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日米を問わず名選手を紹介。

佐々木信也(2)

2011-01-11 22:06:28 | Weblog
佐々木信也の公称サイズは身長169cm,76kgとなっています。現役時代の公称サイズはそのかなり後に知ったのですが、テレビで見る限り、体重はもっと少なく感じました。従って元プロ野球選手としては、当時でも小柄な方だった事も、テレビで解説を務めている彼に、やや違和感を感じたものです。そこで非常に興味を持って、現役時代の実績を調べたかったのですが、現在とは違い、なかなか調べる術がなく、ある程度期間が経た後、彼の入団1年目の成績の一部が解りました。それが解ったのも大学卒、高校卒の違いはありますが、彼はあの大投手稲尾和久と同じ昭和31年の入団であった為、稲尾和久絡みの記事で、彼の入団1年目の数字の一部が紹介されていました。当時幾つか紹介されていた稲尾和久の記事では、入団1年目の新人王レースでは、前半戦は数字的な評価では佐々木信也がリードしていたが、後半戦稲尾和久が盛り返し、最終的には21勝6敗、防御率1.06で稲尾和久が新人王に選ばれたという事でした。その年佐々木信也は生涯一度のオールスターに選出され、稲尾和久は選出されていません。



佐々木信也1年目の実績    154試合   180安打   0.289     6本塁打     37打点     34盗塁

佐々木信也(1)

2011-01-10 13:11:53 | Weblog
昭和31年から34年まで、高橋ユニオンズ、大映ユニオンズ、大毎オリオンズに在籍した右投、右打の二塁手です。所属チームの消滅や合併等でチーム名は変わっていますが、所謂移籍ではありません。現役時代の彼のプレーを見たり、或いは噂に聞いたという記憶はありません。私が初めて彼の姿を見たのは、昭和30年代中頃から後半にかけての時期だと思いますが、NETテレビ(今のテレビ朝日)での解説をしていた時でした。当時、薄暮中継という事で主に日曜日の夕方、比較的パリーグの中継が多かった様に記憶していますが、その画面を見て、異常に若い人が解説をしており、又プロ野球経験者らしいが、それなりに野球好きだった当時の私が、時代のずれがあったかも知れませんが、全く知らない名前だった為、妙に物凄く気になった存在でした。当時は現在と違って、プロ野球中継はNHKと民放4局しかなく、解説者の数自体少なく、プレーを見た事がないにせよ、それなりに名前の知られた元名選手が解説を務めているというのが、殆どだったと思います。それだけに20代後半で、決して有名選手であったとは言えない彼が、何故この年齢で解説者をしているか知りたく、変な好奇心のある私は色々調べ始めました。

五十嵐亮太の成績を予想

2011-01-09 14:35:40 | Weblog
今年もセットアッパー、或いはその前の役目を期待されている五十嵐亮太の成績を予想してみます。結論的には活躍はかなり厳しいかと思います。チーム事情にもよりますが、彼がどの程度、チームから信頼されるか、又故障なくシーズンを乗り切れるかが大きな鍵になると思います。つまり今年も彼の置かれる環境はレギュラーではなく、少しの不振やちょっとした故障でも、ファーム3Aに落される位置にいるかと思います。はっきり言えばチームにとって絶対的に必要な存在にはなり得ないという実力だと思います。彼の昨シーズンの速球系の平均球速は93.5マイル(150,4km)であり、役目の違いはあれど日本人投手では最速になります。しかしこの数字も、メジャーのリリーフ投手の内では平均か、やや上位の位置付けになるかと思います。又変化球も勝負球になる程の威力ある球はありません。右腕の引きの物凄く少なく、強い肩の力に頼った投球フォームからの球は、日本人投手の割には重みを感じさすものの、球の伸び、切れはもう一つ、更に制球にも不安を覚えるだけに、彼がセットアッパーとして物凄い活躍をするとか、クローザーを務めるとかは想像出来ないものです。同チームのリリーフ投手に、最速104マイルと言われるボビーパーネルがいる事も、彼の存在価値を低くしている様に思えます。



成績予想    40試合     34イニングス     1勝2敗   4.67 28奪三振      0セーブ

石毛博史

2011-01-08 21:30:51 | Weblog
1988年のドラフト外の入団ですが、実働は1991年からで、読売ジャイアンツ、近鉄バッファローズ、阪神タイガースに在籍した右腕投手です。彼のイメージとしては読売ジャイアンツ時代しか思い浮かばない感じです。公称188cm,93kgの恵まれた体からの重い速球とフォークボールを武器として、主に抑え投手として活躍しました。当時も現在もそうでしょうが、速い球と落ちる球と、抑え投手としての適性は持っていたと思います。投球フォームはほぼオーバースローに近い位置からであり、結構の腰の捻りもありましたが、悲しいかな肘の撓りには欠け、球速は出ているものの、所謂伸びがあり切れのいい球という訳ではありませんでした。このタイプの投手はメジャーの若手投手に多く見られますが、球速こそあれ、もう一つ大成しない投手と言えるのでしょう。石毛博史投手の場合、コントロールにも難があり、物凄く活躍したと言えるのは、1993年位かと思います。球威の落ちた時点での彼は、投球術にも欠けていた為、通用しなくなったといえるのでしょう。1990年代の豪球投手(敢えて豪速球ではありません。)と言えば彼の名前が早く浮かんで来るほど、その非常に重い球質は未だに忘れられません。



通算成績    375試合    34勝29敗     83セーブ      防御率   3.44    594奪三振

左打者対左投手

2011-01-07 14:36:05 | Weblog
日本メジャーを問わず、相変らず左腕投手の先発或いは先発が予想される場合に、主軸もしくはそれに近い選手と言えど、左打者を先発メンバーから外すケースは結構見られるものです。2010年のシーズン松井秀喜選手にも、この様なケースは結構あり、福留孝介選手の中盤戦以降の器用のされ方は、殆どこのケースだったと思います。又左腕投手がリリーフに出て来た場合でも、左打者に代打を出すケースもかなり見かけられました。果たしてこの起用法はいいのでしょうか?かなり疑問に思います。その投手対打者の相性もあるのでしょうが、明らかにレベルの違う場合も多いと思います。例としては、単に人数の少ない左投手という利点だけで、力のあまりない左腕投手の登板は多く見られます。又その程度のレベルの左腕投手相手に、先発メンバーの左打者を代えるケースも多く見られます。その後出て来る右打者の力が落ちる場合も多いものです。この起用法に就いては、どうしても両チームの監督の言い訳が多く絡んでいる様に思えてなりません。つまり一応、左打者対左投手は打者が不利とされている為、そのセオリーに従って起用したので、もし失敗したとしても仕方なく、ファンも諦めてくれるだろうという前提が隠されていると思います。リリーフの左腕投手のレベルに就いては、近い内に又触れたく思っています。

秋山登投手の球速(2)

2011-01-06 15:16:28 | Weblog
右腕アンダースロー速球投手の多くによく見られる特徴が二つあります。一つは物凄く重心が深く沈み込んだ姿勢で投球するという事です。杉浦忠、山田久志等、このタイプの代表かと思います。もう一つは右腕の後方への引きが、やや強引かと思える程大きいという事です。このタイプでは金城基泰が最初に浮かびます。アンダースローで速い球を投げる投手の殆どが、この二つの特徴を持っているかと思います。逆にこの二つの特徴がなければ、速い球を投げられないと断言してもいいかと思います。しかし秋山登の場合右腕の引きは、かなり大きいものの、重心の沈み込みは感じられません。思い切った腰の捻りを活かして、比較的上体の高い位置から投じていました。彼の投球を見る限り、人並み外れたバネがあったのでしょう。もしそうでなければ、入団2年目には、当時ほぼ全盛期の金田正一を上回る312個の奪三振や、入団4年間で1033奪三振、80勝を挙げる事は不可能かと思います。400イニング以上投げた年もあり、入団から4年連続で300イニング以上投げている酷使と、あまりにも素晴らしい素質、天性のバネに頼りすぎたのと強引な腕の引きが徐々に影響したのでしょうか?球速の衰えにつながったと思えてなりません。彼の速球投手時代は見ていませんが、実績や多くの証言にある通り、間違いなくかなり速い球を投げていたと確信するものです。

秋山登投手の球速(1)

2011-01-05 23:09:40 | Weblog
昭和31年から42年まで、大洋ホエールズで大活躍した、横手投げに近い下手投げの右腕投手です。彼の投球を初めて見たのは、多分昭和34年か35年だったと思います。その時点で私の知り得る限り、決して球の速い投手と言う印象はありませんでした。しかし多くの文献から、入団当初から数年間は彼が物凄い速球を投じていたという記事を見かけていました。昭和30年代のアンダースローの速球投手と言えば、南海ホークスの杉浦忠と秋山登が双璧と言う記事が多かった様に記憶しています。最近イチロー絡みで多くの本を出版している張本勲氏も、その自著の中や、レギュラー出演しているサンデーモーニングでも、アンダースローの速球投手としては必ず杉浦忠と共に秋山登の名前を挙げています。張本勲氏の場合オールスター出場は、入団2年目の昭和35年の為、その時に対戦していたかどうか、又その前年も含めて、オープン戦での対戦に就いては知らないのですが、何故か秋山登の名前を挙げている事に、妙に興味を持ってしまいます。


岡林洋一

2011-01-04 12:21:06 | Weblog
1991年から、一軍登板なしの1996,1998年を除き2000年まで、ヤクルトスワローズで活躍した右腕投手です。ペナント終盤戦や日本シリーズでの大活躍もあり、その残した実績以上に、特にヤクルトファンには忘れられない投手と言っていいかと思います。公称186cmの長身、オーバースローに近い位置からの投球フォーム、脚も胸の辺りまで高く引き上げ、体全体にもバネを感じさせるものでしたが、右腕の位置が見易く、又比較的打者に正対するフォーム、球の伸び,切れはあるものの、軽い球質、必ずしも速球投手の範疇には入らない球速等もあり、どうしても迫力不足を感じざるを得ませんでした。長く一線級投手としてやっていくには、線の細さを感じました。変化球もそれなりにありましたが、ストレートも含め、決め球となる球種はなかったと思います。タイプ的には主にロッテオリオンズで大活躍した成田文男投手が近いかと思いますが、彼の様な球速や決め球を持っていなかった事が、実績の大きな差につながっていると思います。



通算成績    175試合   53勝39敗    防御率   3.51     472奪三振

松坂大輔の成績を予想

2011-01-03 23:16:33 | Weblog
今年も懲りずに松坂大輔投手の成績を予想して見ます。残念ながら大きな期待は出来ないかと思います。毎年書いていますが、どうしても球の速さが気になります。インサイドエッジ社の集計したデータを、ネットと月刊スラッガー2月号で見る事が出来ました。そのデータによるとレッドソックス入団後、彼の速球系の平均球速は年度別に91.9,91.8,91.1,92.0マイルとなっています。実に安定した数字になっていますが、この数字はメジャー登板の全投手の速球系の平均91.2マイルをやや上回っていますが、決して速い部類には入りません。又変化球の種類は多い方かと思いますが、コントロールが安定しない事もあり、今の彼の投手としてのスタイルは、当然本格派ではなく、又技巧派にもなり得ない、非常に中途半端な位置にあるかと思います。又メジャーのマウンドの硬さもあるのでしょうが、日本時代程、沈み込むフォームが出来ず、かって見せてくれた様な、消え去るスライダーが影を潜めていると思います。今の力だとレッドソックスの先発投手での順位は、5番手かと思います。球速もそうですが、打者を圧倒する様な凄味や切れのある球のない彼には、多くを期待するのは無理なのでしょう。(1マイル=1.609km)




予想成績    28試合    179イニングス    10勝10敗    4.28 148奪三振

中込伸

2011-01-02 20:22:25 | Weblog
1990年から2001年まで、阪神タイガースに在籍した右腕投手です。しかし1994,1995年は故障の為実働はありません。2002年から2005年まで、台湾野球に転じ、かなりの活躍をしています。当然台湾時代の彼の投球は知りませんので、日本時代結構見る機会の多かった彼の投球に就いて書きます。彼の投球を初めて見た時感じたのは、どんなに成長したとしても、一流投手になり得る素材ではあり得ないという事でした。一言で表現すれば鈍重と言う言葉に尽きるかと思います。公称182cm,99kgの体型でしたが、体重はもっと重かったかも知れないと思わせる様な感すらしました。実際はどうだったか解りませんが、あまり鍛えてはいない様な体つきにも思えました。スリークォーターから投じていましたが、腰の捻りが浅く、肘の撓りにも非常に欠ける為、、所謂棒球であり、残念ながら伸びのある球、切れある球は投げられませんでした。前回紹介の北別府投手とは対極の位置にあり、スマートさシャープさとは縁のない投手でした。但し、1990年代、それ程強力とは言えなかった阪神タイガース投手陣にあって、かなり奮闘したシーズンもあり、ある意味期待以上の活躍をしてくれた投手と言えるかとは思います。



通算成績    128試合    41勝62敗    防御率   3.74     562奪三振