明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(277)避難を阻む「正常性バイアス」

2011年10月02日 23時30分00秒 | 明日に向けて(251)~(300)
守田です。(20111002 23:30)

9月30日、これまで「重くて敷地外までは飛ばない」と政府や東電、また
いわゆる原子力村につらなる「専門家」に繰り返し指摘されていたプルト
ニウムが、飯館村で原発から45キロ離れた地点から計測されていたことが、
文部科学省によって明らかにされました。同じく、これまであまり触れら
れなかったストロンチウムも、80キロ圏内のわずか100か所の調査で、79
キロ地点から計測されたことが明らかにされています。

にもかかわらず、政府はこれまでの「避難準備区域」の解除を行い、閉鎖
されていた学校の再開に踏み切りました。これによって避難していた人々
がまだプルトニウムやストロンチウムが徹底調査されてない地域に、戻り
始めています。非常に深刻な事態です。避けられるべき被曝が再び始まっ
てしまう。しかしこれは今始まったことではありません。311直後から、避
けられた被曝がずっと続いてきてしまっています。

こうした中で、避難の呼びかけを行っていくことが問われているし、放射
線値の高い東北のみならず、東京を含んだ関東各地で、今一度、安全に
対する見直しを行っていくことが必要です。まだまだ隠れている核種があり
うることを考えるならば、子どもや妊婦さんなどの避難は、より広域に
拡大していく必要があります。

しかしこうした呼びかけは、さまざまな反発をも引き起こします。また
東京での収録の多いバラエティ番組などを見ていると、あまりに危機感が
欠如していて、放射能汚染情報との落差に繰り返し驚かされてしまいます。
こうした番組自体が、意図しなくても、危険性をマスクしてしまう要素を
持っています。恐ろしい危機が隠されてしまっている。


こうした中で一体、避難の呼び掛けはどのように進めたらいいのでしょうか。
実はこの問題は、非常に多くの人々が頭を悩ませてきた問題です。避難の
必要性を感じる側と、必要性を感じない側と、家族の間で、友人の間で、
あるいは夫婦の間で、繰り返し苦しい会話が繰り返されてきました。どう
しても親しいものの間の会話ほど、余裕がなく、エキセントリックなものに
もなりがちで、そこから互いの関係にひびが入ることもしばしばです。

ではどうすればよいのか。この問題を捉えるときに有効なのは、今、私たち
の国が、防災心理学で言う「正常性バイアス」に強くとらわれていることを
知ることです。正常性バイアスとは、「思い込みによって、頭が非常事態で
あるという認識に切り替わらない状態のこと」を指します。事態は正常であ
るというバイアス=偏見に捉えられ、事態を正しく認識できないことです。

これは防災心理学では常識とされていることがらです。現代人は、命が危機
に晒されるような経験をほとんどしないため、いざ危機に直面しても、それ
を危機だとは認識できないことが多い。例えば避難警報がいきなりなると、
「誤報」ではないのかと思ってしまうのが、典型的な正常性バイアスです。
そのため、正常性バイアスというロックを解除しないと、人は避難行動を
開始できない。そのため災害を免れられないことがしばしばあります。

正常性バイアスとともに、人の避難を阻んでしまう心理的壁として、同調性
バイアスというものがあることも防災心理学は指摘しています。同調性バイ
アスとは周りのあり方に同調してしまうこと。自分は危険だと思っても、周
りが退避行動をとってないと、それに同調してしまい、自分も危険回避行動
をとらなくなってしまうことです。


具体的な例をあげましょう。1981年10月31日午後9時すぎ、神奈川県平塚市で
防災無線から突然次のような市長メッセージが流されました。「市民の皆さ
ん、私は市長の石川です。先ほど内閣総理大臣から大規模地震の警戒宣言が
発令されました。私の話を冷静に聞いて下さい。・・・」実はこれはあって
はならない誤報でした。市役所関係者は、市民のパニックが起こってしまう
と真っ青になったといいます。

ところが、パニックはまったく起きませんでした!当時、平塚市の人口は
218,185人。警戒宣言を知ったのは全市民の20.1%の約42,000人でしたが、
警戒宣言を信じたのは、そのうちのたった3.9%(約1560人)しかいなかった
のです。半信半疑が10.0%(約4,000人)、全く無視したか信じなかった人が
約36,000人もいたのでした。実際にこれは誤報だったので、平塚市はとても
悪い経験をしてしまいました。

正常性バイアスと同調性バイアスが同時に働いた例としてあげられるのは、
2003年2月18日に、韓国テグ市で起こった地下鉄火災でした。放火による火事
でしたが、このとき乗務員が「小さな事故なので、少しの間お待ちください」
と放送したことに対し、多くの乗客は信じがたいことに、車内に煙が充満し始
めているのに、次の放送を待っていたのです。そうして逃げ遅れてしまった。

このため196人が死亡し、174人が負傷して、今なお後遺症に苦しんでいるそう
ですが、このとき、車両内の死者は142人もいました。つまり火災が発生して
いるにもかかわらず、多くの人が逃げ出さないまま、車内で亡くなってしまっ
たのです。他の人が逃げ出さないので、危機を危機として認識できないままに
悲劇が拡大してしまったのでした。


こうした心理はどうして働くのでしょうか。危機を認識すると、それに対処
しなければなりません。ただちに非常体制に自分を移行させ、それこそ決死
の脱出を図ったり、避難を急がなければならなくなります。それには心理的
垣根が高い。そのため、まずは危機情報そのものを疑うのです。危機でなけ
れば非常行動をとる必要がないからです。心理的にはそう考えた方がずっと
楽で、人間はついつい楽な思考を選択してしまいます。

実はこれは人間の心理的防衛機能の一つで、危機をやり過ごす生活の知恵
ともいえる側面すらあります。危機を危機と認識しないでやり過ごしてし
まうのです。しかし危機が避難を必要とする場合は、生活の知恵どころか、
これは最も危険な心理的な枷となる。そのため防災心理学では、正常性バイ
アスというロックの解除を重視するのです。

またこのため防災心理学では、人はそう簡単にはパニックにならないことを
指摘しています。むしろ恐れるべきは、パニックを恐れる側が、危険情報を
隠してしまうことの方にあると指摘されています。これは「パニック過大
評価バイアス」といいます。行政の多くが陥りがちな偏見ですが、行政が市民
を常に見下しているがゆえに陥りがちな傾向と言えるでしょう。

こうしたロックに陥った人は、それを解除しようとすると抵抗します。それ
を認めるのが心理的に苦しいがゆえに、正常性バイアスにはまってしまって
いるからです。だから説得しようとするとしばしば感情的になってしまう。
これに説得者が同じように感情的に対応すると、ロックはますます強まって
しまいます。およそこれが正常性バイアスの特徴です。


さてこのことを頭に入れて、311以降の私たちの社会の中で起こってきたこと
を振り返ってみましょう。正常性バイアスの典型に上げられる事例に枚挙の
いとまがありませんが、中でも象徴的だったのは3月19日発売の雑誌『アエラ』
の表紙問題でした。『アエラ』は「放射能がくる」というキャッチを載せた。
そして防護マスクした人物の顔写真を載せたのです。下記、ブログをご参照
ください。
http://hikosaka4.blog.so-net.ne.jp/2011-03-19-2

ところがこの『アエラ』に、危機をあおるのはひどいというバッシングが強烈
に集中した。そしてとうとう『アエラ』は編集長のお詫びを出すにいたります。
しかし、今になって振り返ると、この表紙は読者に注意を喚起する極めて妥当
な内容だっと言えます。誤りがあるとするならば、むしろ「放射能がくる」で
はなく「放射能がきた」にすべきだったと言えます。3月19日発売だからです。
この雑誌は販売部数も伸びた。これで3月15日以降の高濃度の放射能を避けら
れた人もいたかもしれない。僕は今でもいい表紙だった思います。

僕自身、思いだすのは、原発がメルトダウンに向かっていると確信し、避難
情報を流し続けた私たちに対し、「メルトダウンという脅しに乗るな」とか
いう情報がネットに洪水のように流れ続け、さらに脱原発を主張してきた人々
の内部からすら、「今回の事故でメルトダウンは起きない」とか、「パニック
を起してはいけない」という言葉が語られたことでした。当時は頭がくらくら
しましたが今ではそれほどに正常性バイアスの力が強かったことが分かります。

しかし今、認識しておくべきことは、この正常性バイアスは今なお、強烈に
働いているのだということです。なぜか。放射能が目に見えず、音もしない
からです。韓国の地下鉄の中では、煙がただよってすらきているのに、逃げ
遅れてしまった人々がいた。いわんや放射能をやです。これが避難を大きく
阻んでいる。正常性バイアスのロック解除こそが必要なのです。


では正常性バイアスの解除のためには何が必要なのでしょうか。防災心理学が
唱えているのは、防災訓練の実施です。これは今回の津波被害でも実証されて
います。防災訓練が行き届いていた地域ほど、事前の避難が進み、人々が被害
を免れることができたからです。そのために日頃から、起こりうる被害を想定
した訓練を行うことが、いざというときの人々の危機回避を可能にするのです。

では原発災害に対してはどうしたらいいのでしょうか。あるいは今、現在、
私たちはどうしたらいいのでしょうか。原発災害に対しても有効なのは災害
訓練なのです。そして実はそれが今回も実証されているのです。災害訓練は
実地訓練だけで行われるのではない。紙の上での図上訓練もかなり有効です。
そしてまさにそのことが、これまで反原発・脱原発を訴えてきた人々によって
繰り返し行われていたのです。

顕著な例では、瀬尾健さんという書かれた本があります。これを開くと、日本
中の原発と周辺100キロ近くの地図が載ってあり、原発から何キロという同心
円が書かれている。それでこれこれ、これらの地域は逃げなければいけないと
書いてある。僕の場合、そうした本を繰り返し読むことで、いつも地震が起こ
ると、震源地はどこなのか、それと原発の位置関係を確かめるクセがついて
いました。万が一、若狭でおきていたらすぐに逃げなければならないからです。

そして今回でも、そういう思考を持っていた人たちは、初期の段階で、蜘蛛の
子を散らすように逃げだしています。つまりこれらの人々は事前に、事実上の
避難訓練ができていたのです。だから正常性バイアスにはかからなかった。
いや正確には、こうしたことを学んでいいてもロックがかかった人もいますが
かからなかった人から早期の脱出ができた。そしてその人々は、3月に水素
爆発やベントなどで飛び出した、チェルノブイリ事故の数分の一ともいわれる
ような放射能の飛来をすんでのところでかわすことができた。とくに子どもを
抱えて逃げた方は、子どもにとても大きなプレゼントを渡すことになったと
思います。


これらを考えるならば、今も必要なのは避難訓練です。そして避難訓練は
まずは放射線の恐ろしさや、原発事故の危険性を知るところから始まるのです。
ですから各地で行われている講演会や学習会、そして原発事故の危険性を
訴え、脱原発を訴えるデモ・ウォーク・パレード等々も、心理的には避難訓練
の位置を持つと言えます。だからこそこれからも大いにこれを行う必要がある。

そして正常性バイアスのロックが強くかかって、例えば危険地帯にいながら
避難の説得に応じない人であるならば、まずはハードルを下げて、そうした
学習会や講演会に誘ってみるとか、チェルノブイリの被害を扱ったビデオを
一緒にみるとか、そういうところから始めるといいかもしれません。また実際
に避難は財政的に大変だし、他にもさまざまに大変でつらい要素があるわけで、
それをゆっくり話し合うのもよいかもしれない。要するにそれらからゆっくり
とハードルをあげていくこと、その討論が必要なのです。

さらにより大きな規模での避難を考えるならば、私たちは、自主避難にも
公的補償、東電による賠償が適用されてしかるべきであることを訴える必要
があります。危機が明らかになってからでは遅いのです。危機の可能性がある
段階で私たちには避難する権利があるのであり、政府と東電は避難させる
義務を負っています。なぜなら後から後から、危機の実相が、小出しに明ら
かにされてきているからです。

メルトダウン・・・どころかメルトスルーしていることも随分後から私たちは
知らされた。プルトニウムが、飯舘村まで飛んでいたという事実もです。それ
らはすべて3月に起こったことです。あのとき政府は事態はそれほど深刻では
ないという言説を繰り返していた。その段階で、政府を信頼せずに飛び出した
人ほど被曝を免れました。政府と東電はそのとき飛び出した全ての人の費用を、
賠償する当然の義務を負っています。


最後に、私たちの社会から正常性バイアスを一掃するため、防災心理学が
私たちに呼びかけている提言を幾つか紹介します。『防災オンチの日本人
人は皆「自分だけは死なない」と思っている」』山村武彦著、宝島社からの
抜粋です。なお同書の発行は2005年3月16日です。これをぜひみなさんで回し
読みしてください。また正常性バイアスに関して、過去に「明日に向けて」
で触れた記事も末尾に掲載しておきます。ご参照下さい。


知っておきたい心の防災袋

知っておくべき人間の本能
○人は都合の悪い情報をカットしてしまう。
○人は「自分だけは地震で死なない」と思う。
○実は人は逃げない。
○パニックは簡単には起こらない。
○都市生活は危機本能を低下させる。
○携帯電話なしの現代人は弱い。
○日本人は自分を守る意識が低い。

災害時!とるべき行動
○周りが逃げなくても、逃げる!
○専門家が大丈夫と言っても、危機を感じたら逃げる。
○悪いことはまず知らせる!
○地震は予知できると過信しない。
○「以前はこうだった」ととらわれない。
○「もしかして」「念のため」を大事にする。
○災害時には空気を読まない。
○正しい情報・知識を手に入れる。

***

明日に向けて(12)避難を遅らす「正常性バイアス」(3月31日)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/47e99b860ac0c9fc53a78165a2aa6a2e
コメント (3)
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