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春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

八王子の与太郎河童、
つまづき、すべって転んで、たちあがり・・。
明日も、滑って、転んで・・。

男と女?!

2016-06-20 23:45:19 | Extra

男と女はもともと脳の構造が違いうと脳学者ははっきりさせているように、
ストレスの解消法もまた男と女では、まったく違い、
女は、喋り、喰う、喋り、買い物が済んだ時点で、ストレスが解消され、
男は、酒を飲み、一人になって考える時間がほしくなり、
過度になると、酒すら飲まなくなるほどの孤独感に陥っていきます。
だから、全てを捨てて、見知らぬ場所に身を置き、内心、安堵しているでしょう。

頼られ過ぎると、もともと、自由でありたい男の本能にひびが入り、
逃げた出したくなります。
女は、モラルをかさにし、「いい」「いけないこと」を口にしたとき、
男の「脳」はその時点で、説明を拒み、心を塞ぎ、す~と居なくなろうと、
画策を練るわけです。

それが自分の身になることか、どうか・・・・
もう、深いストレスにどっぷり、浸かっているわけですから・・・・・。

会話ができる?!
人生の経験からだけでしょう!

根深いところの心の内を、他愛のない会話から
まず、相手の話を聞いてあげることでしょう!
何度も、何度も繰り返し・・・・。

男と女。
違う生き物、言葉だけでで理解しあえるなど・・・・・・。

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今日は・・黙って・・・ジャニー・ギター!

2016-06-20 21:05:22 | Extra

 酒はひそかに一人で静かに、たしなもうと、つい、
ブログに「酒を飲む」と書いたばかりに、
嗅ぎ付けた、
しらふは紳士、淑女の「信頼できる阿保ども」の
朝からの訪問にすっかり今日の予定を狂わされてしまった。

記事を書いてしまった反省は、「酒はやっぱりやめたと」書けばいいのだけど、
「・・・・・・・盆に返らず」
反省を許して下さらない!!
「飲むと、決めたら♬・・・・さぁ、さぁ、さぁ~あ♪・♫」である。

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酒?・・・飲もう!・・・ご機嫌さんで高尾!

2016-06-19 12:27:51 | 散歩

おはようございます!
さわやかな風なのに、「梅雨」の踏ん張り。
出がけに持とうか、道中邪魔になるかの「傘」を横目に・・・・・・・。
しばし、日曜日の雰囲気を味わい、書いてます。

昨日、炎天下に水を飲み飲みの労働をした後、3年ぶりにビールを飲んだ。
浴びるほど飲み歩いていたのは7~8年くらい前。
そして「強制隔離病棟」から出て、口にした
ジャックダニエルの継ぎ足しを、しなくなってから、5年。
よほどの予定がない限り、「酒」を飲まなくなってしまった。

実に、よくない傾向である・・・・・・・ウン!

これからは、「酒の酔い」に浸る時間を持つために、余分な
予定は作らないことにしよう! と決め、
明日の「講道館資料室」に赴くために、
調べたいことの「メモ」を作成することに専念・・・・・・。

というわけで・・・・・!事務所から車で5分のも掛からない場所に「高尾山」があり、
シーズンになると、人、人、人で登山客のファッションも楽しい、観光地。
私は・・・(もたもたすんじゃない!)・・「はい、私はまだ、登ったことがありません・・」

高尾山の玄関です。(相模湖に行く途中でしたので、ほんのさわりだけです)


ご注意ください。この絵は、梅雨時の平日です。これが晴れた日の日曜日には・・・


この時小雨が・・・


甲州街道(ルート20)山梨方面に行く、うっそうとした山あいに・・・










苔・苔・・湿ってますね・・・

では、皆様、ご機嫌さんで・・・!
のちほど!

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ウィルス性C型肝炎の記事にアクセス下さる、皆様へ!

2016-06-18 20:28:55 | Extra

こんばんは!
うだる、陽が少し隠れ夜風が心地よい八王子市です。

今日は、ウィルス性C型肝炎の記事にアクセスなさる方々への
ページにさせてください。

書いた記事には、肝炎が治癒していく時系列は記入しておりません。
ご覧になる方は、おそらく御自分、あるいは知り合いの方など、肝炎を患い
治療に迷われていらっしゃるのかもしれません。

きちんと私の「ウィルス性肝炎」の治療に至るまでの時系列を表記いたします。

ウィルス性C型肝炎と診断されたのは、昨年2015年11月末。

1900年ごろから、3月には、年1度の健康診断を受けておりました。
気にしていたのは、肝臓の数値です。
正常値と診断されることなく、いつも『要・再検査』の結果です。

1911年、『結核』を患い、清瀬市の複十字病院へ隔離されました。

結核と診断され、隔離する前の肝臓の数値から、約80回程の血液検査のランダムに・・。
1911年   GOT    GPT     γGPT  
(正常値) (13~33)   (8~42)   (10~47)
11/07     85    82      92    
11/21     34    35      61 
12/08    277    179     63  
ここで結核治療薬の「リファンピシン」の副作用顕著に出ます。
薬の投与が中断されます。

12/12    456    497     105
12/19     56   129      83
投与再開です。

このあたりから、『結核』だけの検査では3か月の隔離は、
思いがけなく、早く退院出来そうでしたが、
2012年
01/04    123    155      83
と再度 「肝機能検査」が芳しくなく薬の投与は中断しました。

01/06     85    126      65
で、投与再開し、結核は、中断しながらでも、「結核の菌」が活性しない、判断され、
1月20日退院しました。
その後半年は自宅で薬を吞み、定期健診です。
薬から解放され3か月間隔で、定期健診『血液検査』『レントゲン』は続けていますが
(現在は、半年~1年にしたらといわれていますが)

その間     GOT       GPT    γGPT  
        100前後    120前後    35

が、2015年夏過ぎまで変わりませんでした。

2013年 結核の主治医が、
肝臓が改善されない原因を突き止めなさい、と
消化器内科宛てに、紹介状を書いてもらいました。
「結核」お世話になった「保健所」の担当者からも、2015年春、
「治癒l率95パーセントの飲み薬」が出たと紹介されます。
従来のインターフェロン注射ではないと。

2015年11月、「意」を決して「消化器内科を訪ね、
ここで、「ウィルス性C型肝炎」と判明しました。

3か月間の服用を条件に、飲みますが、高額(約1000万円)です。
この薬は「高額医療制度」の適用を満たすので、
医者⇒所得証明書⇒保健所で申請⇒『申請完了まで約3ヶ月でした』
医療費は、若干の個人負担です。

吞み始めて、2週間後には「ウィルス検出されず」
今日現在、「薬」は飲んでおりません。数値は正常値を示しております。

ここに示した私の「ウィルス性肝炎」の数値が貴方様方と同じとは
おもえませんし、もっと深刻な方々かもしれません。
私は「薬」の投与でうまく「治癒?」したと思いますが、
私の病症と治療とがあなた様に当てはまるとは思えません。

私は医者ではありませんので、どうか
あなた様が「悩まされる肝炎」を、
治療するのであれば、きちんと「問診」に触れ、信頼できる、「先生」を、
見極め確実な検査の元で治療くださることを、お願いいたします。

このページはあくまで「私の医療を受けるまでの時系列」です。
信頼できる先生は、きっといらっしゃるでしょう!!

どうかご健康になられ、いい日々を送られますよう・・・・・・。
・・・・祈ります!・・・・・

{文を書く能力が足りませんので、うまく伝えられましたか、どうか?}

※治療の経過で聞きたいことがありましたら、遠慮なく、いつでもご連絡ください。
  必ず対応いたします。
 

 

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六郎・思う・・・母と暮せば?・・・・井上麻矢・ひさし氏を語る。

2016-06-17 20:22:40 | 節三・Memo

 うだるような暑さの中での労働でした・・・・は は は は・・・!
慣れは恐ろしい!
この暑さ、堪えられない訳ではなく、「もっと気温が上がっても平気だ!」
と、「何を偉そうにと」陰口叩かれても、
つい、うそぶいてしまう!

というわけで・・・相模湖交流センターより、、頼まれたわけではありませんが、
・・・・・気になったイベントです・・・・・・!

【平和への祈り・家族の会い】

朗読 『母と暮せば』

朗読・井上麻矢・(小説・井上ひさし氏の娘さん)
劇団「こまつ座」代表取締役社長

井上ひさし氏の広島を舞台にした『父と暮せば』
の対版
井上麻矢氏が企画し
山田洋次監督の手で映画化した
長崎を舞台にした『母と暮せば』
 
当日
来月7月16日(土) 13:30開場 14:00開演

1部 「母と暮せば」 朗読会
2部 井上麻矢 父・井上ひさしを語る。

井上ひさし氏のエピソードなど聞けるかもしれません・・・。

この日の私はドライブがてらに・・・・・・・!



神奈川県立相模湖交流センター・外観です。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【太田節三の慕情・メモ】

メンドサまで170キロメートル。
パンと水だけの旅だった。
メンドサでは、学校のトイレ掃除などをして生活費を稼ぎ、
今度は、無蓋貨車に潜り込んで、首都ブエノスアイレスへ。
当時のアルゼンチン、不況。
言葉もよくわからない、六郎にとって、就職ができない。
700キロメートル北の、コルトバ市に生きる望みを求める。
20日ばかり農学校に世話になり、600キロ北のトウクマン市へ

徒歩の旅を続ける。

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アンデスはなんとか・・・痩せる・六郎!夜空に華!

2016-06-16 17:24:07 | 節三・Memo

こんばんは!!

地震があったり、東京の首領は我々の「禄」、50億円を2年僅かで使い果たすし、
「暖簾に腕押し、小石躓き、ころげて目の前、岸壁・・・…?」
「働けど、働けど、灯りは、カンテラより暗し・・・・・・・?」

まあ!

信用のない人が大イベントに出て、大海に恥をさらさなくて済んだことはよかったですが…ね!
「希望」と云う言葉が必ず付くイベントですからね・・・・・!

なんだか急に「腹が減った!」



日病院の帰り、気晴らしに出かけた、神奈川県の「相模湖」の風景です。
八王寺から車で40分くらいでしょうか、たまに出かける場所でもあります。

毎年、八王子の祭り8月5日~7日二先駆けて、花火が上がり、
イベントが開催され、にぎわう場所です。

先駆けてイベントのポスターを・・!
今年は「JAZZ」ですね。

猪俣 武氏

1994年、「ジャパン・ジャスト・ジャズ・オールスターズ」を率いて
ニューヨーク公演 を行い、カーネギー・ホール、アポロ・シアターなどで大喝采を浴びた。
1996年より、前田憲男氏を音楽監督に「THE KING」を結成。
日本のジャズの歴史を記録するため、
浜離宮朝日ホールに於いてコンサートを全20回にわたり行い、
幅広い層から高い評価を得る。2005年 には音楽生活55周年を迎える。

「あらまぁ・・・・・!」


この場所から着なれたところは,<沢山、たくさん>浮かんでいるのですが・・・・。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【太田節三の慕情・メモ】

当日、トンネル内の保線工事に出た六郎は、
空き瓶に立てたローソクの灯りを頼りに、アルゼンチン側の出口にこわごわ近づいた。
「果たしてうまくいくかどうか」
打ち合わせ通りの合図(ノック)をした。
中からギートいう音。扉はゆっくりと開いた。
途端に目もくらむような南国のギラギラ太陽。
白銀に輝くアンデスの山脈・・やまなみ・・。
極度の緊張から解放された六郎は、にわかに重い疲労を覚え、その場に座り込んだ。

メンドサまで170キロ。
懐がさびしい。再び歩くしかなかった。

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竹馬の友・アバヨ!・・リベルタンゴにのつて!

2016-06-15 18:12:24 | 節三・Memo

 病院 風景1
紙に書いたの、どうした、おじいちゃん?
忘れたら先生に診てもらえないじゃないの!
胃を切るのか、腸を切るのか、どうかしらね!
私6人の孫がいるのよ。それでね、おじいちゃん、覚えているかしらね!
覚えていることの方が、少ないのよ!
朝何食べたかしら、

昆布海苔に卵をかけてね。これがうまいのよ。

あら、そうね!
私、何食べたかしら、畑に行ってみたらこんな大きいジャガイモがあったのよ。
おじいちゃんと一緒のもの食べたのよね。玉子に昆布海苔かけて!
おじいちゃんどこへいらっしゃるの!
そこは私のような美人だけ入れるとこですよ
{おじちゃんと連れ合い、そして話し相手の会話・中継}

病院 風景2
ウィルスは検出されませんでした。よかったですね。
肝機能の数値も全くの正常値です。
では次は、
薬を飲まなくなって1か月の
検査をしましょう!

ウン?
チラリとカツオの一本釣りが目に浮かび、
この先生の時系列は、“地引網船”だ。
一本で決められないのか・・・・・。
いつまでもひっぱる。
この病院の名医と宣伝する訳だ。
肝炎患者への「問診を受けた」という噂を聞いたことがない!

まあいづれにしろ、竹馬の友ウィルスは私を捨てて姿を消したのだ!
これから「相模湖」辺りまで探しに行ってみようか・・・・!

というわけで・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 【太田節三の慕情・メモ】

アンデスの国境をどう乗り越えるか。
実は入国査証は持っていても、国境のトンネルを(ウスパヤタ峠)をくぐる汽車賃がないのだ。
トンネルの中を歩いて行こうにも、その出入り口には丈夫な扉があって、汽車が通る時だけ
官憲の手で開けられる。
当時のアルゼンチンは政情不安で、誤解を招くような入国など企てようものなら、
「一発であの世行き」
だが、「窮すれば、通ず」とか。
岡本という邦人抗夫が“秘策”を授けてくれた。

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響け!・・・オカリナ・・「草原のマルコ」

2016-06-13 14:04:37 | 節三・Memo

日の八王寺は目覚めから“土砂降り”
こんな時の労働は、燃えるものですが、今は
おとなしく、部屋の中で、晴れる日を待ちましょう!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【太田節三の慕情・メモ】

大正5年ブラジルに観光気取りで旅行を重ね、メキシコからチリへ。
その頃には懐の大金も底を突き、食事代にもこと状態。
そこで大統領の弟、海軍大将邸の門番を二年ほど勤める。

大正七年、土井という日本人移民から八十ペソを借り、最終目的地?の
アルゼンチンに向かった。
といっても、鉄道の線路工夫をしながらの旅で、国境までの三ヵ月。
頑丈な体もすっかり痩せこけていた。
山脈はベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、
アルゼンチン、チリの7ヵ国にまたがる。

さて、アンデスの国境をどう乗り越えるか・・・・・・・・・・・。

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(57) 母を訪ねて3千里!

2016-06-12 20:44:54 | 節三・Memo

小石川後楽園のひととき!

 


今日は暑くもなく!
寒くもなく!
何事もなかった一日でした!
明日からは、健康の為にも肉体労働に精を出す週間といたします。
水曜日は、病院の検査結果を聞きに!
これが 「通院最終日」 と思いたいです!

八王子は静かです・・・・・・!
  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【太田節三の慕情・メモ】
{投稿した記事を明確にし、混乱を回避するために項目を冒頭に記します}

※1905年 - 日露戦争では「モレノ」、「リバダビア」の2隻の軍艦がそれぞれ
「日進」「春日」として日本海軍に売却された。

※1908年 - ブラジルのサントス港を目指した笠戸丸移民の760人の内、
 160人がブエノスアイレスで下船。日本人のアルゼンチンへの第一次集団移住となる。

※日本から一番遠い国、アルゼンチン。
 アニメの巨匠宮崎駿は1882年イタリアのジェノバから、
 アルゼンチンのブエノス・アイレスで行方不明になった母、
 アンナ・ロッシをたすねて、旅に出る物語「母を訪ねて三千里」を描き上げています。


節三の兄六郎がアルゼンチンをめざし、小坂町に決別した年が1919年5月。
約10年後の物語ではあるが
石川達三 『蒼茫』 第1回芥川賞受賞(1935年)

1930年3月8日から。ブラジルへ渡る移民者の渡航船に乗るまで、
『国立海外移民収容所』送られた人々、
不況に苦しんだ挙句選んだ移住希望者で、
戸籍を偽り、病気を隠し、帰還させられる恐怖におののきながら、10日余りを過ごす
その揺れ動く心情を描いています。


石川達三その後

1930年に移民の監督者として船でブラジルに渡り、
数ヶ月後に帰国。
国民時論社に復職して『新早稲田文学』の同人となり、小説を書く。
その後国民時論社を再度退職し、嘱託として働く。
ブラジルの農場での体験を元にした『蒼氓』で、1935年に第1回芥川龍之介賞を受賞。

1936年に結婚。社会批判をテーマにした小説を書くが、
1938年『生きてゐる兵隊』が新聞紙法に問われ発禁処分、禁固4ヶ月執行猶予3年の判決を受ける。1942年には、海軍報道班員として東南アジアを取材。

・・・・・
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晴れた日の、夕暮れは・・・蜜の味?

2016-06-11 20:29:01 | 散歩
小鉋のない足袋は「小鉋なし足袋」!
銀座「津田家」HPより。
利口になったような、はぐらかされたような!
舞い上がるのも、いい・・・加減にします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
改めて、後楽園の広報係、再雇用にチャレンジです。

大人も安らぐスポットです?!

完璧大人のスポット、馬券売り場。


これからの季節、僅かながらの清涼で!


野球の勝負に声をからすなり、


夕暮れの木立で、愛を語るなり、


友達と愚痴を言い合ったり、


子供らの声を聴いていても、


清潔第一。係はきちんとカラスを追い払ってくれます。


そして


こんな乗り物で










小腹がすいたら


人気のあるクレープを頬ばり・・


こんな石畳みをステップして


人気のないところで夜を待ちましょう・・・・か!


 帰り道教える係じゃありませんこと・・よ!


あなたを、お待ちしてますの!


こんな時、役に立つのが、これ!!



地下鉄で帰りたくなかったら


これを食べて、


ホテルでくつろぐ手もある・・・!
ここは、子供の国です。
「危険な蜜の味」は、貴方達に合うムードのところで!


いずれにしろ懐の中には、この3分の1位は・・・忍ばせて・・・。
首領の性根が移ってきた!




・・・・・おれ、やっぱり広報係やめる。
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