昭和41年から54年まで、阪急ブレーブス一筋で大活躍した右投右打の外野手です。本塁打王3回、打点王3回、MVP2回、ベストナイン7回と素晴らしすぎる実績の割に、後の評価が物凄く低い、つまり過小評価されている選手と思えてなりません。昭和40年代阪急ブレーブスがパリーグに於いて強かった時代、彼も全盛期で毎年の様に3割、40本塁打、100打点をマークしており、文字通りチームの主砲として大活躍していましたが、本当に残念ながら、チームは日本一にはなれませんでした。当時は読売ジャイアンツがセリーグで毎年優勝しており、更に日本シリーズでも勝ち続けており、阪急ブレーブスのみならず、パリーグの優勝チームの評価が異常に低く、ひいてはパリーグの選手も不当に低く評価される傾向もありました。当時パリーグの3割打者はセリーグに移籍したら2割8分しか打つ実力がないという、全く根拠のない記事が多く、セパの人気の差も現在とは比較にならない程激しく、物凄くパリーグの選手の実力が低く評価されていた時代でした。従ってこの時代に大活躍したパリーグの選手の評価は低く、長池徳士は不幸にも、その弊害を受けた代表的な選手といえるかと思います。