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後半のコメントに応えて(つづき)

(高野山金剛峯寺)

今夜は、掛川のまーくんの4歳、あっくんの2歳、私の66歳のそれぞれ誕生日を、我が家でまとめてお祝いしてもらった。孫たちには久し振りに会ったわけだが、まだ忘れられてはいなかった。

昼からは、「駿遠の考古学と歴史」の今年度第一回に出席した。非日常の日々が終わって、日常生活が始まったとの実感を持った。

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(昨日のつづき)
5月23日の李さんご夫妻、とうとう追い付けませんでした。お国へ帰られたのですね。奥さんは足の具合はいかがですか。お約束の本は近々に送付いたします。

5月27日の鶴亀さん、あの日は伊予寒川の駅でトイレを借りました。その折り、手前の延命寺でお話したご夫婦と再会し、そこへおじさんの二人組みがやってきました。一人は車の付いた荷を引いていたように記憶します。自分は終始一人で、遍路道に戻り、4時ごろに旅館大成荘に入りました。多分、駅で会ったおじさん二人組のことかと思います。

5月29日の風と波さん、ご覧いただきありがとうございます。風と波さんは前回の遍路のとき何回かコメントを頂いた、確か今治在住の方ですね。前回よりハードルを上げた結果、やっぱり前回よりも厳しかったと思います。前回の記録を本にしております。読んでいただけるようならば、余部がありますので、住所が判れば贈呈します。

6月7日の「O氏」さん、長かったけれど、ようやく終わりました。とはいえ、当分は気持がお遍路から離れないと思います。今後ともよろしく。

6月8日の大庭幸司さん、厳しいお遍路でしたが、2ヶ月掛かってやり遂げました。自分の中でよく整理して、またゆっくりお話したいと思います。

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西日本から東日本まで一斉に梅雨入りした。絶妙のタイミングでお遍路を終えたことになる。明日からは、もう一度、お遍路初日から落穂ひろいをして行こうと思う。すでに2ヶ月経過して、どこまで記憶がよみがえるか判らないけれども、時間が無くてその夜に書ききれなかったことが山ほどあった気がする。お遍路していながら、お寺のことはほとんど書かなかった。八十八の札所は前回と重複するからともかくとして、別格20ヶ寺及び数々の霊場など、紹介しておきたいところがたくさんある。

これは自分にとって、もう一度お遍路を追体験することになる。そうする事で記憶が自分の中に定着される。
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