わが人生 わが日活ロマンポルノ

2012-05-30 14:45:03 | 日記

小沼 勝  国書刊行会

まず、本書のタイトルと発行元の社名に違和感を憶えた人は多かったのではないだろうか。
もうひとつ。著者はタイトルから察せられるように、日活ロマンポルノで監督として活躍した人であるが、その見事な映画に比べると、文章は上手くない。まるで、芝居の台本のト書きを読んでいるような印象がある。勿論、文章と映画作りの才腕とは関係ない話ではあるが……。
彼が活躍したのは、映画の衰退期にあたる。その過程で編み出された起死回生の企画が、日活のロマンポルノと東映の任侠路線だった。という時代背景を抑えておかないと、本書の内容は理解できない。
ロマンポルノに限って言えば、俗にピンク映画と言われていた(独立プロが作っていた。それを大手の日活がパクッた)もので、ロマンポルノは日活の造語、つまり和製英語である。
それにしても、懐かしい女優の名前や写真がたくさん登場している。その大半に記憶がある。当時、新宿だけでも上映舘は10舘近くあったのではないか。女性の裸に渇望していた若者にとって、洋画でもなければ滅多に見られなかった時代である。しかも、高かった。ジーナ・ロロブリジータ、ブリジツト・バルドー、マリリン・モンロー、懐かしいなぁ。それが、次から次に女性の裸が見られるのだから、堪らなかった。しかも、三本立てで洋画より安かった。
そういう時代だった。それでも、どんな仕事もそうだが、それなりに苦労はあるのである。ト書き風の文章にその一端一端が滲み出ている。我々若者を楽しませてくれたその苦労に、御苦労様でしたと言いたい。


澁澤龍彦との旅

2012-05-28 15:24:26 | 日記

澁澤龍子著  白水社刊

澁澤龍彦が彼岸に旅立ってから早くも4分の1世紀が過ぎたそうだ。一時、夢中になって読んだ作家だけに、それほどの時が流れたとは思ってもいなかつた。もっとも、私にはサドの研究者としての印象が強いのだが……。本書を読むまで、彼がこんなによく旅に出掛けていたとは夢にも思わなかった。多くの読者と同じように「書斎派」の人だと思っていた。だから、切符の買い方も知らない、ホテルや旅館で迷子になるというエピソードは、さも有りなんと笑って読める。
それにしても、そうした旅からあの文章を紡ぎだすのだからね流石だと感心してしまう。
龍彦と龍子、随分と仲の良かった夫婦だったらしい。共に暮らしたのは僅か18年だたそうだが、著者の文章の隅々まで幸せだったことが窺える。しかし、あの澁澤龍彦が笑い上戸だつたなんて意表を突かれた。
ところで、昭和45年8月に夫妻はヨーロッパに旅立つのだが、そのとき羽田空港に見送りに来た人達の中に盾の会の制服を着た三島由紀夫がいたそうだ。旅音痴の龍彦を心配して、龍子さんに細々と旅の注意をしてくれたそうだ。そして、この年の11月に彼は自決している。三島由紀夫の複雑な性格を髣髴とされるエピソードだ。

 

 

 


アイシュタインの望遠鏡

2012-05-25 14:28:09 | 日記

エヴァリン・ゲイツ著  早川書房刊

サブタイトルは「最新天文学で見る『見えない宇宙』」。
アインシュタイン望遠鏡をつくった、という話ではない。簡単に言えば、アインシュタインの相対性理論(重力を含む)を数学的処理をすることで、世界各地の望遠鏡で撮影した宇宙写真から、宇宙の真の姿が見えてきたということだ(勿論、コンピュータ処理をしてだが…)。
何故、望遠鏡? と思うかも知れない。チョット詳しい人ならば、平行線を限りなく延長したならばいずれ交わる、というアインシュタインの理論に気がつく筈だ。つまり、光もそうなのだけれど、要するに重力によって屈折する。ということは、撮影されたデータをアインシュタインの相対性理論の数式に合わせて処理すれば「望遠鏡で見た宇宙」が見られるということだ。
大雑把に言えば、地球は、著者が言うところの「アインシュタインの望遠鏡」で覆われているということらしい(これ以上の説明は私の手に余る)。
それにしても、口絵のカラー写真がすばらしい。本当に宇宙はこのように見えるのか? 戸惑いをもってしまう。
しかし、本書のメインテーマはこれだけではない。こうした写真を分析した結果、宇宙の組成は我々が知っている元素(これまで見つかっているのは118個)で出来ているのは僅か5%でしかない。あとの23パーセントがダークマター(正体は分かっていない)、そして72パーセントを占めているのがダークエネルギー(これになると、物質なのか、それともまったく別のものなのかも分からない)。
ここに至って、素人は途方に暮れる。しかも、宇宙は今も膨張し続けているそうだ(星や星雲は太陽系からどんどん遠くなっているということ)。つまり、宇宙に果てはない! これは我々の想像力を超える。
結論。石川五右衛門ではないが、「この世は小せい、小せい!」。暫くは、日本の政治家の阿呆さ加減を忘れることが出来る。

 




 


脳の中の身体地図

2012-05-22 15:05:29 | 日記

サンドラ・ブレイクスリー・マシュー・ブレイクスリー著  ㈱インターシフト刊

本書は、前回読んだ『脳はすすんでだまされたがる』の著者あとがきに「ライターのサンドラは脳内の運動制御にかかわる神経科学を大学院レベルで容易に教えられるだろう」と紹介されていたので、買った次第。
ところで、共著者は姓から分かるように彼女の息子さん。驚いたことに、彼はサイエンスライターの四代目だそうだ。曽祖父はアメリカのサイエンスライターの草分け、祖父はAP通信の科学編集者、そして母は脳科学専門のサイエンスライター、そして子へと続く。あるのですねぇ。氏より育ちか、どちらか分からないけれど、きっと子供の頃から、科学用語は耳に馴染んだ言葉だったのでしょう。
さて、本書。サブタイトルは「ボディ・マップのおかげで、たいていのことがうまくいくわけ」。読んでみる価値は十分ある。まず思い当たることが、四つか五つはあるはず。例えば「減量しても太っていると思う」、「拒食症」、「うまいゴルファーがだめになるとき」、「幻肢の謎」、「心霊治療はなぜ効くか」、「痛みを鎮める最新治療」。
これらは脳の中にある身体マップの誤作動・混乱・障害・誤認に起因しているそうだ。本書はこれらに対する最新知識・治療法・予防法が紹介されている。あなた自身だけではない。家族にこうした障害を持った人がいるのならば、それがどぅいう状況なのかを、偏見なく正しく理解する手助けにもなる。難しい文章ではない。平易で、誰もが肯ける例をあげて解説してあるので、構えて読む必要はない。

 


出アフリカ記……人類の起源

2012-05-18 14:52:05 | 日記

クリストファー・ストリンガー ロビン・マッキー著  岩波書店刊

本書は、「人類の出アフリカ説」が登場してから10年後ぐらいに発刊された本である(2001年)。本書を読んだ動機は、今や定説化されているこの学説に対する反対派の論拠を知りたいと思ったからだ(今日の文献では、この辺は省略されているし、生々しいやり取りも分からないので)。
当時の主流派は「他地域進化説」だった。現代の知見からすれば、人口の問題でも、地理的条件から言っても到底受け入れられない学説なのだが、主流派の学界に出席していた「出アフリカ説」の学者が「私は、地球が平らなことを信じているもの達の集まりに、最後までただじつと座り続けていなければならなかったみたいに感じましたよ」と言ったそうだ(出アフリカ説がどれほどの扱いを受けていたか分かるだろう)。洒落ているではないか。自分達をガリレオに喩えるあたりに、強烈な自信と自負が窺える(日本の学者には、まず無理な台詞か?)。
それにしても、本書の発表から10年、その進歩のスピードは驚くばかりだ。中でも、遺伝子工学の貢献が大きい。
しかし、科学の発展とはそういうものなのだろう。誰かがテーゼを発表し、それに対してアンチテーゼが出される。そして、周辺の学者が様々な視点からそれを検証し・補足して、定説化される。その意味では最初の「誤ったテーゼ」を主張した人も、別の意味で言えばそのジャンルの功労者なのだ。
こういう本の読み方も、たまにはおもしろい。


ホテル博物誌

2012-05-17 14:53:11 | 日記

冨田庄司著  青弓社刊

ホテルを博物誌的視点から見ると、こんな本が出来る、という見本のような本。
勿論、一つひとつのエピソードは、政治史、経済史、美術史、建築史、自伝・人物伝、あるいは映画、小説で読んだ人には一度は目にしたもので、取り立ててトピックスがあるわけでもない。これらをホテルという視点からまとめたところが、ユニークなのだ。
そして、その視点から読むと、日本のホテルの歴史は多寡だか百年、西欧は200年を優に越す。にも拘らず、今の日本のホテル事情は特異だと言える。
読む人の視点で、どうにでも読める、という意味で面白い本。


われらの獲物は、一滴の光  開高 健

2012-05-16 08:25:22 | 日記

矢沢永一・山野博史 編  KKロングセラーズ刊

『開高健全集』『一言半句の戦場』から洩れている、彼のエッセイ18編を含む65編を集めたエッセイ集。
相変わらずの開高節を久しぶりに楽しんだ。開高健のエッセイの特長のひとつに、例えば水の旨さ、海の色、食い物の味といったものを表現するのに、二字熟語、三字熟語、四字熟語を速射砲のように連発する癖がある。たとえばチャップリンを「天才。ユダヤ人。女たらし。ケチンボ。偽善者。冷血漢。コミュニスト。センチメンタル・ヒューマニスト。売国奴。アナキスト。一人も友人を作れない男」といった具合に。
どんな単語だったか憶えていないが、どう読むのだろう?  こんな熟語あった? と思って、手元にある漢和辞典、国語辞典、挙句に重さ2キロぐらいある辞典を図書館で調べたことがある。そんな単語なかった! 思案の果てに納得したのは、彼の造語ではなかったか、ということだった。それにしても、その漢字の字面といい、ニュアンスといい、音節といい、十分納得、首肯できるものだった。
ところで、本書に収録されている単行本初収録のエッセイは18編。短文・長文、インタビューさまざまあるけれど、十分楽しめる。
最後に、開高健は良い年で亡くなった。「惜しまれつつ、死ぬ」。それが彼のモットーではなかったか! それにしても月日の経つのは早い。

 

 

 


遺伝子はダメなあなたを愛してる

2012-05-14 14:38:40 | 日記

福岡伸一著  朝日新聞出版刊

日常的にふと疑問に思うことを、生物学者の立場からわかり易く答えてくれる本。素人が往々にして誤解していることについて、その間違いを丁寧に解説してくれる。
例えば、最近話題になっているコラーゲン。実は人間に必要なヒトコラーゲンタンパク質は、人間の体の中でしか作られない(アミノ酸の組成が違う)。したがつて、今流行のコラーゲンサプリメントは体内では、異物扱いされて排泄されてしまうそうだ(つまり、無駄ということ)。
こうした事例がたくさん載っている。カフェインはコーヒーや紅茶・お茶だけでなく、自動販売機で売られている缶飲料にもタップリ入っているので要注意。カメとスッポンは同じ種類か等々。ただ、質問と答えが噛みあっていない。当たらずともずとも遠からずなのだが、質問と答えのレベルが違いすぎるので、はぐらかされた気になる人もいるかも知れない。
要するに編集の問題なのだが、著者が答えの冒頭に「この質問は、結局こういうことなので、それについて説明します」といった操作が必要ではなかったか? レベルの差に橋を架けてあげる必要があったように思う。


堕落と文学 -作家の日常、私の仕事場ー

2012-05-12 08:25:38 | 日記

曽野綾子著  新潮社刊

正直に言うと、「なんて大時代なタイトル」、だと思った。しかし、著者の年齢を考えれば不思議でも何でもない。堕落、文学、人生、正義といった言葉が大真面目に語られていた時代があったのだから。
内容の一つひとつについて言うことは、何もない。著者の長い人生で培われた信念と価値観の表出であって、他人がとやかく言うことではないからだ。
唯、感心するのは「著者の意思の強さ、そして、決してブレない」ことである。おそらく、キリスト教というバックボーンがあったからだろうが、それだけではないような気がする。著者は幼少からの感性を、常に自制できる能力があったからだと思う。絶えず自惚れせず、生活の原点に帰れる能力、それは誰もが持てるものではない。ともすれば、人は現状に甘えてしまい勝ちだからだ。
誰もが納得して読める本ではないと思う。しかし、こういう信念で生きている人がいるということは知っていて欲しいと思う。


脳はすすんでだまされたがる

2012-05-08 15:40:47 | 日記

スティーブン・マクニック スサナ・マルティネス=コンデ サンドラ・ブレイクスリー著  角川書店刊

著者のスティーブンは行動神経生理学、スサナは視覚神経生理学の研究室長。本書の主旨は、ヒトは何を視、それを脳はどう理解しているかがテーマ。どうやら、ヒトの眼は焦点にあるものだけに注目し、周辺のモノは無視する傾向があり、それを脳は視ていない(注意を払っていない)部分は、経験に基づいて推(憶)測するか、錯覚しているらしい。
と、書くと何やら小難しい本のように思えるが、それを私たちは具体的に体験していることを教えてくれる。そう、マジック(手品)である。「タネもシカケもありません。このボールを消してしまいます」とマジシャンが言えば、我々がボールを凝視していたはずなのに、消えてしまう。こうした経験は誰にでもあるだろう。見えていて、見えないのだ。ある筈の仕掛けが……。
ここでサブタイトル「マジックが明かす錯覚の不思議」が生きてくる。著者たちはこうした事例をマジックに求め、そこから理論を展開していく。その研究過程で、マジックにはズブの素人だった二人はなんとハリウッドのアカデミー・オブ・マジカル・アーツ、イギリスのザ・マジック・サークル、世界マジシャン協会のメンバーになってしまった、というおまけまでついてしまった程だ。
もし、あなたがマジックに興味を持っていたり、マジックを特技としているならば、本書はとてもおいしい本だ。なにしろ、協力したのは世界的に名人と言われたマジシャンなのだ。事例に挙がったマジックには「ネタバラし」が付記されているのだ!少しでも心得がある人ならば、新しいレパートリーを増やすことが出来るかもしれない。それどころか、マジックに入る導入部分の演出法まで教えてくれる。そして、読み進めて行くうちに本書のテーマも理解してしまう。
実に面白い構成の本で、二度楽しめること請け合いの本です。こうしたテーマにマジックを持ってきたのは、素晴らしいアイデアだと思う。