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女房がギンナンにかぶれた

(裏の畑のブルーベリーの紅葉)

女房がギンナンにかぶれた。10日ほど前、紅葉の子角山で拾ってきたギンナンを水洗いしていて、かぶれてしまった。ギンナンの処理方法を教えてくれたOさんは、臭いが酷いから、必ずゴム手袋をはめて洗うようにしていると教えてくれた。ウルシのようにかぶれるとは聞かなかった。最初、二俣城址で拾った時は、教わった通りゴム手袋をして洗ったから問題なかった。今回少しだからと油断して素手で洗ったのが悪かった。濡れた手で顔を掻いたりしたから、手から顔から発疹が出て痒くてたまらないようだ。

月曜日に皮膚科に行った。最初原因が判らなくて、洗剤にかぶれたらしいと話したら、医者は「ギンナンでしょう。やられましたね」とうれしそうに言った。この季節ギンナンにかぶれる人が多いのだという。だから一目でそれと判る。商売繁盛で顔もほころぶわけか。塗り薬と飲み薬をくれたという。ネットで見ると効く薬はステロイド系のものしかないようだ。

イチョウの種皮(果肉のような部分)には、ウルシのかぶれ原因物質「ウルシオール」に似た性質の物質があって、ウルシにかぶれるのと同じようにかぶれるのだという。前もって知っておれば良かったが、事後にネットで学んだことである。まさに女房が素手で洗い流そうとした部分に、かぶれの原因物質があったのだ。知らないということは恐ろしいことである。

「かぶれる」という言葉を辞書で見ると、「漆や薬品などの刺激で皮膚が炎症を起こし、赤くかゆくなる」という、身体の「かぶれ」とは別に、「影響を強く受けて、その風(ふう)に染まる」という、心の「かぶれ」の意味がある。「西洋かぶれ」とか「新思想にかぶれる」というように使われる。心の「かぶれ」には「若気の至り」という形容が聞こえて来そうである。西洋に傾倒することを一生を通して貫いた人を、「西洋かぶれ」とはなかなか言いにくい。

世の中には色々な主義や思想があり、それぞれに美点と欠点がある。年長けてそのことを知れば、心の「かぶれ」からは覚めることが出来る。身体の「かぶれ」はかぶれの原因が判っても、すぐにさめるというわけにはいかない。女房は今朝も痒がって、かぶれが首から胸に降りてきたとうったえる。かぶれの経験のない自分にはどうも理解の外にある症状である。夜には顔の湿疹は収まってきたが、ノーメイクでは外に出られないという。

それでも、女房は、朝夕2度、帽子をかぶりマスクをして、怪しい姿でムサシの散歩には出掛けたらしい。
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