先日偉大な打者山内一弘氏が亡くなりました。このブログでは開設2日目に、山内一弘選手に就いて書いていますが、重複しない範囲で選手時代の彼を紹介したいと思います。彼は昭和29年からチームの主力打者となり、故障でシーズン途中から欠場した33年を除き36年迄毎年3割、25本塁打以上と本当に安定した成績を残しています。この間に首位打者1回、本塁打王2回、打点王4回のタイトルに輝いています。特に彼の27歳から29歳に当たる、34年から36年までの打撃に関しては日本一の打者だったと言えるのではないでしょうか?この年代、先ずパリーグでは、あの怪童と呼ばれた中西太は腱鞘炎の為出場試合が非常に少なくなっており、ホームラン打者として野村克也は台頭して来たものの、打率面ではかなりの差がありました。又36年には張本勲が首位打者を獲得しますが、未だ21歳これからの選手という感じでした。セリーグでは長嶋茂雄が活躍していましたが、打撃の円熟度に於いてはかなりの差があった様に思います。又後に素晴らしい打者に成長する江藤慎一、王貞治もその素質が開花していませんでした。そういう状況の中で、長打力もありチャンスにも強かった山内一弘の打撃こそ、その時代の頂点と言っても過言ではないと思います。