乱交の文化史

2012-10-31 14:56:39 | 日記

バーゴ・パートリッジ著   作品社刊

本書を買った動機? 何しろ「乱交」と「文化史」という単語の並立に違和感を憶えたこと、もうひとつは出版社のコピーに乱交を「博愛的行為」と書かれていたことからだった。前者はともかく、私の記憶では「乱交」は歴史的に言えば多分に強制された弱者が多数動員されていた筈で、とても「博愛」という言葉でひと括りには出来ないのではないか、という疑問があったからだ(それにしても乱交を博愛的行為とは迷コピーだ)。まだ全8章の3章しか読んでしないので、結論は出せないが。
ところで、この出版社はこうしたジャンルが得手らしく巻末の広告を見ると、『おなら大全』 『アナル全書』 『でぶ大全強姦の歴史』 『マスターベーションの歴史』などが並ぶ中に『ビデの文化史』 『お尻とその穴の文化史』 『ヴァージン 処女の文化史ヴァギナの文化史』 『ペニスの文化史』 『体位の文化史』と、6冊も文化史シリーズがある。このうち文化史という切り口に合うのは「ビデ」くらいで、後は本書と同様に違和感を憶える。
因みに本書の原題は「A History of Orgies」である。つまり「乱交の歴史」である。ともあれ、後の章を読んでみることにする。もしかしたら、「文化史」に飛躍した訳が分かるかもしれない。

 

 

 

 


大阪の神さん仏さん

2012-10-29 15:16:19 | 日記

釈 徹宗 高島孝次著  ㈱140B刊

大阪人というのは、東京人の私としては馴染めないところがある。大阪人の友人は何人かいるけれど、いずれも東京ナイズした人たちでもろに大阪気質を出したりはしないせいか、それほど違和感はなかった。しかし、大阪にいって彼等の家族や友達と付き合うとすんなりとは馴染めなかった。
本書の視点はおもしろい。神さん仏さんという視点から大阪人を分析し、さらにそれらに伴う祭りや行事から大阪人気質に迫っている。これで納得した訳ではないけれど、気質と風土と歴史に由来することは理解できる。ただ、この手法で東京人を分析するのは無理だと思う。なにしろ純粋の東京人は希少種で、似非東京人が圧倒的に多いからだ。著者二人が大阪人であることも、本書をわかり易くしているのではないか。
まっ、私としては「そうなの?」の域をでないのだが……。


食べることも愛することも、耕すことから始まる

2012-10-28 15:07:40 | 日記

クリスティン・キンボール著  河出書房新社刊

サブタイトルは「脱ニューヨーカーのとんでもなく汚くてありえないほど美味しい生活」。これだけで、本書の内容を見当を付けた人はかなりの読書通だ。
著者はハーバード大学を卒業し、マンハッタンを拠点にフリーランスのライターとして働いていた人。それがひょんなことから独自の農業経営を志向していた男性にインタビューし、一目惚れしてパートナーとなり、二キロ平米の広大な土地を借りて農業を始めた。つまり、家庭菜園ではなく農家専業になったのだ。
本書の読みどころは、その過程を素人が農業(だけではなく牛、豚、鶏、馬等を含む牧畜業も)に従事した場合の現実である。彼女の前職から言えば、薀蓄を傾けてもいい筈なのだが、その気配はまったく見えない。あくまでも素人目線を崩さない。
「無農薬・有機栽培」が流行のようだが、そういう人には恰好の入門書かもしれない。私達の世代は二、三坪の家庭菜園を普通に持っていたから(東京でも当たり前だった。今は望むべきもないが…)、ここに書かれていることは大体分かる。もちろん専業の人の足元にも及ばないが。
ぜひ、一読を。


研究最前線 邪馬台国  ーいま、なにが、どこまで言えるのかー

2012-10-24 15:26:44 | 日記

石野博信・高島忠平・西谷 正・吉村武彦編  朝日新聞出版刊

邪馬台国に関しては4・5年に一回、こうした総括にあたる本を読むことにしている。遺跡が新たに発掘されるたびに九州説、近畿説に揺れるので、鬱陶しくてこんな習慣になった。
さて、本書であるが、これまでになくよく纏まっていると思う。勿論、これまでの研究の積み重ねがあったからだろうが、論点がすっきりと分かる。これまで自説に拘泥する我田引水的な説が多くて、辟易したものだが……。
本文もなかなか読みでがあるが、これまでの類書になかった「魏志倭人伝」の原文『三国志 魏志 東夷伝倭人条』の原文と訓み下し文が巻末に掲載されていることである。熱心な人達は原文を傍らに置いて読んでいただろうが、大抵の人は原文に当たらず「この文章はこう理解すべきだ」という記述を「そういうものか」として読んでいたと思うが、本書では巻末を引っくり返しながら確認することが出来る。
その結果、自分なりに納得できるのが嬉しい。漢文が得意の人は別の意見も出てくるに違いない。これまでより、ちょっと理解が深まったと過信てきる? のも楽しい。
読後感? 私としては近畿説を採りたいなぁ。


足軽の誕生 ー室町時代の光と影ー

2012-10-22 15:16:27 | 日記

早島大祐著  朝日新聞出版

足軽の起源というと、漠然と織豊時代あたりだと思っていた。しかし、本書によれば室町時代だという。冷静に考えればすでに武士階級が成立していたのだから、その手足となる足軽に準じる階級の人達がいたのは当然だったと言っていい。
本書は研究書なので、かなり専門的な知識が要求されるが、それがなくても面白く読める。しかし、足軽が主人公の時代小説なんて豊臣秀吉くらいのもので、足軽は時代小説の刺身のツマくらいにしか登場しないので、起源なんて考えもしなかった。
ところで、時代小説には足軽は「飲む・買う・打つ」が常習のように書かれているが、すでにこの時代からそうだったらしい(康正二年・1456年東寺領の上久世荘・下久世荘に博打禁令が出されている)。
江戸時代、大名の下屋敷で博打場が開かれていたのは時代小説ではめずらしい場面ではないが、室町時代は治外法権の荘園だったということで、なにやら符合するところが面白い。
時代小説を読む上で、ちょっと奥行きが拡がった感じがする。


ダーウィン家の人々

2012-10-18 15:14:58 | 日記

グウェン・ラヴェラ著   岩波現代文庫

著者はチャールズ・ダーウィンの孫娘。それにしても、ダーウィン一族の華麗なこと。チャールズ・ダーウィンの祖父。エラズマスは医者にして詩人であった。父ロバートも伯父チャールズも医者、兄エラズマスも医学を学んだ。そして、チャールズは進化論の提唱者となった。息子達も負けていない。次男ジョージは数学者で天文学者(著者の父)、三男フランシスは植物学者、五男ホラスは科学機械の分野で活躍する。そして、著者は版画家という具合だ。
こうした背景には、当時のヴィクトリア朝の上流階級の教養主義というものがあったのだが、それだけでこうした一族が誕生する筈がない。ダーウィン家はそれなりの富豪であったが、近代的なウェッジウッド陶器を興したウェッジウッド家との二代・三組の結婚を通し結びつきが大きな要因になっている(チャールズの父ロバートとウェッジウッドの娘・スザンナ、チャールズ本人が従姉妹のエマと、そしてチャールズの姉キャロラインが三代目ジョサイアと結婚)。チャールズ・ダーウィンがウェッジウッドの娘と結婚していたのは知っていたが、あとの二組のことは知らなかった。
生活に苦労した学者に比べ、その心配がなかったダーウィンだからこそ、ヨーロッパ中の知人からあれだけの標本を集めることが出来たのだと納得した。何時の時代でも金のある学者はそれだけで他の学者よりも恵まれている、という見本みたいな話である。


増補 幸田 文 対話 上・下 ー父・露伴のことー

2012-10-15 15:11:01 | 日記

岩波現代文庫刊

残りの頁を惜しみながら読む本、というのが世の中にはある。私にとって幸田文はそうした作家のひとりだ。ましてや、対談集となると堪らない。
幸田文の使う言葉が、私の耳に残っている言葉だからだ。「あたし」(因みにこれは私の日常語だ)、「あたしたち」、「みそっかす」(ついこの間まで使っていた)等々。どれも祖母や母が使っていた言葉だし、当然あたしも使っていた。祖母が露伴の、母が幸田文の世代に当たる。
それにしても、言葉だけではなく、親の躾もそのままだった。だからこれを読むと「あたしも、だらしなくなった」と反省せざるを得ない。
実は、本書が単行本で出た時の初版を私は持っている。今回、未収録11編が追加されているというので買ったのだが、結局初めから通読してしまった。読み直しても心に残る本と言うのは、滅多にない。

 

 

 


アグルーカの行方

2012-10-11 15:19:01 | 日記

角幡唯介著   集英社刊

極寒の北極圏は凄まじい所らしい。そこを1600キロ徒歩で走破したというのだから,並大抵の話ではない。ただし、一人ではない。北極探検家のベテランと二人とだった。
しかし、今回分からなかったのは、この冒険の目的である。「1845年、北西航路開拓にチャレンジした英国の探検家ジョン・フランクリン率いる129人が還らなかった軌跡を追う」というのがテーマだそうだが、彼等の軌跡を忠実に辿ったわけでもないし、この探検隊が全員死亡した原因をきちんと究明したわけでもない。この記述から分かるのはこの探検隊どれほど過酷な状況下で実行されたかである。その行程を実体験したのだから、それはそれで十分評価されていいのだが、ことフランクリン隊の全員死亡したことに関しては彼の推測とこれまでの文献の範囲を超えていず、説得力があるとはとても思えない。
むしろ、冒険に先立つ計画の詳細(どういう理由でこの計画が立てられたのか)と、実地に立った経験との違いを照合・検討を詳述した方がこれから同じような冒険をしようとする人々の参考になったのではないか(但し、随所にそうした記述は見られるのだが、それが散漫に流されているのが残念だ)。
帯のコピーを見て買った者としては、期待外れだった。


ナメクジの言い分

2012-10-10 08:25:54 | 日記

足立則夫著  岩波科学ライブラリー

面白いタイトルでしょ。「言い分」があるのならば、「聞いてあげましょ」という気分になる。
ただし、著者は生物学者ではなく、興味が嵩じてナメコロジストなった人で、従ってナメクジを系統的な生物学的考察をしたものではない。著者が断っているようにナメクジにまつわるエッセイである。
だから、ナメクジの起源とか、なぜ殻を捨てたのかということについては詳らかではない。別に著者が手抜きしているわけではない。そもそも研究者が圧倒的に少ないし、当然だけれど化石なんかない。つまり、生物学的な詳細は何も分かっていないらしい(ただし、解剖学的にはかなり詳しく分かっている)。
それにしても、日本原産のナメクジにこんなに種類があるのも知らなかったし(8種類以上)、まして外来種が日本を侵略しているということも知らなかった。
ともかく、オモシロかった。些か消化不良の気味ではあるけれど……。


化石から生命の謎を解く ー恐竜から分子までー

2012-10-04 15:16:21 | 日記

化石研究会編  朝日新聞出版刊

化石を自分で掘り当てたい人には、恰好の入門書。
取り敢えず分かったことは、まず化石と思しきものを見つけた時は、掘り出す前に写真を撮ること。それもアップだけではなく、埋まっていた場所全体の俯瞰写真をとることだ。上手くすればそれによって化石の時代が分かるかもしれないからだ(ケイタイを持っている今の人には雑作もないことだが)。
次に目当ての化石だけでなく、周辺も掘ってみることだ。その周辺に関連したモノが散っているかもしれないからだ。もちろんこの場合も写真は撮る。素人に出来るのはここまで。この後は然るべき所に持って行って判断を仰ぐべし。
もうひとつ、表題からは予想も出来ない章がある。動物の化石は骨の数片を採集出来るのが普通で、全身の骨格を発掘できるのは奇蹟に近い。そこで、発見した骨がどの部分か推測する必要がある。そこで本書では、自分で骨格標本を作ることを勧めている。
「骨格標本の素材を集めるなんて、素人には無理だ」と思うでしょ? これが目から鱗。誰にだも出来るのです。ヒントは、ケンタッキー・フライド・チキン(KFCでなければいけない)。詳細は第1章4を読んでください。
勿論、本書には化石を巡る興味深い話が沢山載っている。きっと、興味ある人には面白い本に違いない。