おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

原「事務長」

2005-02-28 23:58:43 | 世間世界
 白昼の中津川市で起こった一家5人惨殺事件。母親から孫までどういう動機があったのか。誰が殺したのか。重傷の娘婿の「義父に刺された」との110番通報があったことから、原平容疑者宅へ警察が駆けつけたところ、家の中で5人が首を絞められて殺されていた。その中の乳児(孫)は、生後わずか3週間であったという。
 原「容疑者」は、のどを包丁で刺して浴槽に倒れていた。小さな集落で起こった悲惨な事件。状況から原平容疑者の犯行と見られている。職場の同僚は原容疑者について「怒っている姿を見たことがない」「命の大切さを説いていた」と。
 周囲の人が「穏やかな性格」という容疑者がどうして生後3週間の孫まで道連れに無理心中を図ったのか。肉親に殺されてしまった家族の、ましてやこの世に生を受けて間もない乳児を含め、無念さは、どれほどであったろうか。今夜7時のNHKの報道番組を見ながら本当に心痛む思いであった。
 が、ふとアナウンサーの言葉、またテロップを見て我が目を疑った。「原容疑者」ではなく、「原事務長」としてあるではないか。別の殺人犯がいたのか、そうではない、やはり殺害犯は「原平(はらたいら)」であることを放送では流している。しかし、「容疑者」ではなく、「事務長」であったのは、どういうわけからか。
 娘婿の110番通報では、「義父に刺された」とあった。また、原「容疑者」も自分が殺したことを認めたという記事も掲載されている(「朝日新聞」2/28朝刊14判1面)。だが、今日の夜7時の放送では「原事務長」であった。その後はテレビやラジオのニュースを見聞きしていないので分からないが、犯人は別にいるのか、そのような報道にはなっていない。
 はたまた「原事務長」も重態で事情が聞けないからなのか、この人も死んでしまう可能性が強いからなのか。一家心中の場合、他の家族を殺した殺人犯でも、死ねば新聞では犯人扱いではなく、それなり死者扱いされる。そのための伏線なのか。はたまたもっと別な理由があるのか。
 朝日新聞の夕刊には、この事件の続報がいっさい掲載されていないのも奇妙な感じがする。
 テレビのインタビューで、職場の同僚の証言も「原事務長は、・・・」となっている。他の放送局・メディアでも「原事務長」となっていたらしい。人権意識からくるのか。
 「事務長」という肩書きがあって胸をなで下ろした報道関係者。これが、農家であったり、会社員であったらどう表現するのか、皮肉ではなく考え込んでしまった。こうした一家心中事件のたびに、あまりにも日本的な(かどうか確信は持てないが)特異性のために、及び腰になる報道スタイルを感じる。
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東京大空襲から60年目

2005-02-27 22:32:18 | 平和
まもなく3月10日が来る。1945(昭和20)年3月10日。米軍機による空襲によって、東京の東部・下町を中心にして戦災死者の数は、10万人以上にのぼった。当時の本所区・深川区の被害が最も多く両区あわせて数万人と推定されているが、未だに正確な数が把握されていないほどだ。空襲直後、米軍が日本橋上空から撮影した写真をみると、隅田川東側は全くの焼け野原、荒川まですっかり見通せるほど何にもない廃墟と化した。その下には、何万という遺体が転がっている・・・。
この空襲は東京市部を襲った、他の場合とはその被害規模において比較にならないほどの被害を生んだ。アメリカ政府及びアメリカ空軍の狙いは、焼夷弾によって都市そのものを壊滅させ、日本国民の生活を破壊し、日本の戦意喪失であった。
 この爆撃は、グアム島に司令部を置く第20航空軍所属のB29第21爆撃機集団によって実行された。アメリカ軍の攻撃方法は、絨毯爆撃という、攻撃目標地域を取り囲むように設定した爆撃投下照準点にまず焼夷弾を投下し、火災を発生させ、次の一団がこの目標火点をつなぐように焼夷弾を投下する、そして、その中を網の目のように区切り、各爆撃機が投下場所を分担し、共同して火の壁をいくつも作って、その地域一帯を焼け野原にするという方法だった。こうして、非戦闘員の多く居住する木造密集地帯を一挙に焼き尽くしたのである。
 3月9日午後5時15分、325機のB29は、サイパン・テニアンの基地を出発、房総半島から東京に入り、10日真夜中、午前0時7分から2~3時間の間に、焼夷弾を実に1,665トン投下した。
 被害の惨状はすさまじいものであった。強風に煽られた火災はたちまち家屋を次々と炎上させ、逃げまどう人々を炎で覆い尽くしたまま、一気に広がっていった。隅田川両岸も火が隅田川を超えて広がっていった。ただただ人々は我が身を火の粉から避けるのが精一杯。親・きょうだい・子どもたちとも離ればなれとなった。
 3月10日の朝は、吹きまくった風も収まり、快晴であった。傷つきながらも危うく九死に一生を得た人々が見たものは、想像を絶する悲惨さであった。幹線道路上には、焼け死体がそこここに転がっていた。焼けた電車、垂れ下がった電線・・・。堀川には、流木の間にたくさんの遺体が浮いている。子どもも大人も性別も分からぬ遺体が小路や路地に累々と重なり合ってあった。錦糸公園では、穴を掘って遺体を葬った。その数、1万8千体だったという。他の公園でも次々と遺体が仮埋葬された。その埋葬された遺体は、2~3年後、掘り返されて火葬に付された。
 まだまだ書ききれない。この東京大空襲については、さまざまな記録が残されている。ぜひ見ていただきたい。また、墨田区にある「すみだ郷土文化資料館」では展示も行っている。ぜひお出かけ下さい。
 JR錦糸町駅近くに都立両国高校がある。最もひどい被害を受けた地域にある学校だ。当時、この高校のプールに入って、水の冷たさと迫り来る炎と恐怖に耐えながら命を助かった人も多くいるという。この高校の卒業式は、伝統的に3月10日には行わず、11日か9日に行っているという。3月10日という日に、卒業式という晴れがましい儀式は行わないのだそうだ。
 我々も、こうした蛮行をけっして忘れてはならないと思う。戦争という惨禍を再び繰り返さないためにも、東京大空襲を風化させてはならないのだ。
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孫騒動

2005-02-26 13:26:14 | つぶやき
ちょっと、これから来るのかよ
ちょっと、待ってくれよ
ちょっと、心の準備がって
ちょっと、これは大げさかな

なんで、来るの
なんで、って車でとかじゃなくて
なんで、っていうことだよ
なんで、かみさんがいないときに

まあ、携帯でよんでみるけど
まあ、大丈夫じゃないか
まあ、すぐそこに出かけただけだから
まあ、俺だって昔取った何とかだけどさ

それにしても、もう一月か
それにしても、早いもんだね
それにしても、たまの休みだから
それにしても、しょうがないな

ほんと、二人で頑張ってるよな
ほんと、でもおかんには感謝しろよ
ほんと、むこうのお母さんにもな
ほんと、は俺にもな

えっ、あと30分くらいで来るって
えっ、電話しなくちゃ
えっ、哺乳瓶も一式持ってくるって
えっ、いつまでおいておくつもりだよ

わかった、わかった、待ってるよ
わかった、わかった、連絡するよ
わかった、わかった、心配するなよ
わかった、わかった、お母さんには今すぐに

こっちには二人目の孫。あちらさんは一人目。まだ生まれたばかり。
若夫婦が頑張って二人で
面倒をみている。
それでも、向こうのお母さんもこっちのおかんも
なんだかんだ行っては世話している。
男親はちょっと埒外。
それが急に連れてくるっていう。
二人で出かけるから「その間、面倒見てくれよ」って。
さあ、これからが腕の見せ所って、いったい何の。
土曜日のちょっと風が冷たい昼下がり。
じゃあ、部屋でも暖めておくか。



 
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地下鉄サリン事件から10年

2005-02-25 23:04:11 | 平和
 1995年、地下鉄サリン事件が起こってから来月で10年。日本、特に青少年を取り巻く状況は、ますます悪くなったような気がする。政治も経済も教育も文化もますます混沌として展望なき様相を呈している。そのなかにいる若者たち。
 サリン事件から日本人は何を教訓としてきたか。麻原の教えを闇雲に信じ、カルト教団化したオーム真理教は、アレフと改称してもその教義の本質は変わらず、独特の終末思想を元に、いまだに信徒を集め、不安心理をかきたてている。
 10年前、一つの団体が、それも宗教団体がサリンを製造し、それを地下鉄車内にまくという事件を引き起こすとは誰が予想していたであろう。この事件に先立って、松本サリン事件、坂本弁護士一家殺害事件等の凶悪事件が発生していたにもかかわらず、それがオーム真理教の犯罪であるとの確信までには至らず、かえってえん罪事件まで起こした。
 それには、オーム真理教が宗教法人法に基づく宗教団体であったことが大きい。法によって手厚く保護され、また信教の自由という憲法上の大前提によって布教活動・宗教活動を認められていた宗教団体への立ち入り捜査、事情聴取が行えなかった、当時の状況。
 オームによる犯罪の実態が明らかにされるにつれて、エリート青年たちが、特にまじめで人生や学問を考えていたであろう、青年科学者がいとも簡単に麻原の魔説にたぶらかされ、犯罪者となっていった過程に、世間は驚き、不安を感じた。
 オームの犯罪についての検証はそれ以降もさまざまに行われている。しかし、あれから10年。いまだに次々と立ち上げられる、こうした似非宗教に身を投ずる青年たちがまだ多くいる。そうして、いつしかカルト化した集団に心身をゆだね、自ら破滅する道を歩む(それすら、意識せず)。 今の日本は、10年前よりもかえって閉塞した社会状況・社会不安が増大しているのではないだろうか。したがって、第2、第3のオームが生まれてくる可能性は大きい。自ら考え、行動するのではなく、マニュアル通りの生き方・与えられた生き方を、自らのより所にする青年も多く見かける。別の、新たな壮大なカルト集団の一員となる青年の出現である。
 10年前の1月には、阪神淡路大震災も起こった。あれから10年。一瞬のうちに崩壊した、神戸市内の昔ながらの地域社会、人と人とのつながりは、もうかつてのように戻ることはない。それでも、装いを新たにした町並みの中で、必死に新たな人間のつながりを築くための営みも開始されている。
 人が人の心を取り戻し、人と人との関わりの中で生活していく日々の営為を大事にすることから再建される新たな地域社会、人間関係。オーム的生き方から青年を奪還する道は、おそらくこうした地道な実践の中にあるのではないだろうか。
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サマータイム制導入、そううまくいくのかなあ!

2005-02-24 21:29:11 | 世間世界
 4月から10月、時計を一時間早くする法案を超党派で今国会に提案することになったという。 1948(昭和23)年、戦後間もない頃、アメリカの真似をして導入したことがあったが、わずか4年で廃止になった、その復活案。時間を1時間早めることで、明るい時間を有効に使い、エネルギーの節約や余暇の拡大につなげるという狙い。今度は、国会で成立するような勢いらしい。
 でも、今の夕方の5時が6時になることで、明るいうちに退社し、明るいうちにレジャーが楽しめるってなわけに簡単にいきますかね。結局、労働時間・残業時間が増えることになりませんか。パチンコとかの身近なギャンブルばかりはやることはないですか。また、子どもたちも、今度は明るいうちから塾通いにってことになりませんか。夜遅くまで遊ぶ感覚が捨てきれず、やはりいつものような時間で帰宅、朝寝坊や遅刻が増えませんかね。
 早起きは大変いいことで、健康にもいいが・・・。「省エネ」「余暇の拡大」というところにも、うさん臭さを感じるのは小生だけだろうか。
 ところで、電波時計も時間を1時間早めるのでしょうね。皆が画一的な時間で時を送る、最も全体主義的だといつも思います、あの電波時計ってやつには。
  
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イラクどこ?4割が不正解

2005-02-23 22:55:19 | 教育
 大学生・高校生への調査結果である。北朝鮮は大学生で約1割、高校生で24%が誤答だったという(2/23日朝日・朝刊)。この調査は、最近メディアによく登場する国10カ国の位置を世界地図上に記した30の番号から選ぶという内容だった。
 アメリカ合衆国・イラク・インド・ウクライナ・ギリシャ・ケニア・北朝鮮・フランス・ブラジル・ベトナム。果たしてどこにあったか?ウクライナ、ケニアは、とつい考えてしまった。また、新聞に掲載された30の番号の国々は何という国だったっけ?とまたまた考える。
 特に高校生の誤答率はひどいもので、昨年夏にオリンピックが開催されたギリシャの位置は、なんと40%が間違っていたという。
 現在、高校では、社会科という教科はなくなって、地歴科、公民科と二つの教科になり、また「日本史・世界史・地理」と「現代社会・政治経済・倫理」という教科に分かれている。しかも、高校での必修は世界史のみで、他はすべて選択教科になっている。そのため、「日本史」を習得しない生徒や「地理」を全くやらない生徒も多くいるのが現状だ。
 中学校や小学校ではどうか?中学校では、自分の住む都道府県の他、北のほうから一つ、南のほうから一つほど選び、その都道府県について学習することになっているらしい。外国についても、アメリカは必ず学ぶがその他には1カ国を学ぶのみだ。
 勿論、農業や産業、輸出入などについては統計的な資料をもとにして、学習を行うことは行うが、それもかなりおおざっぱな授業内容。ゆとり教育の推進の中で、学習内容の3割削減、大幅な選択制の導入で、「地理」を学ばないままに高校を卒業し、大学に入る生徒もたくさんいるのである。小学校・中学校でも学ばないのだから、社会人になってからもほとんど知識がないまま。
 これで、国際化・情報化時代にあって、今の青少年たちがビジネスやスポーツなどを通じて海外に雄飛することが出来るのだろうか、世界に出ても恥をかく結果になりはしないか、と余計な心配をしてしまう。地に足の着いた、現実感覚がないまま、相手の国の文化・風習・自然環境などを知らないで、外国の人々と本当に交流が出来るのか、観光旅行さえもまともに通用しないのではないかと思う。
 まして、イラクへの自衛隊派遣をめぐる問題。北朝鮮の拉致問題や6カ国協議の行方。パレスチナ問題。・・・今世界を揺るがしているさまざまな国際問題、戦争、飢餓、大地震。平和や戦争の問題が、実際の地理的感覚のない青年たちに向かって語られていることほど空しいことはない。
 観念的ではなく、本物の、血の通った国際感覚は、少なくとも中学や高校の時に植え付けていく必要がある。英語の時間も大幅に削減され、地理も日本の歴史も学ばなくてもいいような「ゆとり」教育による授業時数削減は、将来に大きな禍根を残すものになっていくはずだ。
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大学受験は勢いで受かるって

2005-02-22 23:48:50 | つぶやき
えっ、受かったの!
どこへWにか
他には?
MARCHも
そりゃたいしたものじゃないか

授業中は寝てばっかりで
もうどうにもならないって
担任に言われたって
母親が嘆いていたぞ
それは2年生までだって、本当か

それがどういう風の吹き回しなんだ
5戦して4勝1敗って

大学は入りやすくなったのかね
お前が受かるくらいなんだから
選ばなければたしかに全入時代って
聞いたけれどもな

ほう、目の色が変わってきたって
友だちが言ってたか
3年になってからか
体力だけはお前あるからな
それと変なずぶとさ

教師も真っ青だろ
そんなに受かったんじゃ
まじめにこつこつ受験勉強やってた人が
そりゃかわいそうだわな
世の中、矛盾だねやっぱり

そうそう何と言われようと受かれば
こっちのものって
そういう考えはいけないよ

へえ、お前にも声かけて面倒見てくれた先生もいたんだ
小論文とか見て貰った
あとはなんだかんだ皮肉言いながらも
励ましてくれたのか

まあお前も誤解されやすいけど真はまじめだからな
よくお礼言っておくんだぞ
あまり過信するなよ、自分を

でもこれからが本番だな
大学入って何するかだよ
遊んでばかりじゃ許さないよ
みんなに迷惑かけたんだらな

今度ゆっくり遊びに来な
お祝いもしてやるから

甥っ子が大学受験。
いつもクラブだクラブだと勉強そっちのけで
遊んでいたが、どういうわけか4つも受かった。
受験の基準が早稲田とか明治とか名前だけで受けたらしい。
だから、受ける学部はばらばら無節操そのもの。
いったい何をしたいんだかって周りは心配した。
でも、実は一番行きたかった所に受かったという。
落ちる子はいくつも落ちるし、受かる奴はこいつみたいにほいほい受かる。
なんだか一発勝負の矛盾があるようなないような。

世間の受験生は、小学生も中学生も高校生も浪人生も
悲喜こもごもの2月である。
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軍事力より平和力を

2005-02-21 23:45:17 | 平和
 アメリカとの軍事同盟強化が目立つ最近の情勢。特に「台湾」を巡る中国への牽制策としての日米安保の質的な転換は、ますます台湾海峡をはさんでの有事体制を念頭に置いたものだ。日米軍事共同作戦の狙いもそこにある。
 一方で、中国は台湾への軍事侵攻を目指す政策をちらつかせ、日米を厳しく牽制する。北朝鮮の核ミサイル問題を含め、いよいよ北東アジアがきな臭くなって来た様相である。
 そういう情勢下、日本もアメリカと一体となった、自衛隊の迎撃ミサイル体系の質的転換・実践的配備をはかるための予算を組んだ。しかし、アメリカのMD計画はいまだに実験段階においてここ数年、失敗をし続け実戦配備には全く至っていない。このことを考えあわせると、ただただアメリカのこうした軍事計画に追従する日本の姿は愚かである。
 さらに、憲法第9条を改悪し、陸海空軍を創設して日米軍事一体化をもくろむ、自民党などの最近の動きは、きわめて日本の将来にとって危険な策動である。アメリカ・イギリスの圧倒的な軍事力をしても、いまだに混迷を続けるイラク情勢でもはっきりしているように、もはや、対テロ戦が中心となる軍事状況にあって、いまだに中国や北朝鮮、ロシアを仮想敵国とする、日米韓の軍事同盟の強化は、かえって緊張をますのみだろう。
 今、大事なのは、世界に誇る憲法第9条をもつ日本として、文字通りの平和外交に徹して北東アジアの平和的安定に貢献することではないか。少なくとも、日米の軍事力を背景とした、政治・経済政策によって、北東アジアの安定を目指すことは、日本の取るべき姿勢ではない。
 軍事力より平和力が最も大切だ。
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またまた自殺者が

2005-02-20 12:08:26 | 世間世界
 コクドの総務部次長に続き、今度は西武鉄道の前社長が自殺。「たまたま社長になっただけなのに」(西武グループ元幹部の話し・朝日新聞2/20朝刊)
 東京地検特捜部による任意の事情聴取が10日間・一日5時間程度行われて、「連日の聴取で疲れ切っているようだった。かなり厳しい取り調べを受けているようだった。」(西武鉄道の関係者の話し・同)
 堤前会長をめぐる一連の株保有比率の虚偽記載問題。ついに、二人目の犠牲者が出た。
 今までも政界を巡る疑獄事件、収賄や汚職事件のたびに、その核心を握るような人物やその周囲の人間が自殺する。会社ぐるみの犯罪・不正行為などの場合にもこうした自殺者が出る。今回の場合もまさに当てはまる。 
 多くの場合、「厳しい取り調べを受けて疲れ切っていた」という感想が自殺者側の関係者から語られる。それに対して、地検側は、「捜査側からプレッシャーがかかることはなかった。事件解明への影響は小さい」とのコメントが発表される。実は、その死んだ人間がキーパーソンの場合も多い。関係者の間では、これで闇が深まるということがささやかれる。だから、結果は、ほぼその感想通り、多くの場合、真相が究明されぬまま、まるでトカゲのしっぽ切りのように、少しばかりの逮捕者を出してうやむやのうちに事件は終結する。
 犠牲になるのは、いつもナンバー3かナンバー4。事件の核心を本当に握っている人は死なないし、逮捕を免れる。「会社」人間ほど逮捕される。あるいは、自ら死を選択せざるをえなくなる。
 「悪いやつほどよく眠る」という映画(小説?)があったが、本当にそんな気がする。そして、本当の当事者が、「私が頼りにしていた、惜しい人を亡くした。心からお悔やみ申し上げる」などと発言するのも、常套手段。それらの発言は、地検の厳しい取り調べに対する抗議・反論の意味も含んでいるのか。こうして、多くの場合、事件は終わりを告げるのだ。
 自殺するという行為には、いろいろなメッセージが込められているという、死んでいく者から生者への。恨み・辛み・憎しみ・感謝・責任・・・・・。たとえ、それが発作的な自殺であっても。
 堤さん、どう思いますか、あなたの腹心だった部下の、あなたに請われて、運輸省の上級幹部からあなたの会社に移った、この方の死を。
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ホリエモンへの風当たりって何か変!

2005-02-19 11:00:37 | 世間世界
 電光石火、あれよあれよという間のライブドア、ニッポン放送株の大量取得。資金(借金)を右から左へと見事に回して。これに対して、自民党幹部から批判が相次いでいる。
 「本来の日本にはなじまない」(野田毅元自治相)「金さえあれば何でもできるという風潮をそのままにするのはよくない」(久間総務会長)「報道は社会の公器。自由競争、市場原理でゆがめられる恐れがあるなら好ましくない」(武部幹事長)「金さえあれば何でもいい、力ずくでやれるという考え方は、今の教育の成果なのか」(森前首相)今にも、法規制でもしそうな勢いである。森さんにいたっては戦後教育のあり方にからめて発言しているらしい。さすが「神の国」発言の森さん、正気ですかって思う。
 だいたい、元橋本派の日本歯科医師会からの1億円献金問題。「事実はあったと思うが、受け取った認識はない」。その裁判では、当事者が派閥の幹部の了承を得たというふうに証言しているのにもかかわらずだ。では、法廷での発言は、偽証罪に当たる? 元森派の迂回献金問題も、まだまだくすぶっている。
 その昔、かの角栄さんをはじめ、札びらを切って日本を土建国家にしたてあげ、業者との癒着はもとより、買収、収賄・脱税・・・、金権腐敗の体質にどっぷり浸かっていたのは、どこの御仁たちだったっけ? 与野党を問わず未だに国民の政治不信を払拭できない政治家たち。その先頭にはいつも自民党議員がいたような気が・・・。
 今回の出来事。市場原理からすれば、まさに資本主義的競争そのもの。
 しかし、その総本山・アメリカでもホリエモンのようなやり方は、最終的にはうまくいかないという。いくら金の力に頼っても、最後はその手法を受け入れるかどうかは企業自身の、経営者、株主たちの哲学・思想に関わってきて、結局、こうした強引な手法は、アメリカでも失敗する例が多いという。だから、いちいち政治家や経済界のトップたちが批判することもない。自然におさまるところにおさまる。アメリカは、自由競争の社会であるのだ。
 日本の政治家や経済界は、ある意味で日本的な資本主義(?)に馴らされてきた。一時期の、銀行の護送船団体質、横並び主義などはその典型であった。またそれが、本来の日本の美風でもあった。しかし、今や市場は、国際化の中でしのぎを削っての生き残り。そうした状況下での今回の出来事。よけいな政治家たちの、それも自分たちの言動を棚に上げての、無用な干渉はやめたほうがいい。
 ところで、さっきの一連の発言の主たちは、コイズミさんの改革路線に少し引いている方々のような気がしたのは、小生だけか。
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今朝の折り込み広告、受験狂走曲

2005-02-18 20:14:12 | 教育
朝飯を食べながら折り込み広告を何となく見ていた。
 相変わらずマンションの宣伝が多い。きれいなレイアウトで現実の風景と出来上がりの建物とをCGで描き、なかなか見事。ひと頃よりも価格が下がり、購入にはお手頃な物件になったのかなとも思ったりもした。
 さて、そうしたたくさんのビラの中で、最近特に目立つのは、塾や予備校の宣伝だ。私立中学や高校の合格発表も終わり、残るは、公立高校。いきおい、これまでの成果を学校別に数字を並べ、合格者の笑顔の写真やコメントも掲載している。
 小学校の子どもの顔が、実名入りで載っているのを見ると、昨今の物騒な世の中でこれで大丈夫なのという心配すらしてしまう。御三家(小生にはよくわからないが)何名、早・慶何名と成果を誇らしげに掲げ、ひたすら次の子どもたち獲得のための宣伝にあい努めている。
 大学は国公立はまだだし、早・慶も発表待ちのようなので、まだまだ掲載はされていない。しかし、もう私立中高入試はオシマイ、また、来年に向かって生徒集めから始まる塾。
 中でも、気になったのは、都立の中高一貫校。今年は、白鴎高校の附属中学が全都で始めて入試を行った。来年は、4校が同時に開校するとのこと。塾側もその対策を大いに宣伝している。
 ちなみに、今度の白鴎中学校では、今の歴史教科書を「自虐史観」だと批判する、「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書を採択した(来年開校の4校もそうなるのかどうか気にはなるが)。東京都の教育委員会において。多数決でもって。
 ところで、私立の中学入試は、学力検査が実施できるが、公立中学ということで、それが出来ないらしい。私立はよくて公立はダメってなんだか変だけれども。そこで、適性検査なるものを行うことに。白鴎中学でもそうした方法で採点し合否を決定した。内容は、学力検査ともつかず一般的な知識を尋ねたともいえぬ、なんとも中途半端なものであった。
 都立中学入試で最も興味を引くのは、一般入試の他に、特別選考枠というのがあって、それには、漢字検定や算数検定(数学検定?)、実用英語検定で2級とか準2級とかを持った者は、一般試験とは別枠で優遇されるというきまりになっていることだ。
 勿論、倍率が高ければ、合格者を選ぶための書類選考や面接などは行われる。白鴎中では、特別枠には、他にも囲碁・将棋に秀でた者や日本舞踊とか琴・三味線などに秀でた者も、特別に選考試験を受けることが出来たらしい。
 後者の日本の伝統芸能は、囲碁も将棋も含め、一朝一夕に小学生6年生が身につけられるものではない。それなりの小さい頃からの本人の才能やたゆまない精進が必要となる。ある意味では、特別選考の意味もあろう。立派な広告塔の役目を果たす? 「天才少年が学ぶ学校」「家元の子どもが学ぶ学校」・・・であったとしても。
 それに対して、漢検や数検などは小学4,5年頃から鍛えれば、何とか習得することが出来そうな分野。で、さっそく、塾側は受かりやすい「特別選考」合格を目指して、漢検や数検の資格を取るための講座を設定し、宣伝を始めたのだ。ある塾の広告では、一ヶ月12000円ほどの「月謝」とあった。英検準備はそれにまた1万円くらい上乗せする。
 何ということはない。今回の白鴎中学の入試は、新たな塾の営業分野を広げたようなものだ。
 その宣伝につられて、4年生や5年生からそのための塾通いが始まるような感じだ。
 さて漢検2級とは、いったいどのようなものか、本屋さんにはたくさんの教則本が置いてあるから、見た方がいい。小学生が漢検2級をとってどうするのというような代物。小学校や家庭でも日ごろ全く用いないようなマニアックな漢字の世界ではある。はたして、それが特別枠として優遇されるべきなのか、はなはだ疑問である。それでもなお、かくして塾狂想曲はますます激しくなっていくだろう。
 けれど、日常的な世界において、子どもにとって恐らく使いこなせないであろう「漢字」をたくさん知っている、そういうガキが増えることは本当によろこばしいことなのかなあ。
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年の差なんてちっとも気にならない

2005-02-17 22:34:43 | つぶやき
そうなのよ
いよいよ結婚するんだって
こっちもびっくりしたわよ
つい最近、電話があってさ
式に出てくれますかって

誰って、う~んどうしよう
言っちゃうおうかな、そっちも知ってる人よ
いや、違う、違う、噂はあったけどね
実は、・・さんだって
知っているでしょ、意外でしょ

そう、一回りなんてものじゃない
20歳くらいかな、そうでもないか
いや、やっぱりそれくらいは離れているんじゃない

そうよね、向こうの親がよく認めてくれたって
あの人もけっこうまじめだから
そう、やっと彼もこれで年貢のおさめどきってことよ

それにしても驚いたわよね、まさかね
けっこうそれなりのおつき合いはしていたみたい
急にってわけじゃないようよ

向こうのお母さんも喜んでいるみたい
そうね、けっこう苦労したからね
あのお母さんも
ふつうはなかなかうんと言わないかも
もしも私だったら
一つ返事ってわけにはいかないかもよ

そう、私は新婦側としてよばれたみたいね
あとは、こっちの関係は少ないみたい

でもいいんじゃない、おめでたいことよ
そうかあ
今度冷やかしの会でも開こうか

恋愛は年の差なんか関係ないけど
結婚には年の差は気になる
なんて世間でもよくいうけどね
いいんじゃない、年の差なんて関係ないわよね

そうそう、けっこう派手な式を挙げる人もいるみたいよ
いやあ、結婚式は何度挙げてもいいものだなんてね
女の人の方が初婚だとね
結婚式はきちんとしたいんじゃないの
昔は、ひっそりとやったかもしれないけどね

そうよ、そうよ、まして今回は
彼女は勿論、彼の方も結婚の経験がないでしょ
年くってるけど、年のこと言っちゃいけないけど
だからいいんじゃないの
教会であげるみたい

最近いい話し聞かないじゃない
だから何となくうれしくなるわよね
お互い年取ると、若い人が羨ましくなるわ

この間なんかね、40過ぎたばかりの男性に
「いくつになりました」って聞いたら
「はい、もう41歳になりました」
なんて返事したものだから
「ふざけんな、まだ41ですって答えなさい、40、50は洟垂れ小僧よ」
ってつい怒っちゃたわよ、ホホホ

何だか笑っているうちに涙が出てきちゃったわ
もう、どうしようもないわね
ところでさ
今度どこでその冷やかしの会やろうか、
何だかくたびれるけどね

インフルエンザもA型だって
B型は若い人がかかるんですって
A型は年寄りだって、バカにしてるわよね
高い熱が出てさ、辛かったわよ、ホント
アリガト、もうだいぶよくなったから

ハンカチで涙を拭きながら、
まだまだ話しがはずむ、
明るい冬の日差しが差し込む、
午後のひとときであった。
コメント

ネチケットなるもの

2005-02-16 22:40:50 | 世間世界
 最近、知人からよく聞く話は、インターネットの書き込みの内容。何チャンネルだか何掲示板だかしらないが、こんな書き込みがあった、いったいどういうことだ、どうしたらいい・・・。
 たんなる他人様(見知らぬ人)のうわさ話や暴露記事は、直接関係ない者にはへえ、そうなのかで済む場合もある(だからといって書き込んでもいいとはけっして思わないが)。
 が、特に、職場の対外的な評価や職場の人間に対する書き込みには、知らぬ存ぜぬでは済まないことが多い。インターネットからの情報収集に興味本位な連中は、熱心に閲覧し、翌日にはわざわざこんなことが載っていたと、いいこと・悪いこと(ほとんどが悪口か誤解に基づく風評だが)をわざわざコピーして、これ見よがしに職場の机上に置いていく。見れば、大半が匿名の或いは偽名の落書き。個人的・感情的な恨み、つらみ・皮肉が書かれてある。
 インターネットが普及し始めたころ、ネチケットなる言葉がはやったが、今や、もうほとんど無法状態なのではないか。誹謗・中傷はもとより、個人のプライバシーまで暴露的に掲示されるらしい。もしそうなったら、それに一喜一憂するどころではなく、ときには対応策を考えなければならなくなることにも。ますます無駄な労力を費やす。
 最近、「荒し」というものにあって、知人が自分たちで運営していた「掲示板」を廃止してしまった。サヨクでもなければ、政治的な話題も皆無、ただただお互い同士、近況報告をやりとりしていた、実にたわいのない掲示板だった。それが、管理者になりすましてさまざまな書き込みがなされ、そのうち、偽の「飲み会」の予定などが掲示されて、見た人間が惑わされた。それに対して、そのサイトの管理者が警告を発したところ、それがよほど癪に障ったのか一気に荒らされて収拾がつかなくなって、まったく更新がなされぬまま、掲示板の運営をやめてしまった。
 「ブログ」でもそういうことが最近起こっているらしい。さまざまな意見の交流の場からお互いの近況報告まで、さらには政治・経済・教育などの社会的な出来事に対する様々な言論を繰り広げる、ささやかな、名もなき人々の声の場である「ブログ」。このことを大切にしながら、お互いの意見を尊重する雰囲気のもとで、実りあるネット交流を続けたいものだ。
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想像力の貧困または戦闘ロボットについて

2005-02-15 22:15:02 | 平和
 アメリカ軍が戦闘用のロボットの開発に成功し、イラクにその何台かを送り込むことになった。アメリカ軍兵士は頼もしい味方が出来たと喜んでいるという。かなりの正確さで目標物を攻撃する機能を持っているらしい。まるで、劇画的世界の登場だ。
 ついこの間、湾岸戦争のとき、茶の間にいながら、ミサイルが飛び交うシーンをまるで映画の一シーンを観ているかのように座ってTVを見ていた我々。飛び交うミサイルの下に、多くの人たちが傷つき倒れていったことに、麻痺させられていた自分。
 そうした第三者的感性のなさを恥じてから今日まで、映像世界的戦争観のもとで、ますます戦争は無機物化してきたのだ。戦う兵士たちに、相手の人間の生命を奪い、傷つける実感を失わせるにはちょうどいい「代理」戦争。
 一時代前、少なくとも第一次世界大戦あたりまで、戦争は、限られた戦場における、敵・味方の正規戦闘員(軍隊)同士の戦いであった。しかし、それ以降は、無差別にそれぞれの非戦闘員である国民が巻き込まれ、被害に遭う戦争へと変化し、人間の生命は軽んぜられていった。
 それでもアメリカ合衆国は、一部の場合を除いて兵士以外のアメリカ人が戦死することはなかった、少なくともあの9・11までは。
 9・11以来、事態は一変した。アメリカは国民総力戦を指向することとなった。反テロのための国民の団結・戦争準備・対策・・・。その取り組みの一つが、いかに自国民の被害を少なくするかにあった。その方向の一つがこの戦闘ロボットの開発と実用化だ。これで、自国の兵士の死は少なくなるだろう。
 だが、敵はロボットではない、生身の人間だ、兵士のみでなく、一般市民を含む人間だ。殺傷する相手は、人間だということを分かった上での開発なのだ。そこに、非情な戦争のロジックを感じる。
 第二次世界大戦のとき、ドイツ空軍のパイロットは、爆弾を地上に投下し、その爆弾が地上において次々と爆発している光景を機上で眺めて、「美しい深紅のバラの花が咲いているようだ」と表現したという。かつて、この話しを聞いたとき、そのパイロットの想像力の貧困さと、そのパイロットをしてそのように表現させた、ドイツ軍隊の冷酷さと非人間的な感性を思ったことがあった。真っ赤なバラの花の下・地上では、その爆弾で人々が傷つき逃げまどっていたのだから。
 今回の戦闘ロボットの配備とそれを好感をもって受け入れる兵士たちの想像力の貧しさが、より大きな悲劇を生んでいくことに恐怖を感じる。
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昔っていつごろ 『仮往生伝試文』(古井由吉)

2005-02-14 20:44:39 | つぶやき
最近読んだ本でおもしろいのないかって
いろいろ適当に読んでるからね
小説から歴史物まで
もっぱら図書館が多いね
あまり買わないね、立ち読みはするけど

そう、新刊本もけっこうすぐに書棚に並んでるし
どういう基準なのかわからないこともね
マニアックな本なんかが紹介されているし
職員が選んでるのかな
リクエストもあるのか
オンラインっていうの
なければ他の図書館から取り寄せてくれるしね

ホントあまり買わなくなった
一度読めばもう一回読もうってこともないしね
もっぱら近所の図書館だな

でもほとんど小説みたいなものが多い
いわゆる読まれているやつ、予約が一杯だものね
流行を追っているって思うけど
もっと骨身に染みるような硬派の本もあって欲しいよね

そうそう、最近読んだ小説か
古井由吉さんの「仮往生伝試文」っていうのがおもしろかった、これは
「仮」があってさらに「試文」っていうんだから
随分持って回ったような題名だけど
いずれにせよ「往生」することがテーマさ
古井さんが「昔」書いたものの新装版

でもなかなか読み応えのあった内容でしたよ
久々に硬派の小説を読んだってところですか

エッセーともつかず小説ともつかず
人の死に様に関わる(生き様でもあると)
それをさまざまな人間模様として描いたんだな
作者が50歳頃にね
それが15年後にまた出版されたってこと
 「老いるということは、しだいに狂うことではないか。おもむろにやすらかに狂っていくのが
 本来、めでたい年の取り方ではないのか。」
なんてすごみがあるけど、滑稽な感じの表現があって
実におもしろかったよ

ところで「昔」っていつのころをさしているのかな
何だかつい1、2年前くらいのことまで
昔はさあなんて言っている人多くないか、最近

昔はそれこそ10年一昔って言ってたよね
だんだん昔の期間が短くなっているような気がしてさ
何だかみんなそうしてすべてを昔の事にして
死に急いでいる、っていうか生き急いでいるような気がしてならないんだけど

昔はむかしはって何だかもうじき往生する人のような口振りで
こうだった、ああだったって若い人までも言っている

ふとこの小説を読んでいてさ
僕等にとってはさ、今も昔もこれからも次第に混沌とした意識の中に
取り込まれていくような
そういうところにしかたなく身を置きつつ生きている・・・
何かさびしい思いになったね

でも死の現実は逃れられないんだから
せいぜい生きた証としての人生を全うしたいよね
それにしてもさ
作者が50歳のころに
こうしたさまざまな晩年を描いていたとはね
一度読んでみてよ、若い人にぜひ勧めるね
厚くて重い本だけど、その分、読み応えがあると思うから
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