伏見稲荷の暗号 秦氏の謎

2012-12-30 15:24:43 | 日記

関 裕二著   講談社刊

テーマはいい。しかし、このページ数(298頁)で消化するにはテーマが大きすぎる。著者が挙げたテーマのひとつは、乙巳の変以後歴史の表舞台から姿を消したのは何故か、である。もうひとつは、稲荷信仰と八幡神がなぜこれほどまでに日本全国に広まったのか、である。さらに、秦氏が被差別民族に貶められた理由である。
なかなかユニークなアプローチではあるけれど、決定的な根拠に欠けている。一応それらしき傍証が挙げられているが、資料のいいとこ取りで、しかも著者の主観が入り込みすぎている。二つ目のテーマに至っては、庶民の間に広まったプロセスが全く証明されていない。要するに、舌足らずなのである。
テーマはこれからの研究が待たれるものであるが、著者のアプローチは雑すぎて独りよがりのように思える。


系統樹曼荼羅

2012-12-28 15:12:01 | 日記

三中信宏・杉山久仁彦著  NТТ出版刊

楽しい本である。ごく一般的に言って系統樹というとダーウィンの生物の系統樹、メンデルの遺伝系統樹、家系図あたりではないだろうか。本書には実に様々な系統樹が掲載されている。中には漫画のキャラクター・漫画家の系統樹なんてのもあってなかなか面白い(但し、タイトルにもなっている仏教の曼荼羅はひとつも登場しない。曼荼羅は仏の系統樹だと思うのだが。どうやら曼荼羅は比喩的に使われているらしい)。
唯、難を言えば掲載されている系統樹に引き出し線をつけて日本語訳を付けて欲しかった。ギリシャ語もドイツ語もフランス語も知らないし、辛うじて英語は分かるもののこう他分野に亘ると手に余る。
日本語訳が付いていたのならば、もっと楽しめる筈だったのに。書籍化するのならばその労を惜しまないでほしかった。とくに図版担当のプロがいるのだから、レイアウトも版型も十分配慮できたはずなのに。画龍点睛を欠くとでも言うべきか。


パンデミック新時代  ー人類の進化とウイルスの謎に迫るー

2012-12-25 15:26:28 | 日記

ネイサン・ウルフ著   NHK出版刊

もしかしたら、かなり怖い本を読んでしまったのかもしれない。
まずはタイトルから。バンデミックとは、感染症が世界的規模で流行すること。例を挙げれば黒死病(ペスト)、鳥インフルエンザ、かつての天然痘(撲滅された)等。これに対して、特定の地域や集団での流行はアウトブレイクという。エボラウィルス出血熱、ラッサ出血熱等。HIV(エイズ)はアウトブレイクからバンデミックに昇格(?)した感染症だと言える。
怖いのは感染症を媒介するのが、ウイルスだということである。ウイルスは微生物の中で最小なものだ。つまり、容易には発見できないということ。しかも、未知のウイルスはとてつもなく多い。ということは、いつアウトブレイクしたり、最悪の場合はバンデミックに至る感染症が起こる可能性が何時でもあるのだ。
この最大の要因は我々の食生活にある。ごく最近の例でいえばBSEであろう。その詳しい経過は本書を読んでほしい(タイトルの「新時代」とは、このことを指す)。
著者も言う。「微生物の脅威について考えると、私は眠れなくなる」。私もこれを読んで怖くなった。極端なことだが、望むと望まざるを得ず、ヒトはウイルスの培養器なってしまったのかという恐怖に襲われたのである。

 


数字の国のミステリー

2012-12-21 08:33:30 | 日記

マーカス・デュ・ソートイ著   新潮社刊

数学のミレニアム問題のうち5問題、リーマン予想、ポアンカレ予想、NP完全問題、バーチ・スウィナー=ダイヤー予想、ナビィエ・ストーク方程式と聞くと、「分かっねぇ!」と思う人が大多数ではないか。
しかしだ、例えば真円に限りなく近いサッカーボールを作るのにどんな型の皮が何枚必要かという問いに、無関心ではいられないサッカーファンは多い筈だ。ルーレットやポーカーに必勝の手はあるか? と問われればギャンブラーは黙っていられない(勿論、解答も載っている)。クレジットカード、携帯電話の番号の秘密を守るのは可能か? ゴルフボールの飛距離を伸ばす、サッカーボールを確実にゴールする、誰もが関心ある問題だ。
実は、本書はこれらに関する数学的アプローチをわかり易く丁寧に説明してくれる本である。なにより、数学嫌いの人にも分かりやすい身近な問題から説明されているので、問題の全体像がすっきり頭に入る。
しかもだ、あなたにヒラメキと根気があれば賞金100万ドルを手にすることも夢ではないのだ。
因みに、ベストセラーになった『素数の音楽』の著者である。


私の歌舞伎遍歴 -ある劇評家の告白ー

2012-12-18 08:36:22 | 日記

渡辺 保著   演劇出版社刊

歳の差が経験の差に結びつくのは当然の話だが、歌舞伎の名優の演技を劇場で実際に観たかどうかはどうしようもないのだが、どれほどのものだったか思っただけで口惜しい思いに苛まれる。
例えば、十五代目の市村羽左衛門は観てもいないし、音吐朗々だと言われている美声も聞いていない。初代中村吉衛門には辛うじて間に合った。花道でみた脛の美しさは憶えている。しかし、観たのはたった二度だった。
先々代の勘三郎が大根(と、お袋達は言っていた)から、押しも押されぬ名優に化けた過程はつぶさに観た。そして、先代の勘三郎が親父に段々似てきて、ここで名人になるかという期待が潰えた口惜しさも味わった。
しかし、あの役者の見得は以後誰も継承していない、その素晴らしかったことと言われても……観ていないのだから、唯、口惜しいと思うしかない。なんとも口惜しい思いをするしかない本である。不遜なようだが後は著者の天命を超えて長生きし、「何代目の見得は、今の役者には到底真似できない」と呟く以外にこの口惜しさを買い解消できる方法はない。
せめて十年早く生まれていたのならば、一緒に相槌を打てたのに……。


けさくしゃ

2012-12-15 08:58:15 | 日記

畠中 恵著   新潮社刊

「けさくしゃ」、つまり戯作者のことである。主人公は柳亭種彦。本名は高屋彦四郎知久という二百俵取りの旗本。代表作は『にせ紫田舎源氏』、『邯鄲諸国物語』。この人、戯作名が多い。にせ紫楼・愛雀軒・足薪翁などがある。本書ではデビュー時に夏乃東雲を名乗っている。なぜ複数の戯作名を持っているのかは、本書を読めば分かる。
軽く読めて、同時に江戸後期の出版界のシステムが分かる構成になっている。ただ、小説としては物足りない。登場人物を十分に活かしきっていないし、柳亭種彦という人物を深くは書ききっていない。まっ、この作者の持ち味なのかもしれないが。


社会のなかに潜む毒物

2012-12-08 09:17:18 | 日記

Anthony T・Тu 編著<科学のとびら51>  東京化学同人刊

少し難しい本かも知れない。しかし、「日常生活に潜む毒物」(第一章)というタイトルの細目のなかにダイエット薬、解熱鎮痛剤、バイアグラ、プラスチックボトルウォーター、シックハウス、有機リン酸系農薬といった項目をみるとエッと驚いて読みたくなるのではないか。
これらの中には健康食品として売られているものが多いが、それは「薬」として広告できないからだ。勿論、中には確かに効くものもある。しかし、長く服用したり、大量に摂った場合、身体に悪影響を与えるものが多いことも知っておくべきである。また、サプリメントとして流行のコラーゲンのように化学的には有効のように思われるものも、実は身体を素通りして排出されてしまうものもある。
こうしたことを納得するには、本書に掲載されている化学構造式が役に立つ。大抵の読者は化学式は苦手だと思うが、例えばダイエット薬の中には覚醒剤と全く同じ成分に身体に影響のない余分な分子が一つか二つ付いただけのものがあったりする。一度、億劫がらずに化学式を見てみて欲しい。
大抵のこの手のものは、効いたのではなくいわゆるプラシーボ効果(偽薬)、つまり心理的なもので、多くは広告や無責任な口コミによるものだということを肝に銘じておくべきである。


新古着屋総兵衛シリーズ

2012-12-04 14:55:22 | 日記

佐伯泰英著   新潮文庫

実は、私が読み始めたのはこちらの方。そのシリーズ第三巻を読了した時点で、本書の前身である『古着屋総兵衛影始末』(全十一巻)から読み直すことにした(吾ながら遅きに失した、と悔やんだ)。
主人公は、江戸富沢町を創始した実在の人物。なにしろ、話は江戸幕府草創からおそらく江戸幕府末期に及び、新シリーズは幕府開闢から二百年の頃から始まっている。著者は前作と整合性を持たせたと言っているが、話の展開に付いて行くには舌足らずだ。もし読むのならば前作の第一巻から読むことをお勧めする(書評がいけない。前作を読んだ人を対象にしているからだ)。
ストーリーの展開は軽快でテンポがいい。どこか山田風太郎や柴田錬三郎を彷彿させる、なかなか面白い本だと思う。
暮れから正月に読むには最適な本かも知れない。