自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

ポール・セザンヌとグリゴリー・ペレルマン~その純粋な生き方

2015-08-26 09:27:04 | 理性と感性
毎日新聞(2015年04月)「村上春樹さん:時代と歴史と物語を語る」((a)(b)(c))で、村上春樹氏は「欧米におけるロジックの拡散」について指摘している。「今いちばん問題になっているのは、国境線が無くなってきていることです。テロリズムという、国境を越えた総合生命体みたいなものが出来てしまっている。『テロリスト国家』をつぶすんだと言って、それを力でつぶしたところで、テロリストが拡散するだけです。僕はイラク戦争のときにアメリカに住んでいたんですが、とくにメディアの論調の浅さに愕然(がくぜん)としました。『アメリカの正義』の危うさというか。長い目で見て、欧米に今起きているのは、そのロジックの消滅、拡散、メルトダウンです。それはベルリンの壁が壊れたころから始まっている。・・・・・これは西欧的なロジックと戦略では解決のつかない問題です。ロジックという枠を外してしまうと、何が善で、何が悪かがだんだん規定できなくなる。欧米に今起きているのは、そのロジックの消滅、拡散、メルトダウンです。」
 
 私はこの「論調の浅さ」については、日本のメディアも同じだと思う。私たちはロジックの拡散したこの世界で、時代遅れの「世間の評価」を求めて忙しく生きている。時代とともに移ろう「世間の評価」ではなく心から湧き出る感性の表現を求めてひたすら生きたポール・セザンヌや、考える道具の数学や物理学で輝かしい成果を上げながら受賞という名誉を辞退し、「世間というノイズ」を避けてひたすら考え続ける生活に浸っているグリゴリー・ペレルマンの純粋に生きる価値を皆さんにも知って欲しい。

巨匠たちの肖像 セザンヌ・革命を起こした隠者 削除! 
数学者はキノコ狩りの夢を見る
 ①「数学界のノーベル賞」も100万ドルの賞金も辞退したペレリマン 削除!
 ②ポアンカレ予想とは 削除!
 ③ポアンカレ予想に取りつかれた数学者達 削除!

「セザンヌ(1839-1906)。生前は世間から認められず、南仏の故郷に引きこもり、新たな絵画技法の開発に明け暮れた。西洋絵画に革命をもたらし、遠近法を破壊し、多視点を導入し、塗り残しや余白が多いことを特徴とする絵を描いた。番組では、求道者であり偏屈者でもあったセザンヌの人間性を描くとともに、画期的な技法の秘密を探る。」
「果物籠のある静物」 サント・ヴィクトワール山
「近代絵画の父」セザンヌ
「セザンヌ」みすず書房
「私は無垢なる世界を呼吸する。さまざまな色調に対する鋭い感覚が私に働きかける。自らが無限のあらゆる色調で彩られているのを感ずる。私はもう絵と一体でしかありえない。」

この文章は東田直樹さんの次の詩と重なる。
 「絵具で色を塗っている時、僕は色そのものになります。
  目で見ている色になりきってしまうのです。
  筆で色を塗っているのに、画用紙の上を自分が縦横無尽に
  駆けめぐっている感覚に浸ります。
  物はすべて美しさを持っています。
  僕はその美しさを自分のことのように
  喜ぶことができるのです。」
 参考:NHKスペシャル「自閉症の君が教えてくれたこと」 動画

数学者はキノコ狩りの夢を見るポアンカレ予想・100年の格闘(2007年放送)
16歳で国際数学オリンピックで満点で個人金メダル。1996年(30歳)ヨーロッパ数学会賞(辞退)、2006年(40歳)、100年の難問であったポアンカレ予想を解決した貢献により「数学界のノーベル賞」と言われているフィールズ賞(辞退)、100万ドルのミレミアム懸賞も辞退し、実家で母親の年金で生活しているとされる。
グリゴリー・ペレルマン博士の現在 Grigori Perelman
数学を伝えるという“難問”~ポアンカレ予想取材記~

後世、セザンヌは「近代絵画の父」と讃えられているが、ペレルマンは「数学という精神世界の父」と讃えられるであろうか。それより今の彼の声が聞けないのはもったいないことだと思うが、彼の隠遁生活について次の解説がある。

ハーバード大学教授であるヤウは、中国政府に国立の数学研究所をつくらせ、中国数学会の学会誌を創刊して編集長になり、そこに自分の弟子がペレルマンの証明を丸写しした論文を(査読もすっ飛ばして)「ポアンカレ予想の最初の証明」と題して載せ、フィールズ賞を共同受賞させようと画策したのだ。「数学界では倫理基準を破った人が批判されず、私のような一匹狼は追放される」というペレルマンの言葉が、彼の引退の理由を暗示している。しかし私などは、これぐらいえげつなく「中国は数学でも一流だ」とアピールし、世界の学界のリーダーシップを握ろうとする中国人の迫力に、むしろ感心してしまう。

「中国人の迫力に感心する」のもその人の価値観ではあるが、ペレルマンの純粋さをそのような価値観で評価して欲しくない。日本人として残念だ。

初稿 2015.4.29 更新 2015.8.26 削除動画 2018.9.26




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