オリンピック開催を希望する都市が、激減しています。東京オリンピックを最後に、希望都市はなくなるのではないかという観測も流れています。かろうじて、2024年はパリに、2028年はロサンゼルスに決まりました。違例の2都市を同時に決める手法にでたわけです。希望都市が減少した理由は、お金がかかるという点でした。2004年のアテネ大会は、ギリシャの財政破綻の一因になっています。2008年の北京大会には、4兆円のお金をかけています。2014年ロシアのソチ冬季オリンピック大会においては、実施競技が少ないにもかかわらず5兆円を使っています。巨額の経費のかかるオリンピックに、「世界の良識」から懐疑の視線が向けられているのです。そこで、オリンピックに詳しい嘉納さんにトット記者が、話を聞きました。
記者「経済効果の高いオリンピックが、なぜこんなに拒否されているのでしょうか。損して得を取れということもあります」
嘉納「経済効果が高いという神話が崩れつつあるともいえますね。多くの開催都市では経済的マイナスを経験するようになっています。地元飲食店や宿泊施設では、例年より売上げが下がっているのです」
記者「どうして、そんなことが起きるのですか。人が集まれば、売上げが増えるのは当然ではないでしょうか」
嘉納「はい、通常であれば訪れる観光客が、一定数います。でも、混雑を嫌って他に流れる観光客が増えたのです。大会に伴う道路の渋滞、ホテルの価格高騰、そして警備体制の強化などが嫌われる理由のようです。東京の場合、オリンピックやパラリンピックの運営費は確実に計画より増加していきます。それらは、都民の税金によって補われていくことになります。多くの開催都市の市民は、これらのことを理解するようになったわけです。私たちは、この現実を冷静に見ることです」
記者「IOCの収入は、急増していると聞いています。それを、開催都市に分配する仕組みはできないのですか」
嘉納「分配は、すでに行われています。トップパートナーやゴールドパートナーなどからスポンサー料を集めています。これらのパートナー以上の収入源は、悪名高いアメリカ向けの放送権料になります」
記者「悪名高い放送権料とはどんなことですか」
嘉納「IOCは、アメリカのメデイアと2032年まで放送権料の契約をしています。開催地も決まっていない段階からです。さらに、このメデイアの視聴率を上げやすい時間帯に、人気種目を放映できるように競技時間を決めています。極端な場合、深夜に決勝のレースを設定することも行っています。選手の立場からすれば、競技力が発揮できる時間帯、午前や午後が目安になります。身体を休める深夜に競技を行うことは、無謀なことです。この無謀なことを、IOCは放送権料の獲得のために行っているのです」
記者「選手より、放送権料を重視する体質になっていたのですか。でも、IOCの方も徐々に選手よりにスタンスを変えていくでしょう。そう期待します。ところで、IOCの配分だけではオリンピック経費は賄えないほど肥大しているわけです。この対策はどうなっているのでしょうか」
嘉納「これだけ肥大化すると、一都市で全ての競技を行うことは困難になっています。財政負担も莫大になります。そこで、既存の施設を最大限に活用することを奨励しています。複数の都市での開催、または、隣国との共同開催なども認めるようになっています。オリンピックで建設された施設が、大会後も有効に使われるような工夫を求めるようになってきたわけです」
記者「東京大会のいくつかの大会は、仮設の競技場で行われますね。その建設には、3000億円を超えるお金が使われると聞いています。当初は、この4分の1程度の試算でした。どうしてこうなるのでしょうか」
嘉納「開催都市は、経費節減に努めるようにIOCから求められます。赤字が出ないような大会が、招致認定の条件になるわけです。この理念の中で、各国が誘致合戦をしてきたわけです。見積もりを少なくすることは、当然の戦術になります。先ほども言いましたが、東京オリンピックやパラリンピックの運営費は、計画より増加していくことを念頭において置くことです。増加して、損をした分をどこかで取り戻す工夫をしたいものです」
記者「損して得取れということですか。できますかね」
嘉納「世界の良識は、『弱い者を助けることは良い』、『自然を守ることは良い』と了解しています。オリンピックやパラリンピックが、このことに貢献すれば『得』が取れます。ロンドンオリンピックでは、バスケット会場が仮設で建設されました。修了後、すぐに解体されなくなりました。『もったいない』と思うのは私一人でしょうか。日本の仮設競技場には、3000億円のお金を投入します。そして、解体されていくわけです。ここで、一工夫です。仮設の観客のベンチを、板状のものにします。板状のベンチを組みあわせれば、簡単な家になるように設計しておきます。ユニット設計を取り入れるわけです。組合せ積み木を大きくしたようなものです。ベンチが家になり、このユニットの家をシリアやミャンマーの難民の方に提供するわけです。仮設競技場の資材が、有効利用されます。オリンピックが弱者を援助する構図は、非難されることではありません。無駄にもなりません」
記者「良いアイデアのような気がします。でも、座っている観客は苦痛になりますよ」
嘉納「そのままでは、座り心地は悪いですね。その場合、ベンチに座布団をおいておきます。持ち帰りを自由にします。大相撲などで、提供される座布団を想像すれば良いでしょう。洒落た浮世絵のデザインを施したものが、外国人の方には喜ばれるかもしれません。数時間我慢することで、難民の皆さんに役立つことをアピールします。多くの方は、座布団と救済ということで納得するでしょう」
記者「当たり前のことですが、オリンピック・パラリンピックは、健常者と障害者の祭典です。この大会に障害者の方が、運営を支える職員という立場で採用されることはないのでしょうか。多くの障害者の方が、運営に参加し、成功に導くことができれば素晴らしい大会になると思うのですが」
嘉納「障害者の方の社会進出は、世界的に見ても広がりを見せている現象です。日本でも、この流れに乗る企業は増えています。例えば、農業機械のクボタは、障害者を雇用し、レタスを栽培する特例子会社を開設しています。2013年に、障害者の雇用を義務付ける法改正が行われました。義務とともに、雇用した会社には恩典もある法律です。この法改正で、福祉関係の事業所は、企業と障害者の3者で新しい分野に挑戦をするようになりました。障害者の方が、農業の担い手として活躍する事例が増えてきました
記者「農業機械のクボタさんもそうですが、どうして農業なのでしょうか」
嘉納「高齢化などの理由で、耕作を離れる農家が増えているのです。その農地を企業が借りるわけです。借りた農地を障害者が耕作する仕組みができつつあります。農業分野に障害者が就労する農業と福祉が連携する試みを、『農福連携』といいます。この農福連携が注目されているのです。企業は義務である障害者雇用を目的として、特例子会社をつくります。特例子会社で雇用すれば、本業の会社で障害者を雇用しなくとも、雇用したと認められるわけです。多くの企業が、特例子会社を作り、いろいろな事業を始めました。遊休農地が多く発生したので、これを利用する企業が増えたわけです。さらに良い条件が重なります。福祉関係者が、障害者の自立を促すために、農業指導を援助する体制ができてきたのです」
記者「安い費用で農地を利用できるメリットを生かして、障害者の働く場所を確保したわけですね。でも、農家の作業難易度が高く、障害者の方には荷が重いのではないですか」
嘉納「はい、知的障害のある方に働いてもらう時には、行動に制約がでてきます。例えば、三重県松阪市の郊外では、障害者がイチゴの苗の植え付け作業をしています。苗を運ぶ人、植え付ける人、水やりをする人など作業を分担して行っています。作業を細分化して、誰でもができる作業にしているわけです。それでも、苗の植え付ける場合、水平に素早く植える技術は職人技が必要です。障害のある方には、できない作業でした。それを、特別支援学校の先生のアイデアで解決したのです。下敷きを使って、そこに植えれば良いという簡単な工夫です。障害者と福祉関係者の融合が成功したものです。作業の細分化による分業体制は、製造業のような高い生産性をもたらしています。もちろん、農産物の品質も向上していますよ」
記者「三重県以外では、どんな事例があるのですか」
嘉納「新潟県の農業法人では、農作業を希望する障害者を募り、農場に派遣する事業を行っています。香川県では、25の障害施設が農作業を請け負っています。誰でもできる体制にすることで、生産性が上がり、収入は増えているということです」
記者「障害者の方に働いてもらう点で、注意することはどんなことですか」
嘉納「障害者の仕事は、適性を見極め、その人にあった作業をしてもらうことが大切になります。上手に役割を与える人は、障害者個々人の仕事内容を記載した用紙を用意しています。用紙には、仕事内容のチェック一覧があり、最初から最後まで順序よく明記されています。一つ一つ作業が終わるごとにチェックして消していけば、障害者の方でもできる仕掛けです。水準を高くすれば、良いというものではありません。対応可能な水準を超えれば、やり遂げることができなくなります。障害者もいろいろな経験を通して、成長していきます。成長のためには、障害者を良く理解できる方と障害者が試行錯誤を通して、少しずつ高見を目指すことになります。彼らにとって任されるという経験は、自立するために非常に重要なことです。でも、決まった手順を、急に変えようとすると混乱し、できなくなります。どのような仕事を任せるかが、上手な理解者の役割になるでしょう」
記者「微妙なところがあるわけですね。でも、素晴らしい農作物を作ることは徐々に成功しているわけです。もし、農福連携で作った農作物を、オリンピック村で提供できるようになれば、障害者の方の自信は高まり、自立の道もでてきます。そのようなことは考えられないのでしょうか」
嘉納「最初のテーマでもあった東京オリンピック・パラリンピックが、健常者と障害者が協力し合って成功に導くという考えは、オリンピズムの精神にかなうものです。農福連携で作った農作物を、東京の大会で提供できれば、大きなレガシーになりますむしろ、障害者と福祉関係者、そして企業が、その提供の仕組みをつくり出したことに高い評価が与えられるでしょう。障害者の働く能力を高める仕組みは、彼らの労働科学向上に繋がります。体系化されれば、世界中の障害者の福音になります。その福音が、東京から発信されることは素晴らしいことですよ」
記者「仮設競技場の3000億円を無駄にしない『ベンチの家』や「オリンピック村における農福連携の農作物提供が実現すれば、この大会も成功ということですね。3000億円を無駄にしないことや障害者の能力を無駄にしないことは、『もったいない』というレガシーを残すことにもなります。今日はありがとうございました」