師父の遺言

2014-03-29 15:07:05 | 日記

松井今朝子著   NHK出版刊

著者は『演劇界』で私には馴染みのある人である。シャープな劇評に、こういう見方もあるんだと感心していた。本書を読んでその訳が氷解した。著者は京都の祇園育ちで、梨園の縁続きで、おまけに武智鉄二が師匠だったのだ。正に「青は藍より出でて藍より青し」だったのだ。しかも、幼少の頃から歌舞伎に馴染んでいたとは。
著者が就職先に出版社を希望したのも、大学院に進んだのも良くわかる。ひと世代違うが、当時の社会情勢は良く分かる。私も似たような経過を辿ったからだ。
しかし、武智鉄二である。著者の師匠であるが、私にはよく分からない演出家でしかない。もちろん、武智歌舞伎なる言葉も、それを身につけた歌舞伎役者の演技もわかっているつもりだが、胡散臭い人だという心象が強い。本書を読んで、彼のバックボーンを知ってやっと納得した、というのが本音である。これからは、これを念頭において歌舞伎を観てみたい。
話はかわるが、著者の『円朝の女』『仲蔵狂乱』は読んでいたが、『吉原手引草』を読んでいない。読もうと思いながら今日に至っている。きっと、読み甲斐があると思っていたのに。今度こそ、読んでみよう。


丸谷才一  追悼総特集

2014-03-29 09:08:49 | 日記

KWADE夢ムック

2012年に亡くなったから、早くも一年半経った。
それにしても、彼の仕事の全容を素人が知るのはとても難しいのに、本書に掲載された寄稿記事の難解なこと。彼の仕事が多岐に渉っていただけに、もう少し平易な解説があっても良かった。ムックにはそういう使命もあるのではないか。特に「評論」に関しては著者の丸谷才一論が滔々と述べられていて、理解するのにえらく時間がかかった。辛うじて「対談」を通して彼の仕事のアウトラインが分かる。
彼をある程度分かっている人が、これから本腰を入れて読もうと思っているのに、これではまた敬遠してしまう。彼の多才振りを知ろうとする人に、もう少し配慮が欲しかった。
それはともかく、本書を読んで私が理解していた丸谷才一はほんの一部だったと痛感してしまった。


西洋の書物工房 -ロゼツタ・ストーンからモロッコ革の本まで-

2014-03-22 15:30:01 | 日記

貴田 庄著  朝日新聞出版刊

もし、あなたが西洋に生まれて紙の製法が伝わっていない時代に、本を作ろうとしたらどうやって作りますか? もちろん本ですからある程度ページ数があるものとして。パピルス、皮革、粘土板、石版、蝋板お望みのまま。表紙、閉じるものは紐として材質は? 表紙は付けます?
こう考えて読むととても面白いです。出版社に勤めている方には、ちょっと目の毒。愛書家の方は、今の本は芸がないな、と思うかもしれませんが。時代だったのでしょうね。私はここに紹介されている製本の幾種類かは、自分で指示して作ったことがあります。これは自慢ですね。カラーページも多いので、もしかすると、あっ古本屋で見たことがあると思い当たるかも知れません。古書で好みの本があったのならば、一冊くらいは手に入れておいた方がいいかも。

 


有次と包丁

2014-03-13 18:25:59 | 日記

江 弘毅著   新潮社刊

このタイトルを見て内容が分かる人は、和食の料理人だろうな。私みたいに、単に道具が好きだと言う人も若干いるかも知れない。本書は新潮社の『波』と『考える人』に連載されていたもの。なにしろ月刊や季刊なので、頭の中で全体が掴めず単行本になるのを待っていた。かなり加筆されているので、当時読んでいて十分把握出来なかった部分が分かったような気がする。やはり通読しないと分からないこともあるのですね。
詳しいことは私が解説するより読んでもらった方がいいと思う。ただ、通読して尽々思ったのは、良い物と便利な物とは全く違うのだということ。良い物とは使い手の要望にとことん応える物で、それには非常に手間が掛かる、人手がいる、ということである。勿論、日本だけではなく、世界中でそうした道具はたくさんある。しかし、それを支えるシステムが危機にあるというのも世界共通の問題になっている。良い物と便利な物と峻別する感性を失いたくはない。
それにしても、有次の刃物は凄い。日本人の感性の(使い手と作り手双方)賜物だと思う。遣ってみたいと思うけれど、不器用な私は素材を切る前に自分の手を料理してしまいそうで、諦めるより他ないのだけれど。


<呼気>と<吸気>

2014-03-12 15:32:44 | 日記

徳永 進著   『図書』2014・3月号  岩波書店刊

岩波書店のPR誌です。著者は医師。読んだはいいけれど、妙に頭に引かかって戸惑っている。
著者の言わんとすることは平明に書かれているので、分かる。問題は最後の部分。人は最後を迎える時「最後の呼吸は、呼気で終えるのか、吸気で終えるのか」。
今まで考えた事もなかった。未だ考え込んでいる。著者は「おわりは呼気で、呼気で息を返している」と言っているのだが…。
これを読んでいる方、そのような状況に立ち会っていたのならば、教えてくれませんか? 何しろ、スッキリしたいのです。


仏典はどう漢訳されたのか -スートラが仏典になるとき-

2014-03-11 15:24:27 | 日記

船山 徹著   岩波書店刊

私も、どうしても知りたかった。仏教はそもそもインドに発祥したもので、当然その教義はサンスクリット語=梵語で書かれていた。それが漢語に訳され、さらに日本語に訳された。空海(弘法大師)が唐に渡っても必死に梵語を習得しようとした動機はここにある。
例えて言うならば、アメリカンポップスやシャンソン、カンツォーネの歌詞が原語ではどういう意味なのかを知りたいようなものである。私自身はロシア民謡のカチューシャの正確な翻訳を聞いた時、「全然違うじゃん! この翻訳嘘だ!」と声を挙げた覚えがある。
実は、まださわりを読み始めたばかりだが、じっくり読んでみたいと思っている。なにしろ翻訳された仏教用語は諺という形で、私たちの身近にゴマンとあるからだ。
完読したならば、改めて報告します


星を喰らうブラックホール / 馬と生きる 北米先住民

2014-03-09 15:50:12 | 日記

ナショナル ジオグラフィック 2014 3月号

まず、ブラックホールから。ブラックホールについては今更説明の必要はないだろう。結論の方が面白い。この宇宙は、膨大な数の宇宙が集まった多宇宙(マルチバース)らしい。私達がいる今の宇宙は138億年前にたった一回の大爆発(ビックバン)で誕生したが、これはあらゆるものが無限に小さく高密度な特異点(ブラックホール)に押し込められていたことによる。
マルチバースは一本の樫の木だというのである。時たまドングリが地面に落ちて、発芽する。特異点は新たな宇宙の種だと言うのである。本文はここで終わる。私は読み終わった時、今、私達がいる宇宙は何代目? 妙な気になったままだった。
もう一本。「馬と生きる 北米先住民」。実は私は馬が大好きなので、真っ先に見たページ。内容は読んで欲しいが(あまり、いい気持ちにはなれないが)、クォーターホース、アパルーサ種,はアハル=テケ種なんて、あまり聞いたことがない馬の写真が登場する。それがとても恰好いいのだ。そのほかにも…。


根来寺を解く  -密教文化伝承の実像-

2014-03-04 15:09:56 | 日記

中川委紀子著   朝日新聞出版刊

根来寺というと二派に分かれるのではないだろうか。一方は歴史通で、僧兵、雑賀衆、鉄砲、信長、秀吉という連鎖反応をする人。もう一方は、二月堂、お水取りという季節の風物詩の舞台である根来寺。しかし、真言密教の法灯を今も守っている寺院であることを知っている人は少ない筈である。私も前者派。
秀吉に火を掛けられ、大伝法堂、大塔(現在は国宝)、大師堂が炎上したところまでで、知識は断絶している。本書は根来寺創建から焼失、再建までのプロセスを詳述すると共に、如何に真言密教の法灯を守ったか(それなりの宗教上の争いがあったのだが)、その経緯が書かれている。
私のような前者派はぜひ読んだ方がいい。とくに、根来寺鉄砲伝来説はあやしいらしい。それだけで戦国時代の読み方が変わる。