goo

事実証談 巻之三 異霊部22 霊山伐採の崇り

(散歩道のカラスビシャク)

田圃の畦道でカラスビシャクを見たとき、たくさんの小蛇が鎌首をもたげているようで、ぞっとした。初めてみる花だったが、説明によると、畦などに全国で普通にみられる花らしい。

「事実証談 巻之三 異霊部」の解読を続ける。

第52話
幾百年さき(前)にか有りけむ。薬師如来安置せる霊山有りけり。その山、大木生い繁りたるを、明和年中の比より入札ということして売払い、いさゝか堂の辺りのみ残れるを、またそれをも売らんとすれども、崇りあらん事を恐れて、買取る者まれなり。たま/\買取りて伐り初める者は、種々の障り有りて、山入りせるのみにて退く者多かりければ、始めには引きかえて、價(価)を減じ払わんとすれども、更に買う者なかりしを、

ある人價ことに減じたるに心とまり、杣人数多集めて言いけるは、如何なる霊山なりとも、價を出し代取らむに、何物か崇るべきと、堂の辺りとも憚らず伐り取りしが、いさゝかの崇りもなかりしかば、難なく切り終りて、その材木を江戸に送り、嫡男をやりて売払い大いに利を得たりしかども、嫡男江戸にて戯れ遊び、金を多く費やして、聊かも持ち帰らざりし故、父に言わむかたなくて、更にまた江戸に下り、こゝかしこの残金をとり集め、その金子を以って三、四年の程、かの地にて、また多くの金を得たるにより、それを功に家には帰りたりしに、

かの霊山の崇りにや有りけん、それより嫡男悪病発し、家にも有り難く、いさゝかなる金を路用とし、何国を心にさすにもなく、家出したりとなん。さてまた、その家出せし者の姉妹は、三、五里遠く嫁したりしが、(嫁したりし所、聞きただしつれども、詳しくは云い難し)姉妹ともに、故なく鉄砲腹とて、鉄砲にて自殺して死(うせ)たりき。(鉄砲腹とは筒口を胸にあて、足の大指にて引金を引いて自殺するを、山方にては鉄砲腹とぞいう)

またかの家の妻も鉄砲腹にて死たりしかば、人皆な霊山の崇りならんと言いしに違わず、嫡男は家を出、娘、嫁は横死せしゆえ、老父幼稚の孫の成長を頼みたるに、ある時、樫の木を伐るとて、その木に綱をかけて、思う方へ引き倒さむとしたりしに、杣人の伐ると均しく、その木、老父の上へ倒れしかば、微塵になりて死ぬるこそ、実に霊山の崇りとは知られけれ。

かくて幼稚の孫のみなるに、ある時土蔵より火出て、三ツながら焼失し、家財の
みか、馬さえ二疋焼き失いぬるは、いとゞしき崇りにぞ有りける。かゝりければ、その崇りを和むべく、身禊(みそぎ)祓いもすべかりけるを、若年の者にて、よき事真似ぶ(学ぶ)事なく、戯け遊べるほどに、世の渡らいなり難く、国遠く身退暫(しりぞき)断絶せしは、実に霊山の崇りなるべしと、その所なる老人の物語なり。
※ いとどしき - 甚だしき。
※ 渡らい - 生活のための仕事。生業。


鎮守の森などの巨樹を伐る事は、巨木好きな自分にも堪えられないことではあるが、この霊山の崇りの凄まじさには驚いた。一家を亡ぼすほどの崇りを、どう読めばよいのか、戸惑うばかりである。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )