Speak Low / Walter Bishop Jr.
ジャズの世界で大物プロデューサーといえば、JATPの興業を成功させたノーマングランツ、ニューポートジャズフェスティバルを有名にしたジョージウェインなどが有名だ。そして、コンサートだけでなく、レコーディングとなるとアルフレッドライオン、ボブシャッド、クリードテイラー、ボブシール・・・・など成功したレーベルには必ず名物プロデューサーがいた。
我々がジャズに接するには、直接目に触れる機会はなくとも彼らプロデューサーの存在は重要だった。もし彼らがいなければ、コンサートが開かれることもなく、アルバムが残されることも無かったので。
もちろん、彼らのような有名プロデューサーだけでなく、自主録音以外の大部分のアルバムにはプロデューサーの名前がクレジットされている。無名であっても、彼らがいるからアルバムが作られ、今でも楽しむことができる。もちろん、彼らがアルバムの出来を左右する事も多いので、ミュージシャンの本領を発揮させられるかどうかの責任は重要だと思う。
ペッパーアダムスのアルバムEncounter !を制作したフレッドノースワーシーは、有名プロデューサー達と較べると無名と言ってもいいだろう。だが、結果的にいいアルバムを作っている。
ピアノトリオの名盤は?といって必ずと言っていいほど選ばれるのが、このウォルタービショップJr.のアルバム「スピークロウ」である。日本盤が出た時、その宣伝文句で「無人島に持っていく一枚だけのピアノ・トリオ・アルバム」とアピールされていた。
オリジナル盤は幻の名盤といわれていたアルバムだが、このレーベルがJazztimeという、わずか5枚のアルバムをリリースして消えてしまったレーベルであったのも理由の一つだろう。短い寿命であったが、途中で名前をJazzLineと変えているのも分かりにくい。
実は、このレーベル設立に参画した一人が、このFred Northworthyであった。
彼のアルバム制作への関わり方は、Producerと書かれることも、Artists & Repertoire と書かれることも。そしてRecording Engineerと書かれることもある。そして、自らレーベルを立ち上げようとしたことも何度かあったが、最初のチャレンジがこのJazztimeであった。
彼の経歴はイギリス出身という以上良く分からないが、基本的にアンダーレイテッドなミュージシャンに注目していたように思う。
「自分の好きな、あまり注目されない境遇のミュージシャンに、好きなように演奏してもらう」をモットーにしていたようだ。売ることを真っ先に考えていないので、当然あまり商売にはならない。しかしミュージシャンにしてみれば実に気持ちよく演奏できるので、いいアルバムができるということだろう。
このような事情を知って改めてこのアルバムを聴き直すと・・・。
まずは、サイドメンとして参加したアルバムしか無かったウォルタービショップをリーダーに据えた大英断を評価すべきだろう。このビショップ、前回のペッパーアダムスなどを含めて新人で無名という訳ではなく、それなりの活動をして評価はされていても、リーダーとして活動の機会は少なく、その評価以前にその実力をアピールできる場が限られていたというのが実態であった。そのようなミュージシャンに機会を与えようというのは本当に好きでなければできない事だ。
次に、ベースのジミーギャリソンの起用。こちらもコルトレーンのグループに加わった頃。ジミーギャリソンの図太いベースが魅力だ。
ドラムのホーガンも無名といっていいだろう。自分も他のアルバムで記憶が無い。派手さはないが、パウエルは興したモダンジャズのピアノトリオの原点がブラッシングだったというのを知っているかのような演奏ぶりだ。
コンコルドのカールジェファーソンも、ミュージシャンに自由に演奏できる場を与えたのは同じだが、こちらは過去の実績があるベテラン達が中心。最初は細々とスタートしたが、あっというまに全国区に受け入れられたのも、すでにいたファンから受け入れられたから。この違いは商売的には大きく違った。ジェファーソンは、元々車のディーラーをやっていたビジネスマンであったのも大きな違いだと思う。
アルバムの中身に関しては多くを語る必要はないと思うが、実に味のあるピアノだ。まさにジャズ喫茶に似合う音だ。
そして、自分の好きなグリーンドルフィンもやっているという訳ではないが、スタンダードありジャズの名曲ありの選曲もいい。
1961年の録音、ファンキーブームの真最中、多分世の中の動きに惑わされることなく、パーカーとやっていた頃のスタイルを全く変えることなく、自然体のプレーを出し切れた結果が良い演奏になったのだろう。
それを引き出せたのも、プロデューサーの力量だと思う。
1. Sometimes I'm Happy Caesar, Youmans 6:25
2. Blues In The Closet O. Pettiford 3:57
3. On Green Dolphin Street B. Kaper, Nancy Washington 9:45
4. Alone Together A. Schwartz 6:45
5. Milestones M. Davis 4:45
6. Speak Low Weil, Nash 9:20
Walter Bishop Jr (p)
Jimmy Garrison (b)
G. T. Hogan (ds)
A & R : Fred Northworthy
Engineer Bill Stoddard
Recorded at Bell Sound Studios, New York, March 14, 1961
ジャズの世界で大物プロデューサーといえば、JATPの興業を成功させたノーマングランツ、ニューポートジャズフェスティバルを有名にしたジョージウェインなどが有名だ。そして、コンサートだけでなく、レコーディングとなるとアルフレッドライオン、ボブシャッド、クリードテイラー、ボブシール・・・・など成功したレーベルには必ず名物プロデューサーがいた。
我々がジャズに接するには、直接目に触れる機会はなくとも彼らプロデューサーの存在は重要だった。もし彼らがいなければ、コンサートが開かれることもなく、アルバムが残されることも無かったので。
もちろん、彼らのような有名プロデューサーだけでなく、自主録音以外の大部分のアルバムにはプロデューサーの名前がクレジットされている。無名であっても、彼らがいるからアルバムが作られ、今でも楽しむことができる。もちろん、彼らがアルバムの出来を左右する事も多いので、ミュージシャンの本領を発揮させられるかどうかの責任は重要だと思う。
ペッパーアダムスのアルバムEncounter !を制作したフレッドノースワーシーは、有名プロデューサー達と較べると無名と言ってもいいだろう。だが、結果的にいいアルバムを作っている。
ピアノトリオの名盤は?といって必ずと言っていいほど選ばれるのが、このウォルタービショップJr.のアルバム「スピークロウ」である。日本盤が出た時、その宣伝文句で「無人島に持っていく一枚だけのピアノ・トリオ・アルバム」とアピールされていた。
オリジナル盤は幻の名盤といわれていたアルバムだが、このレーベルがJazztimeという、わずか5枚のアルバムをリリースして消えてしまったレーベルであったのも理由の一つだろう。短い寿命であったが、途中で名前をJazzLineと変えているのも分かりにくい。
実は、このレーベル設立に参画した一人が、このFred Northworthyであった。
彼のアルバム制作への関わり方は、Producerと書かれることも、Artists & Repertoire と書かれることも。そしてRecording Engineerと書かれることもある。そして、自らレーベルを立ち上げようとしたことも何度かあったが、最初のチャレンジがこのJazztimeであった。
彼の経歴はイギリス出身という以上良く分からないが、基本的にアンダーレイテッドなミュージシャンに注目していたように思う。
「自分の好きな、あまり注目されない境遇のミュージシャンに、好きなように演奏してもらう」をモットーにしていたようだ。売ることを真っ先に考えていないので、当然あまり商売にはならない。しかしミュージシャンにしてみれば実に気持ちよく演奏できるので、いいアルバムができるということだろう。
このような事情を知って改めてこのアルバムを聴き直すと・・・。
まずは、サイドメンとして参加したアルバムしか無かったウォルタービショップをリーダーに据えた大英断を評価すべきだろう。このビショップ、前回のペッパーアダムスなどを含めて新人で無名という訳ではなく、それなりの活動をして評価はされていても、リーダーとして活動の機会は少なく、その評価以前にその実力をアピールできる場が限られていたというのが実態であった。そのようなミュージシャンに機会を与えようというのは本当に好きでなければできない事だ。
次に、ベースのジミーギャリソンの起用。こちらもコルトレーンのグループに加わった頃。ジミーギャリソンの図太いベースが魅力だ。
ドラムのホーガンも無名といっていいだろう。自分も他のアルバムで記憶が無い。派手さはないが、パウエルは興したモダンジャズのピアノトリオの原点がブラッシングだったというのを知っているかのような演奏ぶりだ。
コンコルドのカールジェファーソンも、ミュージシャンに自由に演奏できる場を与えたのは同じだが、こちらは過去の実績があるベテラン達が中心。最初は細々とスタートしたが、あっというまに全国区に受け入れられたのも、すでにいたファンから受け入れられたから。この違いは商売的には大きく違った。ジェファーソンは、元々車のディーラーをやっていたビジネスマンであったのも大きな違いだと思う。
アルバムの中身に関しては多くを語る必要はないと思うが、実に味のあるピアノだ。まさにジャズ喫茶に似合う音だ。
そして、自分の好きなグリーンドルフィンもやっているという訳ではないが、スタンダードありジャズの名曲ありの選曲もいい。
1961年の録音、ファンキーブームの真最中、多分世の中の動きに惑わされることなく、パーカーとやっていた頃のスタイルを全く変えることなく、自然体のプレーを出し切れた結果が良い演奏になったのだろう。
それを引き出せたのも、プロデューサーの力量だと思う。
1. Sometimes I'm Happy Caesar, Youmans 6:25
2. Blues In The Closet O. Pettiford 3:57
3. On Green Dolphin Street B. Kaper, Nancy Washington 9:45
4. Alone Together A. Schwartz 6:45
5. Milestones M. Davis 4:45
6. Speak Low Weil, Nash 9:20
Walter Bishop Jr (p)
Jimmy Garrison (b)
G. T. Hogan (ds)
A & R : Fred Northworthy
Engineer Bill Stoddard
Recorded at Bell Sound Studios, New York, March 14, 1961
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