「好きな言葉は、情熱です。感謝です。向上心です」、若い男女がかわるがわる、己の考えというか、主張というかを述べていくテレビCMがあるが、羨ましいと思いながら観ている。当然のことに、私にはもう情熱も向上心も持ちようがない。 しかし、感謝は毎日のことで、家人と娘には「ありがとう」を繰り返している。 これは家族だけでなく、先日病院に行ったときに、入口で、あるいは私より年長に見える紳士に「大丈夫ですか?」と声をかけられ、近くの椅子へ導かれた。 私が薄色のサングラスをかけていたので、ステッキの足元の他に視力を心配してくださったのだと思う。 好きな言葉と、いちばん大事だと思うモノが同じである人と、そうだない人がいると思うが、私は後者に属する。 私の好きな言葉は、適当に勤勉、適当に横着であって、これは人間すべてに勤勉であれば疲れてしまうが、すべてに横着であれば人生の価値がないという意味で、自分の作語である。 また、一番大事だと思うのは、よくある努力・忍耐・健康・友愛・信念ではなく、自由だ。 理屈っぽくなるが、努力も忍耐も目的は自由ではないだろうか。人が月曜から金曜まで働くのは、土日の自由のため、という言い方は変か? 自由の対義語は不自由である。 私は(脊柱管狭窄症による)腰痛で不自由な日々を送っている。 自由に酒が呑めること、と、家族の介助に感謝している。 多くのことに横着になるのは仕方がなく、それでも株と競馬には勤勉だ。