車透唐草文図鐔 (鍔の歴史)
車透唐草文図鐔 平安城象嵌
十二方に突起のある輪宝に似て、花文とも言い得る車透の図。耳は土手耳仕立ての厚手。言わば甲冑師鐔に真鍮象嵌を施した作と見れば理解し易い。唐草の表面に毛彫を切りこんでいる点は応仁極めの作とは風合いを異にする。象嵌の落ちた部分があり、意外に浅い彫り込みであるその内部の様子など鑑賞の要素は多い。後の桃山時代末から江戸初期の京都において、唐草文と家紋、小透組み合わせた作風を特徴とする鐔を製作した、一般に与四郎象嵌鐔と呼ばれている小池和泉守直正に繋がる、あるいはその近辺の作風である。96ミリ。
車透唐草文図鐔 平安城象嵌
十二方に突起のある輪宝に似て、花文とも言い得る車透の図。耳は土手耳仕立ての厚手。言わば甲冑師鐔に真鍮象嵌を施した作と見れば理解し易い。唐草の表面に毛彫を切りこんでいる点は応仁極めの作とは風合いを異にする。象嵌の落ちた部分があり、意外に浅い彫り込みであるその内部の様子など鑑賞の要素は多い。後の桃山時代末から江戸初期の京都において、唐草文と家紋、小透組み合わせた作風を特徴とする鐔を製作した、一般に与四郎象嵌鐔と呼ばれている小池和泉守直正に繋がる、あるいはその近辺の作風である。96ミリ。
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