鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

文透図鐔 埋忠 Umetada

2011-01-16 | 
文透図鐔 埋忠


文透図鐔 無銘 埋忠

 分銅形の文様が散りばめられていることから分銅文透かしと称されているが、筆者は雪を文様表現した作であると信じている。雪の結晶形は、六角形薄板状を基本として、樹枝状に六方に伸びた造形が良く知られているところだが、現実にはもっと複雑である、六角柱状、その端部に六角形の広がる形、さらにその両端が30度ずれていることから見方によっては十二方樹枝状となるもの、樹枝が壊れて細かな針状、ラッパのように見える形、結晶のはっきりとしない粒状のものなどなど。すなわち、この鐔に描かれている文様のようなものである。
 素銅地の櫃穴周囲を八方星型に鋤き下げ、小透でラッパ状に文様を施し、それらの隙間に金と赤銅で細かくキラキラとした様子を散らしている。製作は江戸時代前中期であろう。

歳寒三友図鐔 如竹 Jochiku Tsuba

2011-01-15 | 
歳寒三友図鐔 如竹


歳寒三友図鐔 銘 武陽住如竹製

水仙に梅が花束とされている。裏面は茶室の外であろう、雪を湛えた竹の様子が墨絵のように描き表わされている。雪は銀の平象嵌で自然な描写とされている。
 この鐔は、真鍮地に金銀赤銅の平象嵌と高彫色絵の手法で製作したもの。如竹(じょちく)は江戸時代中後期に生き、貝殻など特殊な素材を象嵌の技法で用いるなど、奇抜な作風を展開した名工。耳に赤銅の平象嵌で唐草文を廻らしているところは、明らかに絵画表現を意図してのもの。竹に雪の描写も、金工作品とは思えない美しい描写である。

雪持松図鐔 甚吾 Jingo Tsuba

2011-01-14 | 
雪持松図鐔 甚吾


雪持松図鐔 無銘 甚吾

 なんと素敵な構図なのでしょうか、肥後金工志水甚吾の、うっすらと雪を湛える松の枝を独特の薄肉彫と銀布目象嵌の描法で描き表わした鐔。老松の様子を屈曲した幹で象徴的に表現している。鍛えた鎚の痕跡を強く残して地の働きとしているが、この表情が松樹の背景にあって、もくもくと雪の降り続く空、その空気感を示す結果ともなっている。この鐔で大きな魅力となっているのはもちろん布目象嵌による雪である。細かな切り込みを設けて磨り付けるような手法で銀を象嵌したものであろう。真鍮地高彫象嵌による猛禽図などとは風合いを異にしており、甚吾の幅広い作品世界を知る手がかりとなろう。□

曳舟図小柄 後藤栄乗 Eijo-Goto Kozuka

2011-01-13 | 小柄
曳舟図小柄 後藤栄乗


曳舟図小柄 無銘 後藤栄乗

宇治川の支流、その上流で切り出された薪は、川を流され、あるいは炭に加工されて京の街に運ばれたという。もちろん炭が焼かれたのは宇治川流域だけではなく、そのような鄙びた景色を題に得た小柄である。炭の上に積もった雪は、上流に降る雪の量を想像させよう。雪といえばこのような表現が専らであろう。景色の一部としての雪は、ふんわりとした様子が銀の色絵で描き表わされている。
 栄乗は後藤宗家六代で、活躍期は桃山頃。初、二代に典型的な霊獣図など古典的な図柄を伝統的な表現とする後藤の初期の作風から、次第に人物図や風景図などが描かれるようになるその過渡期の工。□


鉢の木透図鐔 西垣勘平 Kanpei Tsuba

2011-01-12 | 
鉢の木透図鐔 西垣勘平


鉢の木透図鐔 無銘 西垣勘平

 松、桜、梅の組み合わせは菅原図であるとして紹介したことを記憶しておられると思う。この三要素に雪が加わると、物語は全く別のものとなる。
 鎌倉時代、執権職にあった北条時頼は、僧の風体で諸国を行脚し、隠密裏に人々の生活や武家の有りようを視察してまわったという。そのような中で、下野国佐野源左衛門の領地を訪れたときのことである。季節は真冬。源左衛門は領地を横領されて貧しい生活をしていたが、雪に降り込められた僧を哀れに思ったのであろう、冷え切った屋敷に招き入れた。だが暖かい食べ物もないことから、源左衛門は自らが大切にしていた鉢植えの松、桜、梅の古木を薪として暖をとり、見ず知らずの僧をもてなしたという。その後、鎌倉に戻った時頼が諸国に触れを出し、武士を鎌倉に集めた際、一番乗りで駆けつけたのが、貧弱な鎧を身にしてはいたが源左衛門であった。武士たるものこのようにあるべきと、これに感じ、横領されていた土地を取り戻させ、松、桜、梅に擬え、上野の松井田、越中の桜井、加賀の梅田の領地を加増したという。このように、松、桜、梅に雪、あるいは鉢植えの木を切る鉈という要素を加えて「鉢の木」と呼んでいる。
 この鐔は、肥後西垣派の勘平の作。鉄地を巧みに構成し、毛彫と金布目象嵌を加えている。櫃穴の構成が雪輪ではないが雪である。

雪笹透図鐔 正阿弥 Shoami Tsuba

2011-01-11 | 
雪笹透図鐔 正阿弥


雪笹透図鐔 無銘 正阿弥

 鍛えたことによって表面に微妙な凹凸がみられる鉄地。これを巧みに利用し、透かしの文様を笹の葉で表わし、小柄笄の櫃穴部分の線に抑揚変化を付けて積もった雪に見立てている。優れた構成である。
 「笹に雪」は、刀の切れ味を意味する号として採られることがある。笹の葉に積もった雪は、わずかに払っただけで簡単に落ちてしまうことから、払えば首が落ちるに当てたもの。そこまで読まなくとも、この鐔の魅力は感じ取れよう。

傘に雪輪透図鐔 正阿弥 Shoami Tsuba

2011-01-10 | 
傘に雪輪透図鐔 正阿弥


傘に雪輪透図鐔 無銘 正阿弥

 ここに描かれている、凹凸のある円形が雪輪紋。この鐔は江戸時代前期とみられることから、この頃にはまだ結晶華としては表現されることはなかったのであろうか。拡大鏡で雪を観察したとしても、結晶の一片を捉えて雪とみるよりも、ふわふわとした実体の不明確なものという認識であったのだろう。雪輪紋こそ日本的というべきか、優れた文様表現の一つである。この鐔では雪輪紋の全体が描かれてはおらず、その一部を陰陽に表現している。正阿弥派の作。


雪輪文透図鐔 甲冑師 Kachyushi Tsuba

2011-01-09 | 
雪輪文透図鐔 甲冑師


雪輪文透図鐔 無銘 甲冑師

戦国時代の甲冑師鐔。ふわふわとした形状の小透と小さな円形の組み合わせにより、まさに雪の降りかかる様子を文様化している。雪輪紋ではないが、鐔面が綺麗に装飾されている。
鉄地を肉厚く造り込み、耳を一段と高く仕立てている。一般に甲冑師鐔は薄手が古いとされている。ところが、柄を持つ手の保護と刀身全体のバランスという鐔の意味や用途から考えると、必ずしも薄手のものだけが古くからあったとは考え難い。現代の居合抜刀術の使い手が行っているように、重さの異なる鐔を掛け替え、時には厚手の鐔も用いられたと思われる。そのような作例である。□

雪華文図大小鐔 後藤一乗 Ichijo-Goto Tsuba

2011-01-08 | 
雪華文図大小鐔 洛北居一乗


雪華文図大小鐔 銘 洛北居一乗作

 江戸時代末期の名工、後藤一乗が得意とした雪華文図鐔。六角形に成長した雪(水)の結晶を、美しい文様として表現し、これに金の平象嵌の手法で輝く様子を加え、拡大鏡で覗き込んだ早朝の雪の様子を想わせる構成としている。
 雪の表現は、古くは雪輪文と呼ばれる、家紋としても良く知られているフワフワとした質感を出入りの複雑な形状で表わしたものが知られている。もちろん風景の一部として木や岩に積もったその様子を銀地で描き表わした例、江戸末期の東龍斎派では幾つかご覧いただいたが、雪洞から見た風景では銀布目象嵌を用いてぼかしたような描写の例もある。また、東龍斎派が好んだように、六角形ながら花のような表現もある。

 一乗の大小鐔については、過去に古美術誌『目の眼』に解説したことがある。以下にその全文を再掲載するので、参考にされたい。

 江戸時代末期の古河藩主土井利位(一七八九~一八四八)は雪の結晶を研究し、その図鑑『雪華図説』を制作したことで余りにも有名。雪の結晶は顕微鏡がなければ見えないと思われがちではあるが、実は大きく発達した結晶は肉眼でも充分に観察できる。虫眼鏡があれば尚のこと、鏡下には、六方向に突き出した枝や細い枝がその先に分かれ出ているもの、先端が繋がって総体に六角形となり複雑な文様が表面に現われたものなども観察される。
 顕微鏡など拡大鏡の発達は、雪の結晶ばかりではなく微小世界の観察から、微細な生き物を主題とした精密絵画の活性化を促している。金工世界では、菊花や秋草に遊ぶ鈴虫や蟋蟀などを題に得た美濃彫や古金工の作品が室町時代から見られ、植物に取材した作品の中には、山椒などのような、それ自体が小さなものであるところに意味のある題材が作品化されることがあり、江戸時代に花開いた微小世界の実体的な表現は、顕微鏡に頼らない時代から既に始まっており、我が国の装剣小道具の特徴の一つともなっている。
 さて、雪の結晶が人々の関心を得るようになったのは、西洋では十四世紀中頃のスウェーデンの民俗学者でもあったオラウス・マグヌス大僧正にはじまると言われている。オラウスは博物学的視点から雪の結晶のスケッチを遺したが、その頃にはまだ雪の結晶は六角形としては捉えられていなかったようである。その百年ほど後のケプラーやデカルトが拡大鏡を用いて研究をはじめ、十七世紀の顕微鏡の発展とともに一気に流行するのである。
 この点で言えば我が国の雪への認識と似たところがある。我が国では古くから雪輪という独特の様式化された文様が雪の表現に用いられていた。そこには雪が六角形の結晶構造を持つという意識など微塵も感じられず、ふわふわとした捉えどころのない存在と考えられているようでもあった。
写真の大小鐔は、後藤一乗(一七九一~一八七六)が得意とし、雪の結晶を花模様に見立てて装飾の要とした華麗な図様の作品。赤銅という重厚感のある素材を微細な石目地に仕上げて表面の光沢を渋く抑え、ここに打ち込み(刻印)の手法によって文様を描き施しており、その周囲には星状に金の平象嵌を散らし、雪の結晶が陽の光を反射してきらきらと輝いている様子を表現している。
雪を独特の鏨の打ち込みによって表わす描法は後藤一乗の考案とみられ、単に雪を題に得た作品のみならず、添景としての雪の描写にも、これを用いることがあった。その例が写真の小柄で、朝日とこれを受けて輝く雪の結晶を、ここでは朧銀地に高彫の表現とし、さらに雪輪の文様をも同時に用い、文学的風情をも漂わせている。
 江戸時代における美意識の特徴の一つに、古典的な日本美から脱した、つまり、この世に存在する全ての物に神が宿るという東洋的な神観念による美の発露から脱し、物を物として捉え、事象を事象として認識する、リアリズムとも異なる博物学的視点の置き様になる表現(四条円山派など)がある。ここに紹介する作品の雪華文には、突き詰められた科学の目線を根底にし、古典から生まれた文様を介して自然美の再現に取り組む作者後藤一乗の、日本的なものへの飽くなき追究の姿勢が窺いとれるのである。


雪月花図鐔 壽矩 Toshinori Tsuba

2011-01-06 | 
雪月花図鐔 壽矩


雪月花図鐔 銘 壽矩(花押)

 風情を求めて描かれる題材の採り合わせに雪、月、花がある。雪月花(せつげっか)をそのまま画題にしたのがこの図であり、東龍斎派には、実はこの手の遊び心の漂う、洒落た画題がままみられる。鉄地を独特の質感に仕上げ、櫃穴を月に見立てて雲を配し、雪は古典的な雪輪文を下地に雪の結晶の六角形に仕上げ、これを背景に花弁のような雪を組み合わせている。点象嵌も雪を想わせる。裏面は桜の花で、雪の結晶の一つと関連付けている。優れた構成になる作品である。名工宮下壽矩(としのり)の作。

小松引図鐔 東龍斎派 touryuusai-School Tsuba

2011-01-04 | 
小松引図鐔 東龍斎派


小松引図鐔 銘 (花押)

 正月子の日に行われた小松引きの行事に題を得た作。銘はなく花押のみが刻されており、作者は不明。伝統的な行事を題材に採っており、いずれかの注文を受けてのものであろうと思われる。若松を引く女性の顔は古典的なしもぶくれのそれで、お多福と呼んでも何らおかしくはないのだが、姿態に柔らか味があり、上品な佇まいが感じられる。鉄地高彫で、画中背景は銀象嵌であり、雪の存在を暗示している。裏面は御簾に葵の葉の採り合わせであることから、この図は『源氏物語』に取材したものであろう。この鐔も独特の二重耳で表わされているが、遠い昔の貴族の世界を思い浮かべるといった、心象表現の一つと考えたい。

梅樹図鐔 壽景 Toshikage Tsuba

2011-01-02 | 
梅樹図鐔 壽景


梅樹図鐔 銘 壽景

 今年の干支、兎の登場。主題は梅樹だが、兎の存在により画面にほっとするような安心感が生み出されている。異様なまでの鐔の造形、二重耳も抑揚変化が大きく、この縁に銀の布目象嵌にて雪の様子が表現されているが、裏面はこれが雲になり、帰雁であろうか、遠くまで澄み切った空気の様子が想い浮かぶ。鉄地高彫象嵌。名工森川壽景(としかげ)の作。

日の出図鐔 高橋正次 Masatsugu Tsuba

2011-01-01 | 
日の出図鐔 高橋正次


日の出図鐔 銘 高橋正次(花押)

 波間に姿を現す太陽を、そのまま鐔の輪郭で表現している。打ちあい崩れ落ちる波頭は、銀地で表現されているが陰影とならず、表情があってこれも美しい。名工高橋正次(まさつぐ)の作。高彫金銀色絵。

 新年明けましておめでとうございます。この連載企画がどこまで続きますやら、本年もしばらくお付き合い下さいますようお願い申し上げます。