おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

選挙運動は何時まで?

2005-06-30 23:08:26 | 世間世界
 都議選の投票まであと3日。今晩とある私鉄の駅の改札口を出たところ、自民党の候補者がたすきを掛けて、何やら声を張り上げ、頭を下げていました。随分と熱心な候補者だなと横目で見ながら、すたこら通り過ぎました。
 ふと時計を見たら午後9時30分をとっくに回っていました。こっちもちょっと会合があって腹も減って帰ってきたのですから、本当にご苦労様ですなと。でも、こんな時間まで選挙運動が出来るのかと疑問に思ったのでした。家人に聞いてみると8時までだったんじゃあないかしら。では、さっきの駅前の候補者いったい何なの?選挙違反なの?近くに交番があるのにああやってやっているんだから何かうまい抜け道があるのかと思ったのです。そうそう、創価学会員の遠くの親戚がわざわざ電車に乗って(?)知人の家までやってきて公明党の応援に来たのです。知人は、義理の母の葬式にも来てなかったし、いったいどこの姪なのかと思ったそうです。ホント熱心にかけずり回っているようです。近所でも連れ添って歩いている学会の婦人部を毎日見かけます。必死になって当選のために駅頭で演説する候補者。宗教的信念のもと、手弁当でかけずり回る学会に比べれば可愛いものですが、あんな遅くまで選挙運動・活動をして本当にいいのでしょうかね
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不明を恥じます

2005-06-29 23:55:52 | 平和
 いったい永田町の住民はどいつもこいつもどういう連中なの?あれだけコイズミさん修正されるくらいなら廃案でけっこうと啖呵を切った。でも、自民党の修正案がまとまると、いい知恵が出たと自分の言ったことは忘れて、修正を受け入れることに。なんだったの?どこへいったの?あの啖呵は。通らなければ、衆院解散も辞さないという意気込みは。
 小生、コイズミさんの突っ張りで、適当に付帯決議でごまかすのかと思っていた。あにはからんや、法案そのもの修正となった。中身は、もう骨抜きもいいところ。皮を切らせて肉を切るどころか、肉を切らせて骨もついでにごしごし削ってと。それでもコイズミさんは名目だけで良かったのだと今気づいた小生がバカでした。竹中さんも猪瀬さんも今やダンマリ。あの連中っていったい何なの
 そうそう、猪瀬さん。道路公団の不正取引(談合)を知っていたんだったら、何で道路公団民営化の議論中に暴露しないの?結局、骨抜き道路公団民営化に手を貸しただけ。実にいい加減な作家くずれにすぎなかった。
 話がそれた。竹中さんも今や何も語らず。民営化という言葉があれば、中身はどうでもいい、というわけか。所詮、この程度の学者、いや政治屋稼業。
 「都議選イノチ」の公明党の顔を立てて、採決は今週はなし。そのかわり、コイズミさんの顔を立てて、来週のサミットには間に合わせて、採決するという、もう自分たちのメンツのたてあいとなる段取りとなった。
 ここでも、民主党はまたもや出番なし。岡田さん、責任感じてくれなきゃ困りますよ。無能の党首のもとに、弱卒ばかりの体たらく。かくして、一件落着
 この後は、憲法改正のための「国民投票法」と「国を愛する」教育基本法改正法が浮上して、またもや与党内でのかたちだけの駆け引きがあって、公明党が、またしても少しだだをこねた振りして、それでもとことん無節操の妥協・堕落の道を歩んで、またこうした重要法案も、一件落着。公明党。あとは、某名誉会長の勲章取りに精を出す
 いいかげん、国民も目を覚まさないと、我が国は後戻りが出来なくなってしまいますぞ。
 中国からも韓国からもそしてアメリカからも適当にあしらわれ、惨めな姿を国際社会の中で示すことになってもわしゃ、もう知らん!


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相変わらずの国民不在

2005-06-28 16:07:12 | 平和
 郵政民営化法案を巡って与党内で修正議論。コイズミさんは修正は絶対しない、修正するくらいなら廃案でけっこう、と。結局、付帯決議かなにかでお茶を濁す算段で落着させる魂胆。
 自民党も、コイズミさんをとことん追いつめて、悪役になりたくない。だから適当な妥協で、事足れり。このあいだの鳴り物入りだった道路公団の民営化も結局骨抜き。今になって談合問題がリークされて。何であの当時、激しく議論しているときに話題にならなかったのか、とんと不可解。 郵政問題もそうならないとも限らない。けっこう不正着服や不正融資なども多いようだから。それでもいかに悪法であっても、通ってしまえばこっちのもの、といういつものやり口。
 公明党は、都議選前の決着には大反対。最大イベントの都議選に影響が出るから。では、都議選後ならどうしていいの? するといつも言い方で、我々は反対したが、しかたがなかった、こちらから連立政権を壊すことは出来ない。
 これで納得してしまう学会員は、もう選挙活動屋一票獲得要員になりさがった。なにしろ、いったん選挙運動をやると、面白くてやめられないらしい。またそうさせていくらしい、純朴な学会員の人々を。それでもまだましか、学会は。
 民主党にいたっては、とっくの昔に蚊帳の外。何しろ対案も出せない、無「責任」政党。反対の声も何となく心細そう。とういうことで、いつもの永田町的国会運営。適当に反対派議員のガス抜きをして、役員一任を取り付けて、しゃんしゃんと。後ろには公明党・創価学会がにらみを利かせて、選挙の一票のために節を売る自民党議員が続出するのも、いつも段取り。
 国民は、別に郵政民営化になっても関係ないよ、と思っているかも知れないが、じわじわと腹にきいてくる。気がついたときにもう時遅し!何が民営化だったのか、利権の分捕り合戦に終わる。それに加わりたい政治家どもと官僚の暗躍・・・。
 史上最低の関心率の都議選も、大勢に何の変化もなく、というのはイヤだから、今度の3日には清き一票を行使してきます。投票所まで車に年寄りを乗せてくる、学会員らしい人間を横目で見ながら。
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今時の優秀な中学生

2005-06-27 18:11:15 | 教育
 ふと手にした、ある教育雑誌。その中に、今春開校した、都立白鴎高校付属中学校の訪問記事が載っていました。
 この中学校は、東京都が鳴り物入りで開校させた、都立最初の中高一貫校です。保護者や子供たちの関心も高く、受験人気も大変だったようで、まず書類選考で絞り、選抜試験を行って、1年生160名が入学。ただ女子が90名で、男子が60名と男女共学ですが、女子生徒の方が多く通っているそうです。なんでも受験成績でも女子の方が良く、男子数名が入学辞退し、その補欠はすべて女子生徒だった。
 試験の内容としては、様々な学力を検査したようですが、作文や面接などが中心の試験では、小学6年生の頃では、女子の方が男の方よりは活発で才気もあるでしょうから、順当といえば順当でしょうか。
 まあ、こうして開校してこれまで高校生ばかりだった学校に、中学生が入学してきたわけです。といっても、この学校、中学2年までは、高校の近所の廃校になった、それまでの区立中学校をリメイクした学校に通っているので、いつも一緒というわけではないようです。でも、先生方は大変で、5分ほど離れた学校に自転車で行き来しているとのことでした。
 それでも、かなりハイレベルの子供たちが通っているようで、数学もドンドンと先取りした内容をやっている。他の中高一貫の私立や公立と比べても、それほど遜色がないほどの学力水準のようです。これから6年後、大学受験での成果が大いに期待される、と。ストレートなほどの保護者の要望、すなわち私立の中高一貫校に負けない、金のかからない「東大を頂点に、難関大学合格」という受験校づくりへの期待が、実にすっきりと出ていました。
 そうした本当にべた褒めばかりの記事の中に、こんな表現がありました。「『背が高く、肥満もなく、歯並びのいい』」子供たちばかりだ。」
 今の教育環境をそのままはっきりと書かれた文章に、久々にお目にかかった気がしました。まさに普段からの家庭教育の姿の差が、こういうかたちで表現されていると思いました。
 こういうお嬢さんが学ぶ学校には、チビもいなければ、デブもいない、虫歯のある子供も一人もいない・・・、と。これって、モロ偏見ではないか。と言い切れないところに、今の子どもの置かれた状況があるように思います。
 真剣に子供のことを思ったら、バランスの良い食事、適度なスポーツ環境、日ごろの健康管理、そして受験に結ぶ確かな学力(その大半は、小さいときから塾に通って培われたものですが)。
そのことをおろそかにしていては子供の将来は危ういものとなる、と。その上、ふんだんに教育費に金をかけなければ、なかなか受からない学校だとしたら、ますます高嶺の花になるばかり。
 たしかに、公立中学は生徒の学ぶ姿勢、生活態度もかなり荒んでいるようです。ですから、中学校から私立に行く子供も多い。また、地元の中学に行かずに越境して他区の中学へ通う子が急増しているとの話も聞きます。子どもを取り巻く家庭・地域の教育や躾の環境の崩壊が、こうした公立中高一貫校への過度な期待になっていくとしたら、それで幸福といえるでしょうか。
 自分の子どもさえ良ければ、というエゴに徹した親の姿を批判できない、今の政治・行政に問題を感じます。
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困った保護者の話 

2005-06-26 22:49:09 | つぶやき
見ましたか、今朝の朝日
見ました、見ました、ホントにこういう困ったちゃんの親いますよ、いくらでも
いるいる、ってこれは大阪のようだけど、東京でも、高校でもあるんですか

もう呆れちゃうような話しですよ
つい最近では、家族旅行するんで終業式に出られない、早く通知票をくれとか
終業式はもう前から分かっているのに
前だったらその日以降の旅行の計画を立てるのが、当たり前だったのにね
何だかその日からの方が、会社の休みが取りやすいって

子供たちが集まって酒を飲んだらしい、学校は実態を知っているかって
早速調べて該当者たちにそれ相応の指導をしようとしたら
話に聞いたら学校側は対応しなければならないものね
その親はうちの子は飲まされた被害者だ、それに知らせたんだから対象からはずせって
まるで司法取引みたいな感じですね、実際には自分から飲んでいるのにね

その通りですよ
担任が気に入らない、変えろ、なんていうのは当たり前の話
それも校長どころかすぐに教育委員会に電話する

そうなんだ、ある高校では子供に学級日誌を家まで持ってこさせて
担任やクラスの不満をコピーして教員にばらまいたなんてことも聞いたことがあるけど

なんでもかんでも上に言えば済むという風潮がありそうです
お前じゃわからん、社長を出せっていうやつですか

お宅の生徒がコンビニの前で騒いでいて困るって匿名の電話
慌てて駆けつけると、しーんとして誰もいない、これなんか明らかにいたずら電話ですよね
学校に面白くない人か何にかの

そう、爆弾を仕掛けたなんて電話もあるらしいね、面白がって真似する奴も
そのたびに授業を中断して、大騒ぎってことも

お子さんの素行のことでちょっと学校に来て下さいって言っても
都合が悪いから行けない、それで、来たら来たで、何でこのくらいで呼び出したんだと
俺が高校の頃はこれぐらいじゃ処分なんかしなかった

だいたいこの年齢の親は高校受験にしても大学にしても競争化した時代だった
それで学校に不満を持っている親も多いのですかね

うたれ弱い親も多くですよ
子供の時から意外にちやほやされて生きてきて
いざ自分はともかく、子供がっていうことになると
もう何も見境がなくなって自己防衛に走るってことですか

そうそう、知っている高校の先生で訴訟保険に入った人がいますよ
どういうことで訴訟に持ち込まれるか分からない世の中だから
せめて裁判費用くらいは用意しないとって

そのうち、うちの子が希望する大学に入れなかったのは
お前の下手な授業のせいだ
うちの子が単位を落としたのは
お前の努力が足りないからだ、どうしてくれる!

親の競争意識とその裏返しのコンプレックスが
なんでもかんでも学校のせいにする

言った者勝ち、声の大きい者勝ちみたいな世間の風潮があるんじゃないですか
家庭でのしつけを見直して、子供のことをもっときちんと掌握していてほしいですよ
自分の子がぼんくらだって事ぐらい

だって、あんたの子供じゃないですか、鳶が鷹を生むわけがないって
陰じゃ悪口いってますね
ホント困ったものですな
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東名渋滞の時の方策はいかに

2005-06-25 22:36:26 | 世間世界
 今朝早くから、車に乗って出かけています。静岡までです。東名が、朝から事故で渋滞でした。皆さんは、渋滞の時どの車線を通りますか。小生は一番外側を基本的には走ります。一見追い越し車線が早いように思いますが、どうもそうではなさそうです。
 何年か前に、渋滞に巻き込まれました。それまでは渋滞中の道路では、ちょっとでも車間が空いていると、すぐその車線に変更していました。せっかちなせいもありますが、そっちのようが早く思えた。でも、しばらくすると、むしろ元の車線の方が先に進んでいる。
 本当に、事故渋滞以外での自然渋滞の場合、先頭はどうなっているんだろうと誰もが思います。渋滞が終わると、嘘みたいにすいすい進む箇所もあります。有名なのは、東名では大和トンネル付近を先頭にした渋滞。どうも、なだらかな上りが続くために、スピードがダウンする、そのため後続車がブレーキを踏む、その後ろの車も次々と、ということのようです。また足柄までの上下線も急カーブが続くために、慣れない車が遅くなって、・・・。
 同じ所の上り線で、実は、小生、何年か前に、その箇所(80キロ制限)のカーブを助手席の方と話が弾んで、スピードを出して追い越し車線を通っていて、パトカーに見事つかまったことがあります(たしか3万5千円だったか)。
 その時、後ろからパトカーがサイレンを鳴らして、近づいて来ました。緊急事態発生と思って、追い越し車線から進路変更して、後を譲りました。すると、パトカーは横に並んで、手をしきりに振っているのです。小生は譲ったことで感謝しているのかと思って、手を振ってそのまま進みました。すると急にパトカーが車の前に出て来て、ウィンカーをちかちかさせた。そこで初めて気がついたのです。案の定、中井のサービスエリアの手前で路肩に寄せられて、御用となりました。ま、余計な話ですが。
 さて、話を戻して。その後、何回か渋滞に巻き込まれた時、定期バスや大型の輸送車が、一番左を走っている。それがけっこう気がつくと、随分前に進んでいる。そうか、意外と一番左が実は早いのかも知れない、と思いました。それからは、渋滞になると、一番左を走るようにしました。たしかに早い感じがします。渋滞が解消されたら、一番右(追い越し車線)が早く進みます。勿論、路肩を走る車に比べれば、それは遅いですが。今回も、だからそのようにして走りました。うまくやったなと思いましたが、着いたとき、同じように東名を走る定期バスの方が早かった、と聞きました。あれで早いとは! プロのテクニックに驚きました。いったい・・・?

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奈落の底を見ることに

2005-06-24 23:02:17 | 世間世界
 たぶん日本の社会は、確実に滅びの道を歩いているでしょう。左も右もなく、もう引き返せない道をたどっているような気配。焦りといらだちと鬱と・・・一人ひとりの人間の心に巣くう不可解な気分は、市民権を得て、一人歩きしているようです。何となく気分的に、何となく不安神経症気味で・・・。
 戦後60年。戦後「民主教育」の弊害が、こうして現れたきたと見る人も、民主主義を徹底できずにきたつけが回ってきた、と考える人も。もうすでに、若者の心の闇とは無関係に、どちらもいらだちとあきらめの中で、気ままに自己主張し、自己満足をしているだけです。おそらく誰も勝者は出ずに、このまま滅びていくでしょう、日本は。そしてほほえむのは中国や朝鮮ではなく、アメリカ。してやったりと思う、アメリカの政治家たち、財界人たち、教育者たち・・・。戦後60年、日本人の思想改造をやっと成し遂げたからです。
 食べることとセックスすることの要求が自在に手にいるモノとなったのは、ここわずか20年も経っていないでしょう。食欲と性欲という人間の基本的欲求が満たされた時、若者がその先鞭を付け、そして、その若者たちが親となって子育てに悩む今になって、日本は見事崩壊の危機を迎えたと思います。なにしろ、アメリカ人が精神的にも肉体的にもむしばまれた歴史を、駆け足で無理に追いかけさせられているのが、今の日本人なのですから。
 そのようにし向けてきた、アメリカの対日政策は、見事に完成しつつあります。イシハラさんが都知事になったときに危険な兆候を感じましたが、コイズミさんが首相になったときから、あれよあれよという間に、ここまで日本人の心身が荒廃する、とは思ってもおりませんでした。
 考えてみれば、マスコミの荒廃も、20年前から進んできたように、改めて思います。
 未来もなく、夢もない社会に縛られるほど、そしてあくまでも刹那的な快楽的社会、その中で、多く若い少年の心をむしばむモノは溢れています。
 少年を護り育む地域が崩壊し、家庭が無惨なかたちになって、そうした中で、若者が精神的に荒廃しきっている。その事態をただただおろおろするか、冷ややかに評論するか、そうして無感動な年寄りが増え続けて。
 いつしか巷には、不自由そうに歩く老人が目に付くようになり、あちこちで行き倒れが出現し、片づける気力もなく、そのそばで朽ちていく人々。
 そんな近未来を思う、15才の犯罪でした。とてもアンニュイな気分でいっぱいな・・・。
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タワーでパワーを

2005-06-23 21:38:07 | 世間世界
というスローガンをよく目にします。墨田区内にです。
 これは、東京タワーに変わる新しい、それも巨大なタワーを、墨田区の押上・業平橋地区に誘致し、建設しようという運動のスローガンです。どうもそれがなかなか感触がよくて、いよいよ建設地の第一候補にあげられたとのことです。勢いづいて、今やますますキャンペーンが激しく、と思いきや、どうもまた雲行きが危うくなってきたみたいです。
 もともと、このタワー。地上波デジタル化に伴うものらしく、今の東京タワーでは無理なので、新しくということのようですね。押上地区には東武鉄道の本社と敷地があるので、その地域を再開発して、巨大タワーを建てようという目論見です。そして、ついでに下町情緒を売り物に、日光・浅草と結びつけて、巨大な観光資源にしようという魂胆。下町風情が売りになるほどの情趣も、今やどこにも残っていそうもないのにです。資金は東武鉄道が主体となって集める、400億とか500億とか、それ以上?
 でも、東武鉄道は、この間の例の踏切事故で、重大な通行人死亡事故を起こしたばかりです。その他にも、まだまだ線路に踏切が残っています。この押上地区にもまだあって、通行に支障があります。ついこの間までは、踏切には職員がいて、踏切を手動で操作していました。
 ですから、そんなお金があるなら、踏切の立体交差に金を使ってくれ、という声も出ています。特に、この間の死亡事故があった地域などからも。
 どうも、この間の事故は、本社を含めて、上の連中が暗黙の了解をしていたふしがあるようで、現場の改善の声、危険だという声をほとんど会社ぐるみで無視し、事故後の捜査でも、それを隠しているようです。
 また、イシハラさんも、どうしてそんなタワーをつくる必要があるのか、と疑問どころか消極的な姿勢。
 こうして、墨田区は焦ってきました。だいたい「タワーでパワーを」などという、実に品のないスローガンで運動を始めること自体が、さもしい根性見え見えだ、と世間の物笑いの種になることくらい分かりそうなものですが。
 どういうふうに落ち着くか分かりませんが、せめて地上げ屋の横行とならないよう、墨田区でもきちんと見張ってもらいたいものです。なにしろ、本当に狭い所に軒を接して、家が建ち並んで庶民が生活する、慎ましやかな、それこそ下町人情のある街でもあるのですから。
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不毛の家族風景

2005-06-22 22:55:19 | 世間世界
 親に殺される子供たち、子供に殺される親たち。
 人間の死ぬ直前の風景。殺す側の網膜には、殺す対象がどう映り、殺される側の目には、自分を殺そうとする相手が自らのいまわの際にどのように映っているのだろうか。
 哲学者・鷲田清一氏の評論の一節に「処刑するとき、処刑される人間の目を覆うのは、その人間の恐怖心を抑えるのではなく、処刑する側の人間が、処刑する人間の眼を見ずにすることで、その人間をたんなるモノと見なすためである」というような文章があったと思う。「まなざす」「まなざし交わす」関係を通じて人は人とのかかわりをはじめて持てるとも。
 昔から「目は口ほどにものをいう」という。視線を向ける対象が人間であるならば、その視線の奥に人間的な情趣を感じ取るのがまた人間だ。親しみの心だけではない、憎しみの感情も反映されて。家で飼っている犬や猫ですら、言葉はなくても目を向けることで、感情のやりとりはあるものだと思いたい。
 まして、人間はたんなるモノとしてではなく、言語を通して感情を表現する持つ動物である。だから、目を交わすこともなく、殺す、殺されるという場面での無機的な風景ははかりしれない。
 15才、都立工業高校1年生の少年の目には、そのとき、どういう風景が広がっていたのだろうか。少年の心情をあとから評論し重ねていっても、そこから積極的な意義は生まれないだろう。ただ少年の心の虚無をみるだけではないだろうか。
 それにしても、こうした事件が起きるたびに、少年の行動を学校は事前にキャッチできなかったのか、兆候を見逃してはいないか、いったい何をやっているのだ、という批判がまき起こる。しかし、学校は、両親殺害に至るまでの少年の心の形跡を、どう垣間見ることができたであろうか。入学して3ヶ月余り、おそらく少年はまともに人と目を交わすことができないまま、ここまできてしまったのではないだろうか。学校を責めるのは酷なことだ。
 現代のますます存在感が希薄になった人間関係・家族関係の果てのこの事件は、当事者自身(両親も子供も)全く不可解なままなのではないだろうか。
 そして、少年には法律上の罪が付される。
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営業部2課の現状と課題について

2005-06-21 23:18:55 | つぶやき
どうもお疲れさまです
なかなか機会がなくて申し訳ありません
忙しい中すいませんでした
ご足労願って

ま、じゃあビールでも
すいませんがビール大
私は中でいいです
それから中落ちと焼き鳥でも頼みますか

ほうー!同い年ですか
ここの女将さんと
最近は来ないですよ、ここも
そうですよね
職場もなかなか皆さん忙しくて

えまあ、曲がり角ですかね
ちょうど営業部も
来年から様変わりするし
どうなっていくんですかね

先輩から見てどう思いますか
今の営業所長のやり方は
それはそうですが
けっこう強引なところがありますよ、どうもそれが・・・

今の2課も大変ですよ
まずお客さんが
随分変わってきましたから、前に比べて
何を求めているのか
分かりにくくなって

ま、一応課長ですけれども
皆さんあって
お客さんあっての仕事ですから
先輩の一言が効くんですから
我が業界はまだまだ

うまく顧客のニーズに応えようとは
思っていますが
その前に我々自身の足並みというか
何をどうするかが大事なことですよね
どうも
それがバラバラになっているような気がして
どう思いますか、先輩は

あっ!これですか
悪酔いしないための薬みたいなものですよ
別に先輩と飲んでるから
悪酔いしそうだって訳じゃないですから
勘弁してくださいよ
私も50をとっくに過ぎました

そうですね、
秋のイベントへの取り組みが一番の課題ですけど
盛り上がるかどうなるか

むしろ来年のイベントの方が心配ですよ
意見も分かれているし
春の2大イベントにも難しい面が出てきているし
今年は大事なときに
やむをえず休暇をとってしまって
迷惑もかけたし

来年は少し考えて行動していきますが
どうも慣れなくてああいうやり方に

たしかに責任者でもあるんで
お客さんにも同僚の人たちにも

腹減ったんで何か頼みましょうか
先輩はいかがですか

ホント難しい時代になりましたね
何かっていうとすぐに本社の連中が
やいのやいの言ってくるし

でもまだまだ頼りにしてますから
先輩もがんばって下さいよ

今度の7月2日ですか
どうしようか迷っているんですが
先輩はぜひ出てくださいよ
わが社のそうそうたる先輩が来るんですから
ちょっとうっとうしい感じもしますが

また、こういう機会を持ちましょうよ
貴重な話も聞きたいし話したいし・・・

まだまだ続く
先輩と後輩の二人だけの
飲み会であった。
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靖国参拝への布石

2005-06-20 23:36:33 | 平和
 コイズミさん、終戦60年を迎えた今年は、各地の「戦争慰霊祭」へ積極的に出席している。硫黄島にも出かけた。これからは沖縄、広島、長崎(どちらかになる場合も)と出席する予定のようだ。60年のけじめとしての意識が働いているのだろうか。
 世間では、死後50年前後が大きな区切り。仏教においても追善法要(50回忌・死後49年目に当たる)も一応はこれで一段落となる。よほどの功績者などでない限り、後は「〇〇家先祖代々」の一員という扱いになる。神道の場合は、一人ひとりが神になったのだから、一括りで神様という風にはならないかも知れないが、それでも、没後50年でその子供や孫としての勤めを終了するのが通例。60年は特に大きな区切れの年ではないはず。還暦が60だから、生きている人にとっては意味があろうが。
 だから、コイズミさんの積極的な出席には、重大な意図があるのはみえみえだろう。ずばり、8月15日の靖国神社参拝である。それも内閣総理大臣としての「公式参拝」を実現するつもりなのではないか。これだけ、国内からも批判が多く出されている中で、いまだに靖国に固執する態度は尋常ではない。まさに「確信犯」なのだ。
 8月15日、恒例の「戦没者追悼式典」が天皇・皇后を迎えて開かれる。それで終わりということでは、彼の宗教的信念・政治的信念はおさまらない。そういうコイズミさんに、他の閣僚も議員も唯々諾々としているだけなのだろうか。国家的な戦没者のための施設などは、彼の眼中には全くない。靖国神社がすべて、他を持って代え難しの存在なのだ。
 しかし、靖国神社には、民間の戦争犠牲者は祀られず、戦争で死亡した軍人だけが(国の守り神としての)「神」として祀られている。A級戦犯のうち、東条英機などは純粋の戦没者ではなく、東京裁判での死刑判決により、処刑された人物だ。
 その人物たちを神として祀ることで、東京裁判は不当な裁判で、その不当な判決によって不合理にも処刑された被害者である、との認識が靖国神社の考えにはある。その宗教的信条に、コイズミさんは時の内閣総理大臣として100%同意し、深い国家的意義を感じていることにほかならないのだ。 
 靖国神社とは戦争でなくなった兵士の霊をなぐさめる神社であって、一般的に平和を誓う目的は靖国神社そのものにはない、ということを知った上で、コイズミさんは堂々と参拝する。外交も内政も関係がない、これがコイズミ改革の集大成だ。
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また教室で教師自殺

2005-06-19 13:53:25 | 教育
 つい先日、学校の先生が職場である教室で首をくくって自殺した、との報道を目にした。たしか何ヶ月前にも、新卒の先生が教室で自殺したことがあった。人間が貴重な生命を自ら絶つことに至るまでの過程は様々だろうが、日本の自殺者は3万人以上。交通事故死の3倍以上だ。死亡原因の中でも上位に。病死や事故死ではなく、自死が多いお国柄とはいったいどういうお国柄なのだろうか。
 今回のケースは、帰宅が遅いために探したところ、職場で死んでいたのが発見されたとのこと。 今、学校現場は特に教師が大変な状況に置かれている。世間からの批判は、多くの場合、教師の姿勢・態度に集中している。そのため、以前はいじめ・学級崩壊が学校の大きな問題であったが、今は、生徒の自殺と並んで、教師の精神疾患による休職、途中退職が問題とされている。
 自殺者の多くは、鬱的状況に置かれている人が多いとか、そういう立場でカウンセラー制度や悩みの相談システムが、職場や地域に出来つつある。学校は、生徒のそうした状況への対応もさることながら、教師たちへの精神的なフォローが必要とされている。
 自殺者の心中を深くは察することは出来ないが、それにしても自らが働く職場、それも教師としての生命をかける現場で自死するとは。その心中はいかなるものであろうか。
 残された家族、同僚はもちろん、突然残された子供たちの心を思うと、暗澹とした気持ちになってしまう。
 本当に自殺の主たる要因は、個人の精神的な問題が大きいのだろうか。自殺の原因の多くを個人的なものに還元してしてしまうことで、何か見落としてはいないか。学校の今のシステム、あり方にも問題を感じてしまうのだ。殺伐とした精神風景の中からは、未来を育む姿は浮かんでこない。教師・学校だけではなく、保護者も地域ももう一度子供の教育のあり方、関わり方も含め、考えていく必要があろう。学校をとりまく保護者や地域にも問題を感じるから。
 保護者の自分(自分の子供)さえよければ何も関わりたくない。一方で、少しでも学校がミスをすれば、それをあげつらい、教育委員会やマスコミにすぐに訴える姿勢の保護者も多いと聞く。少しでも授業が欠けたら、学力が下がったら、生活姿勢が乱れたら、それは教師の責任だ、何をしているのだ、と。家庭教育もそれ相応の責任があるはずだが。
 こうした中で、教師としての焦りや悩み、苦しみが、自己責任重視の社会的風潮とあいまって、多くの学校現場(教師たち)を押しつぶしているのではないかとさえ思う。
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理想と現実または今、学校は何か変

2005-06-18 23:36:42 | 教育
 今日の午後、地元の教育関係者と話をする機会がありました。学校5日制の定着の中で、学力低下に対する危惧や批判、そのために、区教委や学校での取り組みなどでの、さまざまな悩みや苦労をお聞きしました。
 特に、学力低下問題は、統一的な学力調査の結果が、区ごとや学校ごとに公表されることで、改善策をとらなければ、次年度以降の学校への入学生徒に影響(学力の低い学校には子供を通わせない)が出てくる。これは、ただ区の中の学校同士ではなく、区ごとの競い合いにもなっているようです。
 だから、全学校、一斉に従来からの3期制を2期制に変えたり、夏休みを減らしたり、今では、学校によっては、土曜日にも学力補充・講習と称して、希望者(ほぼ全員に近い)を登校させて、勉強させているのが、当たり前になりつつあるという。その背景には、学習指導要領によって教える教科目や内容が規定され、また、それぞれの教科を必ず何十時間を教えなければならないこと、学校行事等で確保が困難な場合があっても、それぞれ工夫して必ず時間数を確保せよ、という文科省からの至上命令のために、各学校では悪戦苦闘しているらしい。現場の校長さんや教員からは、そうしたやり方に批判は多いが、区の立場では、そう現場の話を聞いてばかりはいられず、無理を承知で現場に指示を下ろす、こうした事態がここ何年も続いている。
 学校の年間計画がくるくる変わりすぎて(突然、2期制になったり、夏休み1週間減などが出てくる、週ごとに時間割を変えたりするのだから)教師も児童・生徒もその方針を理解し、実際に消化するのにまた大変だそうです。
 話の中でもう一つ気になったのが、学校選択制のこと。これは品川区が初めて取り入れて、区内の小学校、中学校は全区を学区域にしました。それが他の区にも波及してきたそうです。原則として、どこからでもその学校に入れることに(抽選とかの枠組みはあるが)なりました。そのため、「いい学校」に入れようとして保護者もしゃかりきになる。
 それには評判が一番、本校ではこんなことをしています、PR活動も盛んにやらざるを得ない。小学校でも、近所の幼稚園や保育園に学校説明会やら、地域で保護者向けの説明会なども開いているらしい。なんともご苦労なことですね。
 だから、ある中学校では、40以上の小学校から生徒が通っている、その区内の小学校は20ちょっとしかないにもかかわらず。ということは、半分は他区からの通学者。小学校を終えると、他区からその区へ寄留してくる。中には、かたちだけ籍はその区において、転校生みたいなかたちで地元の小学校に通う変則的なケースもあるという。ある小学校では、30分以上も離れた他区の地域から、小学生が通って来る場合も。
 こんな深刻な例も。ある小学校に障害のある児童が入学することが噂になると、その学校に子供を通うことを忌避してしまうような親も出てくるという。中学では「不良」生徒が一番の問題、そうした子供はまさにたらい回し状態。
 こうした話を聞くと、今の公立学校は何かおかしい。先生も教育委員会も保護者もいったい何を考えているのかと思わざるを得なかった話でしたね。
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あじさいがきれいです

2005-06-17 22:18:44 | つぶやき
近所の学校の塀に沿ってあじさいが
大輪の花をあざやかに咲かせています

雨にしっとりと濡れた風情が格別です
炎天下には似つかわしくない花です
青も紫も赤もずっとおとなしく控えめで

以前は、あじさい
家に植える木としてはふさわしくないとか
日も射さない
じめじめした場所に
ひっそりと咲くからでしょうか

でも大きな葉に大きな花
小さな花弁を寄せ集めて
といってもどういう種類の花の付き方か
とんと分かりませんが

我が家ではギボシが一つ咲きました
大きな葉っぱがこんもり茂った
その上にすっくと白い花が咲きました
これも梅雨時の花なのでしょうか
雨にうたれながらも
けなげに背伸びをして咲いています

近所のびわの木も
黄色い実をたくさんつけ
雨に打たれています

誰も取ることもなく
カラスがついばむのかどうか
それでも木一杯に
黄色の実をたわわに実らせています

ちょっと枝ごと切って一輪挿しに
びわ酒などもおいしそうですが果たして・・・

春の花から夏の花へ
梅雨を境に庭の木々も変化して
緑の葉が雨に濡れて
生き生きとしています
暑く干上がる夏の季節に備えて
新鮮な水分を
今蓄えているのでしょうか

世間も都議選で
賑やかなマイクの音が聞こえてきます

人事もまた
天然自然の変化とともに
移ろうのでしょうか
せめて静かな情緒を
心から楽しみたいものです
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都議選民主党批判

2005-06-16 23:30:13 | 平和
 今回の都議会議員選挙に向けて、民主党が最初に出したマニフェストを見て驚いた。
 全小学校に警察官を配置する! 
 さすがに批判が多く撤回したのだが、当初、批判の声が出ないと思ったのか、あまり深く考えずに載せたのか、どうせ変更するのだから程度の内容だったのか、それにしてもお粗末すぎ内容であった。もう一つ撤回したものに地下鉄の一本化があった。これは労働組合の反対があったのか。
 さて、前者のケース。もともと学校には警備員さんが配置されていた。主として夜間警備だったが、かつては2交代制くらいで全日配置されていたと思う。それが経費削減で夜間のみになり、警備会社への委託業務から、民間警備会社による機会警備へと移っていった。
 一方で、開かれた学校づくりというスローガンのもと、学校開放が進んだ。校舎・グランドを取り囲む塀も、ブロック塀などから植木にして開放的な仕切りにした。そして、自由で明るい雰囲気の学校づくりがすすめられた。しかし、大阪の小学生殺傷事件など、不審者侵入事件の多発などから、児童・生徒の安全を保証する体制へと学校のあり方の変更を余儀なくされた。しかしそれも、各学校では自衛策をとれという指示のみ。サスマタや投げ網などを用意して中には緊急避難訓練、緊急対策訓練などが日常的なものとなった。
 こうした中で、どうしたら緊急警備体制をとるかということを人的配置の面からどうするかが課題となった。外から侵入しようと不審人物を水際で阻止することが、効果的であることは分かっていても、いったい誰がその任に当たるのか、現場の教職員は授業などで多忙であり無理であり、その上、特別な訓練を受けているわけではない。その道の専門家に委ねるべきだというのが、現場の本音。
 そうした背景から、民主党は、警察官の全校配置を政策として思いついたのであろう。何となく気持ちは分かるが、あまりにも安直すぎやしなかったか。まるで、正門の脇に交番を置いて監視するようなものだ。それが学校にふさわしいのか、もっと吟味する必要があったと思う。
 さしあたっては、警備員の全校配置がいいのではないか。おそらく民主党もそうした批判があったので、当初の案を撤回したと思われる。
 しかし、指摘されなければ分からないような政策企画能力では、けっしてしたたかな自民党(無節操な公明党とも)に変わって、イシハラ都政の監視役にはなりえないだろう。いなむしろ、誰よりも君が代日の丸の全校強制実施に力を入れていたのが民主党議員であったことを考えると、民主党に過大な期待をかけるのは、かえって間違ってはいるのではとさえ思う。
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