人間総業記 知床ウトロ絨毯

2013-02-28 14:28:18 | 日記

小野寺英一著   (有)港の人刊

本書は幼少北海道遠軽町に育ち、戦中樺太に渡り、戦後を迎えた著者のエッセイである。
このエッセイを読んで思い出したことがある。それは私の祖母や叔父、両親も似たような状況を経験しただろうということだった。勿論、著者のような過酷な状況とは桁違いだったと思うが…。当然のことながら、私も長男としてその片鱗を経験している(その頃は、長男とは跡取りでありほかの兄弟とは段違いの扱いであった。父が留守の時は父と同様の待遇であったが、その代わりいざという時は父と同様に働かなければならなかった)。
ただ、著者は多くの人に助けられ、しかも自己努力も惜しまなかった。そうなのだ。一所懸命に努力している人には当時の人は協力を惜しまなかったし、たとえ少々の盗みをしても大目に見ていた。
しかし、樺太という土地で敗戦を迎えた人の体験談は初めて読んだ。同時に当時のソ連という国の遣り口にも肯けるものがあった。ソ連という国は占領した国には、そこがヨーロッパであろうと北欧であろうと全く同じことを平然としていたということである。
ともかく、敗戦後の日本を改めて思い出さざるを得ないエッセイであった。
続編がいずれ出るそうで、ぜひ読んでみたい。多分、これほど悲惨な話はないと思って……。


明治神宮  -「伝統」を創った大プロジェクト-

2013-02-26 14:41:39 | 日記

今泉宣子   新潮選書

無駄のない、スピード感ある筆致である。それは巻末に挙げられた膨大な資料目録を見ると分かる。これらの資料を全て読み込んで、これだけ簡潔に書かれたことに驚く。
本書は、東京という森林を造成するには最悪の条件の中で、あれだけの杜を創った人達の苦闘と努力のドキュメンタリーである。その人達の苦労たるや今の私達には想像できない。幕末や明治に生まれた人と、今の日本人は別人種ではないかと思ってしまう。
初詣くらいしか参拝に行かない人は、一度平日に訪れてじっくりとその森厳さを味わってみるべきではないか。あの杜は百年、千年後の杜の姿を考えて植樹されたものなのである。しかも、木々は全国からの有志による寄付、しかも根回りから輸送代まで自己負担だった。151頁の「林苑の変移の順序(予想図)」をみてほしい。その予想は充分達成されている(明治神宮はまもなく創苑百年を迎える。)今の国有林・杉林の荒れ模様を考えてほしい。人手が足りないと言う話もあるそうだが、明治神宮は「なるべく人為による植伐をなくし……天然更新をなし得る」森林というコンセプトで始まったのである(もっとも敗戦後という事情も考慮しなければならないだろうが)。
翻って、2020年のオリンピック招致、これほどの国民的情熱に支えられているだろうか? 前回とは大違いである。どう考えても東京都庁と一部の企業の私利私欲で動いているとしか思えない。
幕末・明治生まれの人達のダイナミズムが直かに伝わってくる。ここまで書き挙げた著者に拍手を送りたいと思う。


中夏文明の誕生 -持続する中国の源を探る-

2013-02-23 14:40:37 | 日記

NHK「中国文明の謎」取材班 著   講談社刊

中国の古代史を遺跡などを元に書かれた本は読んだことがなかった。大抵の本は中国の人のもので、それも多分に思い込みや妄想に基づいたもので、信用できなかった(万里の長城の全長が今も延び続けていくように)。
そういう意味では、本書は遺跡や発掘物を中心に記述されているので、中国文明4000年とか6000年という話も真に迫ってくる。その意味では一般読者向けに書かれた、読み易い本ではないか。
ところで、本書を読んでいて改めて認識したのは、「礼」という言葉である。中国では「礼」とは「儀礼(宮廷儀礼)」を意味している。つまり、服従や隷属を誓った周辺諸国がその証しとして皇帝に貢物を献ずる(朝貢)、それに対して皇帝が褒賞としての文物あるいは地位の保証(礼の金印がよい例)を与えることであって、断じて日本で言う「礼」ではないということである。
これは現在の中国がしている東南アジアやアフリカでの開発援助にも言える。利権(土地や資源)を提供する約束をした場合に限り、資金を提供する(無償の援助はしないし、その国にお金が落ちない場合も多いらしいが)。これも古代から持続している「宮廷儀礼」の伝統ではないか?
もうひとつ。漢字が世界でも稀有な表意文字であることはその通りだが(お蔭で随分助かっている)、だから中国全体を統一するのに重要な鍵を握っていた、というのはややオーバーランではないか? 見た事もない「龍」がどうして周辺諸国の人々に理解できたのだろうか。おそらく、甲骨文字や金石文が根拠だろうが、それが普遍性を持つに至ったプロセスが足りないような気がする。蛇足だが、現代中国の簡易文字はどうなのだろうか。それに本来の漢字を読めない人も多くなっているらしいし。
いろいろ?マークは付くが、一読する価値はあると思う。


むし学

2013-02-21 15:12:58 | 日記

青木淳一著   東海大学出版会刊

「むし学」とは「虫学」のこと。敢えてカナにしたのには、著者なりの見解があってのこと。図書館で借りた本なので帯封もなく、挿絵も表紙にはないので、一瞬なんの本かと戸惑ったくらい。
それにしても、なりたかったなぁ、昆虫学者に! 高校二年までの夢だった。諦めたのは60年安保の学園闘争だった。どこの大学もまともに授業をやっていなかつたのだ。
ところで、本書。これから「むし学」やろうとしている人には当然だが、田舎暮らしや里山暮らし、自然農法をやろうとしている人にも十分役に立つ本。初めて聞く話も沢山あり、読んでいて楽しい。ふと、高尾山周辺を駆けずり回っていた昔を思い出した(高尾山あたりが日本の植物の南限と北限の境目であり、それらを餌にする昆虫や鳥類が多いと教えられたからだ)。
著者はダニや土壌動物の専門家で、新種発見で学名に登録されたのが約450種もあるそうだ。きっと、こういうことがこれまで続けてこられた原動力になっていたのだろうな。リタイアした今はまた虫取りに戻って、ホソカタムシの研究をしているそうだ。とても、羨ましい。


工学部 ヒラノ助教授の敗戦

2013-02-19 14:27:01 | 日記

今野 浩著   青土社刊

サブタイトルは「日本のソフトウエアはなぜ敗れたのか」である。これまでの「ヒラノ教授」シリーズでは、一番シリアスで生々しい(教授ではなく助教授であることに注目)。本書は筑波大学の草創期の教授達の学園闘争(というより、ポスト獲得戦争)の顛末記である(というと身も蓋もないが)。今の筑波大からは想像できない話が展開されている。
私も、そうした教授・助教授・講師・助手のヒエラルキーの主導権争いは垣間見たが、早々に見切りを付けてその世界から一抜けしたが、本書の内容はそれを上回る世界だった。
唯、本書を読んで痛感したのは文部省の介入である。役人の全てとは言わないが、多くの場合彼等はそのキャリアを活かして天下りを考えているか、利権を求めている(しかし、そのキャリアは国というバックがあってこそのもので、退官して五年もすれば只の人なのだが)。ついこの間までは民間よりも安い給料だったのだから、それを取り戻してなぜ悪い、という風潮があったようだが(高位者の渡り鳥はその典型かもしれない)。
しかし、これがサブタイトルの言うように「日本のソフトウエアの開発」の遅れの原因だったとすれば、到底許されることではない。そのために企業・ユーザーがどれほどの金を使わなければならなかったか。一番腹が立つのはこのことかも知れない。


エストニア紀行

2013-02-18 14:44:46 | 日記

梨木果香歩著   新潮社刊

著者の博学に驚いた。並大抵ではない。特に鳥類、植物(著者がなりたかった職業に生垣職人だったそうだから当たり前か!)、とくに茸についてはやたら詳しい(単に食い意地がつよかったのかも知れないが)。このまま、里山の住人としても十分楽しい人生を送れそうだ。
もうひとつ。文章が上手い。とくに句読点の使い方が……。感情の流れが手に取るように分かる。文章が上手いのは季刊『考える人』で時折読んでいたので、ある程度察しは付いていたが、通して読むと尚更だった。それに取材に同行していた編集者、通訳、カメラマン、ドライバーの人物像も目が行き届いていて、丁寧に描写されている。
というわけで、ほっとした気分で読める本だが、同時にエストニアという国を改めて考えさせてくれる本でもある。日本人にはバルト三国は馴染み薄い国だが、地政学的な意味を含めてヨーロッパの複雑な状況が垣間見えてくる。
苦言をひとつ。サブタイトルが執こい。おそらく、出版社に配慮した結果なのだろうが、一本に纏めたサブタイトルを考えてもよかったのではないか?

 


骨から見た日本人 -古病理学が語る歴史-

2013-02-15 17:05:31 | 日記

鈴木隆雄著   講談社選書メチエ 142

読後感を一言で言えば、殆ど「学者の論文」である。とにかく専門用語で占められていて、読むのに苦労した。この時ばかりは漢字が表意文字であって良かったと痛感した次第。勿論、この「古病理学」という分野が日本では希少であり、従って研究者が少なく、発表の機会も少ない、というのが一般向けにこなれた文章になっていない、ことに繋がるのかも知れない。
それはともかく、古代の遺跡から発見された人骨でこれだけのことが分かる、というのには驚いた。過酷な肉体労働による骨の障害、戦闘による致命傷、癌患者、ストレス障害、結核、梅毒といったことが人骨から分かるのである。古代人の人骨から古代人の生活、あるいは石器、骨器、銅・鉄器が武器として使われた場合の損傷などから、古代人の生活史が書けるのではないかと思ったほどだ。なにしろ、これくらい確かな証拠はないのだから。ただし、遺跡には骨しか残らないから自ずと限界があるのも事実だが。
というわけで人間の、いや動物の骨も含めて、いろいろな証拠を残すものだと感心した。どうやら、アル中の人の骨も後世の人には分かってしまいそう。「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」とはいかず、「恥を残し」かねない。気をつけましょう、御同輩。


オリオン座はすでに消えている?

2013-02-14 15:11:05 | 日記

縣 秀彦著   小学館新書

刺激的なタイトルでしょ! 
天文学の本を読む時、時間感覚を頭に入れておかないと、そのスケールが分からなくなる。そこで、私がしたのはまずメモを作ることだった。
・宇宙誕生 138億年前(正確には137、8億年前) ・天の川銀河誕生 120億年前 ・太陽系(地球を含む)誕生 46億年前 ・生命誕生 40ー38億年前 ・ホモサピエンス誕生 20万年前 ・太陽の寿命 100億年(現在46億年経過、あと54億年で赤色巨星) 
こうした時間間隔から考えると、オリオン座の一等星ベデルギウスは地球からわずか640光年の離れた天体なのである。今、私達が見ることができるベデルギウスは640年前、つまり室町幕府三代将軍足利義満の時代の姿ということになる。このベデルギウスが話題になったのは2011年、「2012年に超新星爆発を起こし、地球で二つの太陽が見える」というニュース、これに悪乗りして「マヤ文明の終末説」と絡めた話まで飛び出して大騒ぎしたのを憶えていられるかもしれない。
詳しいことは本文に譲る。要するにベデルギウスは100万年以内には確実に超新星爆発を起こす。ただし、それが四年後か50万年後かは分からない、というのが宇宙の不思議なところである。ただそうだとしても、光速で640年離れた星でのこと。すぐさま地球に影響があるとは思えないのだが……。ただ、「オリオン座がすでに消えていて」、我々はそれ以前のオリオン座を見ているだけかも知れないののだが。
噛み砕いて書かれているので、ぜひ読んでみるといい。

 

 


世界で出逢った 魚と人と旨いもの

2013-02-12 08:39:02 | 日記

多紀保彦著   五曜書房刊

サブタイトル「わが魚類研究の軌跡」が示すように、魚類学者である著者の60年?に及ぶ研究生活のエッセイ集。著者の調査フィールドは日本は言うに及ばず東南アジア、オーストラリア、アフリカ、南北アメリカと幅広い。60数年の経験から生み出されたエッセイは、ユーモアとペーソスに溢れていて読んでいて楽しい。
しかし驚いたのは、例えば東南アジアでは淡水魚がメインだということ。あれほど海が近いというのに。翻って日本。淡水魚は殆ど食さないという指摘。著者の言にしたがって、デパートの食品売り場に行ってみた。四季を通してもアユ、ヤマメ、イワナ、ヒメマス、ニジマス・サクラマス(陸封型)くらいで、コイは料理屋に行かないと食べられないし、フナは佃煮か熟れ鮨でしか食べられない。つまり、姿そのものにお目にかかれない。たしかに海鮮魚が多い。それに比べると東南アジアは圧倒的に淡水魚だそうだ。
もうひとつ。我々が鮮魚売り場で目にする魚の名前は、鵜呑みにはできないということ。その中には確かに鯛の仲間ではではあるが、ちょっとどうかな?というのもあるし、味が鯛と同じだからという理由で〇〇鯛とネーミングされている種類の違う魚もあるということ。マッ、美味しければいいのだけれど…。
そこで、受け売りをひとつ。時鮭、秋鮭、紅鮭、銀鮭(シルバーサーモン)、アトランティックサーモン、サーモントラウト、キングサーモン。この内天然ものは? 答えは前の三つとキングサーモンが天然もの。但しキングサーモンのニュージーランド産、日本とチリ産の銀鮭は養殖だそうです。
とにかく楽しい本。読んで魚の薀蓄を傾けること、請け合いです。

 


モサド・ファイル  -イスラエル最強スパイ列伝-

2013-02-08 08:54:02 | 日記

マイケル・・バー=ゾウハー著   早川書房刊

イスラエルの諜報機関「モサド」の誕生から最近までの、組織が関与した諜報活動のスパイを主人公にした実話集である。中には日本で報道された事件もあるが、大半は初めて読む話が多い。おそらく現実の諜報活動はここに書かれたことよりももっと複雑で想像もつかないようなものなのだろうが、なかなかスリリングで面白い。
この本を通読して思うのは、現実の国際政治の中では諜報活動が如何に難しいかということである。とくに失敗した諜報活動が齎す自国への影響は途轍もなく大きい。
そこで、日本。どうなっているのだろうか? つい最近のアルジェリアの人質事件では日本人の被害者が断突だった。しかも、情報は外国頼みだった。素人が知ることは限られているだろうが、ぜひとも知りたいところだ。