猫猿日記    + ちゃあこの隣人 +

美味しいもの、きれいなもの、面白いものが大好きなバカ夫婦と、
猿みたいな猫・ちゃあこの日常を綴った日記です

南半球の生き物!?

2006年01月22日 22時57分15秒 | 猫たち
どうも。
私、南半球に生息します、有袋類です。
いや~、日本は寒いですね。
昨日は雪とやらが降ってびっくりしました。

あ、この袋ですか?
いやね、erimaがね、
「ちゃあこったらあんまり抱っこ抱っこってうるさいから、こんな風に抱っこ紐もどきがあったら、私も両手が使えて楽なのに」
って。
バスタオルで模擬抱っこ紐もどきを形作って試してみているところなんですけど。

結構これが快適で。
なんか最近じゃ、人間の赤ん坊用に、こんな形態のものが流行ってるんですってね。

ワタシも.....
買ってもらっちゃおうかな。

だってえ~。
仕方ないじゃん。
有袋類なんだから。
別に甘えん坊だからってわけじゃないもん。

いやいや。
ワタシ、猫ニャんかじゃありませんってば!
南半球に生息する有袋類ですって。

いや~、日本は寒いですニャ。
春が.....
春が待ち遠しいニャ~。
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雪がくれた贈り物

2006年01月21日 23時51分07秒 | 作ってみた
ゆ~きやこんこん、あられやこんこん。

ずんずん積もる、というほどではないけれど、ここ横浜も雪。
朝、明るくなる頃には一面真っ白な世界で、それが週末に重なる事もあって、ちょっぴりわくわく。
こんなこと言ってたら、豪雪に悩む地方の方に叱られそうだけど.....。
雪が積もり始めたあたりから、なんとなくそわそわして仕方のない私。
いいのか?こんなに降ってるのに、家の中にいていいのか?私!

しかし、まさか仕事から帰宅したばかりのゴンザを置いて外へ飛び出すわけにもいかないし、ジッと我慢。
就寝前のひとときをおとなしく二人でビデオなど見ながら過ごすと、一旦は布団へもぐりこんだのだった。

昼過ぎ。
目を覚ますと、リビングからゴンザの声。
どうやら電話でなにやら話をしているらしい。
会話の断片から察するに、どうやら仕事上の話か。
と、電話を終えたゴンザがひと言。
「今日はお店も臨時休業だ」

え?.....え?
ゴンザ、今日お休みなの?
やった~!
寝起きだというのに、
「やった~!やったあ~じゃあ今日は一緒にあそべるんだね!」
はしゃぎまくる私。
ああ、何をして遊ぼうか。

ま、でもその前に腹ごしらえ。
野菜がたっぷり入った具沢山のお味噌汁に、トロトロに煮た白菜とひき肉、トッピング用に、沢庵細切り、高菜、青ネギ、わかめ、玉ねぎみじん切りを添えた納豆、それにマグロのお刺身。
こんな寒い雪の日になんとなく似合いの朝食を取り揃え、二人は食卓につくことにする。
でも.....
あ~!わさびが切れてる。

あれ?
これは外に出るチャンスじゃないの?

私が、すぐ近所にある食品店へ行きたい旨を伝えると、ゴンザがすかさず
「あ~、俺も行きたい~!」
と言った。
ふふふ、ゴンザよ。
こんな雪の日に、私と出かけてタダで済むと思うなよ。

そんな私の心の呟きを知ってか知らずか、ゴンザは私同様、ダウンジャケットにニット帽といういでだちでモコモコに着膨れ家を出る。
外へ出ると.....
もう時刻は夕方近いとあって、歩道には無数の足跡がついた、ちょっとだけ薄汚れた雪。
私は、わざと足跡のついてない端を選んで歩いてみる。
と、横には同じようなはしゃぎっぷりで歩くゴンザ。
「楽しいね」
「楽しいね~」
バカ丸出しではしゃぎまくる、いい年をした大人二人。
私たちはアッというまに食品店に着くと、目的のわさびそっちのけで、暖かい家の中で過ごすための、大量のお菓子やら食品やらを買い込んだ。

帰り道。
誰かが雪かきをしたのか、大きな雪だまりを見つけた。
これを見て、足を突っ込まないでいられるほど大人ではない私は、一目散にそこへ行き、
「ズボッ!」
と口で言いながら足を突っ込む。
すると続いてゴンザが
「ズボッ!」
「こういうことする奴って必ずいるよね~」
と言いながら、再び歩き出す。

お前らがそうだよ!

歩くたびにキャッキャキャッキャはしゃぎまくる大人げない二人は、とうとう家の一歩手前の路地に手付かずの雪を見つけると、荷物を放り出してしゃがみこんだ。

ちびくんとちゃあこに雪だるまを持って帰ろう!

と、雪だるまを作る私に、ふいに雪玉をぶつけてくるゴンザ。
ふん、無視無視。
二度三度とぶつけられる雪玉を黙殺し、私は綺麗な雪を選んでは丸める。
「う~、手が冷たい!」
「じゃ、急げ~!」
小さな雪だるまをかじかむ手で抱えた二人は、来たときと同じようなはしゃぎっぷりで、10メートルほどの距離を急いだ。

家へ帰ると.....
ブラックペッパーの目、鷹の爪の口、七味唐辛子の蓋の帽子をつけた雪だるまは、少し匂いを嗅いだだけで猫達に無視されたけれど。
まっ、私とゴンザはすっごく楽しかったからいっか。

家の中やベランダ。
様々な場所へ小さな雪だるまを据えては、一通り写真を撮った二人は、
「楽しいね~」
そう言いながら、買ってきたわさびを食卓に並べ、熱々の味噌汁を啜ったのだった。
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雪の日の思い出

2006年01月20日 23時52分37秒 | ルーツ
明日は関東地方も雪の予報。
世の中では、センター試験なるものがあると聞けば、若者達の足に影響が出なければいいなーとは思うが.....。
私には、小雪がちらつくたびに思い出すひとつの情景がある。

あれは.....。
私がちょうど4歳の頃。
我が家では妹が生まれたばかりで、そう。
父が浮気相手の家に入り浸って帰ってこない時のことだった。
浮気相手とは、以前にもこのカテゴリ「ルーツ」の中で書いた、私が謝りたいヒト、Mちゃんなのだが.....。

その頃、私たちは天井の梁がむき出したようなボロ家に住んでいて、母は生まれたばかりの妹と、まだ何の役にも立たない4歳の私を抱え、途方に暮れていたのだと思う。
ある日。
彼女は私に、妹のためのミルクが入った哺乳瓶と、昼食のための小銭を与え、どこかへ出かけて行った。
それは、のちに聞けば、Mちゃんの家へ乗り込むためだったのだそうだが、幼い私は事情もわからず、ただ母の言いつけどおりに妹にミルクを与え、留守番をしていたのだった。
折りしも季節は真冬。
私の妹が12月生まれであることを思うと、それは1月頃か。
空腹を覚えた私は、ちょうどその時住んでいたボロ家の隣にあった、雑貨屋へと昼食を買いに行ったのだった。

当時。
時代はまだ貧しさが残り、はたきやちり紙に混じって、様々な食品が売られているような雑貨屋がそこここにあったような頃。
手に、母から与えられた小銭を握り、私は店先に並べられたパンを選んだのだった。
今とは違う、種類もそう多くはない菓子パン。
それでも小さな私にとって、好きなものを選べる状況というのはとても偉くなったような気分で、ドキドキしていたように思う。
中でも、丸いパンの真ん中に白いクリームが絞ってある、赤いチェリーが燦然と乗った菓子パンは、見るからに豪華で、私はとてもゴージャスな気分になってそれを買ったように思う。

しかしその一方で。
幼かった私にとって、まだ乳飲み子の妹を抱えて、暗い古い家で母を待つ心細さはやはり忘れられないものだったのだろう。
あんなに光り輝いて見えた菓子パンの上のチェリーだったのに、かすかな記憶の中で、一人うずくまってそれを齧る私の小さな姿が、今も強く私の胸を締め付けるのだ。
大人になってから、私はガサガサッと音がする袋に入った菓子パンが大嫌いになった。

あの時.....。
買ったパンを抱えて、すぐ隣にあるボロ家へ戻ろうとすると、空からは小雪がちらついてきたのだったっけ。
とても.....寒くて、心細くて。
けれど、そんな暗いボロ家の中でも、なぜか赤ん坊だった妹の周りだけは暖かい光に満たされていたような。
そんな気がする。
赤ん坊用の服にくるまれた彼女は、とても美しくて、暖かそうだった。

暗くなる頃。
リヤカーで焼き芋を売る、おじさんが鳴らす鐘の音が「チリンチリン」と聞こえた。
小銭を使い果たしていた私は、どうしてもそれが食べたくて、部屋の中にあった、乾電池の形をした貯金箱を握って家から走り出たのだったなー。
でも.....
どんな風にしてもその貯金箱は開かなくて、おじさんは行ってしまった。
きっとおじさんは、目の前にいる少女が家のものを勝手に持ち出してきたのを悟ったのだろう。
雪の降る中、目的の焼き芋も買えず立ち尽くし、行ってしまうおじさんの背中を見送るのは、とても悲しい気持ちだった。
だけど.....
もしあの時貯金箱が開いて焼き芋が買えても、私は、使ってしまった中身の言い訳を、一体どうするつもりだったのだろう?

あの日.....。
あの雪の日。
きっと私の心にはたくさんのことが起こって、その後の成長に大きく影響したのだろう。
私はたぶん、一生あの日のことを忘れないし、美しい赤ん坊だった妹の寝顔も忘れない。
小雪ちらつく道を一人歩いたことも。

あれから。
はるかな時間が流れ、本当に色んなことがあった。
けれど、雪の日に決まって私が思い出すのは、必ず、あの菓子パンと、美しい赤ん坊と、電池型の貯金箱。

それは、悲しく、心細くもあったけれど、とても美しい光景だった。
あのボロ家も、隣にあった雑貨屋も、一人歩いた道も、ちらつく小雪も。
今とは比べ物にならないくらいの美しさが、そこにはあったように思う。
あの日。
母がいつ帰ってきたのか、父は一緒だったのか、それは思い出せないけれど。

今となっては、ガサガサッと音のする袋に入った菓子パンも、懐かしく食べられるようになった、もうおばさんの私である。
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自分だけは大丈夫!?

2006年01月19日 22時24分39秒 | ぶ~すか言ってやる!
ここのところ、何かを勘違いしてきた男たちのドタバタ劇が続く。
小嶋社長の証人喚問しかり。
ホリエモンの問題しかり。

特に、ホリエモンの問題については、私など「いつかこうなるだろう」と思っていたから、新鮮な驚きなどまったくないけれども、本人たちの認識の甘さには「そこまで甘いか?」と驚いた。
いや。
私は何も「風説の流布」だとか、株価がどうだとか、私のようなアホにはまったくわからないような小難しい問題のことを言っているのではない。
出る杭は打たれる、というのは常識として、その先。
いや、手前?
単純な問題を言っているのだ。

メディアによって作られた虚像はメディアによって潰される。
実体のない金を動かすものは、早々に尻尾を出す。
そんな簡単な問題。
なのに…プロ野球参入をぶちあげてからのあのホリエモン騒ぎ。
それまでは、ほとんどのお父さんお母さんが知らなかったライブドアという会社を、ここまで成長させたのは半分がメディアの力によるものなのに、尻馬に乗って騒ぎたてる人間の多さ。
社会とか、ドロドロした(しかしある意味単純明快な)大人の世界を知らない学生子供はともかく、いい年をした人間が,
若いから、Tシャツだから、「応援したい」というのはなんだったのか。
みんなあの、年齢にしては野卑た膨れ方をしたホリエモンの顔と、一貫性のないパフォーマンスを見れば、はじめから怪しいと気付かなければならなかった。
気付かないほうがおかしい、と私は思う。

だいたい、本当に金を持つ者は派手な動きはせず、それこそ老いた力でも若い力でも大切にし、根回しは努々おこたらないもの。
一夜干しのレンガをいかに積み上げようが、土台が脆ければなんの意味もないのだ。
私は。
他人に敬意を払わないものは、自らも他人から敬意は払ってもらえない。
そう信じているから、ホリエモンのような人間はやはり浅はかだと思う。
選挙に出たからセンセイがたの力添えが得られるとか、自分だけは他者から引きずり下ろされないとか、なぜ皆同じ幻想を抱くのかわからない。
そこにたとえ密約があったにしても、である。

例えば…Aさんの場合。
Aさんはとある重要な地位にあって、三日前までは彼の前に、名刺一枚もらわんがための企業主たちの行列が出来ていた。
しかしAさんは突然亡くなり、彼の取り巻きは即、誰の取り巻きになればいいのか、相談しあい、あんなに慕っているふりをしていたAさんの死など忘れる。
笑い、酒を飲み、自らはどう行動すればいいのか互いに探り合う。
Aさんと密接な関係にあったセンセイだって、一通りの弔意を示したあとは、次なるAさんを探すのに忙しい。
いや、センセイにとってはAさんが、多数の中の一人に過ぎなかったかもしれない。
それが世の中だ。
そこには金がもちろんがっちり絡み合うから当然金の力は必要だが、そこまでの道筋を作った先人たちへの敬意、根回し、人脈なしには、やはり先には進めない。
もともとさした理由もなく、簡単に自分を「応援」してくれていた外野など、元来浮薄なものなのだから、すぐに他に心を移し、何かあれば「やっぱり」と手のひらを返すことを知っていなきゃいけない。
また、規模の大小はあれ、この世には小さなホリエモンがたくさんいることを、世の中の人も知らねばならないと思う。

世の中の流れは複雑怪奇に絡み合う、などとよくいうが、本当はある意味単純明快でわかりやすい図式で出来ているもの。
たとえそれが世の中の裏の部分のことであっても、だ。

この世の中に、金で買えないものは確かにほとんどない。
しかし、今回の出来事は金で買えない人の心が引き金となって起きた。
利害で結ばれた関係とは、利が利を呼んでいるうちは安泰だが、害が目に見えれば、利を失いたくない者が必ず裏切る。
そして.....
利を大きく得て来た者こそ、我が身に降りかかる小さな火の粉すら嫌がり、肝心の時には助けてくれないものだ。

「カリスマ性」なんて、都合よくその人間を祭り上げ、担ぎ出すがための言葉遊びに過ぎない。
その気になって調子に乗れば、着々と足固めをして来た者と浮気な民衆に、まんまと足元を掬われるのだ。

自分だけは大丈夫なんてありえない。
「大丈夫」に近づけるには、緻密な計算と、誰より低い腰と、老獪な知恵、潤沢な資金、信念が必要だ。

ま、社会人失格の私がこんなこと言うのもなんなんだけど、長年女をやってきていて、色んな世界のエライおじさんたち、小さなホリエモンたちを見てきてそう思ったよー、って話。
私、インチキ臭い匂いには敏感なんだよね。
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お兄ちゃんは頑張ってます

2006年01月18日 04時34分45秒 | 猫たち
このblog上で、腎不全との闘病をたびたび皆様に応援して頂いているちびくん。
病気にも通院の辛さにも負けず頑張ってくれています。血液が薄まってしまう恐れから、静脈点滴がこれ以上は出来ず、皮下輸液に切り替えての通院ですが.....。
先週は二回。
今週は三回の予定のうちの二回を済ませ、明日もまた、皮下輸液です。

皮下輸液の済んだ腕は、輸液の溜まりで普段の三倍に膨れ上がり、針を刺された部分は色も変わり、本当に痛々しいけれど.....
これ以上、頑張ることを求めていいのか、心は揺れるけれど。

輸液をした日はずいぶんと元気が出て食欲もあるので、ちびくん自身もずいぶん生き生きした表情を見せてくれ、それが明日への希望に変わるのです。

布団の上でちゃあこが遊び、それを同じ布団の上で眺めるちびくん。
ずっと毎日続いてきた日々の情景。
でも.....
ここ最近は身体がだるいのか、ちゃあこが遊んでもちびくんは起きてこなかった。
それが、今日は以前のように、ちゃあこが遊び始めると同じ布団に移動してきて、彼女が遊ぶ様を眺めていて。
涙が出るくらいそれが嬉しかった。
ちびくんに何度もありがとうって言い続けた。

ありがとうちびくん。
頑張ってくれて。
そばにいてくれて。

病院へ連れて行ったり、痛い思いをさせたり、そんな私なのに、頬ずりしてくれて。

頑張って食べてくれてありがとう。
可愛い寝顔を見せてくれてありがとう。
一生懸命水を飲み、毛繕いをし、布団にもぐりこんできてくれてありがとう。

私は。
出来る限り、特別でない、いつもと変わらぬ時間を、あなたに過ごさせてあげたいのに.....
気付けば、あなたに時間を与えてもらっている。
ごめんね。

そしてちゃあこ。
最初は、病院の匂いのするお兄ちゃんのことがすごく怖かったのに、頑張って慣れてくれてありがとう。
いつも通りに遊んで、お兄ちゃんを楽しませてくれてありがとう。
今はおじいちゃんになって遊ぶことのないお兄ちゃんも、ちゃあこの遊ぶ姿を眺めるのは好きみたい。
お兄ちゃんはどんなに具合が悪くても、ちゃあこを時々舐めてあげてるもんね。

時間は.....
刻一刻と過ぎてゆく。
大切な日常には、つねに過ぎてゆく時間が寄り添っている。

けれど。
ちびくんは頑張っています。
いつも通り、クッションの上で寝息をたてて.....。

本当にありがとう。
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