ながい坂 上・下      読み返した本 4

2011-01-31 16:16:54 | 日記
山本周五郎著  新潮文庫
『ながい坂』を『虚空遍歴』『樅の木は残った』と合わせて読むと、山本周五郎の意図する所は分かるのだが、これを単独の小説として読むと少々違和感を憶える。
それは、三浦主水正は、何故、あれほどまでに「自分には両親はいない。あの人たちは本当の親ではない」という信念を執拗に持ち続けていられたのか、ということである。しかも、8歳からさ38歳にいたる長期に亘ってだ。長すぎる、というか異常だ。
確かに主水正は将来城代家老として、立派に職責を果たすに違いない。しかし、それは施政官としてであろう。とても、このような感情を持った男が、人間味豊かな名家老になるとは思えない。
すると、思い浮かぶのは先の名城代家老・滝沢主殿である。主水正は、無意識のうちに主殿と同じ道を歩こうとしているのではないだろうか。そう読むと、私にはすっきりするのだが……。

日本の百年企業

2011-01-30 09:50:28 | 日記
朝日新聞編  朝日新聞出版
日本には創業から100年を超える企業が2万社以上、300年以上の企業も400社あるそうだ。世界最古の企業とされるのが、大阪・四天王寺のお抱え宮大工、金剛組。約1400年の歴史がある。そして、この殆どが中小企業だという。
本書はこうした老舗企業の「長寿の秘訣はどこにあるのか」をテーマに、約100社の社長にインタビューしたもの。老舗企業として大事ことを漢字一文字で表すとしてあがった文字のベスト10は「信・誠・継・心・真・和・変・新・忍・質」だった。
その中で印象に残った一言紹介したい。「できませんとは言わない。自分の都合で仕事しない」(秋田県・小松煙花工業・小松社長)、「問題や課題がなかった時代はない。改革が積み重なり、『伝統』や『歴史』ができる」(山形県・菊地保寿堂・菊地社長)、「暖簾は守るな、暖簾を破れ」(愛媛県・水口酒造・社訓)。

悪名の棺 笹川良一伝

2011-01-28 14:39:44 | 日記
工藤美代子著 幻冬社刊
かなり迷って買った本。著者は『われ巣鴨に出頭せず』(中公文庫)で近衛文麿と天皇の関係を見事に書ききった人であるが、主人公が主人公だけにどうかな、と懸念したのが当たってしまった。
確かに並外れた商才というか、金儲けの嗅覚の素晴らしさ、そして女性にもてたこと(仏壇には、関係した女の名が記された短冊が70以上並んでいた)、にもかかわらず自身は質素な食生活(目刺がおかずで、他は吸い物だけ)。徹底して贅沢を嫌った。
にもかかわらず、あれだけの活躍を見せたのだから、まさしく「昭和の怪物」と言っていい。
しかし、誰もが知りたかった、笹川良一に纏わる金の話がすっぽり抜けている。無理もないと思う。書くには早すぎたのだ。

 


遺伝子医療革命ーゲノム科学がわたしたちを変えるー

2011-01-27 15:26:08 | 日記
フランシス・S・コリンズ著 NHK出版
ぜひ、一読を薦めたい本(但し、400ページ近くあり、私は1週間もかかったが……)。
これは、ヒトゲノムのDNA配列決定が2003年に終了してから、現在までに何が分かったのかの現状レポートである。著者は、1993年から2008年まで米国立ヒトゲノム研究所長で、在任中に国際ヒトゲノム・プロジェクトの代表つとめた人。そして現在は米国衛生研究所(NIH)の所長。
ヒトゲノムが全て解析され、その後次々に、様々な病気の遺伝子が見つかり、遺伝子治療が喧伝されている現在、あたかも全ての病気が治る(直るではない)と思い勝ちである。
しかし、著者は「そうではない」と言う。明らかになったこともあるし(治せる病気もある)、解明できていない(治す方法が見つからない)こともある。著者は今現在「なにがわかって、なにがわかっていないか」を知ってほしいと言っている。
IQを高めたり、天才を育てる遺伝子はいまのところ見つかっていないし、逆に肥満や高血圧を促進させる遺伝子は確実にあることが解っている。
一見難しそうなタイトルだが、この本の凄いところは、あくまでも患者の視点から書かれていることで、難しいところを読み飛ばしても主旨はたいへん分かり易い。
いますぐ私たちにもできることがある。それは著者が繰り返し述べていることでもあるのだが、家族、一族を含めた病歴の系図を作っておくことである。一族の遺伝子を受け継いでいる我々は、それらのどれかに罹る可能性あるからだ。遺伝子医療が急速に発展している今、それを医師に見せれば、適切な診断を受けられる可能性も高いというわけだ。

三屋清左衛門残日録      読み返した本 3

2011-01-26 15:16:57 | 日記
藤澤周平全集 第21巻所収 文藝春秋刊
主人公は言わば、定年退職したやもめの物語である。勿論、成人した跡継ぎはいるし、嫁も孫もいる。他の子等はおのおの養子、嫁にやり、武士の家の家長としての義務を果たし、申し分のない境遇にいる。
この小説の読み所はストーリーにあるのではなく、行間にある。隠退した男の様々な心境が微妙な色合いを帯びて展開していく。但し、後半やや華々しい結末を迎えているが、こうしたことが誰にでもあるとは思えない。
合間あいまに出てくるフレーズの数々が素晴らしい。
たとえば、「子等のことはうまく片付けたと思っていたが、親というものは子供の心配から、どうやら死ぬまで免れないものらしい」とか。あるいは風邪でひと月も寝込んだ後「嫁が献身的に看病してくれたから治った。しかし亡妻がいたら、こんな物食えるかと膳を倒していただろうに……」と述懐するあたり。
そして、馴染みの小料理屋の女将との淡い恋情(こういうことも偶にはなきゃな)、若い日々のあれこれの悔やみと反省。老いと孤独。
どうやら、人は老いて気楽な余生を迎えると言うのは、難しいものらしい。温泉でビール片手に、泌み泌みと読みたい本。



沙門空海唐の国にて鬼と宴す  読み返した本 2

2011-01-25 16:26:52 | 日記
夢枕 獏著 徳間文庫
足掛け18年で完結した本。読者は堪らない。結局全4巻揃えて読み直す破目になった。著者は主人公空海と共に入唐した最澄(天台宗開祖)について面白い指摘をしている。空海(後の弘法大師、真言宗開祖)は自費で留学し、すでに唐語マスターしていたのに対し、最澄は官費で、しかも専属の通詞を同伴していた。そうした最澄を「経典を買いに来た商い人」と言う。事実、最澄はわずか1年で帰国している。一方、空海は2年かけて修業し、密教の第八代阿闍梨の伝法灌頂を7代恵果より受けている。 閑話休題。
ストーリーでは確かに鬼と宴をしているのだけれども、本当の主題は「楊貴妃は果たして幸せだったのだろうか」という一点にあるのではないだろうか。それを白楽天(白居易)を語り部に語らせているように思える。詰まるところ、これは作者の楊貴妃へのオマージュだと思えてならない。
それにしても「長恨歌」とは。中学時代、漢文の授業で嫌やと言うほど読まされた(1学期に及んだ)。「天に在りては 願わくは比翼の鳥と作り 地に在りては 願わくは連理の枝と為らん」とは、「君たちが大きくなって結婚した初夜の掛け布団の模様がこれなんだよ」と教えられ、黄色い悲鳴を挙げていたのが、今は懐かしい。

アレックスと私

2011-01-24 08:56:43 | 日記
アイリーン/M・ペパーバーグ著 幻冬社刊
アレックスとはオウム目インコ科の鳥、人の言葉よく真似る鳥として有名だ。ここまで書けば知っている人は、知っているはずだ。「鳥は思考して話す」ことを証明した彼だ。50の物体、7つの色、5つの形、数を6つまで数えられた。英語で100語以上の単語を使いこなせたという。
著者は比較心理学者。彼女はバード・ブレイン(もともとは知能が低いことを蔑むときに使う言葉)という言葉の印象を根本的に変えた。アレックスは2歳児の感情と、5歳児の知性を持っていることが証明されたのだ。
ただ、ここまでの道程は並大抵のことではなかったようだ。まず、研究費が思うように集められなかった。さらに、論文を発表させてもらえなかった。それもこれも「バード・ブレイン」に原因があった。鳥に知能があるはずがない。ただ、意味も分からず真似しているだけだ、という偏見のせいだ。
そして感心するのは、そういう偏見をものともしないで、研究費を出してくれる所もあるのですねぇ。
アメリカの懐の深さを感じた次第。


ホーキング、宇宙と人間を語る《THE GRAND DESIGN》

2011-01-19 14:56:44 | 日記
スティーブン・ホーキング レナード・ムロディナウ共著 エクスナレッジ刊
読了まで20日もかかってしまった。それにしても、相変わらず難しい。でも、05年に発表された『ホーキング、宇宙のすべてを語る』(ランダムハウス講談社)に比べれば、わかり易く書いてあるような気がする、と思うのは自惚れだろうか。
この本の結論は「宇宙は神によって創られたのではなく、物理法則によって自然に作られるのだ」ということに尽きる。
西欧の多くのキリスト関係者が「宇宙は、地球は、人間は神によって創られたのだ」と主張しているのに対し、「では誰が神を創ったのか?」とホーキングは切り返す。さらにこの主張に対し未だ明確に答えを出していない哲学に対して「現代において哲学は死んでしまっているのではないでしょうか。哲学は現代の科学の進歩、特に物理学の進歩についていくことができなくなっている」とさえ決め付けている。
第1章「この宇宙はなぜあるのか?」、第2章「自然法則はいかに創られたのか?」、第6章「この宇宙はどのように選ばれたのか?」、第7章「私たちは選ばれた存在なのか?」といった章立てをみれば、ホーキングの意図するところは一目瞭然である。
ホーキングは「死んだ哲学」者に代わって自ら哲学を語り始めたのである。
宇宙も、地球も、そして人間も、その誕生は厳密な物理学の法則から説明でき、それはコンマ数パーセントの狂いがあっても存在しなかったものなのだ。
リチャード・ドーキンスではないが「神は妄想」なのである(『神は妄想である』早川書房)。
もう一度、読み返さないといけないなぁ。

女哲学者テレーズ

2011-01-18 16:12:37 | 日記
作者不詳  関田和彦訳  人文書院刊
本書はサドの『悪徳の栄え』や『バルカン戦争』等と並ぶポルノグラフィーとして世界的に知られている一書。しかし、多分に誤解されている部分もある。挿絵だけが(26点もある)が別刷りで販売されていたことも影響しているのかもしれない。原書は3部構成で、すでに抄訳、邦訳が出版されているが、今回はフランス国立図書館の原本からの完訳である。
挿絵集はともかく、本文を読んだ限りではこれは宗教書だと言っていい。確かに露骨な描写(今日からみれば他愛ないものだが…)はあるものの、全体の6割近くは神、道徳、人間の本質についての宗教問答で占められている。もちろん、ここで言う宗教とは「キリスト教」なので、日本人の我々には馴染み難い部分もあるが、本筋は理解できる。
これは明らかに政権の中枢にいる貴族、知識層、宗教関係者を対象にしたもので、一般庶民はエロチックな部分を拾い読みしただけなのだろう。
ポルノグラフィーと思って読む人は、まちがいなく退屈する本。

137ー物理学者パウリの錬金術・数秘術・ユング心理学をめぐる生涯ー

2011-01-17 09:26:01 | 日記
アーサー・I・ミラー著 草思社刊
精神分析学ではジークムント・フロイトと双璧をなすカール・ユングと、排他原理の発見・ニュートリノの存在予測・CPT定理等の発見で知られるノーベル物理学者ヴォルフガング・パウリ。どう考えても二人は結びつかない。この本を手にした時の第一印象だった。
それに、物理学と錬金術・数秘術・心理学というのも水と油もので、違和感を憶える。おまけに「137」だ。カバー袖には「137とは、宇宙のあり方を支配する数、『微細構造定数』をあらわす」とある。
というわけで、殆ど内容が見当つかないまま読み始めた。たいていは見当がつくものなのだが……。
結論は。面白かったですよ。時には薀蓄をかたむけられる雑学めいた記述もあったりして。細かいことは書きません(長くなるので……)。
お勧めです。ただし500ページ弱がサブタイトルのようなジャンルの話ですので、長丁場は覚悟して。