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この人、この一作

2012-03-22 08:41:29 | 日記
NHKテレビが、松本清張の原作の『けものみち』を和田勉の演出でドラマ化した。主人公の成沢民子を演じたのは、まだあまり名の知られていない若い女優だった。ストーリーを御存じの方も多いと思うが、この作品の中心は、民子がどんどんけものみちに迷い込んでいくところにあり、当然に悪女としての演技が要求される。 そして、若い女優は、その役を見事にこなし、生来の美貌と相俟って、ぐんぐんと視聴者を惹きつけて行った。誰もが、大変な女優が出てきたと思った。 それが、若き日の名取裕子さんである。 むろん現在でも大女優ではあるけれど、たとえば、ドラマ『京都地検の女検事』なんてのは、観る気にもならない。あの(けものみちのときの)名取裕子はどこへ行ったという気持ちが先立ってしまうからだ。  誰か、熟年の名取裕子のために、妖艶な悪女役の脚本を書いてほしいと思っている。 「太宰治は、『人間失格』ただ一作を書くために生まれてきた人間であり、この作品は、ある性格を持つ人々の永遠のバイブルである」と評したのは、たしか奥野健男氏だった。私がその本を読んだのは中学時代だったと思うが、誰にも読まれたくない自分の日記を盗み見されてしまったような気がした。 イマ風の言葉にすると、ショックだった。 人間、誰にでも、自分のこの一作があるはずであり、同時に、自身はそれに気付かないことが多いとも思っている。たとえばAが死んだとして、その葬儀に集まった友人達が見送りの酒席の場で、誰かが、「あのときのAはカッコヨカッタな」と言いだし、みんなが同調するといったシーンはよくあるが、その「あのときのA」は名取裕子の『けものみち』であり、太宰治の『人間失格』なのだろうと思う。

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