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いつでも君のこと好きだったよ

紫いろの母の自転車 私が覚えているから

2018-11-07 22:20:08 | 日記

 私が小学生のころ、父の会社の社宅に住んでいて、団地の4階でした。台所の窓からは池が見えて、キリンソウの群れが揺れていました。

 

 このあいだコンサートできいた曲のなかに「紫色」の服かスカートか、そういう歌詞があって、紫色・・・・そうだ、昔、母は紫色の自転車に乗っていたなぁとぼんやりと思い出しました。

 

 車輪がとても大きくて、フレームのところが濃い紫色でした。 そのころ母は自宅近くの経理の仕事にでていて、私と妹は鍵っこで、母が帰るころになると坂を上って帰って来る母の自転車を窓から見ていたこともありました。母は「かっこ悪いからやめて」と叱るのですが、なんとなく叱られてもちらちらと覗いて待っていました。

 

 なんで母がかっこ悪いと思ったのか、いまもよくわかりませんが、後ろめたい気持ちがあったのでしょうか。

 

 家計をささえるかっこいい母だと思うのだけど。

 

 坂を上るすがたも、必死で漕ぐっていうより、背筋をピンとのばして、颯爽としていて紫色の自転車が似合ってるなと思ったものでした。

 

 父も「お母さんの自転車乗る姿っていいなぁ」とよく言ってました。

 

 もうふたりとも自転車に乗ることを禁じられ(私たちに)、キャスター付きのバッグをひいて買い物にいったりしています。

 

 きょうで最終回だった東京ラブストーリーの録画を仕事から帰ってみていて、カンチの小学校の柱にカンチが卒業のときに刻んだ名前のよこに、リカが自分の名前を刻むのですが、「これから十年後も残るかな」と言ったらカンチが「この小学校来年の春に廃校になるんだ。潰されちゃうんじゃないかな」といったとき。

 

 リカ「ふうん。まぁいいや。私が覚えているから」

 

 号泣。(私が)

 

 いろんなものがなくなったり、弱ったり、削られたりしていく日々だけれど、もう母が自転車を乗る姿を見る事はないと思うけれど、「私が覚えているからいいや」と思うと、ちょっと明るくなったのでした。

 

 

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