明日に向けて

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明日に向けて(2216)日本列島を軍事的に守り切るのは不可能。「消極的防空体制」がとても築けない。

2022年06月15日 22時30分00秒 | 明日に向けて(2201~2400)

守田です(20220615 22:30)

日本列島を軍事的に守り切るなんて無理!

ロシアによるウクライナ侵攻後、自衛隊増強論が強まっています。
自民党はこれまでの「国防費」の倍額にもあたる、対GDP比2%達成すらうたっており、これに日本維新の会や国民民主党が同調しています。

立憲民主党は2%達成には反対していますが、増額そのものは否定していません。日本共産党は増額に反対していますが、「いざとなったら自衛隊を使う」と志位委員長が言い出して、戦争に反対する人々を困惑させています。
この論戦を見ていて思うのは、根本的な問いが欠けているということ。そもそも日本列島を軍事的に守り抜くことはできるのかです。

答えは明解、まったくもって不可能なのです。海岸線にずらりと原発が並んでいることだけ考えても分かりやすいですが、実は原発がなくても、列島を攻撃から守り切ることは無理で、それは戦前戦中の、旧日本軍の中にもあった認識だったのです。
今回、この点を明らかにしたいと思います。(なおこの記事は2017年9月に投稿した「明日に向けて(1425)」のリメイクです。)


毎日新聞より


アメリカによる徹底空襲に日本は打つ手なしだった

日本列島を軍事的に守り切ることができないことは、第二次世界大戦末期に、すでに証明されてしまっています。諸都市が、アメリカによる空襲で燃やされ、破壊し尽くされてしまったからです。
アメリカは、軍隊対軍隊の戦いが、フィリピン・レイテ島をめぐる1944年秋の攻防でほぼ決着がついたのに、1945年になって大々的な日本本土空襲を開始しました。

攻撃の口火を切ったのは、1945年3月10日未明に行われた東京大空襲。死亡・行方不明は一晩で10万人以上。一晩の被害ではいまだに空前絶後です。
アメリカは続けて日本の諸都市に、連続空襲を敢行。東京は106回襲われ、死亡総数不明。名古屋は63回襲われ、死亡総数1万人以上。大阪は33回襲われ、死亡総数約1万人。神戸は128回襲われ、死亡総数約1万人でした。

全国200以上の他の都市も執拗に攻撃され、当時「内地」と呼ばれた領土の2割の戸数が焼失。死者総合計は東京新聞の発表で558,863人、米国戦略爆撃調査団の発表で252,769人でした。
この上にアメリカは沖縄に上陸戦を仕掛けるとともに、終戦直前に広島・長崎で原爆による大虐殺さえ行いました。日本の降伏宣言まで、備蓄した爆弾を使い果たす駆け込み空襲も各地で行われました。明らかな戦争犯罪のオンパレードです。


3月10日のことを報じる東京新聞(2018年) ちなみに守田の母はこの大空襲の奇跡的生き残りです


旧日本軍も防空は不可能と考えていた

さて日本が空襲で蹂躙されたことは、軍事的にどうとらえ返されているのでしょう。防衛大学教官で軍事研究家の柳澤潤氏が2008年に執筆した以下の論文がとても参考になりました。

『日本陸軍の本土防空に対する考えとその防空作戦の結末』
http://www.nids.mod.go.jp/publication/senshi/pdf/200803/06.pdf
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_1282509_po_06.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

この論文によると、戦前から戦中において本土防空は陸軍の主要任務でしたが、防空は「攻勢的防空」と「直接防空」(積極的防空)と、「消極的防空」に分けて考えられていました。
敵攻撃地を先に叩くのが「攻勢的防空」、飛来した敵攻撃機を撃退するのが「直接防空」、他方で空襲への備えを民間の努力も含めて進め、建物の耐火性を強め、都市構造を火災から強くするなどが「消極的防空」でした。

陸軍は「攻勢的防空」に偏重していましたが、1930年代に大型爆撃機が開発されたことや、日本が火災に弱い家屋が多いことから、大都市であっても「100機あまりの爆撃機で焼夷弾をばらまかれれば容易に壊滅させられてしまう」という認識もあったといいます。
このため一部の軍人が都市構造改編を主張したそうですが、陸軍首脳は取り入れませんでした。そして日本はそのまま「太平洋戦争」に突入してしまいました。この時、軍部の中でこんなやりとりがあったことを柳澤氏が紹介しています。

「太平洋戦争開戦直前の12月2日、参謀総長杉山元大将は、国土防空の状況を参謀本部担当部員の神笠武登中佐に問うた。同中佐が『国土防空の現状では、戦争遂行はほとんど不可能に近い』旨を述べると、参謀総長は無言となったという」。

その後日本は1945年に、日本は「想定通り」に主要都市の多くを焼き尽くされたわけですが、この教訓を現代に移したときに、すぐに分かるのは、現代日本もまた「消極的防空」など、まったくできる状態にないということです。そもそもそんな発想に立った都市形成など全くしていない。平和を前提とした国づくりのみを進めてきたのです。だから戦争なんかできない。軍隊ではこの国は守れないのです。


1944年1月8日より、「新防空法」を公布。このころから「消極的防空」策の一つとして子どもたちの疎開や都市の延焼を防ぐ「建物疎開」=建物の間引きが始まった。しかし1945年の猛爆撃に諸都市はとても適わなかった。

続く

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