おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

イシハラさんへの及び腰

2005-05-31 00:11:02 | 世間世界
 イシハラさんの側近中の側近、浜渦副知事が辞任へというニュースが出たとたん、マスコミもこれまでの浜渦氏の傲慢ぶりを報道し始めた。むしろ、遅きに失したというのがおおかたの見方ではないか。
 イシハラさんの威光がすごいのか、虎の威を借る狐が怖いのか、百条委員会問題が出て、初めて浜渦氏の行状が公に出た。そして、都庁に週のうち2、3回しか登庁しないイシハラさんの実態も明らかになった。
 それにしても、なぜこれまで噂ではなく本当に権力を笠にきて、種々の問題を起こしていた浜渦氏に対して、批判するマスコミはいなかったのか。
 天下の朝日新聞も及び腰。イシハラさんの記事になると真っ向から批判しようとしない。
 一例。たぶん小生の言う方が正しいイシハラ発言だと思うが(既にこのブログで投稿済み)「中華人民共和国」を彼はけっして「中国」とは言わない、必ず「シナ(人)」という。この言葉が現時点で、即、中国に対する侮蔑的言辞かどうかは検証する必要があるが、小生は戦前の差別的言辞につながるような気がしている。だから、彼はあえて「シナ」「シナ」と連発するのだと思っている。この間の沖の鳥島でもこの「シナ」を連発した。
 それが朝日新聞に載ると、「中国の共産党は嫌いだ」となる。これは「シナの共産党は嫌いだ」という言い方が、イシハラさんの本当の言い方ではなかったか。それを記事にするときには「中国の・・・」と、おそらく新聞掲載規定かなにかで「シナ」は、まずいと「中国」に言い換えたのではないか。
 一事が万事。朝日をはじめ、どうもイシハラさんとその取り巻きの実態を、正直に都民に明らかにしていなかったように思う。「都庁記者クラブ」という馴れ合い体質がそうさせていたのではないか(報道の自由などから、記者クラブ制度が大きな問題を含んでいることはしばしば指摘されている)。
 いくら浜渦氏の報復があるからといって、どうして厳しく批判してこなかったのか。イシハラさんの都知事としてのいかがわしさを、どうしてもっと指摘してこなかったのか。今になって言うことは誰にでも言えることだ。
 その意味で腹に据えかねて百条委員会を設置し、追求した都議会自民党はたいしたものだ。もちろん、選挙目当て、そして利権がらみがあるのだろうが。それにしても、民主党の及び腰もいい加減あきれた。
 結局、イシハラさんの主要幹部が総退陣する事もなく、一人のクビを切って(それも逃げ道があるらしい)一件落着。都の教育も混乱しきっているというのに。
 いったいマスコミはなにをやっているんだ、これが感想、、実に情けない。
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ゴシップ的日本語論・昭和天皇の言語能力

2005-05-30 17:06:10 | 読書無限
「ゴシップ的日本語論」(丸谷才一)より一節を紹介します。この中で、丸谷氏は鳥居民氏の著書を引用されながら、昭和天皇の言語能力について書かれています。
 「昭和史は、昭和天皇の言語能力といふところから攻めてゆけば、かなりよくわかつてくる。そのことをどうしてしないのか。一国の基本のところにあるものは言語問題なんです。
 たいていの国の元首とか総理大臣は、信頼する将官や政治家、学者を招いて食事を共にする習慣があるものである。つまり、社交をすることによって情報を得たり教訓を得たりする。文明国ならば、たいていの国の元首はみんなやつてゐることです。
 ところが昭和天皇の場合、すくなくとも戦前がさういふ習慣はまつたくなかつた。他人との親密なコミュニケイションといふ経験は一度もなかつた。これはまあ、無理もないといへば無理もないのでして、天皇家にはかういふふうに首相とか参謀総長とかに親しく語りかけて詳しく論じ合ふやうな伝統はまつたくないわけですね。
 天皇の言語生活の伝統はどういふものであつたかといふと、宣命といふ和文体の勅語を口で言ふ。口で言つたかどうかもだいたい怪しいのであつて、これはみんな女房たちが書いたのぢゃないかといふ説もあるくらゐです。それから和歌を詠む。この二つが天皇の言語生活であつた。
 とすれば昭和天皇は、あの家柄において突如として政治向きの言語生活を要求された非常にかはいさうな方であった。
 昭和天皇が皇太子であつた時代の教育がいかに貧弱なものであり、欠陥の多いものであつたかといふことからいささか思ひ出されることがあります。昭和二十年八月十五日の例の玉音放送ですね。あの声の出し方が変だつたでせう。あれは昭和史の本には誰もが書いてゐていろんな形容が使つてあります…、なぜあんな異様な声の出し方をするのかといふことは、わたしは好意的に、この人はマイクを使つたことがないからだなあといふやうなことを考えてをりました。日本人は誰でもマイクを使つたことはないのだから、かういふふうになるのかなあなんて思つた。かなり好意的でしたねえ(笑)。
 そしてすぐ戦後のころ日本中を巡幸なすつた。そのときに、何を言はれても天皇は、『ア、ソウ』としか答へなかつた。なかでも有名なのは、九州にいらしたときに、『あれが阿蘇山でございます』と県知事が言つたとき、『ア、ソウ』と言つたといふ話がある(笑)。」
 丸谷氏に言わせれば、昭和天皇の孤立した生き方とコミュニケイションの不足による言語能力の低さのせいで、情報が手に入らなかった上に、政府と軍との意見が分かれたときに、口を出すことを回避する方になってしまった。そこに、日本の敗因(敗因のなかには戦争を起こしたことも含まれるが)の重大な一つとして、昭和天皇の言語能力の低さがあげられるとしています。丸谷氏は、これは昭和天皇個人を攻めることはできない、明治憲法をはじめ一国の言語がシステム的におかしかったとしています。
 他にも評論家・小林秀雄の文章を何だか分からない明治憲法みたいだとこき下ろしたり、実に痛快な内容になっています。
 少し前の作品ですが、携帯電話インターネット大流行の今、ますます軽くなる言語表現を改めて考えてみるのもいいのではないでしょうか。
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応援合戦の盛り上がり

2005-05-29 21:19:09 | 教育
 最近、河川敷やら高速道路の下、ちょっと広めの公園では、夜になると、高校生たちが集まってくる。学校からそのまま、ジャージ姿の女子高生、二人乗りの自転車などと息せき切ってやってくるようす。そして、ほんの少しの街灯を頼りになにやら練習をしている。耳を澄ますと音楽に合わせて踊りの練習のよう。見ると、リーダー格の上級生らしき男女の号令に合わせ、ダンスを練習しているようだ。
 この時期になると、こうした風景が、どこの河川敷でも始まるようだ。それもけっこう遅くまでやっているようだ。小生が車で帰宅途中の時間帯でも見かけるし、また二人乗りで家路を急ぐ集団にもでくわすことも。
 このへんの高校では、このような応援団対抗のダンス合戦(というのかパフォーマンスというのか)が盛んらしい。ただ振り付けをして踊るだけでなく、衣装にもこっていて、それも手分けして衣装づくりにも励むらしい。それが、実は高校の「体育祭」(運動会)当日の一大イベントになって、親たちもそれを楽しみに、会場に駆けつけるという。
 そのダンス合戦の時間帯は、それは賑やかなそうだ。ある高校では、観客動員数1000名を越える、というから大人気の出し物。今時の高校生、ダンスはお手の物、実に巧みに踊り、会場を大いに盛り上げる。声援も盛んに。
 他の体育祭らしい競技などはどこ吹く風。棒倒しとか騎馬戦などは危険だからやらせない、それでも生徒は文句を言わない。だから、ダンスをやるのか。ダンス見たさで、どこの高校も観客が増えつつあるらしい。
 高校生たちもその日に向かって、夜も昼も練習に明け暮れ、勉強もそっちのけという次第。練習場所も、学校によってテリトリーがあるらしく、あそこの河川敷はどこの高校、あそこの公園はどこそこ高校・・・。同じ高校の応援団によっても練習会場が別々と。そのせいで、この時期になると、あちこちで賑やかな音と歓声が聞こえてくるのだろう。
 そういうところには、家を持たない人たちも生活していることも多いので、その人たちにとってははなはだ迷惑至極な集団の到来だろう。
 そして、当日晴れならけっこう、少しくらいの雨空でも、そんなことを吹き飛ばす青春の汗と苦労とパワーがはじける。そのあと、打ち上げと称して、また羽目を外すのも時々あるようで、学校関係者にはそれは困ったことのようだ。
 ま、たまには若さ溢れる高校の運動会も行ってもいいかな。とはいえ、ほとんどの学校では「生徒の保護者以外の入場は固くお断り」しているようで、厳重にチェックされるそうです。
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ピンチ!イシハラさん

2005-05-28 22:47:31 | 平和
 腹心中の腹心の副知事。100条委員会から自民公明議員から偽証罪で告訴。副知事辞任を迫るも本人ははっきりせず。業を煮やした二人の副知事と教育長が辞表を提出。この連中、すべてイシハラさんの任命で、肩で風切る勢いのそうそうたる面々。
 かの問題の副知事、話しによると、問題をイシハラさんに持っていく前に、すべてご自分でチェックし○×をつけ、○のみイシハラさんに話しを通していたという。イシハラ都政を事実上牛耳っていた御方。これには、イシハラさんも困ってしまって、といってもあのイシハラさん、自らの責任はけしてとるまい。
 さてここへきて、国道交通省橋梁工事談合問題が、都庁にも飛び火したもよう。都の関係の工事にも、もと東京都の役人が天下って工事計画・契約の指南役。それが一社や二社どころではない、この間逮捕された会社を含め、ぞろぞろ天下ってのやりたい放題。東京都が被害者ということも言えるかも知れないが、役人を利害のからむ会社にたくさん天下らせていた責任は、当然東京都にある。
 そして、はるか47年前の都立産院の新生児取り違え事件。これはイシハラさんの直接的な責任というわけではないが、相手がもう一人(だけですめばいいが)いるのは間違いない。この真相究明に、今の都も全く無関係と言うことにはならないだろう。
 そして、つい先日、都の教育庁の幹部が、公然わいせつ罪で逮捕、懲戒免職に。そのため、教育庁は仕事にならないらしい。部長級以上は知事にも責任はないとはいえない。
結局、所詮はイシハラさんも素人知事。役人の根強い馴れ合い体質にメスをいれるつもりが、今や返り討ちにあっているという感じだ。
 さあ、都議選前にイシハラさん、どうする?
 副知事問題では6月1日都議会で自分の方針・意見を述べるそうだがその内容によっては、他の不祥事とも相俟って、都政が大きく揺れそうな気配。なにしろ、議員諸氏、自分の選挙の当落しか関心がないから。
 そういえば、共産党の都議選キャンペーンは、自分の党以外の議員の海外出張無駄遣いの件。他の政党はみな選挙目当ての言いがかりだと反発している。どっちもどっち、なんだかスケールの小さな話題ばかり。
 それよりも、イシハラ都政の闇を厳しく追及する政党はいないのか。そこに、7月都議選に向けての都政への関心度が高まるはずだが。
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久々の鎌倉

2005-05-27 21:37:35 | つぶやき
この間の日曜日。
とある駅の、北東北旅行の広告の苔むしたお寺
それを見て、昼飯で待ち合わせた連れ合いを誘って
急に、久々に鎌倉に行きました

昼飯はコンビニで買って、電車の中で
でも切符は初乗り料金。北鎌倉の駅で清算して、そこから源氏山公園まで
そして長谷へぶらりと山道を散策

連れ合いもゆっくりと

久々の軽い散歩道、というか山登り
緑が一段と目に映えて
遠く海も霞んで見えてのどかな散歩でした

日曜の午後のせいか
あまり人とも行き交うこともなく
おしゃべりがてらの道々でした
時折時季はずれのって、ウグイスには失礼ですが
そんなウグイスの声もよく澄んだ声で聞こえてきて
民家の迫った細い山道を上り下り

日ごろ歩くことのない連れ合いも
ふうふう言いながらもついてきます

長谷の大仏から駅までの道
うって変わって人人人
外国人も多く、狭い歩道を行き来しています

驚いたのは、至るところ工事中
前にあった店がなくなって、駐車場になったり
店が変わって
なんだか洋風カタカナの飲食店に変わったり
ここ2、3年で大きく変わった感じがしました

とても落ち着きのないような通りに
ちょっぴり残念でした

江ノ電の踏切を越えて海岸へ
このあたりも店がなくなったり、変わったり
それから海岸を散歩して、サーフボード(?)がたくさん
矢のように海の上を右に左に
自在に行き交う、潮風を浴びながら

鎌倉駅までの大通りも
新しい店が増えているような・・・

まだまだあじさいも咲かない
変哲もない鎌倉もたまにはいいものですね

土産は、定番の鳩サブレ525円也でした
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交流戦の落とし穴

2005-05-26 20:10:33 | 世間世界
 プロ野球改革の目玉、セパ交流戦。全体のバランスもあるのだろう、試合数が多くなるのはしかたがないにしても、それでも何だか長すぎるような気がする。いつまでやるのか。そろそろ飽き気味なのは小生だけ?
 たしかに春のときのオープン戦とは違って真剣勝負。初対決同士でなかなか見応えのあるゲームも多いらしい。以前ほど長く同じチームに所属していない選手が多く、古巣との闘いとか意趣返しではないがそういう気分もあるかも。また反対にやりにくい選手もいるようだ。
 それにしても、やる前はあまり乗り気でなかったジャイアンツが、けっこう交流戦になってから調子がよくなり、逆にドラゴンズは、あれよあれよと負け続け、最下位争い。あっというまに首位から転落。
 初めての相手に対して慎重なのか焦るのか。小生はもっと皮肉な見方。セリーグの時は勝手知ったる球場。うまく相手投手の球種とか盗んでいるのではないのか、ってこれはあり得ないことですね。でも、そう思いたくなるようなドラゴンズのもたもたぶり。ジャイアンツは、老舗の無言の圧力で、ってこれもあり得ないことですね。
 今もジャイアンツはマリーンズに苦戦している。千葉ロッテの応援団が、セリーグとは違ってなかなかの迫力。ちょっと相手もやりにくいのではないかと思うほど、まるでサッカーのサポータームード。
 小生、あまり野球をTV観戦するほどの時間もない。そもそもテレビ自体を見ないから。でも、ちょっとチャンネルを回して、見ている次第。もうはるかに年下の、自分の子どもよりももっともっと若い選手が活躍している。工藤でも何回り年下であろうか。
 サッカーに押され気味の野球もこれで少しは息を吹き返したのか、それでもまだまだなのか。
 郵政民営化も靖国神社も核問題も内外の難題・課題をそのままにこうして時間は過ぎていく。
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靖国問題も選挙次第

2005-05-25 23:17:05 | つぶやき
 公明党の神崎さんがコイズミさんに注文。「もっと大局的立場で靖国神社問題を」と。しかし、コイズミさんにはあまり効き目がない。
 思えば、イケダ先生の方針を受けて、公明党は結党以来、中国との国交回復を党の基本方針として、中国との関係改善をどこよりも熱心に行っていた。文化交流でも頑張っていた政党。
 支持団体の創価学会もそうした行動の実績から、中国首脳からも一目も二目も置かれていた。自民党の田中角栄並の恩人扱いが常だったような気がする。今でも学会は、中国の首脳との交流や、北京大学などと創価大学との学術交流も盛んに取り組んでいる。そのため、イケダ先生も名誉何とかという「称号」を貰っていた。
 今のコイズミさんの「何が何でも靖国参拝」発言には、苦々しく思っている学会員は多いはずだろう。言ってみれば、コイズミさんには選挙協力の切り札をという最終兵器をちらつかせて、思いとどまらせることができそうな唯一の立場が、今の公明党のはずだ。
 勿論、自らの信仰基盤に最も抵触するのが神社参拝。これは日蓮聖人の「立正安国論」の精神にもっとも違背することだからだ。罰が当たるどころか、仏(日蓮聖人)弟子失格という、もう全くの新興宗教団体となりさがってしまう。
 だから、そうした内部事情からも、思いきって発言したのだろう、神崎さんも。でも、そこまでコイズミさんの翻心を促すというような力強さはなさそうだ。
 どうも都議選で自分たちが不利にならないよう、即ち学会員の選挙活動が鈍くなって一票でも取り逃がしたら一大事、という程度のスタンスくらいにしか思えないのだ。都議選を完全勝利する闘いが、今年の学会の最大のイベントだから、ここは、都議選に向けての選挙向けのアリバイ工作とすら感じる。いつもの「得意」の戦法だ。こうして、自らの信仰上の正邪に関わることについても、選挙次第になってしまった。
 もしそうなら、創価学会は、公明党の集票組織に堕落してしまうだけ。信仰の組織ではない宗教組織にしがみつく学会員は、気の毒以外の何物でもない。いったい、声を大にしてコイズミNO!という学会員はいないのだろうか、自らの信仰上の信念に基づいて。
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畳の上で死ぬこと

2005-05-24 22:15:39 | 世間世界
 生老病死の続き。老いていくということは、当然、病気と切り離せない場合が多い。そのため、あるいはもう助からないと分かっていても入院させ、治療を受けさせることが当たり前になっている。そして、多くの年寄りは、勿論若い人もだが、臨終を病院で迎える。
 患者が家にいて、もうその看護で疲れ果ててしまったり、医師の訪問も度重なってくると、家族もやむをえず入院させる。二度と生きて我が家に戻ってくることのない身内を入院させるほど、辛いものはない。まして年寄りならばなおのことである。しかし、それが当たり前になっている。家族も本人もそう思っている。
 完全看護の病室で亡くなっていく。時には、家族に看取られながらのケースもあるが、中には、人知れず亡くなることもある。死は、医者のもとで判定される。それが絶対とは言えないケースもあるが、死の判定は医師が行う。こうして、死は、病院の管理下に置かれる。
 最近、近所のお爺さんが入院した。家族(娘夫婦)も病院に入れて、治療を受けさせることにした。しかし、なかなか治療の効果が上がらず、もう手の施しようもなくなってしまった。
 そのとき、まだ意識だけはしっかりしていた患者は、家で死にたいとつぶやいた。家族は悩んだ末に、父親の願い通りに家に連れて帰った。それから大変な看病生活が始まったが、家族の協力で父親の最期を、家族みんなで大変さを分かち合いながら、看取ることにしたのだ。
 孫たちも死に行くお爺さんの姿を間近に見ながら、「死」(あるいは大切な人との別れ)のことを考えるようになった。そして、お爺さんは亡くなった。最期まで、あまり家族の手を煩わせることがなかったという。
 今、「死」という生々しい現実を目にすることはほとんどない。かつて、小生の父親も家の布団で死んだ。ガンの末期であったが、ほとんど苦しむこともなく、最期は「末期の水」ならぬ最後に好きだったタバコを口にくわえ、一服吸ってふっと息を吐いて、そのまま呼吸が止まった。その一部始終を、家族たちが見守ってやれことができた。ふとそんな体験も思い出させた話しであった。 「死」が人間から遠くなって、実感できずにいる子どもたちも多くなっている。「死」を身近に味合わせることの是非はあるだろうが、死に行く立場に立って、死者を見送る姿勢が生き残った人たちには大事な姿勢ではないだろうか。特に子どもたちにとっても大切なことではないだろうか。
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階段に手すりをつけること

2005-05-23 23:28:28 | 世間世界
 今日、我が家に小生が若い頃から公私ともにお世話になって、というより命の恩人と言っても過言ではない方が見えられた。80才をとうに過ぎていらっしゃいます。でも、まだまだかくしゃくとして目も耳も達者、お話もきわめてなめらかで歯切れがよい方です。
 もう何年ぶりでしょうか、別の所ではお見かけもするし、親しくお話もする機会がありますが、ご近所にお寄りになったついでに、拙宅まで足を運ばれたのです。
 我が家に着き、2階に上がろうとして階段に足をかけたとたん、「これは急だよ、大変だな、手すりを付けた方がいいんじゃないか。」そう言いながら、もう上の方は手を使ってはい上がる感じでした。以前はこういうこともなく、さっさと階段を上がられたように思ったので、随分お年を召されたなと感じました。
 それ以上に、これまで何とも思っていなかった階段の上がり下りが、お年寄りには大変なんだなと改めて思ったわけです。他の家と比べて、急な階段とは思ってもいませんでしたので。
 小生もけして若くはありません。朝起きがけにさっと階段を下りられなくなり、どしんどしんという感じになりつつあります。それでも、まだ階段が急だとは思ってもいませんでした。考えてみれば、我が家にもそれなりの年寄りが出入りします。でも、手すりまでは必要ない、というふうにこれまで気にもとめていなかったのです。
 今日初めて「手すり」が気になりました。年を取ってみなければ分からないこと、感じないことは多くあります。階段の上がり、むしろ下りの方が足元不如意になることは、とんと思いもよりませんでした。
 たしか、前に他の年寄りから、駅のエスカレーターは上りだけで便利は便利だけど、実は下りの階段の方が心配なんだよという話しを聞いたことがあります。その時までは、階段の上りが辛いからエスカレーターを利用するとしか考えませんでした。その後、何でもない階段、段差で転んで大けがをした方を目撃したこともあって、本当に若いうちには分からない「足元不如意」という実際を考えさせられました。それも、我が家の階段の手すりとは直接結びつけて考えませんでした。
 その方も階段以外の場では、以前と変わらずしっかりしていらっしゃって、お話もうかがうことができ、お帰りになりました。
 「転ばぬ先の杖」。早速、階段に手すりをつけようと決意したところです。
 それにしても、60代70代と年を取って行くということの実感は、40代の頃には全く分からない境涯でしたね。
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イシハラさんのしゃべりはどうにかなりませんか

2005-05-22 21:15:32 | 平和
 「イシハラ都知事、沖の鳥島で日の丸掲げてご満悦」はいいが、あの、人をバカにしくさった言語表現はどうにかなりませんかね。
 中国をシナという言い方も鼻につく。「中華人民共和国」という国家があるにもかかわらず、台湾びいきのイシハラさん、相変わらず「シナ」「シナ」と発言する。大体「シナ」はパソコンでは漢字変換も出来ないのだが。よほど中国がお嫌いと見える。だから、「支那」を確信犯的に言う。 コイズミさんだって、他の国会議員だって、ここまでシナを連発する人はいない。勿論、シナでいいじゃないかと思っている議員もいるに違いない。しかし、一応、中国などへの配慮もあって露骨には言い得ない。イシハラさんだけは別格なのか、報道陣も誰も咎めようとはしない。ただ聞くだけ。
 それから、この間は「都立大」から「首都大学東京」に強引に名称も内容も変更した際、フランス語は数詞がないなどと言ってのけた。国際社会の中でこうした外国(語)への間違った言辞を平然と言ってのける御仁が東京都の知事であることを小生は恥ずかしく思う。こんな人が東京都知事という地位を笠に着て、平然と言ってのけるセンスを疑うからだ。この人、文学の徒?
 沖の鳥島。上空に海上保安庁の航空機を見つけるや、戦争と同じだねと発言する。たしか、銀座通りで自衛隊の閲兵式をやってみたい、とか発言したこともあった。よほど戦争好きと見える。こういう発言を高揚した気分で繰り返し発言する御仁が東京都の知事であることを恥じる。
 「憲法なんか無視する」という発言も繰り返しているようだ。
 記者に対する発言もよく言えばぶっきらぼう、悪く言えば小馬鹿にしたような発言を行う。相変わらず目を病的なほどしばたたかせながら、こういう発言を繰り返す。まあ本当は小心者なのかも知れないが。
 イシハラさんのこうした言い回し(口調)が実は今の都庁の役人に多いような気がする。小生の知っている役人もそういう口調をしているのだが。真似というか権威を借りているというか、イシハラ節で話す御仁も多いような・・・。
 その一人が教育長の横山某。いつか日の丸君が代に関する報道番組の中で、インタビューでの発言がやけにそっくりなのに驚いた。まあ、何の中身もない、武闘派のようだから。ここでもイシハラさんとは一致するのかも知れない。だから、ああいう強引に君が代処分も出来るのだろうか。こういう人間を任命した都知事を上に置くことを恥じる。
 最近、米長教育委員は訴えられたそうだが、この人も君が代日の丸で熱心すぎて、天皇に軽くたしなめられたこともあった。この人を任命したのもイシハラさん。そういえば百条委員会の副知事も・・・。
 言語明瞭なのが今は大受けの時代。イシハラさんも国会議員としてはたいして役に立たなかったが、今や肩で風切る勢い。人間には、功罪あって当たり前。
 イシハラさんもけっこういいことも大胆にやってきた、それはそれなりに評価できる。そういうときのイシハラさんを都知事としてまあ自慢できる。
 でも、そういう都民の支持をうまく利用しながらやっていく政治の本質はどこにあるのか、じっくりと見据えなければならない時が来ていると思う。
 当面、7月の都議会議員選挙で議員選挙を通して、どういうふうにイシハラ都政を評価するか、そこに今年前半の大きな政治的山場があるようだ。
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どうなってるの今の日本 どうなるのこれから

2005-05-21 12:13:59 | つぶやき
小生のような年寄りには
分かりにくい世の中になりました
ってそれほどぼけているとは思ってもいませんが

この間の長者番付
昔の言葉でいえば
人の褌で相撲を取っている方がトップ
「バク」才も立派な才能のうちですが
それにしてもと思います

かの藁しべ長者さんも高額納税者
でもまだまじめな納税者
その手の人たちは節税・脱税(?)でうまくやりくり
番付にはのらないらしい
第3次産業と言うより虚業がおおはやり

いったいどうなっているんですかね、日本経済は

道路公団の民営化
各会社の社長はみんな国土交通省の高級幹部の天下り
北側デエジン「事業の継続性の上から・・・」?

その北側さん、大惨事のJR線に
「関西創価学園前駅」つくりにご執心とか
週刊誌にありました
まさかそんなことはないですよね

いったいどうなるんでしょうか、このへんは

イシハラさん、南の海の岩礁でパフォーマンス
日の丸掲げて、さぞかしご満悦
この島(?)に住民票を移している議員は100名以上とか
人が100人も住めるの?
魚の稚魚を10万匹放流して他の魚の餌にするつもり
これもすべて都民の税金

言いたい放題、やりたい放題のイシハラさん
これからどうするつもりなの?

郵政民営化も強行採決で国会空転
重要議題が山積する中、国会は開かれずそのまま
民営化法案も時間切れ、与野党入り乱れての多数派工作に蠢くうちに
議論抜きで強行採決になるのか
他の課題はそっちのけ

そこのけそこのけ民営化様のお通りだ~い!
都議戦で勝てばもう怖いものはないや~い!

コイズミさん
反対派の官僚のクビをすげ替えた
アメリカじゃ大統領が替われば上級官僚は交代が常識
でもコイズミさんこれでおしまいらしい

いったいどうなるの?これからの国民の生活は

一部の国民も
反中、反韓、反北朝鮮、反ロシアで高揚し、うかれています
ええじゃないか、えじゃないか、えじゃないか・・・
ご時世に便乗し「日本愛国・無罪」てなわけです

でも「反米」が聞こえてこないのがまか不思議
自主・独立が愛国心のもとにあるはず

自分たち正義の言論に反対するものには
目配り、気配り、脅かし、挑発・・・
ささやかな反対も許すまいぞ、おのおの方!

「自虐史観」なぞもってのほか
「昭和の日」に反対するやつはどいつだ
「東京裁判史観」にこだわる連中はとっとと出て行け
「英霊」に無礼は許さんぞ

これからどうなるの、日本は?

怖いですね、とても不安ですねえ
でもとってもオモシロそうですね

ではまた、サイナラ、サイナラ、サイナラ
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靖国に対する公明党の態度に?

2005-05-20 23:27:11 | つぶやき
 相変わらずコイズミさんの靖国神社参拝発言が巷でも話題になっていますね。公明党の神崎さんが「大局観にたって」と批判したら、コイズミさんはすかさず「大局観に立って参拝する」と発言しました。公明党・創価学会はどう対応するのでしょうかね。このまま見逃して一件落着(一応批判したからと内部に向けて話して)ということになるのでしょうか。
 小生は、もともと神社に参詣するつもりはありません。それは、小生には神社に祀られた神様を信仰する心は全くないからです。勿論、靖国神社の成り立ちはそこらの神社とは別格だという捉え方もあります。なにしろ、祀られている方々はすべて戦没者であって、天照大神とかなんとかという神様がご神体としてあるわけではないのですから。それでも、戦後は宗教法人として靖国神社は存在することになったのです。コイズミさんはそうした靖国神社の起源や経過を踏まえて、強い靖国神社信仰をお持ちの方のようです。特に戦没者への感謝の思いは、人一倍あるようです。首相としての「大局観」からも自らの信念にとても堅固な方のようです。一国を代表する首相として、戦没者への追悼は当然だ、と。(安倍さんも「自分が首相になっても、当然、靖国神社に参拝する」と明言しましたが。)
 何だったら、毎日出勤時にでも靖国神社に詣でて、手を合わせてから仕事に行けばいいのではないでしょうか。ちょうど近所のおじいさんが毎朝近所の氏神様にお参りをして手を合わせ、辺りの清掃をする、それですがすがしい気分になる、夕方はまたお参りをして一日を感謝する・・・。そのおじいさんは、やはり氏神様への厚い信仰心を持っている方のようです。
 そこから、個人の自由な信念・信仰による宗教施設への参拝は問題はない、なのになぜそれに反対するのか、という見方もあります。これは、個人の思想・信条に基づく、信仰行為に対する妨害ではないか、と。
 反対に、特定の宗教法人の礼拝施設に、国家を代表するべき立場の首相が参拝することはどういうことなのか、という疑問も浮かび上がってきます。そこに、靖国神社参拝に関する今回の一連のコイズミ発言への賛否の視点の一部があると思います。
 ある意味で、国家はまさに個人の上に、自らの価値を置く機関であるのでしょう。一方で、国家は誰の者か、という問いに明確に答えられる人はいません。国民だというのは、形式論理にすぎません。専制君主の国ならともかく、代議制度(議会制度・これは中国も北朝鮮もその形式をとっています。もちろん、その内実はひどいものですが。)のもとでは、国会議員、その中で多数によって選ばれた首相。あるいは、有権者の直接選挙で選ばれた大統領等。それらが統括する国家機構がそれに当たると言うことも出来ます。日本の場合には、その機構の枠組みとして「国民の総意に基づく」「象徴天皇」をその上に置いてあるという考えもありますが。
 いずれにせよ、コイズミさんは日本国民統治のトップというべき立場にあるはずです。コイズミさんは機構としての内閣総理大臣という立場の人間で、自分の都合に合わせて私的立場・公的立場を区分することの出来ない立場だと思うのです。一挙手一投足が国家統治機構の長としての振る舞いとみなされてもおかしくないのです。そこに、コイズミさんいやコイズミ首相が靖国に「公式」(公式しかありえない)参拝することを巡る、意見の違いがあると思うのです。
 かつて、靖国神社を宗教法人ではなく、国家の管理下に置くべきだ(戦前は陸海軍の管轄下ではなかったでしょうか)また、宗教色をなくしていくべきだという主張もありました。これには、神社本庁が反対したと思います。また、別の戦没者のための別の国家施設をつくるべきだ、という考えもありましたが、今は一考もされません。
 A級戦犯合祀云々も今回の問題の一端にはありますが、それと共に「政治と宗教」(政教分離)という悩ましい問題が横たわっているような気がしてならないのです。ですから、コイズミ発言に対する、公明党・創価学会の出方にもとても関心があります。
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猫たちも少しずつ夏毛に

2005-05-17 17:22:28 | つぶやき

こたつの中でぬくぬくと
朝から晩までしていた
我が家の猫たちも
暖かさに誘われて
外に出たがるようになりました

でも、夜中も出ようとするのは
困ったものです

いつの間にか体をふさふさと覆っていた
冬毛も抜け替わり
あちこちに毛を巻き上げて
ちょっぴりスリムになりました

人間たちもそろそろと起き出して

この間の寒さは
いったいなんだったのでしょうか
北海道はまだまだ寒い日が
流氷もなかなか訪れないようで

それでも東京は日差しも一気に強く
外に出ていると日焼けするよう

今は紫外線も強くて
お肌にはよくないらしいが
もうそういう年齢をとっくに超えた、お隣さん
せっせと庭の手入れに一汗かいています

花も春から夏へと
この間どっしりと咲いていた
君子蘭ももうおしまい、なでしこも、チューリップも・・・
ちょっと心配です、赤い小さなバラの木が
病気で元気が出ない

そうそう、小さなイチゴも収穫できて
ツツジもあざやかに咲いています
庭に挿したミョウガから芽が出てきました

暑い夏に向かって草花も今は一休み

鬱陶しい梅雨空を間近にして
猫たちもベランダで飛び回っています
猫の額の我が家の庭にも
爽やかな風が通りました
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黒服集団が街を闊歩する!

2005-05-16 23:06:40 | 世間世界
 最近気になったこと。やけに黒い背広を着ているサラリーマンが多いことだ。若い人は特にそうである。ひところのグレーなどはとんと見ない。見ても中年以上のサラリーマン。三ボタンの黒い背広をきちんと着て街を歩く、電車に乗る、集団で・・・。ネクタイも黒いものが多いような感じで、葬式の略礼服とみまごうのもある。
 新入社員たちが俗に言うリクルートルックで街を歩くのはよくあったが、これほど真っ黒な背広ではなかったような。グレーか濃い紺色が主流のようだった。よく見ると若い女性社員も黒が圧倒的に多い。こんなにも黒が多かったかしら。
 服装の流行色で景気や世相が分かるという。してみると今の黒一色はどういう世相や今後の景気を占っているのだろうか。会社帰りでもいつでもお通夜に行けるからという、死者が増えるというわけでもあるまいが。
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「鯨」「陛」または文化の違いについて

2005-05-15 22:59:33 | 平和
「鯨」という漢字があります。常用漢字として用いられています。新聞でも「鯨」と漢字で表記されます。たしかにかつて日本は捕鯨の盛んな国でした。「捕鯨オリンピック」などとも言われて南氷洋に争うようにして大船団を繰り出しました。また、紀伊半島沖でも、鯨漁が盛んに行われていました。まさに日本の伝統文化の一つで、重要な食文化でもありました。小学校の給食には、「鯨の竜田揚げ」がよく出されました。鯨は大事な動物性蛋白源だったのです。
 他にも魚へんの漢字はたくさんありますが、「鯉」も「鮭」も「鮒」もどれ一つとして常用漢字に指定されている漢字はありません。それほど、「鯨」は日本人・日本(食)文化に切っても切り離せない動物だったのです。だから、常用漢字にもなっているのでしょう。
 しかし、時代が変わって鯨を捕獲することは、禁止されるようになりました。アメリカなど欧米諸国が、日本やノルウェーなどの捕鯨に対して大反対運動を起こしました。乱獲による種の減少が大きな理由ですが、鯨という知能の高いほ乳類を捕獲し、殺害し、解体し、さらに食するとは何事だ!という欧米の市民運動が派手に繰り広げられました。日本の船団が捕鯨に向かうのを阻止しようとすることなどもありました。
 アメリカの軍艦が幕末の日本にやってきて開港を迫ったのは、捕鯨船のための補給地要求だったこともすっかり忘れられてしまいました。そして、捕鯨国・日本は国際的に孤立し捕鯨から撤退を余儀なくされました。戦後の日本が復興を遂げ、政治的にも経済的にも国際社会に積極的に進出する頃の話しです。近年は、少し捕獲が認められるようになりましたが、往年のようなわけにはいきません。
 これは、日本人が自分たちの固有の伝統文化として、当たり前だと思っていたことが、国際社会にはそのままでは通用しない出来事だったと思います。
 さて「陛」という漢字があります。「陸」ではありません。天皇「陛下」・皇后「陛下」という場合に用いられように、特殊な高い地位にある個人に対してしか使用されない、この漢字は常用漢字です。かつては教育漢字で、義務教育の終わるまでには読み・書きが出来なければならない漢字でした。ですから、今でも新聞では「天皇陛下」と書いて、けっして「天皇へい下」とは表記しません。間違いなく日本の伝統文化そのものの漢字だからと思う人もいるでしょう。でも、この伝統は明治維新以降の伝統です。
 それにしても、天皇制に密接に関わる言葉が、常用漢字に入っていることはまさに象徴的でしょう。我々がこれは固有の文化(意図的につくられた伝統文化にすぎないですが)だから何気なく読み書きしていますが、諸外国からこのことに対してさまざまな反論や疑義が出てこないとも限りません。
 そのときには、いちいち他国から言われる筋はない、他国の文化的価値観から、日本の天皇制という制度はおかしいというのはかえって内政干渉だ、という反論のしかたもあるでしょう。一方で、これまで何の疑問にも思ってこなかった事柄について、他の民族や他国の人々から問題提起され、そのことを受け止めていく中で、自らの伝統(文化)のあり方を見つめ直す。こういうことも賢明な方法ではないでしょうか。
「鯨」は日本の固有の文化だからこちらの勝手だ、我が国の文化に対する内政干渉だ、とはならなかったように、日本がよかれとしてきた行為やその底辺にある文化への思いが、かつての戦争で戦場となった中国・南北朝鮮からの批判を受けて、はじめてそのひとりよがりの認識が厳しく問われることにもなるのです。
 コイズミさんの靖国神社参拝への執拗な反発・抗議をどう受け止めていくかに、国際社会の一員としての日本(国民)の成熟度が試されていくのではないでしょうか。こうしてみると、コイズミさんがいかに想像力が貧困であって、他者からの批判をもとに自ら省みる姿勢に全く欠けている人物ではないかと思うのです。
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