。一方で、アメリカ牛輸入解禁に向けて、アメリカの圧力はいっそう激しくなっている。
 いよいよ日本は、四面楚歌の状態に陥ったようだ。しかし、この期に及んでも、いまだに明確な対中国・韓国政策を明確に打ち出せず、ただただ手をこまねいているばかりなのが、今のコイズミ政権の悲しい現状だ。
 そもそも、なぜ中国や韓国が日本を挑発してくるのか。勿論、それぞれの権力者が意図的に示す、自国向けの顔もあるだろう。しかし、国民が激しい対日批判を行いながらも、それぞれの政府は、政府が率先して国をあげて反日抗議行動を起こしているのではない。ある意味で、よく抑制された政治的判断に基づく行動を取っているのだ。
 それを見越してコイズミもいわば大人の対応をしているのだろうか。小生には、そうとも思えない。まるっきりの判断停止状態なのではないか。これまでの自主性のない外交路線、アメリカに追従するしか出来ない外交。こうした日本外交のお粗末ぶりが、こういう重要な外交局面になったときに、中国や韓国の国民をして日本批判につながらせているのではないか。中国や韓国の国民は、俺たちがこうやって非難しても何にも出来ないだろう、となめているのだと思う。
 これに対して、日本は何をすべきか。対米追従外交をただちにやめ、日本が、アジアの人々に目を向けた、主体的なアジア外交を展開すべきではないだろうか。そのときの武器になるのが、憲法第9条なのだと小生は思う。その第9条の精神にそって、平和外交を進めていけば必ず活路は見いだせるはずだ。またそうしていかなければならない。
 中国や朝鮮になめられてたまるかとアジア国々を敵に回すことほど、かえって反国家、国家の利益に反する行動と言わざるを得ない。
 なめられたくなければ、今こそ、自主外交・真の平和外交を展開するべきだと思う。
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あれで30分の1!

2005-04-11 23:16:36 | 世間世界
 今朝の地震。ゆらゆらとけっこう長く揺れた。TVの速報を見ると、×印がかみさんの田舎の近く、慌てて電話した。震度5と表示されたので、つながらないかと思ったが、電話が通じた。
 「大丈夫、強く揺れたけど、特に何もなかった。婆ちゃんも大丈夫だよ。」「裏山にはきをつけていてね。」かつて台風の時裏山が崩れて家が押し流された経験があったから、心配したのだ。田舎が無事だったので、かみさんは、ほっとして電話を切った。
 千葉県北東部は地震の巣。このくらいの地震がないわけではないのだ。さて、夕方、新聞を見ると、識者の発言では、「この程度の地震は、南関東地方に起きると予想される地震規模の30分の1だ。」という。
 えっ!今朝のマグニチュード6.・は、30分の1くらいのものでしかないのか。とすると、今朝の地震の30倍の地震が来るわけですか、今度は。まったく想像もつかないほどの巨大地震の様相だ、予想される地震は。
 ひとたび大地震が襲うと、人間はただ恐怖と不安でどうにもならなくなるらしい。まして、シュミレーションでも、多くの人間が死ぬとされている。いざ大地震に見舞われたら、いったいどうなるのだろう、小生や家族は。そう思うと、災害に備えて心の準備が本格的に必要になってきそうだ。なにしろ、30倍というのは想像を絶する規模だ。
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人はなぜカルトにはまるのか

2005-04-10 11:33:46 | 平和
 京都の宗教団体での事件。明らかにカルト教団。教祖の発言を聞いても、キリストに名を借りたインチキ説法。金と欲とがみえみえ。
 でも、なぜそういうインチキ教祖に、いとも人々は、簡単に騙されるのか。被害者になった子どもたちには同情を禁じ得ないが、両親がいてそういう状況になっていった背景には、正常な分別を失ってしまっている親の存在があるはずだ。
 人々の不安心理をかきたてる言葉は、「お前には罰が当たる」。家庭の崩壊、地域の解体。一方で次々と起こる事件や災害・・・。そして、世界(地球)は亡びると恐怖心を煽る。自己の存在への不安や社会不信・不安。その中で、社会的なつながりを断ち切って、自分たちだけのユートピアを夢想する。時として、強烈な選民意識を持って。
 何も悪いことをしていなければ、「罪」や「罰」などを感じる必要はない、と普通は考え、あまり深く考えもせず、日常生活を送っている。それは一般的な感覚である。しかし、人間、完璧にいつも正しく、常に善なることを行っている者など一人もいない。例えば、金銭欲や所有欲・・・。それに執着することの後ろめたさや罪。それを言葉巧みにつかれると、人の心は、もろくも崩れるのではないか。その心の隙間に忍び寄ってくるのがカルトだと思う。カルト集団は、教祖(及び弟子たち)がしきりに力説する理想に対して、世間の人々への勧誘の現実は、「罰」が当たるなどというとてつもなく通俗的なところから始まる。
 詐欺師は巧みに人間の心の弱さをつかむ。けれど、詐欺師には「自分は詐欺を行っている」という認識はあるのではないか。ところが、宗教家は自分がインチキな説法をしているなどとはつゆ思わない。自分の宗教的立場を確信している。そこが、大きな違いだろう。自分は人々を救うために世の中を浄化するために修行し導いている、と。
 だから、誰よりも確信ある発言や行動を行ってみせる。今回のことも、本人には全く罪の意識などはあろうはずもない。自分は、「法律」などという現世の法体系そのものを否定すべき、超越した存在であって、相手を救うための正しい行為がいちいち世間法によって咎められる筋合いはないものだ、と。そして、信者への説法あるいは信者の勧誘に際して、世間の濁った価値観を喜んで捨てるところに真の救いがあると説教する。もし逆らえば、罰を受けて地獄に堕ちる、と。そうした恐怖感を信者に与える。こうして、人がいったん絡め取られたならば、抜け出すのは至難の業だ。
 かつて「踊る宗教」と言われ、一時流行した新興宗教もあったが、今回もわけの分からない説法に歌と踊りをまぶして、閉じこめられた密室(光と音の幻想空間)の中で子どもたちを興奮状態・憑依状態にさせていく方法をとっている。そうした光景の教団ビデオを見ると、いかにも無惨な感じがする。興奮して説法する教祖とそれに盲従する親たち、わけも分からないままに踊り狂う子どもたち。
 おそらく今回の検挙・摘発に対して、教団側は無実を訴え、宗教弾圧だとし、信者の結束をはかるだろう。既に財産を巻き上げられ、どっぷりと教団に絡め取られた親たち・心を奪われた子どもたちは、世間(マスコミ)に対して、猛然とくってかかるに違いない。我々は正しい、あんたたちが地獄に堕ちる、と。
 オーム真理教(アレフ)だけではない。繰り返し繰り返し発生するカルト教団の存在。そして、そこに結果的に身をおくはめになるしかなかった人々の存在。
 かくも、人間は、身も心も脆弱な存在なのだろうか。今も、昔も、これからも。
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入学式に父親の姿目立つ

2005-04-09 12:18:02 | つぶやき
新学年の始まり、新たな門出
入学式

明るい日差しの下の親子連れ
晴れやかでちょっぴり緊張気味の娘
その脇で両親の笑顔
日の丸と校旗が立てられた校門をくぐる
記念写真も今はデジカメ

それにしても父親の姿が目立つ
今日は平日、それも午前10時
仕事はどうなっているの
休暇をとって我が子の晴れ姿を一目見たい

昔、入学式は母親の仕事
男親は行きもしなかった
卒業式さえも
今は幼稚園の入園式から大学の卒業式まで
両親そろって
ついでにじいさんもばあさんもやってくる

少子化なのか
暇なのか
家族の絆が強いのか

そのうち入社式にも親が同道
社長の訓辞を聞くことに
「すいません、会社を辞めさせて下さい」の挨拶も
親の仕事になりかねない

仕事一途な男には家庭をかえりみる暇もなく
子どもの教育も躾も母親任せ
男親の存在は希薄のままに
いつしか妻からも子どもからも見捨てられる
それも年老いてから

その先輩の姿に己を写し
今からせっせと家族サービス、若い夫婦、親子関係
その果てにどういう新しい家族関係が生まれるやら

父の存在はこの程度のサービスで成立するのかと
これは皮肉です

それにしてもたかが入学式
されど入学式
仕事を休んでも出掛ける価値があるのかどうか
とこれも斜に構えています

とある高校のお昼時
式も終わってやれやれ

これから家族そろって昼食会
はたまた慌てて職場に駆けつける
どうするのかなあの人は
父親同士互いに意識する

ご苦労さんですね、父親業は
通りすがりの感想でした。
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地べたに座る女子高生

2005-04-08 19:57:36 | 世間世界
 最近気がつくこと。駅のホームに座り込んで話す女子高生。茶髪・ピアスもいて、車座になって楽しげに屈託なくおしゃべりに夢中になっている。スカートをだらしなくべちゃっとホームの床につけて、座っている。
 電車の中で、傍若無人に座席に腰掛けている青年男女は前もいたが、最近のこの様子はいったいどういうこと? けっしてお世辞にもきれいとは言えない通路で「何とか座り」をしてしゃべり、興じている。
 こちらがちらっと見ても、無視するか、にらみつける。いや、まったく通行人への関心がなさそう。男子生徒でもそういう連中はいるが、目立つのは、女生徒。
 そういえば、学校でも、廊下といわずフロアといわず、座り込んで昼ご飯を食べる生徒が多いという。教師が注意しても、どうしてここで食べちゃいけないのという顔をされるという。
 かつて、電車内で化粧をしたり、食事をしたり、我が物顔でいる若い人(特に女性)が目立ったが、今や、時も場所も目的も関係なく、どこでもいつでも何でも地べたに座り込む。いったいどうなっているの、この風景は、と思う。
 短いスカートもなんのその、不作法やエチケットを超越した風情に、逞しいやらあきれるやら。昔は、ここで、こういう連中の親の顔が見たいと言ったのだが。
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郵政民営化は本当に必要なの

2005-04-07 23:58:44 | 平和
 今の国会議論の低調さは、ひどすぎる。その原因は、コイズミさんの国民をなめきった姿勢にあるが、野党の責任も重い。
 特に民主党の岡田さん。党首討論での迫力のなさ。やはり岡田さんも所詮自民党の出身。挙げ句の果てに、「みどりの日」を「昭和の日」に変えることに党内議論もあまりないまま、賛成していく。いったいどうなってるの?
 コイズミさんも、そうした野党第一党のだらしなさをせせら笑いながら、いまだに「郵政民営化法案」を国会に提出することもなく、のらりくらり。自民党の反対派古参議員連中も、反対反対で身も骨も抜き取れば、民営化という名にはこだわらないという姿勢がありあり。
 でも、このまま郵便局が巨大な(形式的)民間会社になったならば、既存の民間会社を圧迫するのは必死。だから、反対するのも無理もない。コンビニを利用するサービスに乗り込んできたのが一例。これが、利益中心主義で巨大な国の保証による大資本金をもとに、郵便市場・健康保険などの市場に参入したら、小さな民間会社はひとたまりもなくつぶれる。
 こうして、インチキ郵政改革にうつつをぬかしている間に、日本をめぐる国際情勢は、刻々と変化し、にっちもさっちもいかなくなった状態。それを見て見ぬ振りか、見ても判断できないのか。いつも後手をふむ。
 我々国民は、早々にコイズミを見限らなくてはならない。そのときに、岡田民主党がいまのようになんともはがゆい状態を続けているなら、かえって、民主党のほうに国民の失望感が向けられるに違いない。
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行き交う道もまた勤め人

2005-04-06 22:31:17 | つぶやき
散歩に行くときは楽しみが
いつも通る道で
いつも通る人とすれ違う、今日も元気でいってらっしゃい

厚いコートを脱ぎ捨てて
背広姿でさっそうと
おや今日はおでかけ、何だか随分軽装で

あらあら、いつも仲良くご出勤ですね
おや軽自動車
今時珍しい牛乳配達、おばさん、元気だねえ!

でもザンネン!
いつも遇ってた若い女性
毎日違う服装で晴れやかにあでやかに
ちょっと斜めに視線を落として
もう会えないのかな

結婚でもしたのかな、転居でもしたのかな

おやまあ、向こうからくるサラリーマン
冬でもせかせか汗かいて歩いているよう
今日は背広に明るいネクタイを風にそよがせて

来た来た青年
ジョギングで通り過ぎていく
健康のため、いつも遅刻するから
でも若いってやっぱりいいなあ

うちのご主人もくたびれて
私を引いているんだか、引っ張られているんだか

おっと右左よくみて、さっさと道を渡るか

向こうから小さな子どもを前にのせて
母親の自転車
あっちの保育園に預けるのかな

おいおい、くわえタバコはやめてくれよ
ほら、吸い殻を捨てないで
まったくマナーがなってないなあ

サクラも咲いてのどかな散歩道
急ぎ足で通り過ぎる人、人、人

おや小学校から太鼓の練習中ドンドンドンドン

さてここまでが散歩エリア
ゆっくり戻るとしましょうかご主人様
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そんなにもあなたたちは憲法を改めたいのか

2005-04-05 17:23:53 | 平和
 自民党の「新憲法起草委要綱」がまとまった。
 現憲法をGHQ(占領軍)に押しつけられた憲法だとして「自主憲法制定」を結党の趣旨とする自民党らしく、前文に「日本史上初めて国民が主体的に憲法を定めた」と宣言する文言がある。戦前の明治憲法が欽定憲法であった歴史的事実を明確に認めたことは、ある意味でとても興味深い。保守本流を自認する自民党自身が、一部の連中が叫ぶ、戦前へ名実とも回帰しようとする動きをはっきりと否定したといえる。それは、現憲法の「象徴天皇制」を歴史的に容認したことにもうかがわれる。これは、重要な観点だ。
 憲法9条の第2項の規定を全面的に変更し、「自衛のための自衛軍(軍隊)を保持する」としたが、集団自衛権については、「安保基本法」で取り扱うとしている。現憲法下における、自衛隊・集団自衛権の解釈憲法路線と何ら変わりなく、争点化することを避けている。
 反面、家庭や個人の領域に関わることに対して、憲法という国(国家)の根本的なあり方を規定した根本法の中に、「夫婦の協力」「親を敬う精神」とかの文言を入れようとするのは、噴飯モノでしかない。こうした内容は、戦前には「教育勅語」という詔勅で、当時の国民に対して訓戒(強制力を持つものとして)したのであって、その意味では、明治欽定憲法ですら、一応「近代憲法」の体裁をとっていたのである。だから、近代憲法の精神から見て、今さらそうした文言を入れることがなじまないものであることは、至極当然なことだろう。
 だって、夫婦げんかや離婚騒ぎは憲法違反?親子げんかは憲法違反?
 今の警察でさえ、犯罪につながらない限り、家庭内のいざこざには首を突っ込まないのが原則。もし、自民党の案のようになったら、のべつまくなしに警察が、家庭に土足で入り込むことになってしまう。戦後民主主義(それも、アメリカの退廃的文化、またはアカがかった連中によって持ち込まれたと思いこんでいるようだが)によって、よき日本の家庭の伝統・文化が失われたとする立場が露骨に反映されて、これで本当に国民の支持が得られると思っているのだろうか。そうだと思う人がいたとしても、何もわざわざ憲法に書くことはない、大半の国民はそう考えるのではないだろうか。
 元首相や自民党の大ボス連中を集めて大騒ぎでまとめたのにしては、何だか本当に憲法改正する気があるの?公明党や民主党の同意を得、また国民に憲法改正の意義を訴えていく気が本当にあるの?というような内容に終わっている。郵政民営化もあまり国民の関心も高まらず、ましてや憲法問題が国民の焦眉の課題になっているとはとうてい思えない状況である。
 コイズミさんも任期中は全くやる気なし、他の自民党の幹部もあまり熱意が見られない。与党の公明党はもちろん、民主党や他の野党にいたっては、ほとんど冷め切った状況。いかにも日本らしい落としどころ、「もうしばらく棚上げ」路線が一番よい選択肢ではないだろうか。
 もし本気でこの程度の内容で「憲法改正」を主な争点として総選挙をやれば、おそらく自民党は歴史的大敗を喫するであろう、小生のたんなる願望ではなく。
 
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いました、いました、若者が

2005-04-04 17:46:46 | つぶやき
いやあ、久々に渋谷に出掛けたんですよ、昨日
何でかって
別にたいした用事もなかったんですがね

まあ、ついでにちょっと原宿駅から行ってみるか
山手線の電車から降りたとたん
改札口までもう♂な♂なの大混雑

年寄りはもみくちゃにされながらやっとのことで
はるか昔、メーデーというと出掛けた代々木公園へ

何だかマンガの脇役みたいな衣装をつけてる女の子(?)
どうもみても人間離れして性別不詳、年齢はもっと不詳
うじゃうじゃいるはいるは

昔懐かしリーゼントヘアに革ジャンのお兄ちゃんが踊っている、踊ってる
昔の竹の子族って風情もいて
その周りにバラッと若者が手拍子

公園に入るとここかしこでつぼみのサクラの木の下で
車座になって飲んで歌って
いますね、こんなにも若者が

昔、花見にと職場の青年男女を誘ったら見事振られて
オジンオバンだけで寂しく寒空で飲んだことを思い出しました

今の青年たちはけっこう
こういうノリがいいんですかね
華やいだ雰囲気がゴミため一杯にあふれていました

渋谷に向かう通りでは
「演奏禁止」の立て看板もなんのその
あちこちで若者が演奏、「CD1万枚目標」とかで歌いまくっている
へたくそな歌をって、失礼!

でも気になったことがありまして
当事者はまあいい気分で歌って踊ってはしゃいでいるんですがね
それをじっとただただ取り巻いている若者たちが
圧倒的に多いんですよ、元気なのはホンの数人

ただただじっと観ている
横目で歩いている
無視して歩いている
ボールを蹴りながら
うじゃうじゃうじゃうじゃうじゃ・・・渋谷へ歩く歩く

でもこれだけいるんだ
いるところには、って思いましたね

早々に用事を済ませて
帰ってきたとある私鉄の駅前
まだ夕方だっていうのに
人通りも閑散として、若者の姿もほとんど見かけない

ホッとした反面、今も、あの渋谷のスクランブル交差点の雑踏は
いつ果てることもないのだろうな
と思いました

4月3日。
最初の日曜日の出来事でした。
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昭和も遠くなりにけり

2005-04-03 13:35:03 | 世間世界
 中村草田男の句に「降る雪や明治は遠くなりにけり」というのがある。今や「昭和」も「遠くなりにけり」。
 今朝の朝日新聞「東京川の手」版 泉麻人のコーナー。昭和32年4月1日付け「葛西海岸の堤防完成」によせた現地訪問記事。すでに地名の間違いがあった。それも当時の記事できちんと「江戸川区の葛西地区」となっているのに、わざわざそれを大きく抜き出した文に「江戸川区 葛飾地区」と間違って書かれているのだ。校正ミスなのか、それともそう思いこんでしまったのか、若い編集者が。勿論、この部分に関しては、泉麻人氏の責任ではない。しかし、今は、「葛西」と「葛飾」は地域的には違っている。
 そもそも「葛飾」という地名は、万葉の時代から今の江戸川、江東区から葛飾区、千葉県の江戸川左岸の広い地域をさす呼称だったから、「葛西」も「葛飾」ということではあながち見当はずれとはいえないだろうが。
 ちなみに、千葉県立の名門校の「東葛飾高校」は、たしか柏市にある。また、京成電車の駅名では、船橋あたりに「葛飾」という駅名があった。また、埼玉県南部には、「北葛飾郡」というのも存在する。葛飾区にある都立高校には、ずばり「葛飾野高校」。その昔には、江東区亀戸周辺の工場労働者には、「南葛労働組合」という労働組合組織もあった。こうしてみると、東京東部から千葉県西部、埼玉県南部にかけての広い範囲が「葛飾」。「葛西」もいわれはそこにあるようだ。
 今あげた地名なり駅名は、最近急速に使われなくなってしまったようだ。あわせて、地域もあっというまに大変化を遂げてきた。そうしてみると、今回泉さんが実際に歩かれてレポートした記事もとても興味深かったのだ。
 江戸川球場の脇のあたりの道路がその「葛西海岸堤防道路」だとは・・・。手元の地図で確認すると、たしかに海岸線に沿ったように道が続いている。左近川もある。山本周五郎の「青べか物語」の舞台は浦安付近だったが、この左近川も海苔漁のベカ舟が往来していた水路だったとのことだ。
 というわけで、何回か車で通ったことのある道路がまさか今回の記事の「堤防道路」とは思いもしなかった。今度は、じっくりと歩いて散策して見たいと思った。出来たら、新聞でも現在の様子の写真を掲載する方が読者へのサービスになるだろう。残念だが、そうしたサービスはなかった。
 それにしても、50年近くも経つとまったく忘れ去られてしまうことを思った。地名も景観も人々の暮らしも。昭和時代は、たしかにすでに遠い昔の時代なのだ。
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喫煙者受難の時代

2005-04-02 11:35:56 | つぶやき
いやあ、お疲れさまでした、フウッ~!
もう終業時間が来るのが待ち遠しくて、フウッ~!
朝からもう帰りを楽しみにっていうより、フウッ~!
苦痛で苦痛で、時間の経つのが遅いのなんのって、フウッ~!

しかし何でまたこうやってしめだすんですかね
今やタバコ愛好者は、フウッ~!
人類の敵だって感じですものね
ああ、ついこの間までは分煙権てなことで隅の方でも吸えたのに

そりゃ私だって気を遣って来ましたよ、狭い部屋では吸わないとか、フウッ~!
そういえば空気清浄機っていうんですか
ばかでかい器械買って据え付けていたときもありましたね
あれは何年も経たないうちにお払い箱ですか
ムダっていうやつですね、フウッ~!

そしたら今度は建物内では吸ってはいけないって
建物の日影の寒いところで
まさに日陰者になっちゃって、フウッ~!

今度はなんと4月1日から敷地内禁煙って、ためいきがでますよね、フウッ~!
たしかに肺ガンだとか他の病気の発症率が高いってことは分かってますよ
友人も肺ガン、本人も言ってますよタバコが原因だって
また一人なりましたがね

喫煙は緩慢な自殺行為だって言われるし
これを機会にやめるかなって思いますがね
でも、こうしてつい一服って
死んだ爺さんなんか90歳までタバコ吸って元気だったんですがね、フウッ~!
排気ガスのほうがよっぽどよくないと思うんです

予防医学ってやつですか
タバコの税金収入より治療費を考えるとマイナスですかね、やはり

まあこうして歩きタバコも人様に迷惑だし
おっとここには灰皿があった、ちょっと一休みしますか、フウッ~!

ほら高速道路の下、ブランコとか滑り台があるところご存じですか、フウッ~!
周囲を金網で囲って簡単に入れないようにしてあるところ
あそこの一角に喫煙所があるんですよね、フウッ~!
子どもを遊ばせながら一服できるようにってサービスですかね、何か変!フウッ~!

外国、アメリカじゃ販売できなくなったタバコをやたら輸入して売っているし
矛盾だ!矛盾だ!フウッ~!
やっぱりやめるしかないんですかね、フウッ~!
我々から唯一の楽しみを奪って、連中楽しいんですかね、ああ、フウッ~!
さてとそろそろ帰りますか

東京都の公共施設は、今年4月1日から敷地内全面禁煙となった。
世界の趨勢や時代の流れから、当然の処置なのかも知れない。
かつて若い頃、パイプで紫煙をくゆらせていた。やめてからもう何十年もたつ。
昨今の喫煙者の悲哀を少しは感じる。
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昭和の日に変わるんだって

2005-04-01 10:07:08 | 平和
 4月29日が「みどりの日」から「昭和の日」に変わり、「みどりの日」が5月4日になることが決定したということですね。早ければ2007年にも実施とのこと。このニュース、どれほど話題になっていたのですか、迂闊にも小生は知りませんでした。
 昭和の時代が平和と繁栄の時代であったことを寿ぐ意味があるらしいです。もともと昭和天皇の誕生日だった4月29日は昭和天皇の亡くなったあとも、祝日として存続していました。4月29日から5月5日まではゴールデンウィークとして学生も勤め人も大型連休としてなじんでいたせいもあったのでしょうか。そのまま祝日となりました。昭和天皇が自然をこよなく愛し大切されていたというような意義付けがあって、「みどりの日」としたように記憶しています。
 当時からずばり「昭和の日」ということも議論されていましたが、時期尚早ということだったのでしょうか。また数年前も議論があったとき、やはり反対意見もあって決定まで至らなかったように記憶しています。ここへきて急速に閣議決定され、国会に提案、可決されたのでしょうかね。ホント知らなかったですね。マスコミでも話題になったのかしら。
 では「昭和の日」は本当に平和と繁栄の時代だったのかといえば、歴史的には嘘ですね。昭和に入っての20年間は、戦争につぐ戦争。中国や朝鮮などに進出(侵略とは言わないらしいです、教科書では)して、最後は東南アジア(太平洋地域含む)全体を巻き込む戦争に発展し、日本人のみならず多くの外国人を犠牲にして、ようやく昭和20年8月15日終戦(これも敗戦とは言わないらしいですね)。
 こうした歴史を改めて考えるという視点から、「昭和の日」には「戦争と平和を考える日」にすることが大切ではないでしょうか。その際、昭和天皇が戦争で果たした役割を冷静に見つめる事も大事な視点ですね。ただただ「昭和という時代の平和と繁栄」というだけでは、中国や韓国、北朝鮮の理解を得られないと思います。それにしても、迂闊でした。国会での議論を注視していなかった不明を恥じます。5月4日の「みどりの日」もとってつけたようなネーミングですが、まあ新緑の季節ということでよしとしましょう。
 興味深いことは、「成人の日」や「敬老の日」、「体育の日」などは日にちが固定されずに毎年日曜日との関連で移動します。春秋のお彼岸の中日も周期によって変動します。ところが、11月3日の「文化の日」や11月23日「勤労感謝の日」などは、けっして変動しません。もちろん、「建国記念の日」もそうですが。どうしてでしょう?
 それらの日は、明治天皇誕生日(明治節)だったり、新嘗祭・大嘗祭(天皇の即位の際)だったりと天皇・皇室行事とにきわめて関わりのある日だからです。それに比べて、他の祝日の軽さを思います。戦前は、これらの日には、各家では日の丸を門前に掲げ、小学校などでは登校してお祝いしました。もちろん、「君が代」斉唱つきです。今のように、祝日で休みだと言う程度ですめばいいのですが。これから先、4月29日がそうならないように願います。
 それから余談ですが、今の天皇は、どうも雨男のようですね。昭和天皇は、晴れ男だったらしいですね、行く先々が晴れて穏やかな天気に恵まれるという。小生も間近に体験したことがありました。そのとき、世の中にはこういう方もいるんだなあと思いました。小生は、もともと天皇制は嫌いですが、今の天皇さんも息子や息子のお嫁さんのことでなかなか大変でしょう、せめて天の味方があることを願いますね、そこそこいい方のようですから。
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