平城京の時代  シリーズ日本古代史④

2011-05-30 15:08:06 | 日記
坂上康俊著   岩波新書

日本史で8世紀というと、どんなことを憶えているだろうか。大宝律令(701)、和同開珎(708)、平城京遷都(710)、それから知っている人は知っている、後に法王となった弓削道鏡(766)と女帝称徳天皇との妖しい話、これくらいではないか。むしろ、平安京に遷都(794)してからの平安時代の方が印象に強い。私の中では8世紀・平城京の時代は影が薄い。
しかし、著者によるとこの8世紀こそ、日本という国の枠組みが出来た時代だというのだ。
まず、嘉字を用いた国群名(陸奥、日向、伊勢…)とその範囲を決めたこと。そして、これは若干の例外を除いて前近代まで踏襲されたこと。つまり、日本の国土をほぼ完全に掌握していた(だからこそ、班田収授が実行できた)。
もうひとつは、日本語の表記が飛躍的に進化したことが挙げられる。それまでの中国から伝来の漢語表記に加え、日本語の表音にあわせ一音一漢字を当てる表記法、そして後に万葉仮名として知られる訓仮名を発明した(この時から、日本語はややこしくなったのですね)。
つまり、8世紀は日本国家の法体系(律令=刑法と一般法令)と、日本の文明の基本となる文字体系を創った時代だった。こうしたことが明らかになったのは、最近の発掘調査(宮城跡、木かんなど)によるところが大きい。
次の5巻は来月らしい。

梅棹忠夫  -地球時代の知の巨人ー

2011-05-28 15:21:40 | 日記
KAWADE夢ムック  河出書房新社刊

梅棹忠夫のムック版が出版された。亡くなられたのが2010年7月だから、かなり早い出版といえる。
梅棹忠夫は、私達が学生時代にあっては避けて通れない学者であった。歴史や文明論を勉強している学生にはチャレンジしなければならない、最高峰の頂のひとつであった。山頂行き着くことは勿論できなかったが、ゼミの中で熱い討論を交わしたことを憶えている。
そして、今、思うのは、最近の学者や識者が、言葉を深く吟味して使っていないことである。梅棹忠夫は「文化」と「文明」を峻別して使っていた。私達は、これを自分の言葉にするために1年近く討論を続けた記憶がある。
そればかりではない。最近は同音異義語を、全く意識しないで平気で使っている識者すらいる。
梅棹忠夫は晩年失明し、専ら耳に頼るしかなかったが、「最近の日本語は何を言っているのかわからない。頭の中であれこれ推測して、多分このことを言いたいのだな、と思いながら聞いている」と言っている。
それにしても、まさか彼のムック版を読むことになろうとは……思ってもいなかった。90歳だつたそうだが、100歳までも生きていて欲しかった。
彼はいまだ到達できない、高い頂に居る。

わたしの開高健

2011-05-27 14:58:20 | 日記
細川布久子著  集英社刊

開高健は決して嫌いな作者ではない。スッキリした『洋酒天国』時代の広告コピーも好きだし、彼のエッセイも好きだ。関西人特有のしつこさと言うか、これでもか、これでもかと言葉を畳み込んでくる、あのねちこさも好きだ(辟易するのだが、懸命に広辞苑や大漢和辞典を捲っている姿が想像できるようで、開高健の別の一面、真面目、誠実、努力家を実感させるのだ)。
本書は『面白半分』の二回目の編集長時代の彼の部下になり、後に非公式の私設秘書になった著者から見た開高健その人を邂逅した本である。
目新しい所はなかった。私がエッセイの中で垣間見る開高健その人だったからだ。プライベートな面で「おや、そんなことがあったの?」という所もあったが、彼自身が言っているように「作家は作品で評価してほしい」という考えに同感しているので、この点はどうでもいい。
ただ、著者は開高健の身近にいることで得たものがたくさんあるようだ。それが羨ましい。貧乏を経験して者は、貧乏している者に優しい。挫折を味わった者は、失意のどん底にいる者の気持を忖度できる。それを全身で受け取った著者もなかなかの者。
私としては、開高健が私が思っていた通りの人だったことに満足している。


宇宙誕生  -原初の光を探してー

2011-05-25 15:23:01 | 日記
マーカス・チャウン著  筑摩選書

本書は1933年に出版された同書名の増補改訂版である。
物理学や数学を含めた科学の世界では、時とすると同じテーマで研究している人がいて、タッチの差で発見や証明の栄誉が先を越されることがある。本書のテーマである宇宙物理学でもそうしたエピソードには事を欠かない。本書の前半はそうした話が満載で十分楽しめる。
2部は、増補された部分に当たる。その主役はCOBE(宇宙背景放射探査衛星)の後継機WMAPである。初版はCOBEが宇宙全体のマップを創り、数々のそれまでの宇宙誕生の謎を明らかにした時点で書かれた。
後継機はそれらの成果をより精査に検証するためと、新たに生じた疑問を明らかにするために2001年に打ち上げられた。詳しいことは省く。というか、私の手に余る。
これで幾つかのことが分かった。まず宇宙の組成。目に見えない謎の存在、ダークエネルギーが73%、通常の重力を示す謎の存在、ダークマターが23%、そして通常の物質が4%。分かったことはまだある。これまで宇宙の年齢は、90億歳から150億歳の間と言われていたのだが、137億歳プラスマイナス1パーセントと突き止めた。
どうやら、宇宙は謎だらけらしい。まっ、分からないことがあった方がいい。そうであることで、人間は謙虚になるだろうから。

わたしが明日殺されたら

2011-05-24 15:14:20 | 日記
フォージア・クーフィ(アフガニスタン次期大統領候補)著   徳間書店刊

これは、母親が二人の娘に残す遺「書」である。

著者は2005年にアフガニスタン国会の下院議員選挙に当選した女性議員のひとりである。しかも、下院副議長に立候補し、見事当選した女性でもある。現在2期目務めている。先進国では別にめずらしい話ではない。
しかし、イスラム教国のアフガニスタンでは、これは自らの命を賭けたに等しいことなのである。事実タリバンに狙われ、車に爆弾を仕掛けられたり、誘拐されそうになったり、同乗の警察官が殺されたりしたことは再三再四で、今もその情況は変わらない。タイトルの『わたしが明日殺されたら』は、誇張ではなく、現実そのものなのだ。生身の命が日常狙われているのだ。その恐怖はいかばかりだろうか。
著者のこれまでの人生は悲劇に満ちている。父親はムジャヒディンに処刑され、兄、姉親戚の数人、さらに夫もタリバンに殺されている。女性に教育は必要ないというイスラム教世界の中にあって、大学を卒業し、ユニセフの児童保護担当官としてただひとりのアフガン女性となったのは、彼女の努力と意志の強さに負う所が大きい。
本書の結びの言葉を引用したい。
「わたしが生きるのはその(アフガニスタンの再建、民主主義の実現)ためだ。
そしてわたしが死ぬのもそのためだろう」
「そしてもし、タリバンがわたしを殺すのに成功しなかったら?……たぶんわたしは、アフガニスタン初の女性大統領の地位につこうと努力しているだろう」

翻って考えてみる。日本の政治家に、お為ごかしの(政治)生命ではなく、自らの命を賭けて仕事をしている議員はいるだろうか。いない!!

ヒトはなぜ拍手をするのか  -動物行動学から見た人間ー

2011-05-22 14:57:31 | 日記
小林朋道著  新潮選書

まず目次を見てほしい。「なぜ女性は内股、男性は外股なのか?」「葛藤状態のとき、頭を掻くのはなぜか?」「上司はなぜ、椅子に座って部下を呼びつけるのか?」「デート中でも、男がきれいな女性を見てしまうのはなぜか?」「なぜ振り込め詐欺にだまされるのか?」……。
ここで一度本を閉じて、自分なりの答えを考えてみる。面倒くさがらず、自分で答えが出せるまで本文は読まない。どの項目も誰でも自分なりの答えを出せる筈である(どれもそれほど高尚でも、深刻な問いではないから)。
私はこの本を手に取った時にそう決めて、2日ぐらいたってから本文を読んだ。この方法はベストだった。というか、あまりにミーハー的(著者にはたいへん失礼だが)な質問だったので、一時はババを掴んだかと思ったからなのだが…。
著者は動物行動学、人間比較行動学の専門家で、こうした問いに分かり易く答えながら、この耳馴れない学問分野に誘ってくれる。
こんな読み方で一冊を楽しんだのは久っしぶりだが、皆さんにもお勧めしたい。自分の中のありったけの知識を総動員して考えてから、本書を読むとすっきりと理解できること請け合いです。



飛鳥の都  シリーズ日本古代史③

2011-05-21 14:59:55 | 日記
吉川信司著  岩波新書

最近の考古学の成果は目覚しいものらしい。新聞の報道では継続的には追っていけないので、素人にはなかなか分かりにくいのだが…。
シリーズ③は、飛鳥の都である。時期的には7世紀ということになる。8世紀初頭の701年に大宝律令の成立をもつて、国号は「日本」になるので、「倭時代」の最後の世紀ということになる。
このシリーズの白眉は、発掘された遺跡資料から『日本書紀』の記述が従来言われていたほど創作に満ちたものではなく、かなり事実を伝えているという指摘ではなかろうか。そして、もうひとつは中国、朝鮮半島の歴史と当時の日本の情況とをつぶさに照合し、ヤマト政権の動静はそれらと不可分の形で成立したと指摘している点だ。
更に、面白い指摘があった。最近の遺跡の発掘で木簡が発見されているのだが、これらに書かれた文字から「日本語」の成立過程も辿れるのではないか、というのである。私達は教科書にいきなり「万葉仮名」と出てくるのを少しも不思議に思っていなかったが、中国から渡来した漢字をどのように換骨奪胎して万葉仮名を作ったのか、そのプロセスが分かるかも知れないそうだ。
つぎは、シリーズ④にチャレンジ。

ジプシーにようこそ!

2011-05-20 14:59:33 | 日記
たかのてるこ著  幻冬社刊

ヒターノ、トラベェラー、ボヘミアン、ツイガン? お察しの通りジプシーの別称で、スペイン、イギリス、フランス、ルーマニアでは彼等はこう呼ばれている。もっとも、現在ではジプシーは蔑称だということで「ロマ」と自称している。
本書は「ジプシーに会いたい! ジプシーの家にホームステイしたい!」と思い立ちルーマニアのジプシー村を訪ねた女性のルポルタージュである。著者は大阪のオバチャン並みの(どうも、そうらしい)パワーで旅を重ねる。
豊富な写真を見ればわかるが、ジプシーの家族は一族でも姿形が全員違っていたりする。世界中を放浪した結果、様々な人種との混血の結果らしい。その暮らしぶりもユニークで、日本人の我々には想像もつかない。ジプシー感が一変する、おもしろい本である。
ただ、ルーマニアが舞台なのが、私には気が重かった。かつてのハンガリー帝国が無理矢理ハンガリーとルーマニアに分割され、その後も二つの大戦で翻弄されつくした。『免疫学の巨人』でも紹介したように、何度も国籍が変わる悲劇を味わった国なのだ。そして、ジプシーはこの両国においてさえも差別されているのだ。インドのカースト制度を嫌って世界に散ったジプシーは、今なお現在も差別され続けている。
人間は、どんな民族でも差別できる人々を必要としているものらしい。哀しいことだが……。

隆慶一郎を読む

2011-05-18 15:41:29 | 日記
『歴史読本』編集部編  新人物往来社刊

隆慶一郎の「ムック版」を見つけた。書籍広告を見た憶えもないが、久しぶりに立ち寄った時代小説のコーナーで見つけた。
私自身は隆慶一郎の小説に関しては「遅れをとった」読者なので、彼の背景については断片的にしか知らなかったので(デビュー当時からのファンはとっくに知っていたのだろうが)、良い本を見つけたと思っている。
寄稿文を寄せた多くの人が、もっと生きて、もっと書いて欲しかったと言っているが、同感である。特に柴田錬三郎の系譜に連なる作者として、早世は惜しまれてならない。しかし、61歳でデビューして66歳で亡くなるまでの六年間に、長編小説五編、短編小説集を一編出したエネルギーは凄いとしか言えない。ちょっと格好良すぎないか。
どんな人が、彼の衣鉢を継ぐのだろうか。正直に言うと、余り期待してはいないのだが。
最近ファンになった人には、よいガイドブックだと思う。

挫折する力 -新藤兼人かく語りきー

2011-05-16 15:07:45 | 日記
中川洋吉著  新潮社刊

まずタイトルについて。「挫折する力」という表現が凄すぎる。「挫折感というのは、挫折した当人の生き方そのものを否定するような力で迫ってきます。……挫折を乗り越えるために挫折を分析して、そこから何らかの正しさを見つけ出すことを繰り返さなきゃ生きられない」(292ページ)。こう言い切れること自体が凄い。「挫折」とは「立ち直れる」ことを前提にはしていない言葉である。「挫折」と「力」は相互矛盾する言葉なのだが……。
読了して印象的だったのは、「律儀」というか「信念を曲げない人」ということだつた。「信念」を「楷書で書いた人」という感じがした。3人目の妻だった乙羽信子に関しても、堂々と不倫関係が長かったことを認めるだけでなく、妻として、女優としても良きパートナーであったことを披瀝している。律儀と信念が奇しくも同居している稀有な人だと思った。
実は、私は映画に関心が薄い。映画は良く見たけれど監督やシナリオライターの名など気にもしない類の人間である。にも拘らず購読したのは、友人の一人が新藤兼人の助監督をしていたことによる。多分、近代映画協会時代の頃だったと思う。行きつけの呑み屋に何ヶ月もおいて現われて、しばらく顔を見せているかと思うと、また何ヶ月も来なくなり、いつも「金がない」と言っていた。その縁で読んだ。
新藤兼人フィルモグラフィを見ていたら、彼の名前が監督としてリストにはいっていた。良かった。