はかぼんさんー空蝉風土記ー

2012-09-28 15:31:00 | 日記

さだまさし著  新潮社刊

さだまさしは、私の中ではあくまでも歌手だった。しかも、彼の歌をしっかり聴いたことはない(家人に言わせれば、世代が違うそうだ)。つまり、私は迂闊にも彼が書き手だとは知らなかった。
読んだ第一印象は、見事な書き手だということだった。そして、彼のバックボーンにある博識も生半可ではないことに驚いた。十分楽しんだ。
テーマがいい。正に半村良の世界である。しかも、半村良のように話は異次元、異空間には飛ばない。あくまでも、現時点に止まり、しかも自分が見聞きした範囲に限っている(というか、そう設定している)。
何よりいいのは、不思議なもの・ことを不思議なことだと肯定し、余計な薀蓄や解説を加えていないことだ。多分、読者は「ああ、そう言えば聞いたことがある」と首肯するのではないだろうか。とても歌手の余技とは思えない。次の作品を期待したい。


誰も知らなかったココ・シャネル

2012-09-24 08:37:09 | 日記

ハル・ヴォーン著  文藝春秋刊

さり気ないタイトルだが、腰巻に「ナチスのスパイだった!」とゴシックで書いてあるので、気を引く。
しかし、どうもよく分からないのは彼女がスパイになった動機である。修道院で反ユダヤ教育を受けたことが原因としているが、読んだ限りでは希薄なように思う。乱暴な言い方をすれば、彼女の男好きと有名人好き、それとファッションと香水で稼いだ莫大な資産を基にした華麗な人脈にナチスが目を付けたということらしい。どの程度スパイとして業績?を挙げたかは詳しくは書かれていない。
しかも、戦後スパイ容疑で法廷に立ったものの、その華麗な人脈の助けで無罪となる。しかし、彼女がスパイとしてナチスに登録されていたのは事実で、フランス、ドイツ、ソ連、イギリス、アメリカなどの機密解除文書で明らかにされている。
ココ・シャネルがナチスのスパイだった、という一点で読ませる本。


ゼロからわかるブラックホール ー時空を歪める暗黒天体が吸い込み、輝き噴出するメカニズムー

2012-09-19 15:23:03 | 日記

大須賀健著  講談社ブルーバックス

ブラックホールについて初めて知ろうという人には最適な本。なにしろ、小難しいことは一切省略してある(必要十分条件の中で。ここまでしていいのか、というくらいに)。というのも、ブラックホールを理解するためには、最低ニュートン力学、アインシュタインの一般相対性理論、量子論の知識が必要なのだが、とてもではないが、文系出身者には手が出ない。
しかし、著者は実にスムースにブラックホールの存在から、その理論的裏付けの歴史、そしてブラックホールの発見、更に現状の研究段階まで記述してくれる。勿論、私はこれに関しては何冊も関連書を読んでいるので、少し端折りすぎではないかと思う箇所もあるが、全体像を掴むにはとても助かった。
しかし、著者も「あとがき」で言っているが、これは勇気と勉強のし直しが必要で物凄く苦労した、というのは頷ける。わかり易く書く、これはたいへんなことだ。著者の努力は認められていい。


虐待と微笑 ー裏切られた兵士たちの戦争ー

2012-09-18 15:16:34 | 日記

 

吉岡 攻著  講談社刊

本書は「9・11テロ事件」にまつわる捕虜虐待事件の顛末を書いた本。最後まで読むのは物凄く辛かった。
平和のための戦争だとか、正義のための戦争などと言うのは、戦場に出ない後方の政権や指揮官が言うことで、現実に戦場に立つ兵士にとっては狂気の世界に違いない。大義と狂気が同列だとは言わないが、古代から現代に至るまでこの事実は変わらない。
おそらく人と人の殺しあいの現場にいて、尚平静でいることは到底できないのではないか? それは容認してはいけないが、そうなっても不思議ではない気がする。
本書を読んだのは、イラク戦争の容疑者を収容したグアンタナモとアブグレイブで米軍兵士による捕虜虐待事件は新聞で報道されたものの、その後の結末は報道されなかった。本書のテーマがこれを扱っていたので読むことにした。しかし、兵士が虐待に走ったそもそもの根拠は、米政権上層部が「対テロ戦争の虜囚にジュネーブ条約の権利はない」と断じたことによる。その命令で拷問・虐待に兵士は走ったのだ。だから兵士は無実だとは言わないが、狂気の最中にいる兵士にどこまで理性を求められるか、を考える必要があるのではないか?

 


赤猫異聞

2012-09-12 08:16:08 | 日記

浅田次郎著  新潮社刊

流石、浅田次郎。押さえる史実はしっかりと踏まえている。それにしても、幕末から維新後の市ヶ谷監獄への移行期のデータをどうして手に入れたのか、そちらの方を読んで見たくなった。
押さえるべき史実は押さえ、その上に物語を構築していく、この古典的な時代小説手法が無くなって久しい。テーマは現代、時代は江戸時代の何時か、当時の身分制度やきまり事は無視したお手軽な時代小説が多すぎる。
面白いことを知った。「赤猫」と言えば、火付け・放火犯というのが時代小説の常識だと思っていたが、実は「赤猫」は「江戸の華」だったなんて、初めて知った。
これ以上は、これから読む人のために書かない。僅かな事実(多分…)と虚構が綯い交ぜになった、最近では稀有な時代小説だと思う。オススメです。


老年の価値

2012-09-10 08:08:42 | 日記

ヘルマン・ヘッセ著  朝日出版社刊

ヘルマン・ヘッセを読むのは半世紀振りになる。全集を貪り読んだのは高校生の頃だと思う。モスグリーンの洒落た本だった。出版社は忘れたが(多分新潮社版だったと記憶しているが定かではない)、その頃の私の蔵書では一番大人ぽかった。勿論十代だったから、本書のようなタイトルの括り方だったならば読むことはなかった筈だ。今回思わず手に取ったのは、タイトル通り私も「老年」に近くなり、果たして私には「価値」があるのか? 少々不安になったからに他ならない。
文章と言い、詩といい、やはりいいですねぇ。但し、詩を読んだのは何十年振りだろう。若い時より行間が読めるようになったことが、進歩といえば進歩か? もちろん、翻訳者・岡田朝雄が素晴らしいのですが。因みに岡田朝雄は前々回読んだ『大人になった虫とり少年』に登場した一人、本業はドイツ文学者だったのです。もうひとつ、数ページ置きに配置されている写真が全体を和ませているのだが、撮影者はヘッセの三男・マルティーン・ヘッセ。身内の人だからの優しさに満ちた写真。
本書を読んで尽々思ったのは、老年は何時か次世代に追い抜かれていくものなのだが、そこで愚痴を言ったり駄々を捏ねるのではなく、「老い」の思索を深めて行くというヘッセの姿勢である。曰く、「老年が青春を演じようとするときのみ、老年は卑しいものとなるのです(日本の諺で言う、年寄りの冷や水ですかね?)」。なかなか、誰にでも出来ることではないが、よく考えればそれが出来るだけの経験は誰もが持っているわけで、その知恵を深堀りして行けば、人々に尊敬され卑屈にならないで済むはずなのだ。つまり、「経験を円熟した叡智」に変えることが大切なのだ。
ということで、本当に半世紀振りでヘルマン・ヘッセに酔いました。


異貌の人びと ー日常に隠された被差別を巡るー

2012-09-04 15:09:48 | 日記

上原善宏著  河出書房新社刊

被差別の人びとを扱った本としては、視点がユニークで評価していいと思う(スペイン・バスク地方のカゴ、ネパールのマオイスト、イタリア・コルシカのマフィア、パレスチナ、イラク・バグダットのロマ、ロシア・サハリンのウィルタ人)。、但し、浅い(あとがきによれば、殆どが二十代の頃のものを収録したそうだから、若書きも仕方ないか。現在39歳)。
ただ、気になることがある。著者が「路地(地区)」出身だどいうことが文中でくどいほど出てくるのが目障りだ。
しかし、これは著者の責任というよりも、編集者の責任だろう。本書は書き下ろしではなく、再録なのだから、手を入れる時間は十分あった筈。各章のこの手の文章はすべて割愛して、「前書き」か「後書き」にまとめるべきだった。そのような構成ならば、著者の執筆動機がもっと鮮明に表出したのではないか? あまりにも何度も出てくるので途中から読み飛ばしたくらいだ。総じて、最近の編集者はレベルが落ちた、という印象を新たにした。