ビールの美味しい季節になった。
夏になると私はいつもオリオンビールを飲みたくなる。
「蒸し暑い=オリオンビール」
というのが、1987年以来の習慣なのだ。
学生気分も冷めやらぬ1987年6月。
私は初めて沖縄へ行った。
残念なことに仕事で行ってきたのだった。
仕事の内容は沖縄本島中部に建設中のリゾートホテルの竣工書類の作成業務。
約1ヶ月の滞在だった。
6月だというのに連日蒸し暑く、ホテルも工事中なので現場事務所以外は冷房なんか効いていない。
書類の作成のために各種項目のチェックや測定のために現場へ入ると汗だくになった。
名門ビーチ「ムーンビーチ」近くの宿泊所の安ホテルは驚くなかれクーラーが有料で1時間100円。
コインボックスには400円までしか入らないので、4時間ごとに目を覚ましては100円玉を追加した。
暑さをしのぐ、毎日の楽しみはビールを飲むこと。
ホテルの近所の万屋の冷蔵庫にはキリン、アサヒ、サッポロ、サントリーのメジャー4社のビールも入っていたが、オリオンビールが最も多くの場所を占有していた。
「オリオンビールって何?」
と初めて見た沖縄の地ビール会社に興味津々。
興味津々だが、やはり飲み慣れたキリンやアサヒを購入した。
で、ホテルへ持ち帰り飲んでみると、
「なんや? 不味~!」
となってしまった。
大学時代、そして社会人になって2年間、ビールは暑い季節には美味しいものという既成概念が崩壊した瞬間だった。
翌日、めげずにサントリーとサッポロを買い、試しにオリオンを買ってホテルに帰った。
で、サントリーとサッポロはやはり不味くて飲んでもすっきりしないのだ。
「オリオン、飲んでみよか」
と大阪からの出張組の仲間と一緒に飲んでみると、
「え~!うま~!」
と驚いた。
「沖縄では沖縄のビールしか飲んだらアカンということか」
カルチャーショックを受けてから、沖縄滞在中は本土のビールは一本も買わなかった。
しかも帰る時のお土産もオリオンビールで、当時本土と沖縄県は酒税が異なっていたので、郵パックで送っても、本土で買うビールよりも安かったのだ。
1987年というとビールといえばキリンのラガービール。
家でも外でも「ビールちょうだい」といえば、ラガービールが出て来た時代だった。
ところが、この1987年は、ビールの歴史ががらっと変る激変期間の最初の年でもあったのだ。
天の邪鬼の私は高校卒業以来、コンパや宴会、ちょっとしたパーティなどでは必ずラガー以外のビールを飲んでいた。
「ラガーって、美味しくないよね」
などと大胆にも味の違いなど分らないまま恰好をつけて宣ったりした。
ある雑誌で聞いたことがある一説に「オリオンのパクリらしい」というアサヒ・スーパードライ。
本書はそのスーパードライ登場に始まるビール業界の市場逆転と発泡酒の出現による過酷な「ビール戦争」をリポートしたドキュメントだ。
1980年代半ば、サントリーへの合併を進めるために倒産寸前のアサヒビールに住友銀行から送られた社長が、和食に合うビールを創れと開発に指示したことからスーパードライが誕生した、という前半は、まさにNHKのプロジェクトXの感覚で楽しめる。
一方、市場が激変し、僅か数年で奈落の底に落とされたエリート集団キリンビールの社員のエピソードは現在まで続く多くの日本企業の縮図でもある。
本書は過去20年に渡るビール業界の闘いを通じて、営業とは何なのか、企業文化とは何なのか、ということを読者に対して率直に問いかけたルポルタージュの傑作だ。
思えば父や祖父の時代はキリンのラガーがお決まりのビールだったが、その理由を私たち一般人が知ることはなかった。
今では酒屋やコンビニへ行くと大手四社はもちろん沖縄のオリオンビールまで売られている時代。
こうなる過程で、ビールの市場がどう変ったのか、そしてその変化に各メーカーの営業マンや企画開発担当者はどう挑んだのか。
単にビールのみならず、あらゆるビジネスに通じるドラマが本書では紹介されているのだ。
そして、各々のドラマには共通の言葉が含まれている。
その言葉を「情熱」という。
本書を読むと、その情熱が胸を打ち、気楽に構えていることができないくらいの感動と衝撃を受けるのだ。
企業戦士として生きる者なら是非読みたい一冊だ。
~「ビール戦争15年 すべてはドライから始まった」永井隆著 日経ビジネス人文庫刊~
夏になると私はいつもオリオンビールを飲みたくなる。
「蒸し暑い=オリオンビール」
というのが、1987年以来の習慣なのだ。
学生気分も冷めやらぬ1987年6月。
私は初めて沖縄へ行った。
残念なことに仕事で行ってきたのだった。
仕事の内容は沖縄本島中部に建設中のリゾートホテルの竣工書類の作成業務。
約1ヶ月の滞在だった。
6月だというのに連日蒸し暑く、ホテルも工事中なので現場事務所以外は冷房なんか効いていない。
書類の作成のために各種項目のチェックや測定のために現場へ入ると汗だくになった。
名門ビーチ「ムーンビーチ」近くの宿泊所の安ホテルは驚くなかれクーラーが有料で1時間100円。
コインボックスには400円までしか入らないので、4時間ごとに目を覚ましては100円玉を追加した。
暑さをしのぐ、毎日の楽しみはビールを飲むこと。
ホテルの近所の万屋の冷蔵庫にはキリン、アサヒ、サッポロ、サントリーのメジャー4社のビールも入っていたが、オリオンビールが最も多くの場所を占有していた。
「オリオンビールって何?」
と初めて見た沖縄の地ビール会社に興味津々。
興味津々だが、やはり飲み慣れたキリンやアサヒを購入した。
で、ホテルへ持ち帰り飲んでみると、
「なんや? 不味~!」
となってしまった。
大学時代、そして社会人になって2年間、ビールは暑い季節には美味しいものという既成概念が崩壊した瞬間だった。
翌日、めげずにサントリーとサッポロを買い、試しにオリオンを買ってホテルに帰った。
で、サントリーとサッポロはやはり不味くて飲んでもすっきりしないのだ。
「オリオン、飲んでみよか」
と大阪からの出張組の仲間と一緒に飲んでみると、
「え~!うま~!」
と驚いた。
「沖縄では沖縄のビールしか飲んだらアカンということか」
カルチャーショックを受けてから、沖縄滞在中は本土のビールは一本も買わなかった。
しかも帰る時のお土産もオリオンビールで、当時本土と沖縄県は酒税が異なっていたので、郵パックで送っても、本土で買うビールよりも安かったのだ。
1987年というとビールといえばキリンのラガービール。
家でも外でも「ビールちょうだい」といえば、ラガービールが出て来た時代だった。
ところが、この1987年は、ビールの歴史ががらっと変る激変期間の最初の年でもあったのだ。
天の邪鬼の私は高校卒業以来、コンパや宴会、ちょっとしたパーティなどでは必ずラガー以外のビールを飲んでいた。
「ラガーって、美味しくないよね」
などと大胆にも味の違いなど分らないまま恰好をつけて宣ったりした。
ある雑誌で聞いたことがある一説に「オリオンのパクリらしい」というアサヒ・スーパードライ。
本書はそのスーパードライ登場に始まるビール業界の市場逆転と発泡酒の出現による過酷な「ビール戦争」をリポートしたドキュメントだ。
1980年代半ば、サントリーへの合併を進めるために倒産寸前のアサヒビールに住友銀行から送られた社長が、和食に合うビールを創れと開発に指示したことからスーパードライが誕生した、という前半は、まさにNHKのプロジェクトXの感覚で楽しめる。
一方、市場が激変し、僅か数年で奈落の底に落とされたエリート集団キリンビールの社員のエピソードは現在まで続く多くの日本企業の縮図でもある。
本書は過去20年に渡るビール業界の闘いを通じて、営業とは何なのか、企業文化とは何なのか、ということを読者に対して率直に問いかけたルポルタージュの傑作だ。
思えば父や祖父の時代はキリンのラガーがお決まりのビールだったが、その理由を私たち一般人が知ることはなかった。
今では酒屋やコンビニへ行くと大手四社はもちろん沖縄のオリオンビールまで売られている時代。
こうなる過程で、ビールの市場がどう変ったのか、そしてその変化に各メーカーの営業マンや企画開発担当者はどう挑んだのか。
単にビールのみならず、あらゆるビジネスに通じるドラマが本書では紹介されているのだ。
そして、各々のドラマには共通の言葉が含まれている。
その言葉を「情熱」という。
本書を読むと、その情熱が胸を打ち、気楽に構えていることができないくらいの感動と衝撃を受けるのだ。
企業戦士として生きる者なら是非読みたい一冊だ。
~「ビール戦争15年 すべてはドライから始まった」永井隆著 日経ビジネス人文庫刊~
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