明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(1992)原爆のためにアメリカの人々も殺された!「唯一の被爆国」という言い方はより恥ずかしい 被爆国論の再考―2

2021年02月24日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1901~2100)

守田です(20210224 23:30)

アメリカは無差別攻撃を激化させ原爆攻撃のために多くの人々を被爆させた。アメリカ青年もあたら殺された

ここで戦争犯罪を繰り返したアメリカ政府の責任も指摘しておきましょう。第二次世界大戦中に航空戦力を一気に拡大したアメリカは、原爆の前に新型爆弾を開発しました。先にも述べた焼夷弾(ナパーム弾)でした。
開発したのはフィーザ―という有機化学者とスタンダード石油でした。石油王ジョン・ロックフェラーが立ち上げ、後に独占禁止法によってエッソ、モービル、ゼネラルなどに分社化された全米ダントツの石油会社が製造を担ったのでした。
アメリカ軍はこの焼夷弾(ナパーム弾)をB29にたくさん搭載して日本の主要都市のほとんどを焼き尽くしました。戦争に勝つにはもはやそんなことまで必要なかったのに。スタンダード石油をはじめ兵器産業の大儲けのためでもありました。

B29戦略爆撃機とそこに搭載されたナパームを詰めた焼夷弾 左下はユタ州に作られ燃焼実験が行われた「日本ムラ」 明らかに民間人をターゲットにしていたことが分かる B29 は守田撮影 他はネットより

さらにアメリカは莫大な資金を投入して開発中だった原爆による攻撃をなんとしても行いたかった。そのためにウラン鉱の採掘で各地の先住民族を被爆させ、プルトニウム製造でも周辺地域に手ひどい汚染をもたらしました。
ところがそもそもの開発の動機ともなったナチス・ドイツが1945年6月に壊滅し降伏してしまった。アメリカはそれで攻撃先を日本の都市に定め、7月16日にトリニティサイトで核実験を行って周辺の人々を被爆させました。
ただしアメリカは日本政府も戦争をやめたがっていること、しかし天皇制の存続は望んでいたことをつかんでいました。実はアメリカはそのためにこそポツダム宣言=無条件降伏を突きつけたのでした。もちろんそれでは降伏できないだろうとふんででした。

この宣言が作られた会談がなされたのは7月17日から。アメリカは直前に核実験を成功させていて強気で会議をリードし、7月26日に宣言に漕ぎ着きましたが、実は前日25日に広島への原爆投下命令を極秘に発していました。
案の上日本は宣言を受け入れず8月6日・9日を迎えたわけですが、詩人のアーサー・ビナードさんは、こうした過程でアメリカの青年もあたら殺されたのだと指摘しています。米兵がたくさん戦死した硫黄島や沖縄の戦いも本当は避けられたからです。
このように国民・住民が次々殺されようとも保身のために戦争を長引かせた日本政府と、日本全土を焼き払い、沖縄を蹂躙しつつも原爆攻撃まで日本を降伏させず、アメリカ人にすら犠牲を強いたアメリカ政府の思惑で戦争が続いたのでした。


ポツダム会談に臨んだチャーチル・トルーマン・スタ―リン 1945年7月26日 ネットより
トルーマンはこの前日に広島への原爆攻撃の秘密命令をだしていた


「唯一の被爆国」という言い方はより恥ずかしい

このように見たときに日本の支配地で続いた大量虐殺、被爆、アメリカ兵の戦死、また原爆製造での各地の被爆の責任が米日両政府に大きくあることは明らかです。米日両政府はこれらへの謝罪と共に核兵器禁止条約に参加すべきです。
とくに日本政府は被害者のフリをするのを止めるべきです。アジア侵略と同時に自国民や自国住民、また支配下の住民を戦乱に巻き込んだ加害責任を償いつつ参加せねばなりません。
にもかかわらずきちんとした反省を行っていない日本政府を抱くこの国を「唯一の被爆国」だとか「唯一の戦争被爆国」などと言ってしまってきたことは恥ずかしさの極みではないでしょうか。このことを反省的に捉え返すことが大事だと僕は思います。

広島・長崎の原爆に限っても被爆したのは日本人ばかりではなく、多くの植民地出身者がおられました。とくに広島には韓国の陜川(ハプチョン)出身の方などがたくさんいて、朝鮮人は被爆者の1割以上を占めていたと推定されています。
この方たちは当時は日本臣民とされていたので「外国人」とは言えませんが、その後、新憲法のもとで日本国籍を奪われてしまいました。それでも日本に残った方たちがサンフランシスコ講和条約以降に「在日」と呼ばれるようになったのでした。
「唯一の被爆国」という言い方では、その「在日」の方たちや半島に帰られた方たちが除かれてしまっています。それだけではありません。台湾の方たちや中国、東南アジアから連れてこられた方たちなど、多様な人々が被爆したのです。


推定された朝鮮人の被害  被爆者数と朝鮮人の被害状況 (no-more-hiroshima.com)

さらに戦争終結後は、かつて日本が領有していたがゆえに太平洋戦争の戦場とされた南太平洋の島々で、大規模な核実験が繰り返されました。そこで被爆したのも日本にゆかりが深かったがゆえに巻き込まれた人たちでした。
しかし日本社会は第五福竜丸などマグロ漁船の被爆のことしか焦点化できませんでした。かつて米軍が死闘を通じて日本からもぎとった島々と海域が、核実験場にされ、好き勝手な蛮行に晒されていることへの批判が残念なことに弱かった。
「唯一の被爆国」という言葉からは多様なヒバクシャが排除されてしまいます。「戦時」がついても同じ。戦前戦中からヒバクシャはいたのです。その苦しみ・悲しみを自分事としてシェアして歩みたい。だから「唯一の被爆国」も「被爆国」も止めましょう。


ビキニ環礁で行われた4,5回目の核爆発  写真はクロスロード作戦の中のベイカー実験
1946年7月25日 ちょうど一年前の同じ日に広島への原爆攻撃の極秘命令が出された ネットより

続く

#核兵器禁止条約 #被爆国論の再考を #空襲は戦争犯罪 #被爆したのは日本人だけではない #唯一の被爆国なんて恥ずかしい

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明日に向けて(1991)福島原発事故から10年-原発ゼロ・核兵器のない社会の実現を(2月27日城陽市でお話します)

2021年02月24日 16時30分00秒 | 明日に向けて(1901~2100)

守田です(20210224 16:30)

あらためて事故を問い直し核なき未来の展望を探る

いよいよ東日本大震災と福島原発事故から10年の日が近づいてきました。
各地でさまざまな企画が計画されています。僕も幾つかの地で講演させていただきます。2月27日(土)には京都府城陽市でお話することになりました。
午後1時半から文化パルク城陽にてです。講演のタイトルは「あらためて事故を問い直し核なき未来の展望を探る」です。

アウトラインはこんな感じ。まずは10年前のあの事故はどのようなものだったのかを捉え返します。
二つ目にあれからの10年の中で何が実現できて何ができていないのかをお話します。
それを踏まえて、これからの10年、さらには核なき未来に向けた展望をお話します。

もう少し詳しく述べてみましょう。やはり一つにはあの事故は「東日本壊滅」寸前の事故であった点を確認したいです。ちなみにこれは当時福島第一原発所長だった故吉田氏が遺された言葉です。
二つに逞しい反原発運動が生み出され原発が次々と廃炉になってきたこと。裁判の流れも変わるなど画期的な成果が生まれ続けていることを確認しましょう。しかし被曝の危険性の把握まもっと進めなければ。ここが課題です。
三つに今後の展望は、核兵器反対運動と原発反対運動のより豊かな一体化の中にあると僕は思います。そのジョイントは遺伝を含んだ被曝影響のしっかりとしたつかみ取りにある。この点を述べます。

さらに時間が許せば、現代社会=資本主義社会そのものとして、核兵器を頂点とする暴力の極限的肥大化への批判をすすめ、戦争と暴力の超克を目指すべきことを語りたい。
すごくシンプルなことですが、実は資本主義批判として十分に語られて来なかったと思うのです。僕はここにこそ私たちが歩むべき大きな道があるとの確信を日々深めています。
実は最後の点は講演会では初公開。ぜひここまでお話したいです。頑張ってコンパクトにまとめて発信します!ぜひお見逃しなく!


2月27日(土)文化パルク城陽にお越し下さい!

以下、集会案内をはりつけます。

~福島原発事故から 10 年~原発ゼロ・核兵器のない社会の実現を
福島原発事故から10年。大飯原発1,2号機が廃炉になるなど、日本も世界も原子力をめぐる情勢は大きく動いてきています。
原発ゼロをめざす城陽の会では原発事故避難者の福島さん、フリーライターの守田さんをお招きして原発事故の今を考える集会を行います。ぜひご参加ください。

日時:2 月 27 日(土)午後 1:30 ~
場所:文化パルク城陽(西館)「ふれあいホール」

お話:竹本修三さん(原発ゼロをめざす城陽の会代表。大飯原発差し止め訴訟原告団長)
福島敦子さん(福島原発事故避難者として)
守田敏也さん(フリーライターとして世界各地で取材。京都「被爆二世三世の会」世話人)
「あらためて事故を問い直し、核なき未来の展望を探る」

主催:原発ゼロをめざす城陽の会
※コロナ感染防止対策のお願い:連絡先記入・マスク着用・手の消毒と検温(1Fエントランスと会場に設置) 37.5 ℃以上の熱のある方や体調が思わしくない方は参加をご遠慮ください。感染拡大の影響により変更等ありますのご了解下さい。
※参加費は無料です。カンパをよろしくお願いします。

原発ゼロをめざす城陽の会 代表 竹本修三
連絡先 津留康守 53-4618 亀井成美 53-3178

#福島原発事故10年 #原発ゼロ #核兵器のない社会を #原発ゼロをめざす城陽の会 #竹本修三 #福島敦子 #守田敏也 #被曝遺伝的影響

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