おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

小学校に英語科は必要か

2006-01-29 18:02:55 | 教育
 先日、文科省は、小学校からの英語教育を積極的に進める方針を明らかにしたようです。申請特区以外では認められなかった、正規な授業形態としての「英語」の学習、これをどこの小学校でも行うことが出来ることになりました。
 数年前から、語学は小さいうちから接していた方がよい、特に外国語はそうだ、ということで、あちらこちらの小学校では、外国人の補助講師を積極的に採用、日本人教師とともに発音・会話の教育活動・学習を取り入れました。
 その「屁」理屈では、アメリカ人の子どもは、生まれた時から英語に堪能だ、何の苦もなく英語を話す!日本人も、外国語、特に英語に小さいときに馴らしておけば、自在に英語を操れるようになれる!
 母国語としての英語と、外国語としての英語をごちゃまぜにした議論が、平気でまかり通る「早期英語教育」推進の勢いは止まりません。NOVAなどどこかの英語塾とタイアップして、プログラム学習をさせる学校もあるようです。
 近年、英語教育への批判は、「どうして6年も10年も学んでいても、ろくに英会話も出来ないのか!」「生きた英語教育でなければダメだ!」・・・。それほどこれまでの学校英語への批判はすさまじいものがありました。
その行き着く先が「小学校から英語を学ばせる」ことに。
 たしかに、最近の学校では、国語・数学・社会・理科などの授業に比べて、英語教育が一番大きく変化してきています。その重点は、話すこと、聞くことの徹底ともいえます。ですから、今の中学・高校の英語の授業は、外国人を補助員とした会話重視。その端的な例が、今年のセンター試験から「リスニング」が取り入れられたことです。200点満点の外国語の配点、さらに50点が「リスニング」に加点されました。高校でも、事前に受験対策としてリスニングの練習も重ねてきたようです。
 それがますます低年齢化して、小学校で教わるのですから、外国人の補助講師、ボランティアの採用など、現場は人集めからその教授法から大変な状況になっています。今、各小学校が争うようにして「うちでは英語を正規の授業として取り入れています」が売りになっているのですから。
 中には、「イマージョン教育」つまり、一般教科までも英語で授業する学校までも登場しています(沼津市の加藤学園の実践が有名)。日本にいて、日本に住む日本人に、日本語でなくて英語ですべて授業する!ここまで来ているのです、今の早期英語教育は!まるで「英語教育」が「英語教育狂乱」状態ですね。
 それでいて、成果が本当にあるのでしょうか? 日常的な挨拶程度の会話程度しか身に付かない!文法も何も教わらなくて、ただただ話し、聞くだけ。小さい時から英語が面白くなればいい、大きくなって役に立つ程度にしか思えません。
 強力な推進派の発言では、「必死になって相手と向き合うことで、他者に耳を傾け、自分の意見を明確に伝えるという、今の子に欠けがちな態度を身につける芽が作れる」(津田英語会・天満美智子会長)とか。何!躾教育・道徳教育なのか、英語教育は!
 だいたい、「自分の意見を明確に伝える」といいますが、その自分の意見そのものはどうやって養うのでしょうか? きちんとしたものの見方・考え方、それはとりもなおさず国語力(日本語力)と密接に絡んできているのだと思います。読書体験、友人との対話・遊び・・・。そうしたことを通じての、基本的な人間性の育成は、実は日本語力の育成と関係するのです。なぜなら、日本語を母国語とする人々は、日本語でもって考え、語り、書き、聞くのですから。
 それをいいかげんに扱っておいて、「英語」の担い手つくりに焦ると、かえってバイリンガルどころか、思考も行動も中途半端なアイデンティーのない人間つくりになりかねません。「楽しい英語」(ゲーム・挨拶)で物怖じしない態度を養ったところで、それが何につながっていくのでしょうか? 
 30年以上も昔、近所の小学生で「英ペラ少年」とあだ名されていた子どもがいました。教育熱心な親が、当時はしりだった英語塾に通わせていたのです。会話も流ちょう、発音も見事!感心していました。その少年も、中学・高校と進むにつれて、英語が特別に上手になったわけでもなく、普通の少年・青年になって、それなりの学校に進学し、それなりの社会人となりました。それがその子にとって、幸福だったのか、時代が早すぎたのかそれは分かりません。
 ただ言えることは、日本語社会にあって、親の過度な期待、学校の思惑、会話塾の商魂だけで、子どもを弄んではならないということを感じるです。
 それに、どうして英語なのでしょうか? 群馬県太田市は、英語教育の特区申請を行ったとき、その理由として外国人住民が多いことをあげました。しかし、多いとされるブラジル国籍の外国人が話すのは、ポルトガル語です。にもかかわらず、太田市の小学校では、英語を外国語として学ばせています。
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コイズミさんちょっと

2006-01-28 21:25:07 | つぶやき
コイズミさん、ちょっとお待ち下さい
どうも最近はイライラが過ぎるようで・・・
どうも最高権力者としては、いけませんなあ

どの組織でも、上に立つ人は、毀誉褒貶があって当たり前
それでもじっと耐えるのは、これまたその立場ゆえではありませんかね

今回のホリエモン逮捕騒動
ほれみたか、と総選挙出馬問題で、ねちねちと批判の的に
それでカッときて、マスコミ批判「おタクたちの責任はどうなんだ」

でもね、コイズミさん、
マスコミが、時のヒーローを追いかけてもてはやすのは
今に限ったことではないですよ

視聴率至上主義、他が追うものは、自分たちも追いかけないと
視聴者からクレームが
スポンサーも期待して・・・
まさに経済市場主義、成果主義、寄らば大樹主義・・・
今に始まったことではない、昔からもう大衆にこびへつらい、
スポンサーにおもねり、テレビはその代表

その風潮に迎合したのが今回の自民党執行部、そのトップのコイズミさん。
フジテレビ乗っ取りの時には、こぞって批判していたはずの自民党議員たち。
選挙、ただただ「郵政民営化」賛成か反対かだけの選挙
あわよくばホリエモンのマスコミ登場力を利用して
と節操もなく飛びついたのはどこの誰?

マスコミへの登場が広告塔「ホリエモン」の役割
実はただただ株の売買で大衆投資家の関心を誘い
濡れ手で粟の作戦
それにまんまとはまったのが、あんたたちだったのですぞ
だから、その責任は重いのです
勝つためには何でもあり、の政治にしてしまったのは
コイズミさんではなかったですか

民主党の前党首の岡田さん、ホリエモンに出馬交渉
あまりにもホリエモン、国民をバカにする言動を吐いたので諦めた
その、頑なな真面目さを横目に、
ちょっと前につばつけておいてから乗り出したのが
自民党の武部さんだったのでは

今さらマスコミを批判してどうするつもり?
責任逃れとはこういう言動をさすのです
武部さんも、平蔵さんも、責任は大きいが
任命権者のコイズミさんはもっと重い

靖国でも「心の問題」とイライラ
アメリカ牛肉も「こっちには責任がない」とイライラ
耐震偽造問題でも「民活路線是非には関係がない」とイライラ

よほどこれでは、政権末期の様相を示してはいませんか

「勝ち組」「負け組」とマスコミがはしゃいで
「勝ち組」を持ち上げた
そのうちに、生活保護家庭は増え続ける
所得格差は開いたのではという指摘にも
「そういう事実はない」と見せかけの数字操作でイライラ

そのうち、どこぞの方のように、舌がもつれてあえなく・・・
とならないことを切に祈っております
コメント

某氏へ一言

2006-01-27 23:32:56 | つぶやき
 Pさん。お久しぶりです。思いがけず、あなたのお元気なようすを新聞で拝見しました。まさか区立のQ高校の校長センセイになっている、とは思いも寄りませんでした。そして、今年の春からは付属中学校の校長先生にもなられるとのこと、本当にご苦労様です。
 小生が若い頃、お目にかかったことがありましたが、あなたはもうすっかり忘れたことでしょう。その頃には、都立高校の教員として、すでに活躍されていましたね。何だか木訥で、ある意味、若者らしい正義感の持ち主であったような記憶があります。一本気なところもあったような・・・。教職員組合の青年部として運動していました、あなたは。そのころは、まさに青年教師という感じでしたね。ある政党のシンパだったような印象がありましたが、その後はどうしたのでしょうか。
 その後、だいぶ経ってから、どこかの校長先生になられたことを人づてに聞きました。若くしてエリートコースにのったのだなあ、と思いました。そのころから東京都の教育も、「改革」ばやりになって、イシハラさんが知事になって、ますますそれが激しくなってきて・・・。あなたもその「改革」路線の一翼を担って活躍されたのでしょう。
 本庁の役人になって、「日の丸」だの「君が代」などの義務化をめぐって、学校現場が揺れ動き始めた頃、その執行する側の先頭に立って、通達やら処分やらを連発しはじめた、あなた。それとても、もともと上意下達の組織ですからやむを得なかったのかも知れません。それでも、学校のやっていることにあれこれ規制し、何かことが起こると、すぐに報告を求め、改善策を通知し、とその指導の中心にいたような気がします。
 よかれと思っての指示・通達。それが、それほど経たないうちに変更修正されなど、思い付き行政の典型みたいなやり方は、いつから覚え、誰に教わったのでしょうか。そして今度は、区立高校の校長先生になられた。
 この区立Q高校・中学は鳴り物入りで、区が中高一貫校として開校した学校。M大学のRさんがスーパーアドバイザーとして関わってきたはずですが、どういういきさつかその立場から降りられて、いったいどうなるかっていう時に、校長先生になられた。まったくご苦労様です。
 でも、これまでご自身が、都の役人としてされてきた事との整合性は、いったいどうなのでしょうか。新聞によれば、「今まで規制してきた側だったが、今度は区立ということで自由にできる」と発言されているようです。区長は、Q中高校をこれまでの公立ではできなかった、大胆な受験シフト教育を行っていくのだと宣伝しています。土曜日の授業・予備校との連携など進学実績をあげるためにはなりふりかまわずといったところでしょう。
 そうした中で、Pさんは、その校長先生として「進学体制の充実をどんどん進めて、有名大学進学率を上げていく決意」を披瀝しています。これまで、あなたの通知によって、上からあれはダメ、これはダメ、と締め付けられる一方だった都立高校では、あなたの豹変ぶりにあきれかえっている、と友人から聞きました。
 「頼まれマダム」如き「頼まれ校長センセイ」として学校経営を行っていくのでしょうが、いずれにしても、お体に気をつけて(体力だけには自信がおありのようですが)後ろから、前から、横からも足元をすくわれないよう、お気をつけて頑張って下さい。
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いったい何のこと?

2006-01-26 21:29:10 | 世間世界
 さっき、たまたま「goo」のニュースを開いていたら、次のようなニュースメニューがありました。
①USJ・TDA。
②DS。
③HG・PTA。
 最初、これらの英字が何を意味しているのか、全く見当もつきませんでした。
中身を開いてみて何となく納得したわけですが。
 ①USJは、大阪にあるユニバーサルスタジオの略。TDAは、ご存じ・東京ディズニーランドのこと。ユニバーサルスタジオにやってくる外国人比率がTDSじゃない、TDAよりも3倍多いということらしいです。
 そういえば、USJができて間もなく、ミーハーの小生は、大阪にでかけたついでに、友人と行ったことがありました。もう何時間何時間も延々と待たされてちょっとつまらない「アトラクション」を経験しただけでした。待っている間、2人とももう話すことも尽きて、ただ黙々と並んでいました。そうそう、その時レストランで食べた食材が賞味期限切れだった、ということがしばらくあとの新聞に載っていて、びっくりしました。そういうUSAじゃなかったUFJでもなかった、USJでも、外国人には人気があるようです。
 次の記事は、ゲーム機の新型バージョン発表のことにちなんでの話。ニンテンドウ(任天堂)から発売されるゲーム機の機種のようです。
そういえば、任天堂は、小生の若い頃には、この会社(店)は「花札」を売っているところとしか認識なかったのですが、ずいぶん様変わりしたものです。
 3番目の「HG」「PTA」はこれは、まったく記事を読んでも分からない!何となく一方はハードゲイのことらしい、「ホー」だか「フー」だか言っている男のことなのかしら。それで、「PTA」は学校にある教員と保護者の組織(戦後、アメリカから輸入した組織)の略かと思ったら、そうでもない。「腰振り追放」の略だとか。何だかどこぞとやらで闘う?話らしい。でもその前後の記事を見てもさっぱり分かりませんでした。
 そういえば、若い子が独特のポーズで何とか叫ぶ、あれと関係があるみたいですね。世の中まったくわけが分かりません。
 と、「一夫多妻制」の男が話題になっていました。何と11人の女性と生活を共にしていた。自分は働かずに女性たちがコンビニなどでバイトをして生活費を稼いでいたらしいです。この男は、女性たちと結婚と離婚を繰り返し、女たちも何だか平和な感じ?呪文を唱えたら女性がついてきた!何だか不思議な話です。
 警察は脅迫して監禁していたのではと逮捕したみたいですが。いったいどうなっているんですかね。かつての千石イエス様の再来ですか。そういえば、この人も不思議な魅力を持った人だったらしい。女性が証言していました。
 それにしても、世の中不思議なことばかりです。どうやって堀江さんたちが金儲けをしたのか、株の売買のやり方をいくら読んでもよく分かりません。世の中真っ暗ではないが、明るくもありません。
 でも、こうした記事を読んでいると、やはり日本は平和だなあ、とつくづく思いました。
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公立中高一貫校

2006-01-25 22:56:42 | 教育
 今年、都立の中高一貫校が新たに3校誕生し、千代田区立の中高一貫校も誕生、昨年開校した「白鴎」と合わせて、4月から5校になりました。
 こうした学校は、近年、私立の中高一貫校が東大をはじめとする有名大学合格率をアップさせてきたのに対して、公立校の巻き返しのため、都教委が「教育改革」の大きな目玉の一つとして計画した学校です。
 表向きは、6年間のゆとり教育で新しい時代にふさわしい「総合的な教養」を身につけさせるとしていますが、内実は、私立の一貫校に有名大学進学を独り占めさせないために、受験競争に打って出たということでしょう。ずばりなりふりかまわず「公立校の復権」を叫んでつくった学校です。
 だから、土曜授業はもとより、日常的な補習・補講は当然、夏休みの講習は当たり前、受験戦争で私立に勝つにはそれしかない、という立場です。教える内容も学年前倒しでどんどんやっていく、・・・。文科省の「ゆとり教育」路線で遅れをとった公立が巻き返しを図った。
 しかし、思惑通りにいくかどうか。なにしろ、教育委員会は、ほとんどお金はかけない主義ですから、校舎も新しくするわけでもない、部分的な手直しで出発。クーラーもないままの学校もあります。かなり施設設備では私立には劣っています。それで、なみいる私立に立ち向かおうというのですから、世間も注目せざるをえません。
 先日、各校で願書受け付けをしましたが、どこも10倍前後の高倍率。白鴎だけは、去年よりはぐっと落ち着いた競争率でしたが。入学の合否は、小学校からの調査書(成績)やテストで合否を決めることに。別に地元優先枠(千代田区の場合)や一芸(?)に秀でた子どもの優先枠などもありますが。
 ただし、私立のように、国語・算数などの学力検査ができない!そのため、「適性検査」という「検査」方法で合否を決定することになっています。その評価や採点には、膨大な時間と人手を必要としています。
 東京あたりでは一般的に、私立に行くのには、小学校4年頃から塾通いが当たり前となっています。算数は、今の小学校の普段の授業ではまったく追いつかない内容が試験に出されます。理科・社会なども同様。だから、年間100万くらいのお金を使っての塾通いということ、そうでもしなければ、私立の中高一貫校にはなかなか合格することができない現実です。
 また、私立故に進学後も大変なお金がかかる。「貧乏人はすでに受験戦争からはみだされてしまった」とでもいえそうな雰囲気。だから、親は子どものために必死に金を工面して塾に行かせるケースも。パートで働いたり、小遣いを減らしたり、実に涙ぐましい努力が行われているのです。
 そうした受験体制に対して、公立校では少し趣を変えて、受験問題も過度に小学校の学習を過度に行きすぎないように、それぞれ工夫を凝らした問題を作成しています。また、中学校は公立のために授業料はありません。こうして、なかなか塾に通えない子どもたちにとっては、公立一貫校が人気が出るのも当然です。
 しかし、皮肉なことに、その合格のために塾通いしなければならなかったとしたら、いったいどうなるのでしょう。結局、塾頼みのあげく、年間100万円以上、という厳しい金銭的現実が重くのしかかってくるのです。
 いよいよ2月はじめに各校で試験が行われます。
 かつて、あまりにも過酷な高校受験「戦争」に対して、「15の春を泣かすな」というスローガンの元、高校増設や学級増、定員増、そして教員定数の増などが教育政策として行われました。それも、今やまったく昔話になってしまいました。
 そして、今、「12才」での新たな選別が始まった、いや、10才(塾通い年齢)からの選別が始まったようです。
 新たな未来が開けるのか、ますます混沌とした状況になるのか、子どもたちを取り巻く環境は、たしかに厳しいものがあります。それはまた親の環境の厳しさとも重なっていく。これで、はたして「今の教育に未来はあるのか?」ふと疑問に思います。
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もうじき退職です

2006-01-24 22:27:29 | つぶやき
お疲れさまです、どうも
何だか疲れる一日でしたね、若者相手は
いえいえ、そちらこそ
これから、もっと大変になりそうで

早いもんですね、定年まで
あっという間って感じですね
勤め始めたのが
ついこの間のような気がして

まあ30年も、50年も変わらないでしょう
おっと大きく出ましたね、人類の歴史から言えば
たしかに50も100もちっぽけなものですがね

正直、今年はもっとゆっくり
時間が経ってくれないかって
未練というわけじゃないですがね
何となく寂しいっていうか、何ていうか

ええ、熊本の方にいます
おやじは完全看護なんですが
お袋はまだ達者で・・・
おやじにもしものことがあったら
心配は心配ですが、その時はその時で

そうも言ってられない、って本音のところは
いざとなれば、熊本に帰るってこともありかな
まあ娘夫婦に譲ってもいいって思ってます、今の家を

ほう、あの方もですか
本当に我々は、介護のことが一番気になりますね
こっちも年取ってくるし・・・
退職したら少しはのんびりと
なかなかそうはさせてくれませんかね

古本屋のおやじですか
なに!古本屋のパパっだって
今の若い連中にはついていけませんね、お互いに

いえいえ、そっちのほうが大変ですよ、これからが
でも、本当に今年は早かった!もう退職ですからね

同僚がまた定年退職で職場を去る。
無類の山好きで、おまけに古本屋巡りが趣味という変わり者(?)。
こうして職場の名物男がまた一人いなくなる。

いずれ小生もあとを追いますよって、
しみじみ声をかけた、冬の夕暮れ時。
なんだか日も心なしか長くなってきたようだ。
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稀代のペテン師、または錬金術師

2006-01-23 23:50:11 | 世間世界
どうもオームのアサハラのように
見てしまうのです、ホリエさんとその仲間たちを。
自分たちの夢をサークルののりでやってみて、
すると面白いように人がお金が集まってきて・・・。
ライブ・ドア、ドアの向こうには何が見えたか。

一攫千金を夢見た若者たちは、これまでもたくさんいた。
これまでのかれらは、モノという物質・商品にこだわり、
唯物主義・現金主義に破綻した。
今回は実質のないはずの、バーチャルなマネーゲーム。
パソコンに向かい、買う人も売る人も、何億というお金の出し入れをゲーム感覚に見た。
株券が「時価」という記号に変わり、
実質の伴うかどうか分からぬままに、人々は貨幣としての価値を見出した。
そしてただの紙切れになりそうになっている。

日本は、たくさんのドルという貨幣
(しかし現金として見たことはない)を持ち続けている。
それがただの紙切れ同然の価値になるかならない。アメリカの経済政策次第。
アメリカは、いくらでも自分の都合でドル紙幣を印刷できるから。

これこそ、日本の貨幣価値の脆弱さであり、悲喜劇にも。
これがアメリカドル紙幣でのやりとりなら、
こうまでもならなかったし、逮捕劇もなかっただろうに。
いつまでも未成熟な日本の証券市場に、こだわりつづけた悲劇。

記者会見。まるで、アサハラを囲む若き信者たち。
おそらくは、また別の若き信者たちが
ホリエさんのあとを継ぐだろう。
そして内紛となる。
かのジョウユウ的存在。アラキ広報担当的存在。

それにしても、あれだけ持ち上げた自民党。
コイズミも、誰も彼も口先巧みにごまかす。
あの武部の厚顔無恥さをしかと見よ!
竹中の居直りをしっかりと確認せよ!
他人事のような発言が、今の政治家たちの倫理の低さを物語る。

マスコミ報道に右往左往する日本、その行方。
すべてはホリエさんの責任だと。
22万の個人投資家は、自己責任。
それでも、あわよくば売り抜けようとパソコンにかじりつく。
悔し涙をみせるだけで、一件落着。
何事もなかったように世間は過ぎていく。

しかし、西洋の錬金術師はいかがわしい商売でありながら、
ただの金属を、ただのモノを金に変える魅力に、人々をとびつかせ、
それが化学の発達に大いに寄与したという。
今回の錬金術師たちは、これから何の進歩につなげていこうとするのか。
はたまた滅びの道を歩もうとするのか。

おそらくは、中国も金・金・金で早晩、国家体制が覆るに違いない。
その行く末が、今度のホリエモン騒動にオーバーラップする。
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久々のお台場

2006-01-22 23:28:54 | つぶやき
どうもお疲れさまでした
いやあそっちこそ運転お疲れさまでした、ありがとう

早く免許書き換えて運転してくれるとね
ゴールドカードって、乗ってないから

けっこう寒い、風が冷たい
雪がまだ残ってるみたい

どこに行くって金ないし
ロイホに行ってみる、久々に

いいよ、そこで、たまには
2人です、いえ吸いません

さてと、何するか
これにするかな、温かそうだから

それじゃこっちはこれに
豆乳って体にいいんでしょ

ちょっと食感が好きじゃないね
そうかなあ、けっこう好きだけど

それで足りるの?
大丈夫、大丈夫、最近飯の量減らしているから

それはいいわね、最近太ったみたいくびれがなくなった
いいじゃないか、少しくらいふっくらていたほうが

そんな他人事みたいに言わないでよ、深刻なんだから
だったら運動すればいいじゃないか、家でごろごろしていないでさ

それは分かっているけど、ついね
やせているよりはいいよ、今のほうが

もうズボンが入らないんだから、深刻よ
確かにってそれは深刻だわな

ところでその肉くれよ、こっちの肉あげるから
分かった、分かった、ハイ!

うまいじゃないか、この鶏肉
これもスパイスがけっこういい

味はどうなの?
ハイ、どうぞ、食べて

ではこれも食べていいよ
じゃあ、貰うわ、う~んおいしい

今日はお疲れさま
そっちこそお疲れさま

こうして遠出の一日は終わった。
夕食の食卓は、ファミレスでも
お互いに心は豊かになりそう、
ほどほどの味とほどほどの量とほどほどの疲れで

東京の久々に大量に雪が降った翌日。
何となくいつも癖で、
お互いの食事を、お互いに半分ずつ分け合いながら
食べた。それも、不思議なほどの自然さ。
でも、かなり変!この2人!
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センター入試初日

2006-01-21 15:41:41 | 教育
 思ったよりも(昨夜の天気予報よりも)、早く降り出した雪。受験生の出足もくじかれた感じです。この雪、都内でも今日一日、降り続くとか。英語のリスニングテストが夜の7時~。朝から晩まで、本当に受験生にとっては大変な一日になりそうです。今年の雪の多さに馴れたとはいえ、地方の受験生も大変でしょう。
 ここ数年、受験生が減少傾向にあるのは、少子化のため当然ですが、私立の参加がまた増えたようです。センターの得点だけで、合否が決まる入学試験制度を導入する私大が多くなったわけです。それも、センター試験の前に受験申し込みを済ませるパターンが大半。私大側は、受験料を取って後は、他人様におんぶにだっこ。
 センター入試が終わると、受験生は、自己採点の結果と志望校名を書いて、ただちに予備校に送付します。高校によっては、一括して在校生の分を数カ所の予備校に送ります。予備校は全国からそれらを集めて、一斉にすばやく偏差値を出し、各大学の入試合否の基準を決定します。これによって、センター試験による合否もこれから受ける大学も決定。このシステムがすっかり定着しました。
 だから、センター対応の入試の合否は、ほぼ予備校の分析で決まる。代ゼミ、河合塾・・・。共通一次・センター試験導入以後、大学受験は、予備校なくして何も出来ないことになったのです。こうして、国公立だけでなく、私大も活用し始めた結果、今日、明日のセンター試験が、冬の一大受験イベントとして定着したようです。これを皮切りに、これからが受験シーズンとなっていくのです。
 しかし、これでいいのか、という思いがないわけではありません。
 その問題の一つは、ここでの得点を(偏差値を)基準に進学先を選ぶということでしょう。偏差値順に大学の序列が決定される、これは、共通一次で大きな問題となりました。今は、セレクト方式(受験科目を各大学が選択できる)が定着してかつてのような弊害は少なくなりましたが、受験生にとっての行きたい大学、大学側にとっての取りたい受験生。こういう場面でのミスマッチが全くないとはいえません。
 さらに、セレクト方式が、受験生にとっても負担が軽くなった面もありますが、その分、試験では不利な事も出てきています。特に国語です。志望校が「現代文」だけの点数を必要とする場合と、「古文」、「漢文」を合わせて必要とする(国公立大学の大半はこれですが)場合と、同じ試験時間内で問題に取り組むことになっています。つまり80分という制限時間内で3分野(大問が4つ)を解答する受験生と、1分野のみを解答する受験生と、時間は同じなのです。
 そもそも「80分200点満点」の問題の解答には、一つの問にかけられる時間は約2分。その短い時間で、次々と正答をマークしていかなければなりません。問題用紙が何枚にもなっていて、いちいちめくって戻ったり先にいったり、マークカードにマークしたり・・・。その作業は実に煩雑です。
 初めて見る問題文を読み、内容を理解し、正答を導き出す。こうした作業を80分で行わなければならない受験生。
 そこで、最後に大きな問題。受験テクニックとして「消去法」というのがあることです。選択肢の内容を見て、間違っている選択肢を除き、残った選択肢を正答する、というやり方です。なにしろ1問につき約2分で正答を選ばなくてはなりません。いきおいそうした方法が生まれてきたのでしょう。
 また、難しい答えを後回しにしようとすると、マークミスが多くなります。そこで、まずマークしておく、こうして一か八かみたいなマークの仕方が行われます。そして万が一正解なら、「ラッキー」。他の教科、例えば数学のように、正解が分からなければ、はじめからマークができないならば、「運試し」的答え方はないように思います。
 極論すれば、国語力の低下が叫ばれて久しいのですが、こうしたセンターマーク式(選択肢・よく言えば客観テスト)によって、国語力が定着しないまま、高校卒業となっていくような気がします。諸悪の根源は、センター試験にあり!と。
 どうして大学入試制度を変更しないのでしょうか。「入る」のは易しく「出す」のは難しく、というようにならないのでしょうか。センター試験も、資格試験的なものにしないかぎり、受験テクニックのみに長けた受験生(高校生)が増えるばかりで、大学に入っても、本当の人材は育たないような気がしています。大げさに言えば、本気で大学入試改革をしないかぎり、日本の大学の未来、ひいては日本の教育の未来は寂しいものになっていくような気がしてなりません。
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明日からセンター試験

2006-01-20 23:45:15 | 教育
 いよいよセンター試験が始まる。今回のセンター、「ゆとり」教育をうたった新しい学習指導要領による最初の試験となる。その「ゆとり」も学力低下につながったとの批判が激しく、これでは学力がつけられない、など公立校への不信感を増大し、公立離れを加速するはめになった。
 そもそも「指導要領」は、大綱的基準にすぎないはずのもの。しかし、実際は、全国画一的。日本のすべての公立の小学・中学・高校への強制力をもち、やる教科から教科書、授業時間数まで指示通りに実施しなければならない。私立はその特色を生かした授業が出来るのに比べて。
 「総合的学習」もその一つ。中学では、各学年2時間ずつ配当されている。教科を超えた、教科の枠にとらわれない「総合的学力」を身につけさせ、「真の学力」「生きる力」を育てる、などとかを目標にする。ところが、現場は、なかなか思うようにいかず、修学旅行の事前学習、上級学校訪問とかで適当にお茶を濁すケースが続出。中には、英数国の補充授業にまであてている学校も。
 さらに、毎週土曜日が休みになったことで、月曜から金曜までの授業時数の確保に汲々としている。さらに、「学力」低下の声に押されて、夏休みの短縮、2学期制、事実上の土曜日の授業実施など、「ゆとり」「真の学力」などという理念はそっちのけでまさに「ゆとり」なき学校になってしまっている。
 これでも公立校離れはますます進み、東京あたりでは、すでに小学校から私立に行く子が多く、中学校・高校と進む間に、公立志願者は減少する。それでも、都立高校はどうにか志願者数は回復傾向にあるが、かつての学力上位層が戻ってくる気配はないようだ。
 こうして、小学4年頃から塾通い。年間100万円以上、土・日はすべて塾へ。平日も、学校から直接塾に向かい、夕飯をコンビニで調達し・・・。こういう「異常」事態が生まれているのが、現状。それでも、文科省は部分修正でどうにかしようとして策を弄している。現場も「授業を塾に学べ」を、各教育委員会から押しつけれて、その研修にかり出される始末。また、「教師道場」なるものを作って叱咤激励する。
 こうして、小学・中学・高校と教師も親も、ましてや子どもたちも、お上の気分次第の「何でもあり」路線、朝令暮改は当然、猫の目(猫のほうがまだましだ)改革に翻弄されつつ、今回の「センター」を迎えた。果たしてどうなることやら。
 結果、獲得した点数ですぐに合否が決まる「私立大センター対応試験」もますます増加。そうして、公立、私立の受験生の成績が明らかになったらどうなるのか?
それでも、お上はこれまでの政策を変えようとはしないだろう。
 明日は、全国的に雪で荒れ模様。試験もそうならなければいいのだが。ヒヤリングのテストを受けると、夕方まで長丁場。受験生諸君の健闘を祈ります。足元に気をつけてお出かけ下さい。足元をすくわれないように、監督官諸君!まさか高見の見物をするつもりはないだろうね、文科省の役人、教育関係者諸君!
コメント

HANAYA YOHEI

2006-01-19 22:45:23 | つぶやき
けっこう遅くなってしまったなあ
どうする飯?
ちょっと風邪気味だし
適当に食べて早く家に帰りたい

分かった、分かった、ファミレスにするか
何が食いたいのさ
別にない、奥歯が痛いし

どれどれ、ちょっと歯茎がはれてるかな
運転しながら見ないでよ
おっと忘れていた、うっかりうっかり
って冗談だけどさ

じゃ、ここにするか
いいわ、ここで、疲れた

空いているな、駐車場
いいんじゃない、すぐ食べられて
それはそうだけど
はやってないと変なモノ食わせるじゃないか
まさかそんなはずないじゃない
もう早く食べて、早く家に帰るんだから

それにしてもガラガラだな
和食系ははやらないのかな
そういう訳じゃないわよ
じゃあ他にするの?

いいよ、いいよ、腹減ってきたし
さっき買った甘納豆じゃ、腹いっぱいにならないし
当たり前じゃない、でも好きねあなたは、甘納豆
納豆だから、いいんじゃないか
どこが納豆なのよ、ねばねばしてないじゃない

あのさ、ネバネバしてるからって納豆ってわけじゃないんだよ
もうカラカラに干したような納豆だってあるんだから
でもあれ、ただ砂糖を食べているだけじゃないの
糖尿病になっちゃうわ、あんなの食べてると

それは偏見、それほどは食べないさ、
疲れているときにはいいんだよ、こういう甘いヤツは
ほら、これソラマメだよ、ソラマメ
お多福豆ってかいてあるけど、形はたしかにソラマメ

豆なら何でも甘納豆にできるのかな
納豆はダイズだけじゃないの
そういえばそうだね、
ということは・・・甘納豆のほうが奥が深いのか
何言ってるのよ、もうどうするのここにするの?

でも何で水戸は甘じゃなかった、納豆が名産なのだろうね
そうね、何でかしら、水戸の殿様が大好物だった
水戸黄門がかい?
黄門さま、このネバリけいけますね、デリーシャスですよ

何で英語使うのよ、江戸時代に
でもテレビでかくさんだったか、
すけさんだったか「黄門さま、この宿はサービスがいいですね」
って言ったことがあったぜ

もう、いったいどうするのよ
ここにするの、他に行くの?
おっと忘れてた、飯食いにきたんだっけ
いい加減にして下さい
食べたらすぐに帰るからね、風邪気味だし
えっ、どこに?
もう、まったくわけが分からないんだから。

結局、カキ釜飯と鴨せいろと
うどんと茶碗蒸しと豆何とかを食べて
やっと家路に着いた。
もう9時近かったのだが。
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バブルがもうあっけなくはじけたのか!

2006-01-18 23:38:14 | 世間世界
 ホリエ氏の逮捕も想定した、今回の特捜部の動き。東京証券取引所は大混乱、ついには史上初めての全面的な取引停止に。20年前の、あのバブルがはじけて、空前の泥沼の不況に陥って、最近やっと光明が見え始めた、と一部がはしゃぎ始めた矢先。国民も本当の実感のないまま、「景気回復」に浮かれ始めようとした現在。 これで、また少し後戻りなのか、日本の経済は。深刻なのは、今の景気がIT産業という「虚業」によって成り立っていることだ。見せかけの時価(株式市場での売買価値)を元手にして、インターネット上のバーチャルでしかない金を、右から左に回しながら、「何でもあり」の練金術師が横行する。その代表としてちやほやされていたのが、ホリエモン。それを持ち上げていたマスコミ・政治家・・・。
 この前のバブルは、土地という目に見えるモノ・財産の価値を、法外につり上げていくことで成り立っていた。まさに、土地神話。今回は、そうした固有資産の片鱗すらどこにもない。あるのは、市場という目に見えないモノ。
 前のバブルは、銀行主導による、余ったお金を土地に替えて、結局破綻した。今回は、銀行に預けていてもどうしようもない、主に個人投資家たちの思惑がひしめくお金が、主役。
 デフレ経済に落ち込んだ日本経済。財産形成の手段を株式に振り向けざるをえなかった個人投資家たち。その金をあてにして次々と企業買収を行い、拡大していったライブドア。当然、そこには無理が生じてくる。
 IT産業という名の虚業が、あたかも実業のごとくに大手を振るって市場を闊歩していた。それが、今回の事態でどうなるのか? 今の景気回復がIT産業によるものだとしたら、その化けの皮が見事にはがされたことにある。
 しかし、日本の見せかけの景気回復は、これでとん挫。徹底した合理化・首切りと膨大な税金の投入で、何とか息を吹き返してきたとされていた日本経済。あっという間にまた来た道を歩むのか。実質の伴わない価値評価ほど怖いモノはない。資本の論理は、またそうした非情さをもつ。
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何でもありの日本

2006-01-17 23:07:59 | 世間世界
 小島社長の証人喚問。政治家以上の見事な政治感覚。証言拒否を繰り返し、相談すること35回。かつて、証人喚問の時に「宣誓書」に手ががくがくふるえて、満足に署名できなかったシーンが懐かしい。
 成果はもどきは、唯一、アベ官房長官秘書に面会し、陳情したことくらい。これとても利益誘導につながったか? アベさんは秘書が会ったことは認めたが、その他は否定している。
 勿論、自分の不利になるような、まして刑事訴追を受けてしまうような証言は、拒否できるのは当然の権利。小島社長はそれを行使したまで。証人喚問の限界は、始まる前からすでに見え見え。政治家との関係などまったく取り上げられず、これで、一件落着。
何でもありの政治に、何でもありの企業。ごまかし・詭弁・不誠実・・・。どこまでこれが通用するか。企業倫理も何も、あったものではない。小島社長の、舌をぺろりと出して誇らしげな表情が想像できる。
 と、夕方、今度は、ホリエモン。株価操作の疑い。企業買収を株のつり上げによって、時価財産(実は株式市場の上での名目財産)をかたに行っていた企業買収のやり方にメスが入りそうだ。
 だいたい、「ライブドア」という社名も、もとは別の人物が創立した会社名。それを買収して、自分のメイン企業名にしたもの。法すれすれか、脱法まがいのやり方で成長してきたのだ。
 「国民はバカだから」が口癖の人物。ちょろい日本の株式市場を見事に手玉にかけた。さて、今後、どう展開するのか。
 この人をニッポン放送の時にはくさし、選挙では持ち上げて、「改革」のキャンペーンの一方の旗頭にした自民党。これまた何でもありの人物を、選挙には何でもあり、と刺客まがいにしたてあげた。これもいったいどうなることやら。
 世にいう「勝ち組」が何でもありの戦法でのし上がってきたのなら、「負け組」は何でもありはまずいぞ、おかしいぞと歯ぎしりするのみ。
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40年で初めてですよ

2006-01-16 22:23:24 | つぶやき
どうもご無沙汰しています
この間は失礼しました、急なことで驚きました
立て替えていただいたようで
どうもありがとうございました
遠いものでなかなか東京にも
すぐには行けなくて

まだお若いのにねえ、お子さんたちも大変ですね
そうですね、奥さんがたしか3年前に亡くなって
ええ、お香典さっそくお送りしますので

いえいえ、いつもいつもすいません
そうなんですよ、もう今まで40年間住んでて初めてですよ
こんな大雪
50センチ、50センチ
50センチって感じですから、毎日

毎晩、雪かきしておいても
朝起きてみると、もう昨日以上に積もっている
そう、本当に初めてですよ
こちらに来てから

東京の方はどうですか
それはそれはいいあんばいで
今日はちょっと降っていませんが
そう、雪崩が心配ですよ
土台からばさっと落ちてくるんですから

これじゃ雪は
まるで粗大ゴミみたいなものですから

いえいえ年寄りだけど
まああんまり心配もしてないです
ええ、息子もちょくちょく連絡くれてますし
富山のほうも大変みたいですね

こっちは道路が埋まったら
孤立してしまいますものね
ええ、じゃまたご連絡します、どうもありがとうございます
またいつかお目にかかりましょう

昔東京にいて、故郷の宇奈月温泉に戻った。
かつて若い頃、夏の最中、
一度訪ねたことがあった。
渓谷に美しい緑の映えた
山あいの土地だった。

今、冬の大雪の中で、
ひっそりと息づいている暮らしがある。
電話の先から話す、穏やかなしっかりした声に少し安心した。

でも、まだまだ日本海側には大雪が降るという。
今度の土・日は、センター試験。
受験生が、その大事な時に、
雪や雨や、そしてインフルエンザで苦しめられることがないことを
心から祈るばかりだ。
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日本共産党に活路はあるか

2006-01-15 23:20:22 | 平和
 日本共産党の党大会が終わりました。低迷する党の方向性を巡って、活発な議論があったかのような印象を持たせた、「朝日」のような新聞記事もありましたが、終わってみれば、不破さんが議長を辞任したなど人事異動があっただけでした。
 党名変更問題も大胆な政治転換方針も党勢低下問題も、若干の不満(?)分子からの意見をマスコミに意図的に流しただけで、結果、大きな方針変更はありませんでした。
 共産党には、党内民主主義が存在するのか、上意下達の組織でしかないのか、自分たちの無謬性のみを誇るのか、・・・。こうした疑問や批判をよそに、これから先も、ただ一人、孤高を保って突き進むことが確定しました。自衛隊容認や天皇制容認など、かなりの方針転換をしたかつての党大会に比べて、マスコミの扱いも冷ややかなものでした。
 ソ連崩壊以降、本当に雪崩をうっての世界の「共産主義運動」の低迷・分裂、変質・・・。後退戦を余儀なくされている、各国の共産党。そのなかでも、日本の共産党は我が道を行く姿勢を堅持して、主として各選挙での支持拡大と、機関誌「赤旗」読者拡大をスローガンに党員を運動させてきました。
 しかし、地道な福祉政策や労働政策、平和運動など、具体的には政治政策としてはほとんど実現することもできず、ますます少ない議員数のせいぜい現状維持がやっとのじり貧の状態です。
 こうした憂うべき状態を心ある(古くからの)党員・支持者はどう思っているのでしょうか。先日、駅頭でビラまき行動にでくわしました。小生よりも年老いた老婦人が、通り行く人々に必死に声をかけていましたが、まったく無視されていました。高齢化社会をもろに受けている組織が共産党なのではないかさえ思ったものです。まだまだ「年寄り」がこうしてお元気なことはよいことですが。
 コイズミ「改革」路線が「我が世の春」を迎えている日本の姿。そのまやかしの「改革」の嵐の中で、働く者の生活や健康がますますむしばまれている今こそ、庶民の味方、働く者の味方としての日本共産党の役割は、もっともっと意義があるはずなのに、世間の人からそっぽを向かれている現状はどう表現したらよいでしょうか。「社民党」もまったく影が薄い中で、それでも、両者の政策的政治的妥協による、共同戦線作りもなされようとはしない今の日本の政治情勢。
 憲法第9条を守ることを主とした、護憲勢力の共同行動を実現させ、牽引していくべき政党・組織が、このように低迷しているところに日本の将来への悲劇があると思うのです。
 けれども、おそらく今後も日本共産党は、活路を見いだせないまま、日本の右傾化を憂う、声なき大衆の受け皿とはならないまま、衰微していくのではないでしょうか。これは、自民党・公明党・民主党などの政党・支持者による、共産党包囲網に破れたのではない。自らの蒔いた種が、今日、こうして思わなかった(願っていなかった)結果を迎えているのだということを、共産党自らが自覚しなければならないのです。
 それはまた、弱肉強食の政治に苦しみ悩む人の期待や信頼を裏切っていることなのだということを真摯に受け止め、新たな行動に立ち上がるべきではないでしょうか。そのまず一歩は、「小異を捨てて大同につく」ことです。社民党や心ある人々との共同戦線を今こそ築くべきです。その一点は、「護憲」「憲法第9条を守る」という点に絞っていくことです。
 それには、これまでしばしば見られたような、「反党分子」に対する敵対視をやめること。「唯一の正しい政党」などと言った、独善的な姿勢をとらないこと。相手の運動体・組織に対して排除の論理、セクト的な対応をしないこと。党内民主主義の確立すること。こうした開かれた党づくりこそ求められていると思います。
 日本の名もなき庶民は受け皿がなくなった今、やむをえず公明党に票を入れ、自民党の「改革」幻想に一票を投じているのです。ここを動かしていくことが大事ではないでしょうか。
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