考える人《2012年秋号》

2012-11-30 15:17:59 | 日記

新潮社刊

今号のテーマは「歩く」である。サブタイトルは「時速4kmの思考」。
どんな記事内容を想像するだろうか? 日常のちょっとした散歩、古都や神社仏閣巡り、四十八箇所巡り、外国旅行、探検、いろいろ思い浮かぶに違いない。
寄稿文の白眉は、185万年前にアフリカを出て、1万年前に南アメリカの最先端に到達した我々の祖先・ホモサピエンスの旅であろう。五大陸を制覇したホモサピエンスの旅こそ「歩く」を象徴した旅はない筈だ。
勿論、叡山の千日回峰も凄いし、半日に過ぎない散策で俳句を三句もひねり出す「吟行」も凄い(これこそ「時速4kmの思考」だ)。この特集では様々な「歩く」人が寄稿している。読んでいて飽きない。
余談だが、本書で小澤征爾と村上春樹の対談集『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(2011年 新潮社刊)が小林秀雄賞を受賞したことを知った。私自身も感心して読んだ本なので、ちょっと嬉しい。クラシックが好きな人には絶対お勧めの本です。


モーツァルトとレクター博士の医学講座

2012-11-28 15:12:03 | 日記

久坂部 羊著 

 なかなか洒落の効いたタイトル(著者あとがき参照!)。
本書の構成が良い。人体の構造とその機能・役割を簡潔に解説していると同時に、その機能の障害(つまり病気や怪我)の解説が併行して記述されている点にある。つまり、前者が先に解説されているので、その障害の結果が読者に分かり易い。
例えば健康診断、メタボ検診、ダイエットの究極の手段・胃縮小手術、慢性便秘、血圧、右脳・左脳論、薄毛の特効薬、骨粗しょう症など、よく耳にする言葉だが、これらに関しては巷間沢山の解説書や予防法、そのための食事療法やサプリメントが紹介されている。
本書の要点は、これらの予防法や薬・サプリメントの情報には「眉に唾つけて」読みなさい、という点に尽きる。わずか240ページであるが、示唆しているポイントは意義深い。
まっ、私はここ数十年健康診断を受けていないが(著者の言うような確固たる信念ではなく、単に面倒臭いだけだが)。密かに思っているのは、昔の年寄りは今日知られている様々な病名で亡くなっていただろうが、大抵の老人は「老衰」の一言を甘んじて受け入れていた。
私もそうしたい。あれこれ心配して生きるのは御免蒙りたい。


宿 神  全四巻

2012-11-26 15:42:22 | 日記

夢枕 獏著  朝日新聞出版刊

六年越しの小説が完結した。彼の小説を読む読者は、こうした長丁場を強いられる。結局完結を待って、全巻を読み直す破目になる。彼が今連載中のものが完結しない裡に、こちらがTHE ENDを迎える可能性は十分ある。
さて本書であるが、主人公は佐藤義清、即ち西行である。本書を読んでも、西行に関する類書を読んでも、私の西行に対する印象としては未練がましい、そのくせ権門に強い、しかしどっち付かずの生涯を送った男、確かにもののあわれをよく知った和歌の巨星ではあるが、しかし生涯金に困らず苦労も知らなかった男、そして妻子を未練なく捨てた男、というあまり良い印象のない人物である。
しかし、著者は本書では「滅び」を見届けた男、という役割を与えている。しかし、小説ではともかく、彼が意識的にそうした立場で行動したとはとても思えないのだが…。そこで登場するのが「宿神」というキーワードである。これは彼の作品の中で名を変え、姿を変えて登場する神である。ここから夢枕獏ワールドが始まる。
それはそれで面白いのだが、西行の最後の行為は? 私にはちょっとやりすぎだと思うのだが? まっ、ストーリーの成り行きとしては、そうせずに致しかたなかったのかも知れないが…。


脳のなかの万華鏡  -「共感覚」のめくるめく世界ー

2012-11-23 09:10:07 | 日記

リチャード・E・サイトウィック デイヴィッド・M・イーグルマン著  河出書房新社刊

実は、共感覚についてはもう一冊読んでいた。書棚を探してみた。『共感覚者の驚くべき日常ー形を味わう人、色を聴く人ー』(リチャード・E・シトーウィック著 2002年 草思社刊)がそれだった。著者の名前が微妙に違うが同一人である(詳しくは訳者あとがきを参照)。
さて、共感覚など欠片もない私にはとても想像できない世界なので、旧版では具体的なイメージは持てなくて曖昧模糊のまま本棚に仕舞った記憶しかない。それに比べると、本書は共感覚者自身が数字や文字(これを書記素という)がどう見えるのかカラーで描いた図版が多数掲載されているので、具体的なイメージを持つことが出来た。そればかりではなく、聴覚→色、情動→色といった人たちの図版も掲載されている。その意味では、初心者でも共感覚という理解出来るのではないか。
私が書くことが出来るのはここまでだ。共感覚の研究はまだ発展途上にあるそうで、科学的解明はしばらく先のことになるそうだ。しかし、多くの図版を見ることであなたも共感覚者であることに気が付くかもしれませんよ。
追記 もう一冊同じようなジャンルを扱った本があった。『音楽嗜好症 -誰がために樂は鳴る?ー』(オリヴァー・サックス著 早川書房刊 2010年)。ご参考に。

 

 

 


我が足を信じて  -極寒のシベリアを脱出、故国に生還した男の物語ー

2012-11-19 15:06:40 | 日記

ヨーゼフ・マルティン・バウアー著   文芸社刊

タイトルと腰巻のコピーを読んだ時、とっさに頭に浮かんだのは、主人公の脱出コースだった。ソビエト領土最東端デジ二ョフ岬(ベーリング海峡を挟んで対岸はアラスカである)から、故国(イラン・テヘラン)まで。そして、主人公が脱走したのは第二次世界大戦から四年後の1949年である。東西冷戦が兆しを見せ始めた時である。
独ソ戦で捕虜になった彼に安全な脱出コースはあったのだろうか? そして、そのコースは?
実は本書を買って著者まえがきを読んだ後、一ページも開かず二日間世界地図を眺めてコースを予想してみた。結果は? ほぼ予想通りだった。但し、知っている限りの当時の政治状況を総動員した結果だった。本書の内容に関しては書かない。読んでのお楽しみ。
コースを考える時、「我が足」というのがキーワードだ。そして故国ドイツ・ミュンヘンに帰環するのに3年2ヶ月かかったというのも。「読む前に楽しむ」という面白さを味わうには恰好の本。


倭人伝、古事記の正体  ー卑弥呼と古代王権のルーツー

2012-11-17 15:31:12 | 日記

足立倫行著  朝日新書

なかなか面白い内容なのだが、筆が走り過ぎて納得するまでには至らない。
本書でエッと思ったのは「卑弥呼は死を迫られた」という第一章である。といっても、著者の見解ではない。斯界の権威・森浩一氏の見解である。「卑弥呼以死」という文章の「以死」を「もって死す」と解釈したのである。確かに「以死」という言葉は唐の文献によく出ていて、それは皇帝による自殺命令だったと記憶している。問題は張政が19年間も倭地に駐在し、かなりの権力を持っていたとしても、卑弥呼に自殺を迫るほどの権力だったのか? この件に関しては森氏の著書『倭人伝を読みなおす』を精読しないと分からないが、著者がどう考えたかは不明である。
もうひとつ、著者が指摘しているのは「神武東征」にかかった期間の問題である。多くの人もそれを指摘しているが、この解釈次第では邪馬台国近畿説を匂わすのだが、著者は識者の意見を紹介するだけで、自身の意見は述べていない。「一介のルぽ作家が日本古代史について研究を進めるには、こうした取材を積み重ねる手法が最良であり、同時に読者の理解を助ける手立てにもなる、と私は信じている」そうだが、これほどポピュラーなテーマに対しては底が浅すぎるのではないか。この程度のことはすでに発表されている。
というわけで、僅かな収穫は卑弥呼が自殺を迫られたという、森浩一氏の著作を知ったに止まった。


茶人物語

2012-11-13 15:10:06 | 日記

読売新聞社編   中公文庫

本書を読むにあたって、二、三十年前に古書店で見つけた『茶道全集』巻五『茶人編(昭和26年刊、創元社)を傍らに置いた。というのも、両書が挙げる茶人が重複しているからだ。
とは言え、本書は茶道の源流から近世の茶人を通して日本史を見ようとしているのに対して、後書は茶道の流派毎の茶人伝なので、取り上げられた茶人に若干の違いはある。
本書の「第一章 喫茶の起こり」の陸羽・永忠・空也・栄西・明恵・叡尊(但し、彼等は各茶人伝の中で言及されている)、また「第五章 近世の茶人」では四名を除き、後書にはない。編集方針の違いである(因みに本書が取り上げた茶人は53名、後書は145名)。
しかし、各茶人についての記述は後書の方が断然豊富である(本書は読売新聞に連載されたものを再編したもので、自ずと文字数に制限があったのだろう)。
さて、読後感。両書を読む限り茶道(および茶人)というのは、侘び・寂びにはほど遠い生臭いもので、権力闘争の蔭の主役だということである。
で、今の茶道は? 心配しなくてもいいようだ。今の政治家も経済人も茶室の作法も知らないし、そうした教養も無さそうだ。と言っても、60、70年前にはそういう人達が多勢いたのだが……。同じ事はお茶のお師匠さんにも言えるかもしれないが。  

 


無名の虎

2012-11-08 15:18:15 | 日記

仁志耕一郎著  朝日新聞出版刊

本書は、武田信玄が築いたとされる「信玄堤」を実際に担当した、二人の川除(かわよけ)普請奉行が主人公。舞台は、甲斐の国に毎年氾濫を起こした釜無川、笛吹川、御勅使川(みだいがわ)。彼等の奮戦は約二十年に及ぶ。
堤の完成に信玄が二人を賞賛しつつ、そろそろ役替えしようかという問いに応えた言葉が素晴らしい。敢えて引用はしない。しかし、著者の胸の裡には東日本大震災があったのだと思う。
ただ、残念なことにここにはお金に関する話が出てこない。こうした土木事業には資金調達とそれに纏わる利権争いがあるものなのだが、それに触れられていない。ここらが書き込められると、リアリティーが出ると思うのだが。信玄が治める甲斐という国の特殊性かどうか分からないけれど……。


江分利満家の崩壊

2012-11-07 15:23:31 | 日記

山口正介著   新潮社刊

山口瞳の夫人・治子さんの看護とその最後を看取った、一人息子・正介氏の奮闘記である。
我が儘な母親、それも高齢の母親を見送るまでの苦労は、つい最近までその渦中にいた私には良く分かる。
それにしても「家族」というものがどれほどの重みを持つものか、身につまされる話である。逆に言えば、それに耐えてこそ「人」だと言える。誰もが程度の差はあれ、そうしたものを抱えているのであり、そして大半の人々はそれをなんとかこなしているのだから。
それにしても『崩壊』というタイトルはちょっと過激ではないか? この一家にはこうした表現が日常だったらしいが……。


これが物理学だ!

2012-11-06 08:16:18 | 日記

ウォルター・ルーウィン著   文藝春秋社刊

本書は、WEBで世界中で大人気のMITでの物理学の講義を書籍化したもの。
読んでいても、実に楽しい。著者が言うように、物理学は実験や数学的手法で実証できることだが、私の経験からしても教師が目の前で実験してくれたのはほんの僅かで、あとは口議で終わっていた。本書で紹介されているような授業だったならば、物理音痴にならずに済んだに違いない。
難しい物理学の原理が、誰でも出来る簡単な実験で出来るところが素晴らしい。要するに物理学とは身近にあることが分かるのは楽しい。これが出来るのは、著者が身体で物理学を知っていることと、わかり易く教えたいという情熱があったればこそなのだが…。難しい専門用語は極力避け、難しい数式も殆どないので安心して読める。
「ビッグバンはどんな音がしたのか(第6講)」なんて、考えてみるだけで楽しい。