珍しく息子さんが夕食にそこまで時間をかけなかったので、親子三人でゆっくり映画鑑賞できました。
結論として、良い作品は何度見てもやっぱり良い。この一言に尽きました。・・・一言に尽きる、と言いながら、うだうだとまだ感想を綴り続けるわけですが。
「時代」や「古さ」を感じさせないどころか、新型コロナウィルスに振り回された毎日を送っている今、この作品はどこか「今の私たちの生活」をデフォルメしたような作品のようにさえ思わされました。
作品を通して強く訴えられる「共生」の考え方も、今まさに必要だと思っているもので、私たちは、この数十年、同じ課題を抱えて生きていること、そして、どんどんその課題が大きく、重たくなっていることを実感させられた夜になりました。なんでも今、「風の谷のナウシカ」を含むジブリ4作品は全国の劇場で公開されているみたいです。
今回、見返して、特に強く心を揺さぶられたのは、ナウシカが瘴気が濃い中でマスクを外し、「飛行船が落ちる」と諦めている自国の老人たちに「大丈夫!わたしを信じて!」と笑いかける場面と、クライマックスでナウシカが王蟲の子供と共に王蟲の大群の前にそっと降り立つ場面でした。どちらの場面も、ナウシカが向き合っている人たち(そして蟲。すべての生き物)に寄り添っていて、その「寄り添い」の心が事態を変えていきます。結局のところ、誰かを、そして世界を動かすのは「正義」でも「武器」でも「権力」でもなく、「希望」と「受容」なんだ、と改めて強く思いました。
正しいことを訴えても、慌てふためている人たちには伝わらない。けれど、「大丈夫」と笑顔を、そして希望を見せることで、生きる力を取り戻させることができるのです。
怒りで我を忘れている王蟲の大群を武器で迎え撃っても、王蟲たちはまったくひるみません。火の七日間を巻き起こしたという巨神兵の火力でさえ、王蟲たちにはダメージを与えません。けれど、「子どもを群れに返す」というナウシカの選択、行動は王蟲の怒りを慈愛といたわりの気持ちに変えていきます。
火を使って、正義も振りかざし、自分たちの信念を貫き通すことで、事態はどんどん悪化していく。そんな混とんとした世界の中で、ナウシカと風の谷の人たちは「この世界を受け入れ、共に生きていく」のです。必要なのは駆逐ではなくて、受容。勇気づけられ、そしてその課題の重さ、難しさに胸が痛くもなりました。
うまく言葉がつかめなくて、もどかしいけど、でも願うのはひとつ。
どうか息子たちが生きていく明日が「笑顔」や「寄り添いの心」で満ちたものとなりますように。息子たちが怒りで満ちた世界を生きていくことになりませんように。
結論として、良い作品は何度見てもやっぱり良い。この一言に尽きました。・・・一言に尽きる、と言いながら、うだうだとまだ感想を綴り続けるわけですが。
「時代」や「古さ」を感じさせないどころか、新型コロナウィルスに振り回された毎日を送っている今、この作品はどこか「今の私たちの生活」をデフォルメしたような作品のようにさえ思わされました。
作品を通して強く訴えられる「共生」の考え方も、今まさに必要だと思っているもので、私たちは、この数十年、同じ課題を抱えて生きていること、そして、どんどんその課題が大きく、重たくなっていることを実感させられた夜になりました。なんでも今、「風の谷のナウシカ」を含むジブリ4作品は全国の劇場で公開されているみたいです。
今回、見返して、特に強く心を揺さぶられたのは、ナウシカが瘴気が濃い中でマスクを外し、「飛行船が落ちる」と諦めている自国の老人たちに「大丈夫!わたしを信じて!」と笑いかける場面と、クライマックスでナウシカが王蟲の子供と共に王蟲の大群の前にそっと降り立つ場面でした。どちらの場面も、ナウシカが向き合っている人たち(そして蟲。すべての生き物)に寄り添っていて、その「寄り添い」の心が事態を変えていきます。結局のところ、誰かを、そして世界を動かすのは「正義」でも「武器」でも「権力」でもなく、「希望」と「受容」なんだ、と改めて強く思いました。
正しいことを訴えても、慌てふためている人たちには伝わらない。けれど、「大丈夫」と笑顔を、そして希望を見せることで、生きる力を取り戻させることができるのです。
怒りで我を忘れている王蟲の大群を武器で迎え撃っても、王蟲たちはまったくひるみません。火の七日間を巻き起こしたという巨神兵の火力でさえ、王蟲たちにはダメージを与えません。けれど、「子どもを群れに返す」というナウシカの選択、行動は王蟲の怒りを慈愛といたわりの気持ちに変えていきます。
火を使って、正義も振りかざし、自分たちの信念を貫き通すことで、事態はどんどん悪化していく。そんな混とんとした世界の中で、ナウシカと風の谷の人たちは「この世界を受け入れ、共に生きていく」のです。必要なのは駆逐ではなくて、受容。勇気づけられ、そしてその課題の重さ、難しさに胸が痛くもなりました。
うまく言葉がつかめなくて、もどかしいけど、でも願うのはひとつ。
どうか息子たちが生きていく明日が「笑顔」や「寄り添いの心」で満ちたものとなりますように。息子たちが怒りで満ちた世界を生きていくことになりませんように。