荒地を開墾して20年、当初は米山が1人でカヤを刈り、道をつけ体験農業の場を作ったものでしたが、平成元年に「山の畑でじゃがいもを作りませんか」の呼びかけに集ったメンバーが共に汗を流し畑を耕してくれました。今はそのメンバーに首都圏の会員も交え、多彩な活動が続いています。21年目の最後の農業日は「収穫祭」と銘打って農場の全ての作物を収穫し、宿泊して宴を楽しもうというものです。
25日午後集合で、白菜、里芋、大根、キャベツの収穫、山荘の冬囲いを行いました。四月から十一月迄楽しませてくれた畑と憩いの場に感謝して、丁寧に畑を廻り、窓という窓にサンを渡します。月の暦を参考にした実践もかなりの部分成果が感じられましたが、報告書にもある通り長雨の影響は大きかったです。とくに95%もの幼苗をコオロギに食われ全滅しかかった白菜がわずか50個生き残り、畑の養分を全部吸い上げ巨大化したのには皆びっくり。二人がかりで持ち上げるほどでした。
25日午後集合で、白菜、里芋、大根、キャベツの収穫、山荘の冬囲いを行いました。四月から十一月迄楽しませてくれた畑と憩いの場に感謝して、丁寧に畑を廻り、窓という窓にサンを渡します。月の暦を参考にした実践もかなりの部分成果が感じられましたが、報告書にもある通り長雨の影響は大きかったです。とくに95%もの幼苗をコオロギに食われ全滅しかかった白菜がわずか50個生き残り、畑の養分を全部吸い上げ巨大化したのには皆びっくり。二人がかりで持ち上げるほどでした。