大人になった虫とり少年

2012-08-31 15:43:47 | 日記

宮沢輝夫編  朝日出版社刊

読まなければ良かった。
本書に登場する人達は、アーサー・ビナード、養老孟司、山本東次郎、奥本大三郎、海野和男、白川英樹、岡田朝雄、中村哲、藤岡知夫、福岡伸一、北杜夫、茂木健一郎の諸氏。いずれも、虫取り少年であると同時に今も現役の人達である。そして著作も大抵のものは読んでいる。
そして、私も虫取り少年だった。彼等が苦労して補虫網や標本箱を手に入れたと同じような経験をして来た。白川英樹氏が言っているように、今は品川区に移転した志賀昆虫普及社の補虫網や虫ピンを手に入れたくて、何度店の前を行き来したか。いや、それどころではない。東京生まれの虫取り少年にとっては聖地だった高尾山、小仏、影信山に何度足を運んだことか!?
そして、登場した藤岡氏の図鑑にどれくらい世話になったか。今思うと、懐かしいどころか慙愧に耐えない。
「少年よ大志を抱け」という名言があるが、今の私には「少年よ大志を忘するるな」としか聞こえない。
なぜ、私は虫取りを捨てたのだろうか。今でも図鑑を見るまでもなく、蝶や昆虫の名前は分かるし(国内産に限るが)、蝉くらいならば素手で捕まえられるというのに……。
本当に読まなければ良かった。この歳でこんなに後悔するとは思ってもいなかった。心当たりのある人、読まないほうがいいですよ。因みに、編者も虫取り少年。文章がツボを押さえているだけに、一層その想いを強くする。


FBI秘録

2012-08-28 15:15:45 | 日記

ロナルド・ケスラー著  原書房刊

本書には、日本ではあまり知られていないエピソードがたくさん掲載されているが、読みどころは唯ひとつである。
犯罪を追う組織といえども、その長官が誰でも正義感に溢れた進取の気概に富む人物とは限らないということである。教養・思想・人格・女房(何故かアメリカにはこれが多い。大統領を筆頭に官邸や部下が女房に振り回された例は多い)、そして、官僚主義(FBIの存在理由とは無関係に、出世スゴロクの上がりだとしか思っていない)次第では、全く機能しないどころか組織の存続すら危ういことさえあった。
本書で一番驚かされるのは、9・11のテロ事件である。この時点でFBIのIT関連はお粗末極まり、インターネットですら使いこなせていなかったらしい。というか、コンピュータシステムそのものが民間のレベルから数世代も古いものだった。それもこれも、偏に長官の運営方針(というか、長官のIТ音痴)の結果だった。
本書は、組織の長たる人間はどのような資質を持っていなければならないかを教えてくれる。我々日本人も、ついこの間検察庁の偏見に満ちた組織運営を目の当たりしたばかりだ。対岸の火事と傍観しているわけにはいかない。


100の思考実験

2012-08-23 15:13:21 | 日記

ジュリアン・バジーニ著  紀伊国屋書店刊

本書にはタイトル通り100の問いが挙げられているが、著者は「これが正解」というものは提示していない。その代わりに幾つかの回答を挙げ、各々に尤もと思われる主張・根拠をあげている。
著者の言わんとするところは明白である。
例えば、今身近かな原発を考えてみよう。「原発ゼロ」に反対するのは難しい。しかし、その結果、関係する部署に勤めていた人々は解雇されるかもしれない。自分の失業を賭けても反対できるか? 輸出大国の日本には大量の電力が必要な企業が多くあるが、「原発ゼロ」が外貨獲得に支障を来たし、企業縮小→失業という問題が浮上するかもしれない。それを、甘んじて受け入れるのか?政府が対応するべきだ、という意見も出るだろう。しかし、原資があってこその話で、金がなければ税金という形で我々にボールが投げ返されるだけだ。 
まだある。代替エネルギーとして風力発電あるいは潮汐発電があるという意見も出てくる。しかし、自然保護の人々から渡り鳥が犠牲になる、回遊魚に悪影響が出るから反対という主張が出るかもしれない(これも反対はできない。渡り鳥や回遊魚を犠牲にしても構わないなんてとても言い張れない)。
つまり、幾通りも回答はあるし、それに反対する根拠もまた幾通りもあるのだ。しかし、万人が納得する正解を出すのは難しい。
本書は、哲学とは何を考える学問かの入門書のようなものである。「哲学は難しい」というのは容易いが、こうした問いに応えるのはそれよりも難しい。
涼しくなったら読むといいと思う。この糞暑い今読んだため、思わぬ時間を取られた。


極秘特殊部隊 シール・チーム・シックス

2012-08-21 14:57:44 | 日記

ハワード・E・ワーズディン、スティーブ・テンプリン著  朝日新聞出版刊

パキスタンでオサマ・ビンラディンを暗殺したアメリカの特殊部隊に所属していた、エリートスナイパーの生い立ちから、入隊、戦闘記録、負傷して退任し、そこから立ち直り、医科大学で博士号を取得、カイロプラティック師として再生した人の自伝である。
こういう部隊に志願した軍人らしい、簡潔で時にぶっきら棒な記述が、彼が所属していた部隊をリアルに浮かび上がらせて来る。世界の主要国にはこうした部隊があるそうだから、日本にもきっとあるんだろうな。
勿論、彼等にも人を殺すジレンマはある。それに悩み隊から離脱する人間もいる。そこを自分にどう納得させるかが、重要な問題になる。その辺が読みどころか。
この夏のくそ暑い時に読むには、いい本だな。


開高健 ポ・ト・フをもう一度 

2012-08-16 15:18:42 | 日記

山野博史編  KKロングセラーズ刊

編者によれば、本書が単行本未収録資料のみからなる開高健文集の悼尾だそうで、これで枕を高くして眠れる。
それにしても、対談の「あゝ、懐かしきはデュヴィヴィエさま」。良かったなぁ。話者は開高健・手塚治虫・虫明亜呂無・荻昌弘の4人。テーマは昭和20年代の洋画についての話。
吾ながら不思議なのだが、ここに出で来る洋画は殆ど封切りの時に観ているんだな。一部は二流舘で観たものもあるけれど。というか、ほかに観る手段がなかったのかもしれないが。4人の方達のように映画通ではないから(子供だった)、俳優の細かな演技までは印象にないが、アラン・ドロンの食事のマナーはきれいだけれど、俄か仕込みの感がしてたいして洗練された男ではないとか(一緒に観た親父が教えてくれた。勿論、その後でマナーの講釈が延々とあったのだが…)、開高健ではないけれどジーナ・ロロブリジータの腋毛にもやもやしたり、ジャン・ギャバンの渋さに憧れたり。
あの時代、洋画は誰にとっても新鮮だったんだと、改めて思った。観ておいて良かった。

 


ネアンデルタール人 奇跡の再発見

2012-08-15 08:12:39 | 日記

小野 昭著  朝日新聞出版刊

ちょっと興奮する本。ネアンデルタール人の骨が発見されたのは1856年。しかし、その出土地点は産業革命期石灰岩採掘でまった真っ平され、正確な位置は失われてしまった。それから143年後、ふたりのドイツ人科学者によって再発見されたのである。しかも、そこから発見された人骨3点が、1856年に発見された人骨の欠けた部分にピッタリと接合したのである。そう、正に奇跡と言うしかない。
ところで、ふたりがこれほど苦労して出土地点を探したのか(本書を読んでください)、それは例の日本人の「神の手」を持つとかいう似非考古学者の偽装事件が原因になっている。化石はどの地層から発見されたか、付随して発見された石器や植物の種子によって正確な時代を特定するものである。これがないと、所謂「伝……」となってしまう。
成果はこればかりではない。ほかに二体分のネアンデルタール人の骨も発見したのである。これでネアンデルタール人が集団で暮らしていたことも分かったのだ。
いずれ二人の著書が翻訳されると思うが、ぜひ読みたい。
この過程で、思わぬ成果もあった。当然人骨の特定にはDNA分析も行われたのだが、1997年のミトコンドリアDNAの塩基配列分析では、ネアンデルタール人と現生人類は遺伝的には無関係、つまりネアンデルタール人は現生人類への遺伝に寄与することなく絶滅したという結果だった。ところが、2010年にクロアチアで発見されたネアンデルタール人の人骨の核DNA分析では、全ゲノム配列によればアフリカを除く現代人のゲノムの1~4パーセントはネアンデルタール人との交雑の結果を示しているという。
つまり、また新しい問題が提起されたのである。ネッ、かなり熱くなる話でしょう! 久しぶりで興味深々でページを捲りましたよ!


本朝甲冑奇談

2012-08-12 15:34:52 | 日記

東郷 隆著  文藝春秋刊

中途半端。甲冑についての取材記録ないしはその抄録だとしても、専門用語が多すぎる。もし、それが著者の目的だとすれば、写真もしくは図版があって然るべきだが、一点もない。
逆に、甲冑に関しての短編集だとすると、各章に起承転結がなくこれまた中途半端(タイトルの「奇談」が活かされていない)。それに、多分取材で知り得たことを全部書こうとしたからだろうが、全体として一貫性がなく余計な記事が多く冗漫だ。
同じ素材を扱うのならば、もう少し丁寧な構成が欲しかった。できれば、冒頭の発想に基ずいて写真や図版を多用した本にして欲しかった。そうすれば時代小説ファンにとっては、もうひとつ読む楽しみができる。


江戸の天才数学者 ー世界を驚かせた和算家たちー

2012-08-10 08:13:46 | 日記

鳴海 風著  新潮選書

ここに挙げられた八人の和算家、吉田光由・渋川春海・関 孝和・建部賢弘・有馬頼ゆき・会田安明・山口 和・小野友五郎の内、何人知っているだろうか? 私が初めて聞く遊歴算家という和算家の山口 和だった。小野友五郎は良く知っていた積もりだったが、勝海舟の海援隊絡みであって、和算家としての前半生は初めて知った。
それにしても、である。200年余に及ぶ鎖国時代にあったにも拘らず和算の世界ではベルヌーイ数の発見(関 孝和)、円周率自乗の公式(オイラーより15年早い。しかも小数点以下、下41桁の正しい結果)などを解明していたのだ。使える道具は筆と墨、定規、そして算盤だけである。考えてもみて欲しい。円周率を出すために円に内接する正多角形を描く作業を。どれほどの時間がかかったことか(江戸初期の和算家・村松重清は正38、2768角形を描き、小数点以下21桁まで計算した。実際は小数点以下7桁まで正確だった)。
こうしたことが実現したのは、専門家だけでなく素人も和算に興味を持っていたからだ。それを可能にしたのが、「読み・書き・算盤」を広めた寺子屋の存在であった。
翻って現代を考えると、算盤塾が廃れたのと、電卓の蔓延が問題なのかも知れない。端的に言って、今の子供達の数学力の低下はここにあるのではないか。歴史に学ぶべきかもしれない。


地図で読む『古事記』『日本書紀』

2012-08-08 15:22:36 | 日記

武光 誠著  PHP文庫

タイトル通りに地図が役に立っているとは思えなかった。勿論、『古事記』や『日本書紀』を初めて読む人には旧国名で書いてある土地は見当がつかないだろうから、十分役に立っていると思うが。多分、そういう意図で執筆したのだろう。
ひとつ良かったのは、これまで諸説あった見解に最新の知見から「現在では、これが正しいと言われている」として、全体としてスッキリさせていることではないか。
逆に、地図を改めて見て不思議に思ったことがある。前々から思っていたことなのだが、神武東征である。なぜ、神武は大和に入るのに岡山に留まって、八年も準備しなければならなかったのだろうか。そして、大和に入るのに紀伊半島の南端を迂回して熊野に上陸したのか。紀伊半島を迂回するのはかなりの危険を伴った筈だ。八年の準備期間の結論としてはどうにも納得できない。
根拠はないが、ヤマトにはすでに卑弥呼がたてた邪馬台国があり、神武を阻んだ長髄彦は卑弥呼の弟だとすると、俄然おもしろくなるのだが、それはないか。でも、もうひとりの「ハツクニシラススメラミコト(崇神天皇)」だつたとしたら、彼は大和を平定したというから……妄想はどんどん膨らむ……。

 

 


ヒマラヤを越える子供たち

2012-08-08 09:21:01 | 日記

マリア・ブルーメンクローン著  小学館刊

実は、「うつ病」の本の前に読了していた本。
この本のメインテーマは、たった6才から18才の子供達6人が6000mのヒマラヤを粗末な運動靴と簡素なアノラック、そして手袋も持たず、チベットから亡命した感動的な話である。それを手助けした亡命請負人や、インドに着いた子供達を親身に世話した人々も素晴らしい人達だ。
唯、ブログに書くのを躊躇ったのはその背景である。何故、年端もいかない子供達が言ってみれば着の身着のままで亡命を決意し、ヒマラヤを越えなければならなかったのか、なぜ両親は同行しなかったのか?
その根底にあるのは、現中国の厚顔無恥な領土拡張主義である。ここまで来て、ブログを書くのを止めたのだ。自分がかなり過激なことを書く予感がしたからである。書いてもいい。しかし、それには私には詳細なデータが不足している。
読んでいて子供達になんとかしてあげる方法はないのかと思い悩む一方、腹が立って読んでいる間中不愉快な気分を味わった。
しかし、中国が覚醒するのはまだまだ先のことだろうな。